Classical

本能

克哉と野見山の関係がぎくしゃくしていたのも、もう随分と昔の話だ。
それは仕事上だけでなくプライベートにも言えることで、今では野見山のほうから飲みに行こうと誘ってくるのもまったく珍しいことではなくなった。
ただし克哉を誘うともれなく御堂がついてくるので、当初は野見山もその状況に多少の違和感を抱いていたようだったが、 そもそもが単純……いや、素直な性質なのだろう、今となってはそのことにもすっかり慣れてしまったようだった。
そして今日の飲みも例に漏れず野見山のほうから言い出したものだったが、他にも誰か誘いますかと尋ねた克哉に、 他の連中にはあまり聞かせたくない話があるからと、彼は少し憂鬱な面持ちで答えたのだった。

「はぁーーーーーっ……」
野見山が克哉と御堂の目の前で十数回目の長い溜息を吐く。
気の毒だなとは思いつつ、どう言葉をかけていいか分からない克哉は、ただ苦笑いを浮かべながら野見山の空いたグラスにビールを注ぎ続けていた。
「まぁ、今回はたまたまご縁が無かったということかと……」
「ご縁……ご縁ねぇ……」
野見山は半分やけくそのように克哉の言葉を繰り返しながら、身を乗り出してくる。
「ということは、結局、恋愛なんて運任せということか? 努力でどうにかなるもんじゃないと?」
「い、いえ、決してそういう意味じゃ」
「じゃあ、他になにがある? 俺には何が足りない?! 俺のどこが悪いんだ?!」
「悪いとかそういうことでは……」
だいぶ酔いが回ってきているらしい野見山の激しい追及に克哉がたじろぐと、隣りの御堂がすかさず助け舟を出した。
「佐伯君に絡むのはやめたまえ。まさしく、そういうところが君の悪いところだぞ」
「は、はいっ! 申し訳ございません……」
尊敬する上司からの辛辣な指摘に勢いを失った野見山は項垂れた。
そして、ぽつりと呟く。
「しかし、まさか『リードされるのが嫌だ』なんて言われるとは思わなかったんですよね……」
その言葉に御堂と克哉もしばし黙り込む。
事の経緯はこうだ。
野見山が合コンで知り合った女性といい雰囲気になり、連絡を取り始めて一か月。
先週末に三度目のデートを済ませ、四度目の約束を取り付けようとしたところで突然振られてしまったらしい。
その理由というのが、野見山には到底理解の出来ないものだったのだ。
「会話の中で彼女の好みをさり気なく探り、最近の流行りも考慮しつつ、待ち合わせ場所も行った店のセレクトも完璧だったはずなのに……!  それが嫌だったと言われてしまったら、俺はどうすれば良かったんですか?!  デートコースも店の予約も彼女任せの、優柔不断なダメ男でいれば良かったと?!」
「……」
「う、うーん……」
確かに野見山の話だけを聞いている分には、彼に落ち度は全く無いように思えた。
だからこそ、それがかえって良くなかったのかもしれない。
気合が入りすぎて相手にひかれてしまったか、なにかしらのプレッシャーを与えてしまったか……。
とにかくこればかりは誰が悪いということではなく、やはり縁が無かったのだろう。
しかし野見山にとっては久し振りの浮いた話だったらしく、どうにも諦めがつかないようだった。
自分の小皿に取った唐揚げを、食べようとしてはやめるのを繰り返しながらぶつぶつと文句を言い続けている。
「そもそも女性っていうのは男性にリードされたら嬉しいものなんじゃないんですかね?」
「それは決めつけが過ぎるというものだろう。性別に関わらず、リードされたいタイプと自分がリードしたいタイプがいるのは当然だ」
「うーん……。でも女性をリードしたい、頼られたいと思うのは、男の本能みたいなもので仕方がないことかと……」
「君は案外古風な男なんだな」
