ラブドランカー
(御堂さん、遅いな……)
先に寝ているようにとメールで言われてベッドに入ったものの、どうしても気になって眠れなかった。
何度も寝返りを打っては、時間を確かめてしまう。
いくら明日が休みだからといって、少し遅すぎやしないだろうか。
既に午前二時を過ぎた時計を見ながら、克哉はベッドの中で溜息をついた。
今夜、御堂はMGNの忘年会に出席している。
メンバーは主に上位の役職についている者のみで、何処かの料亭で行われているらしい。
克哉は忘年会と聞くと、つい安い居酒屋で盛り上がる光景を思い浮かべてしまうが、恐らく全く違った雰囲気なのだろう。
しかもその面子の中では、御堂の立場は決して高くない。
実質は接待のようなものだ、と気乗りしない口調で御堂は言っていた。
「御堂さんも大変だよな……」
これだけ帰りが遅いということは、二次会まで付き合わされて、今頃はさぞかし疲れていることだろう。
やはり起きて待っていようと克哉が心に決めたとき、ちょうど玄関の開く音が聞こえてきた。
「帰ってきた……!」
克哉は弾かれるように飛び起きて、足早に寝室を出る。
ようやく帰宅した御堂とリビングで鉢合わせて、克哉は安堵と嬉しさを隠せずに微笑んだ。
「お帰りなさい、御堂さん。お疲れ様でした」
「ただいま。まだ、起きていたのか?」
「い、いえ。ベッドで、うとうとしていましたよ」
「そうか」
一見、御堂はいつもと変わらない様子だった。
克哉は御堂からカバンを受け取ると、寝室の方へ向かう御堂の後についていく。
その足取りが、やや心もとない。
案の定、寝室に入るときにふらついて、御堂はドアに肩をぶつけた。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
酔っ払いは、絶対に自分は酔っていないと言い張るものだ。
御堂も顔にはまったく出ていなかったが、かなり酔っているのだろう。
時折ふらつきながらも着替えを始めた御堂を、克哉ははらはらしながら見守る。
御堂は酒を飲むのは好きだが、酔って醜態を晒すような真似は決してしない。
ほぼ毎日口にするワインも、あくまで味や香りを楽しんでいるのであって、きちんと適量というものを弁えているようだった。
いわゆる体育会系の本多や克哉達の飲み方を見たら、御堂はきっと眉を顰めることだろう。
しかし今日ばかりは、お偉いさん達から相当飲まされたに違いない。
なんとか無事に寝巻きに着替え終えた御堂は、ベッドの端に腰掛けると、疲れ果てたように項垂れた。
「……お水、持ってきましょうか?」
「いや、いい」
克哉が尋ねると、御堂は即答する。
そのかわり、
「ここに、座れ」
と言いながら、自分の隣りのスペースをぽんぽんと叩いた。
「は、はあ……」
御堂は項垂れたままで、その表情は克哉には見えない。
命じられた場所に腰を下ろしながら、克哉は内心ビクついていた。
克哉は御堂が酔ったところを見たことが無いから、御堂が酔うとどう変わるのかを知らない。
陽気になるタイプとか、泣き出すタイプとか、人によって色々あるだろう。
この調子だと、もしかしてお説教が始まるのだろうか?
