Classical



シャワーを終えた御堂はリビングの灯りが消えているのを確認すると、そのまま寝室へと向かった。
揃いのバスローブを着た克哉がベッドの縁に腰掛け、手にした紙切れをぼんやりと見つめている。
「それは、なんだ?」
近づきながら声を掛けると、克哉が顔を上げた。
「お花見のお知らせですよ。御堂さんも貰いました?」
「ああ、そういえば貰ったな」
御堂はタオルで髪を拭きながら、隣りに腰を下ろす。
弾みで克哉の身体がほんの少し揺れて、同じソープの匂いが仄かに香った。
「行くのか?」
「せっかくなので、一応行くつもりではいるんですけど……。御堂さんは行かないんですか?」
「私は一度も行ったことがない」
「……だと、思いました」
そう言って克哉がクスクスと笑うので、御堂はむっとする。
「自由参加と書いてあるだろう」
「そうですね」
「地べたに座って飲食をするのも、酔っ払いの馬鹿騒ぎに付き合うのも、真っ平御免だ」
「分かってます」
まるで子供をいなすような克哉の言いように、御堂はますます眉間の皺を深くする。
けれど七つも年下を相手に、これ以上ムキになるのはかえってみっともないと分かっていたから、不本意ながら口を噤んだ。
克哉は再び用紙に視線を落としている。
そこには花見の日時と場所などが書かれていて、下半分には出欠確認の為の切り取り線が入っていた。
MGNの花見は、あくまで有志だけでやる自由参加の行事だ。
場所取りを命じる上司がいるわけでもなければ、不参加表明しづらい雰囲気があるわけでもない。
それでも克哉のことだから、行くつもりなのだろうとは御堂も思っていた。
「行くのなら行けばいい。私は行かないが」
「……」
その言葉は本心からのものだったけれど、克哉からの返事が無いので御堂は付け加える。
「私は嫌味で言っているわけではないぞ?」
「はい。分かっています」
克哉は顔を上げないまま、薄く笑う。
それからその笑みがゆっくりと引いていく様子を、御堂は横でじっと見つめていた。
克哉はいつまでも、手の中の紙切れを眺めている。
そこまで時間を掛けて読むほどの量が書いてあるわけでもないのに、いつまでも。
その瞳が、酷く冷めていた。
口元には笑みの名残りがあるものの、克哉の横顔からは不思議なぐらい感情が見えてこない。
彼が時々こんな表情をすることに、いつからか御堂も気づいていた。
つきあう前の、いつも視線を合わせようとしなかった頃とは、また違う顔だ。
克哉がこんな目をするようになった原因は、以前に聞いた小学生時代の思い出に関係しているのではないかと、御堂は思っている。
彼はその当時の出来事を、完全に忘れていたらしい。
辛すぎる記憶を、自ら心の奥底に封じ込めていたのだろう。
そして、それを思い出した。
恐らくはその頃からだ、克哉がこんな風に冷たい目を見せるようになったのは。
しかし御堂は克哉が未だ、その傷を引きずっているとは思っていない。
彼は時に、御堂さえも驚くほどの強さを見せる。
ただ、何かのきっかけで心が冷える瞬間がある―――それだけなのだろう。
「……無理に行くことはない。君は気を遣いすぎだ」
御堂は克哉の肩を抱き寄せた。
すんなりと抵抗もなく凭れてくる身体に、愛おしさが募る。
「……孝典さん」
克哉が甘えるように、御堂の名を呼んだ。
それを合図に、御堂が克哉の唇を塞ぐ。
手にしていた紙切れがカサリと音を立てて、ベッドの下に落ちた。
すぐに絡み合った舌が、互いの口内を余すことなく蠢く。
「んっ……」
くちづけを続けたまま、御堂は克哉の身体をシーツの上に倒した。
バスローブを肌蹴させ、掌で素肌を撫でると、すぐに熱を帯び始めるのが分かった。
「……っ……ん、ふ……」
