Classical

CALL

「孝典さん……」
「どうした?」
聞き返されて、急に恥ずかしくなる。
別に話したいことがあって呼んだわけではなかったからだ。
ただ、呼びたくなったから。
御堂を前にすると、無意識に名前を呼びたくなる、手を伸ばしたくなる。
克哉はその照れ臭さを誤魔化すように、御堂の胸に顔を埋めた。
「……可笑しな奴だ」
ふっと笑いながら、それでも御堂は緩く抱き締めてくれる。
何度も髪にくちづけられて、その柔らかな感触が心地好い。
さっき肌を重ねたばかりなのに、また恋しくなって、克哉はシーツの奥で御堂に足を絡ませた。
「……そういえば、今日は呼び捨てにしてくれなかったな」
「え?」
「最近、私を呼び捨てにすることがあるじゃないか」
「……え?」
御堂は何を言っているのだろう。
克哉はきょとんとしながら、御堂の顔を見つめる。
「オレが……孝典さんを、呼び捨てに?」
「ああ、そうだ。君が、私を」
「……」
「……まさか、気づいていなかったのか?」
克哉の反応に、御堂もまた戸惑った表情を浮かべている。
その様子を見て、御堂が決して冗談を言っているわけではないということが克哉にも分かった。
「……嘘」
次の瞬間、克哉はうわあああと弱々しい叫び声を上げながら、布団の中に頭まで潜り込んでしまった。
嘘だ。
御堂を呼び捨てにするだなんて、そんなこと出来るわけがない。
(だって、呼び捨てってことは……たかの……)
克哉がもう一度、うわあああと喚く。
考えただけで恥ずかしくて、死にたくなった。
きっと夢中になり過ぎて、うっかり呼んでしまっていたのだろう。
もしかしたら、ただ単に「さん」をつけそびれたか、そこだけが声になっていなかったという可能性もある。
けれど御堂の言い方だと、最近になってその頻度が上がっているようだから、やはり無意識に呼び捨てにしていたのかもしれない。
恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
いつまでも布団の中で悶えている克哉に痺れを切らしたのか、御堂は強引にそれを剥ぎ取ろうとした。
「克哉! 何をやっているんだ、君は」
「だって……そんな……!」
「別に、呼び捨てぐらい構わないだろう。君は私の……恋人なのだから」
「……」
その言葉に、克哉はもぞもぞと布団の中から半分だけ顔を出す。
それでもまだ御堂の顔をまともに見られなくて、克哉は落ち着き無く視線を泳がせた。
「……イヤじゃ、ないんですか?」
「嫌だと思う理由がない」
「でも……」
やはり、恥ずかしい。
たとえ御堂が受け入れてくれても、その気持ちはどうしても拭えない。
無自覚だからこそ出来たことで、素面で呼ぶことなど到底出来そうになかった。
いくら恋人とはいえ、御堂は七つも年上だ。
それに恋人になった今でも、克哉にとって御堂は常に尊敬と憧れの対象であり、 名前を呼び捨てにするなどおこがましくさえ思える。
いつかはそんな日が来ればいいとも思うが、少なくとも今の自分にはまだ早いような気がした。
「やっぱり、呼び捨てはいくらなんでも……。これからは、気をつけます……」
克哉がしょげながら謝ると、御堂の表情が一変した。
氷のように冷たい目つきで克哉を一睨みしたかと思うと、くるりと背中を向けてしまう。
「孝典さん? あ、あの」
「君は何も分かっていないな」
「え? あれっ……?」
どうやら、御堂を怒らせてしまったらしい。
本気で怒っているわけではないのかもしれないけれど、機嫌を損ねてしまったのは事実のようだ。
呼ばないように気をつける、と言って怒らせてしまったのなら、それは呼んだほうがいいということだろうか。
(もしかして……孝典さん、嬉しかったのかな……?)