やや緊張気味で身構えていると、突然御堂の身体が克哉の方に倒れ込んできた。
「え、えっ……?!」
なんだなんだと驚いているうちに、御堂はちゃっかり克哉の膝に頭を乗せて仰向けになると、それきり動かなくなってしまった。
「あの……御堂さん?」
「……」
「みど……」
御堂は克哉の膝枕で、じっと目を閉じている。
克哉は思わずこの状況のことも忘れて、その顔に見惚れてしまった。
綺麗な人だな、と思う。
男の人にこんな表現は相応しくないのかもしれないけれど、やはりそう思ってしまうのだ。
通った鼻筋も、薄い唇も、シャープな顎のラインも、今は閉じている、鋭くて熱い眼差しも、全てが綺麗だ。
しかし、いつまでも見惚れている場合ではない。
このまま寝てしまわれては困る。
克哉は心配になって、御堂の肩を軽く揺さぶった。
「御堂さん、寝ちゃうんですか? ちゃんと布団に入らないと、風邪ひいちゃいますよ?」
「……」
「御堂さん」
もしや、もう眠ってしまったのだろうか。
さてどうしたものかと考えあぐねていると、目を閉じたままの御堂がぽつりと呟いた。
「……きだ」
「え?」
「好きだ」
克哉は耳を疑った。
「あ、あの……?」
「君が好きだ」
「……」
どうやら聞き間違いではないらしい。
さすがにいつもの強い口調とは違って、なんとなく呂律が回っていないような気もするが、それでもきちんと聞き取れるレベルだ。
酔った勢いとはいえ、こんなにストレートに口にされるとなんだか照れてしまう。
なにより、御堂らしくない。
「あの、ええと……」
「君はどうなんだ」
「あ、は、はい……オレも、好きです」
「そうか」
御堂の口元が、ほんの少し笑みの形に変わる。
御堂が目を閉じていてくれて良かった。
とてもじゃないが、今は視線を合わせられる自信がない。
自分の顔がどれだけ赤くなっているか、克哉には見なくても簡単に想像がついた。
「……キスがしたい」
「はっ、はい!」
思わず返事をしたものの、照れ臭くて躊躇ってしまう。
克哉は身体を折り曲げると、おずおずと御堂の頬にキスをした。
「そこじゃないだろう」
「え、っと……」
もう一度、今度はしっかりと唇にキスをする。
こんな御堂が見られるのなら、酔って帰ってこられるのも悪くないなと思った。
それにしても、顔が熱い。
頭がくらくらしてくる。
これではまるで、自分の方が酔っているようだ。
「君が、好きだ……」
キスが終わると、御堂はもう一度呟いて、今度こそ本当に眠ってしまったらしい。
その寝顔を見つめながら、克哉はしばらく御堂の柔らかな前髪を、指先でそっと梳いていた。
翌朝、克哉が目覚めると御堂は既にベッドにはいなかった。
リビングに行き、コーヒーを淹れようとしているところに、シャワーを浴びていたらしい御堂がバスローブ姿でやってくる。
「あ、おはようございます」
「おはよう」
御堂はいつもと変わらない様子で答えて、ソファに腰掛けた。
「先にコーヒー飲みますか?」
「ああ、頼む」
克哉は新聞を開いている御堂の前にコーヒーを運んで、キッチンへと戻る。
さて朝食をどうしようかと考えて、克哉は御堂に声をかけた。
「御堂さん、大丈夫なんですか?」
「なにがだ?」
「昨日、ずいぶん飲んでいたみたいだから……二日酔いになっていないかと思って」
「いや、まったく問題ない」
「そうですか。良かった」
なら、いつも通りのメニューで用意しても大丈夫だろう。
スクランブルエッグでもいいだろうか。
克哉はふと、御堂が昨夜のことを覚えているのかどうかが気になった。
「……御堂さん」
「ん?」
「昨夜のことって……覚えていますか?」
冷蔵庫から卵を取り出しながら、さりげなく御堂の後ろ姿に尋ねる。
返事があったのは、カップをソーサーに置く音が微かに聞こえてからだった。
「……私は君に、何か迷惑をかけたか?」
「え、いえ。特には」
それきり、会話は途切れてしまう。
あの後、御堂を起こさないよう膝から下ろし、布団を掛けて眠った。
そのことを、「迷惑をかけられた」とは思っていない。
それどころかいつにない出来事にドキドキして、しばらく眠れなかったほどだ。
結局、御堂は何も覚えていないのかもしれない。
でも、それはそれで構わないと思った。
覚えていてもいなくても、御堂が言ってくれた言葉であることには変わりない。
そして、それがとても嬉しかったことも。
「……克哉」
「はい?」
克哉はボールに卵を割りながら、御堂の声を聞く。
御堂は淡々とした口調で言った。
「私は酔っているからといって、嘘を言ったりはしない」
「は、い……?」
思わず、克哉の手が止まる。
それは、いったいどういう意味だろう。
やはり自分の言ったことを、ちゃんと覚えているのだろうか。
それとももしかしたら、それほど酔ってすらいなかったのかもしれない。
克哉はキッチンのカウンター越しに、御堂の後ろ姿をちらりと覗き見た。
顔は見えないけれど、耳が僅かに赤い。
克哉はこっそり微笑みながら、朝食はスクランブルエッグではなくて、オムレツにしようと思った。
- end -
2008.12.29
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