感じやすい身体は、どんなに微かな愛撫にも即座に反応を見せる。
指先に触れた尖りを転がしてやるだけで、克哉はいやらしく腰をくねらせた。
そこはやがてぷっくりと立ち上がり、容易く摘めるほどになる。
御堂は唇を離すと、今度は触れていないほうの尖りに舌を這わせた。
両方を攻められ、克哉がたまらず喘ぎだす。
「あっ……や………あぁ…っ……」
「……君は、ここが弱いな」
御堂がカリ、と歯を立てると、克哉の身体が大きく跳ねた。
「ああっ…!」
御堂は思わず苦笑する。
快楽にはこんなにも素直なのに、克哉の性格は決して素直とは言いがたい。
今でも御堂にとって、克哉は分からないことだらけだ。
それに苛立つこともあれば、だからこそ彼に執着しているのかもしれないとも思う。
もっと、この男が欲しい。
全てを暴いて、奪って、さらけ出してやりたい。
御堂は克哉の肌をきつく吸い上げ、いくつもの印を付けた。
鎖骨の辺りから胸の周り、脇から柔らかな腹へと。
そのたびに克哉は切なげに身を捩り、吐息を漏らす。
「孝典さん……ダメ…」
「何故だ? 見える場所ではないだろう?」
「でも……」
御堂は顔を上げ、克哉を見た。
克哉は口元を手で隠しながらも、その表情は恍惚としていた。
「痕が残っていると……あなたにずっと、くちづけられているみたいで……」
恥ずかしさに顔を背けながら、克哉は呟く。
その告白に、御堂はニヤリと口角を吊り上げた。
「それが、何か問題でも?」
「孝典さん……」
「君は誰のものなんだ?」
御堂は身を起こして克哉の頬を両手で挟み込むと、真正面から問い掛ける。
下から見上げる克哉の瞳が微かに揺れて、それからうっとりと細められた。
「オレは……孝典さんの、ものです……」
「……宜しい」
御堂は満足して、ご褒美のキスを落とす。
克哉も嬉しげに手を伸ばすと、御堂のバスローブを肌蹴て、裸の背中を抱き寄せた。
重なる肌の熱さが、互いへの想いを確かに伝えてくる。
下肢の昂ぶりが触れ合って、欲望を急速に煽っていった。
「孝典さん……好き…」
くちづけの合間に、幾度も囁かれる言葉。
そこに偽りは無いのだろう。
それでも御堂は、未だに不思議に思ってしまう。
何故、自分などを好きになったのか。
憎まれるのならまだしも、好意を寄せられるようなことなど、互いの間に何一つ無かったはずなのに。
克哉にどれほどその訳を説明されても、やはり心から理解することは出来なかった。
それは本当に恋愛感情なのか、君の勘違いなのではないのかと、今でも問い質したくなる時がある。
けれどそれを肯定されてしまうのはもっと嫌で、だから御堂はそんな疑念を強引に打ち消すことにしていた。
君は私のものだ、もっと私を求めろ、誰にも見せたことのない顔で、誰にも聞かせたことのない言葉で、私だけに狂っていればいい。
克哉が唯一素直になる快楽に任せて、御堂は克哉に罠を仕掛ける。
啼かせ、乱れさせ、求めさせる。
そうやって自らの不安を紛らわせているのだということは、御堂自身も認めたくはなかったし、また克哉にも決して知られたくはなかった。
「克哉……」
御堂は克哉のとうに勃ち上がっているものに、指を絡める。
先端の亀裂からじわりと蜜が滲んで、御堂はそれを塗り込めるように指先を動かした。
「ここも……私のものだな?」
「あぁっ……は、い………そう…です……」
強請るように揺れる腰に顔を落とすと、濡れて光るそこをぺろりと舐める。
その瞬間、克哉は弾かれたように背中を反らして、声を上げた。
「ん、あぁっ……! はぁっ……」
「……どうしてほしい?」
「あっ……舐め、て……もっと、舐めて……」
「……こう、か?」
御堂はつるりとした先端に唇を被せると、まるでキャンディをしゃぶるように舌で撫で回す。