「あの、オレ、思うんですけど」
そこで克哉がおずおずと口を開く。
「その女性は、いろいろなことを一緒に決めたい方だったんじゃないでしょうか。 行く場所も、お店も、互いに相談しあって、予約も手が空いているほうがして……。 リードするとかされるとかじゃなく、もっと対等な関係を望まれていたのかもしれないなと」
「……」
ぽかんとする野見山を見て、御堂がクスリと笑う。
そして、どうだ私の克哉は素晴らしいだろうと言わんばかりに胸を張って言った。
「佐伯君の言う通りだな。要するに君は女性ならこうであるはず、男性はこうであるべきという思い込みが強すぎるんだ。 こういったことは性別ではなく、結局は相性の問題だからな」
「はぁ……なるほど……」
「リードされたい女性に出会えるといいですね」
「……」
克哉はニコッと笑って、野見山に酒を注ぐ。
そんな克哉を野見山はじっと見つめたあと、どこか諦めたように笑った。
「……言われてみれば佐伯も相手をリードしたいタイプには見えないしな」
「えっ、オレですか?」
「ああ。実際にどうかは置いといて、佐伯は頼りがいがあるというよりも、どちらかというと逆に守ってやりたくなるというか……」
そこまで言ってから、野見山ははっと我に返る。
「別に俺がお前を守りたいと思ってるわけじゃないからな?! 勘違いするなよ?!」
「わ、分かってますよ!」
「……」
するとそれまで二人を静観していた御堂が口を挟んだ。
「……確かに佐伯君は相手を支配するよりも、支配されたいと思うタイプだろうな」
「え」
「支配、ですか」
唐突に出てきたやや不穏な単語に野見山が敏感に反応する。
一方で克哉はなにをいきなり言いだすんだとぎょっとしながら御堂の顔を見た。
目が合った御堂は意地悪く口角を吊り上げてみせる。
「どうだ? 当たっているだろう?」
「佐伯って……もしかしてマゾなのか?」
「ち、違いますよ!! そんなわけ、ない、です!!」
「あやしいな……」
「ただし佐伯君はこう見えて、意外と頑固なところもあるからな。一方的に言うなりになるのとは訳が違うだろう」
「ああ……なんとなく分かります。おとなしそうな顔に騙されそうになりますけど、結構気も強いですしね」
「そうだな。実際は……」
「あっ、あの! オレの話はやめましょう! ね?!」
「なんでだよ~」
そうやって話の矛先を変えようと必死になる克哉の様子に、野見山はますます興味を示してしまうのだった。



「あっ……孝典さん……」
うなじに軽く歯を立てられただけで肌がぞくりと粟立つ。
ベッドの上で御堂の足の間に座り、背中から緩く抱き締められながら、克哉は甘い吐息を漏らして裸体を震わせた。
「ん、あっ……」
「……野見山君はだいぶ君を気に入っているようだな」
「えっ……?」
唐突に耳元で囁かれた他人の名前に、すでに頭がぼんやりしはじめていた克哉はすぐに反応出来なかった。
一瞬の間が空いてから、もう一度「えっ?」と言いながら首を捻って背後にいる御堂に視線を送る。
御堂は別に不機嫌そうな様子でもなく、むしろどこか面白がっているような顔で克哉に頬を寄せた。
「彼は君をリードしたい、君に頼られたいと思っているのだろう。間違いない」
「そんな、ことは……」
御堂が数日前の飲み会でのことを言っているのだと辛うじて分かったものの、やはり思考がうまく働かない。
けれど曖昧な克哉の反応にも構わず、御堂は独り言のように続ける。
「それも共に働く仲間としてというよりは……もっと近い関係でだ」
「もっと近い……?」
「ああ。たとえば君と私のような」
「それは……さすがにないかと……」
御堂が自分と親しくなる人間に対して過剰なまでに警戒心を抱くことはよく知っている。