時折、わざと括れに歯を立てるたびに、克哉は腰をびくびくと震わせた。
いつしか克哉の両脚は大きく開き、御堂の髪をせつなげに掻き回している。
絶え間なく漏れる喘ぎには啜り泣きが混じり、卑猥な水音と共に部屋の湿度を上げていくようだった。
「はぁっ……孝典、さん……も、もう……」
「まだだ」
唇を離し、今度はひくつく後孔に触れる。
周辺の薄い皮膚が、痙攣するかのように細かく震えていた。
御堂は克哉の両脚を押し広げると、腰を高々と上げさせる。
伝い落ちた唾液で濡れそぼっているその場所が、恥ずかしげもなく御堂の眼前に晒された。
「やっ……やだ……」
あられもない自分の姿に、克哉は耐え切れず両腕で顔を隠す。
けれど御堂は構わず、そこに舌を差し入れた。
「や、あぁぁっ……!」
克哉が一際、高い声を上げる。
息苦しさからか、それとも快感からか、呼吸は激しく乱れていた。
御堂は尖らせた舌先で幾度もその場所を突く。
「やぁ……孝典…さん……も……助け、て……っ」
克哉はいやいやをするように首を振って、懇願する。
屹立は今にも弾けそうなほどに張り詰め、溢れた蜜が糸を引いていた。
御堂もそろそろ限界だった。
克哉の脚を下ろすと、その肢体を見下ろしながら言う。
「私が……欲しいのか?」
「……はい……欲しい、です……」
息も切れ切れに、克哉が答える。
御堂は克哉を抱き起こし、唇が触れる距離で囁いた。
「なら、今日は君が私の上に乗れ」
「え……?」
「自分で挿れて、自分で動くんだ」
「……」
克哉は欲情に潤んだ瞳で、御堂を見つめ返す。
それから首筋まで朱に染めて、小さく頷いた。
「分かり……ました……」
互いに羽織ったままだったバスローブを脱ぎ捨て、御堂はベッドに仰向けに横たわる。
克哉はおずおずとその上に跨ると、片手を御堂自身に添え、もう片方の手で自分の双丘を開いた。
「んっ……」
先端が触れただけで、克哉は息を詰める。
それからゆっくりと腰を落とし、御堂を少しずつ身体の内に収めていった。
「あっ……は……んんっ……」
徐々に満たされていく感覚に、克哉の表情が色を変えていく。
それを見上げている御堂もまた、克哉の熱に犯されていくようだった。
多分、克哉は自分よりも強い。
克哉にそんな自覚はないのだろうけれど、寧ろ翻弄されているのは自分の方なのではないかと、最近になって御堂は感じ始めていた。
佐伯克哉という人間が、どんどん自分の中で大きくなっていく。
誰をも迎え入れることはないと思っていた領域に、いつの間にか入り込んでいる。
いや、克哉の中に引きずり込まれているのかもしれない。
しかし克哉によって変わってしまった自分が、御堂は決して嫌いではなかった。
「は……あぁ……」
完全に繋がってしまうと、克哉は溜息のような声を漏らした。
そして腰を抱えている御堂の手に縋りつきながら、腰を揺らめかせる。
「あっ……孝典さん……っ……」
「……まるで、夜桜だな」
「えっ……?」
「自分の身体を見てみろ」
克哉の身体には、さっき御堂が残した痕が幾つもあった。
白い肌に散らばる紅い印が、スタンドの柔らかな灯りに照らされて薄闇に浮かび上がっている。
「同じ花なら、こちらのほうが私好みだ」
そう言いながら、御堂は指先で紅い痕を辿る。
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
その頼りない感覚に、克哉は細かく身体をふるわせていることしか出来ない。
「君の乱れる姿を、存分に見物させてもらうとしよう」
「ん、くっ……」
その言葉にさえ欲情を煽られるのか、克哉は唇を噛む。