その剥き出しの独占欲をどこか心地良く思っているのは事実だったが、今回ばかりは御堂がなぜそこまで自信を持って断言するのか克哉には理解できなかった。
そもそも野見山は御堂にひどく憧れていて、だからこそ克哉の存在が面白くなかったのだ。
MGNに異動してきた当初、彼との関係があまり良くなかったのはそこに起因していた。
そのことを御堂も知っているはずなのに。
「孝典さんの考えすぎだと思いますよ」
「いや、そんなことはない。私には分かる」
「どうしてですか?」
「……君には秘密だ」
「そんな……あっ…!」
前に回されていた御堂の手が不意に克哉の中心を握り締める。
もう片方の手は胸へと這い、見つけた小さな尖りをきゅっと摘まんだ。
胸と中心を同時に弄られて、手のひらの中のものはあっという間に硬さを増していく。
うなじに掛かる御堂の吐息とも相俟って、克哉は甘い疼きに焦れながら腰を揺らした。
「孝典さん……」
先を強請るように腰を押し付けてみるも、御堂の反応は鈍い。
なんとなく何かを企んでいるかのような気配を感じて、期待と不安が同時に沸き起こる。
案の定、御堂の愛撫に克哉の屹立がすっかり猛ると、御堂は枕の下に隠していたらしい何かを取り出してみせた。
「それはともかく、野見山君の話を聞いて私もひとつ気づいたことがあってな。今日は少し趣向を変えてみようと思う」
「えっ」
御堂が手にしていたのは、長さ20センチほどのつるりとした白い円筒形の器具だった。
もしかしてと思いつつ、御堂の顔を見るとその器具を手渡される。
「こ、これって……」
いつの間に準備していたのだろう、それは男性が自慰をするときに使うオナホールと呼ばれる道具だった。
筒の内側は薄いピンク色をしたシリコンになっていて、底面の割れ目から性器を挿入する仕様だ。
克哉もこういったものがあるということはもちろん知っていたけれど、実際に使ったことはない。
しかもどうやら電動式のようだ。
「まさか、これを使うんですか……?」
「ああ。普段、前への刺激がおざなりになっている気がしてな。やはり君も男だ、そこで快楽を得たい気持ちもあるだろう?」
「え……あ、あの……」
「大丈夫、安心したまえ。……君は、私に任せていればいい」
御堂がオナホの割れ目にボトルからローションを注ぎ込む。
女性器を模しているのであろう、見るからに柔らかそうなピンクのシリコンが濡れて光る。
それは御堂の指にも溢れ、その濡れた指先が少し萎えてしまっていた克哉の屹立を再び緩く扱いた。
「あっ……」
やがて御堂はオナホを克哉の屹立の先端に宛がう。
とろりと零れたローションが克哉のものにも滴って、そこを濡らした。
そしてくちゅりと音を立てながら、割れ目の中へと誘われていく。
「あ、あっ……は、ぁ……」
自分のものがその中に少しずつ収まっていくのを克哉は信じられないような気持ちで見つめていた。
中は柔らかく、狭く、ほどよい圧迫感でペニスに絡みついてくる。
息が弾み、克哉は短く荒い呼吸を吐き出しながら、御堂の胸にぴたりと背中をくっつけた。
「たか、のりさん……っ」
「どうした? 気持ちいいのか?」
「あっ……気持ち…いい、です……」
「そうか」
御堂がゆっくりとオナホを上下させると、克哉はますます息を弾ませた。
ぐちゅぐちゅという大袈裟な水音が立っていやらしさを強調してくる。
「あ、あっ、ダメ……そんなに、動かさないで……」
「……なら、これはどうだ?」
御堂が傍らに置いてあったリモコンのスイッチを入れる。
その途端、克哉の身体がびくりと大きく跳ね上がった。
「あぁっ……! ん、あっ! あ、は、あッ……!」
内側のシリコンが生きているかのように蠢き、克哉のものを愛撫する。
刻まれている凹凸に間断なく敏感な部分を刺激され、克哉は腰と足をびくびくと痙攣させながら快楽に仰け反った。
その身体を背中から受け止めながら、御堂は克哉の耳元に囁く。
「凄い反応だな。そんなに気持ちいいのか?」
「あ、だって……こんな……は、あぁ、だめッ……!」
「ふっ……そんなに感じられると、機械相手に嫉妬してしまいそうだ」
そう言いながらも、御堂はさらに別のスイッチを押す。
中の動きが速くなって、克哉が激しく身悶える。
「ダメっ……孝典さん……! イく……イっちゃう!」
行き場を求めた克哉の指先がシーツをきつく掴む。
けれどあと少しで射精出来そうなところで、御堂はスイッチを切ってしまった。
「えっ……?」
オナホを外され、ローションと克哉自身から零れた蜜で濡れた屹立が露わになる。
それはビクビクと今にも精を吐き出しそうに震えていた。
「孝典、さん……?」
「……やはり君を機械に取られるようで面白くないな。克哉、こちらを向くんだ」
「あっ……」
御堂に腰を支えられて克哉は体を反転させる。
互いに向き合う格好で下肢に跨ると、御堂自身のそそり立つものが目に入った。
それだけで全身に甘い痺れが走る。
「さっきので最後までイきたかったか?」
「……いいえ。やっぱりオレは孝典さんにイかせてほしいです……」
「……」
微笑みあって唇を重ねる。
そのまま克哉はゆっくりと腰を落としていった。
「んっ……く……」
御堂の熱いものが克哉の中を貫く。
愛して止まない存在で満たされていく感覚に、身体も心も悦びに震える。
さっきの器具での刺激も気持ちは良かったけれど、やはり繋がれて満たされる幸福には敵わないと克哉は思った。
唇を離さないままに揺さぶられだすと、快感を追うこと以外何も考えられなくなる。
「ぅ、ん……は……あ…」
必死で舌を絡め、御堂のものがいいところに当たるよう自ら腰を動かす。
濡れた屹立が御堂の下腹部に触れるたび、中と外の両方から与えられる刺激にたまらない射精感がせり上がった。
「たか、のりさん……すぐ…イきそう…っ……」
「……ああ」
さっき直前で止められたせいで、もう持ちそうにない。
懇願すると、御堂にぐいと腰を引き寄せられた。
克哉のものを互いの身体で挟み込むようにして刺激する。
ぐちゅぐちゅと前を擦られながら後ろを突き上げられると、克哉の嬌声がひときわ高くなった。
「あっ……ダメ……もう、イく……あぁッ……!」
ぐっと息を詰めた瞬間、勢いよく溢れた精液が御堂の胸の辺りまでを濡らす。
けれど吐精の余韻に浸る間もなく、克哉はそのまま仰向けに倒された。
「もう少し……つきあって、くれっ……」
「あ、あぁっ……!」
まだ達していなかった御堂に足を担ぎ上げられ、深いところを幾度も貫かれる。
その昂りにまるで押し出されるようにして、克哉の先端からは残っていた精がとろとろと零れた。
やがて御堂も克哉の中に欲望を放つと、ようやく部屋に静寂が訪れる。
御堂は克哉の紅潮した頬にくちづけながら、からかうように尋ねた。
「……どうだ? 男の本能は満たされたか?」
「……」
克哉はその質問に目を瞬かせる。
あの野見山との会話からどうしてこういう発想になったのかはいまいち分からなかったけれど、それでもクスクスと笑いながら答えた。
「男の本能はよく分かりませんけど……オレ自身は満たされました」
「……なるほど」
「孝典さんはどうですか?」
「私もとても満たされた」
「それなら、良かったです」
そして二人は同時に笑いあう。
互いが幸せなら、愛し合うのはどんな形でもいい。
自分達はそれを本能で知っているのだ。

- end -
2020.08.20



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