それからゆっくりと腰を揺らし、御堂のものが望む場所に当たるよう動き始めた。
最初こそ遠慮がちだったその動きが激しくなるのに、そう時間は掛からなかった。
ベッドがぎしぎしと音を立てるほどに、克哉は身体を揺らす。
紅潮していく肌の上で、くちづけの痕が、舞う花びらのように見えた。
「克哉……」
やがて御堂も、支えていた克哉の腰を揺さぶりだす。
どんなに激しくしても、決して散ることのない花。
それを見上げながら、御堂は克哉の奥を何度も貫いた。
熱く絡みつく内壁に擦られた御堂自身が、ますます容量を増して克哉の中を満たす。
克哉の先端から止めどなく溢れる雫は、御堂の下肢までも濡らしていった。
「気持ちが……いいか……?」
「あっ…あ、っ…いいっ……気持ち、いい…」
「どこが、いいんだ?」
「中、も……入口も…全部っ……」
「ここも?」
御堂は目の前で揺れている克哉自身を、キュッと握る。
「ああっ…! そこ、も…!」
「君は……」
目尻に涙を滲ませながらよがる克哉に、御堂は堪らない気持ちになる。
理解出来ないからと言って、知らずにいられるわけではない。
知りたい。
彼の全てを、手に入れたい。
以前、克哉が言ったことがある。
こんな風に人を好きになったことがないから、どうしたらいいのか分からない、と。
言葉にするには大きすぎて、優しくするには激しすぎるこの感情を、御堂もまた持て余していた。
だから、身体を重ねる。
繋がることでしかぶつけられない想いが、確かにあった。
「克哉……」
手の中の屹立が、解放を求めて脈打っている。
克哉は前傾してシーツに手をつくと、激しく腰をグラインドさせた。
「あっ、もう……イく…孝典さん…っ…」
「くっ……」
御堂は克哉の動きに合わせて、手を動かした。
ぐちゅぐちゅと卑猥な音が立ち、互いの呼吸が短く荒いものになっていく。
開きっぱなしの克哉の唇から、時折紅い舌が覗く。
「あっ、あっ、あ、も、う……オレ……あ、あぁっ……!」
克哉の身体が強張った瞬間、御堂の手の中から白濁した精が迸った。
擦り上げるたびに溢れるそれは、御堂の腹から首の辺りにまで飛び散り、肌を濡らす。
御堂もまた、きつく収縮した克哉の内部に、欲望を注ぎ込んだ。
「克哉…っ……」
「は、っ……」
御堂の精を全て受け止め、克哉はゆっくりと御堂の上に倒れ込む。
「孝典、さん……」
震える声で呟いて、克哉は御堂の首筋に飛んだ自分の欲望に、舌を這わせた。
「あなたを、汚してしまって…ごめんなさい……」
「……克哉」
自分の首筋に顔を埋める克哉の身体を、御堂は抱き締める。
柔らかな髪が頬をくすぐって、自然と笑みが零れた。
「やはり……私も行くことにするか」
「えっ……?」
克哉が驚いたように、顔を上げる。
その頬を愛しげに撫でながら、御堂は言った。
「花見だ。私も一度ぐらいは、顔を見せてもいいだろう」
「でも、さっき……」
「なんだ。一緒に行って欲しかったんじゃないのか?」
「あっ……」
克哉がぱっと顔を赤くする。
子供染みているとでも思って、言えずにいたのだろう。
御堂はその反応を見て、クスリと笑った。
「そういうことは素直に言えばいい。君に甘えられるのは……悪い気はしない」
「……はい」
克哉は嬉しそうに微笑んで、御堂にしがみつく。
花のようだ、と御堂は思う。
柔らかく、しなやかで、けれど簡単には折れない強さを持っている。
そして、人を惹きつけて止まない。
この花のことはまだ何も知らないけれど、 決して枯らすことだけはしまいと心の中で誓って、御堂は克哉をきつく抱き締めた。

- end -
2008.04.12



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