確かに克哉自身も「佐伯君」と呼ばれるよりは、「克哉」と呼ばれたほうが嬉しい。
一気に距離が縮まるような気がする。
御堂が喜んでくれるのであれば、是非ともそうしたいところなのだが、やはり簡単には出来そうもない。
それならばと、克哉は思いきって御堂の肩に手を掛けると、彼を無理矢理こちらに向かせた。
「克哉……っ?!」
克哉は噛みつくように、御堂にくちづける。
強引に歯列を割って、その奥に舌を滑り込ませた。
口内を乱暴に掻き回し、舌を強く吸い上げる。
その荒々しいくちづけに驚いたのか、御堂は克哉の肩をぐいと押し返した。
「なんなんだ、いきなり……!」
「……」
御堂を睨みつける克哉の瞳は潤んでいて、全く迫力は無い。
克哉は互いの上に掛かっていたシーツを勢いよく剥ぐと、身体をずらして、御堂の下肢へと顔を運んだ。
「克哉……!」
克哉は御堂の中心に手を添えると、先端に舌を這わせる。
亀裂を抉り、握っている手をゆるゆると動かした。
それからまだ柔らかなそこに唇を被せ、円を描くように舌を動かす。
時折唇で強く挟み込み、緩急をつけて吸い上げていると、それは次第に熱を帯びてくる。
口内で熱く、硬くなっていく御堂のものを、克哉は熱心に愛撫した。
「克哉……どういう、つもりだ……」
頭上から聞こえた御堂の戸惑った声に、克哉は屹立から手を離さないまま答える。
「だって……こうでもしないと、あなたを呼び捨てには出来そうにないから……」
「克哉……」
羞恥心を振り切るように、克哉は御堂への愛撫を再開する。
御堂を悦ばせたい。
名前を呼び捨てにするぐらい、どうということもなさそうなのに、それすら出来ないのなら、他に方法が思いつかなかった。
唾液を溢れさせながら、愛しげに行為を続ける克哉の髪に、御堂の指先がそっと触れる。
「克哉……私にもさせるんだ」
「あ……」
御堂から言われて、克哉は顔を赤くする。
それでもおずおずと身体を反転させると、御堂に向けて尻を突き出した。
本当は、さっきから疼いて仕方なかったのだ。
御堂の手のひらになだらかな双丘を包み込まれただけで、克哉はそこをひくつかせる。
「……腰が揺れているぞ」
「んっ……」
からかうような言葉に、克哉はぶるりと全身を震わせた。
指先が狭間を押し広げ、暖かな吐息が肌に掛かる。
「あ、あぁっ……!」
窄めた舌の先に入口を突かれた瞬間、克哉は大きく背中をしならせた。
御堂はそのまま顔を埋めるようにして、克哉の後孔に舌を差し入れる。
シーツについた膝ががくがくと戦慄いて、今にも崩れてしまいそうだ。
時折指でも掻き回され、わざと大きな水音を立てられ、全身が燃えるように熱くなっていく。
克哉は息も切れ切れになりながら、それでも負けじとばかりに自分も御堂の屹立を口に含んだ。
まるで、獣だ。
次第に思考は麻痺して、恥ずかしさも躊躇いも消えていく。
ただ相手を喰らい尽くそうとする、獣になっていく。
全身全霊で求め、与えられる快感。
どれだけ乱れても、きっと御堂は受け止めてくれるはずだと克哉は信じていた。
「孝典、さん……もう……」
早く、御堂が欲しい。
その想いを伝えるように、克哉の先端から零れた透明な蜜が、御堂の胸に落ちていく。
「……自分で挿れるんだ」
「は、い……」
克哉は向き直ると、御堂の屹立に自ら腰を落としていった。
濡れそぼったそこが、ゆっくりと熱い楔を飲み込んでいくごとに、克哉は短い声で喘ぐ。
「あっ……あ……あぁぁっ……!」
不意に御堂が腰を突き出し、克哉の奥を一気に貫いた。
急すぎる快感に襲われ、克哉はそれに耐えられないといった風に髪を振り乱す。
「ああッ……! あっ! はぁッ! 孝典、さんっ……!」
克哉は御堂の胸に手をつくと、御堂の動きに合わせて自らも腰を動かす。
硬く滑らかな先端に弱いところを突かれ、そのたびに身体がびくびくと跳ねた。
擦られ、中を満たされる熱に、我を忘れてしまう。
何も考えられなくなっていく。
胸の内に湧き起こるのは、ただ御堂を愛しているという想いだけだ。
「孝典さ……好き……大、好き……!」
「克哉……」
「ん、んっ……!」
脇腹を撫でられて、またしても克哉の身体が大きく跳ねる。
律動に刺激された屹立は、触れられてもいないのに今にも弾けそうなほどに脈打っていた。
「あッ、気持ち、いい…っ……孝典、さん……いいッ……!」
「克哉……もっと、動くんだ……」
克哉は言われるがまま、夢中で腰をグラインドさせる。
最初の目的さえ忘れ、もう絶頂に達することだけしか考えられなくなっていた。
ベッドのスプリングの軋む音が、二人の動き同様に激しくなっていく。
身体の奥から、何かがじわじわと迫り上げてくる。
「もう、無理…っ……孝典、さん……孝典…ッ……!」
「……!」
ちょうど最奥を突いたとき、克哉の唇から待ち望んでいた言葉が零れ、御堂は堪えきれずに達してしまった。
注ぎ込まれた欲望を感じて、克哉の屹立からも精が迸る。
「ぅ、あぁ……ッ……!」
「くっ……」
後孔にきつく締め付けられた御堂が、顔を歪ませる。
克哉の腰がびくびくと震えるたび、白濁した液体が先端から溢れ、御堂の肌に飛び散った。
克哉は大きく肩を上下させながら、やがて御堂の上にどさりと倒れ込む。
「はぁっ……はぁ……はぁ……」
「克哉……」
御堂の手が、汗に濡れた克哉の背中に回る。
胸に押し付けられた克哉の耳には、御堂の激しい鼓動が聞こえていた。
「……今度は、呼んでくれたな」
「え……?」
克哉は顔を上げる。
御堂は何を言っているのだろう。
そう思ってしまったのは、ほんの僅かな時間でしかなかったけれど、やはり御堂には見抜かれてしまったようだ。
「克哉……君は……」
「あ、あのっ、ええと……」
今度も無意識だったのでは、きっとまた御堂を怒らせてしまう。
内心慌てる克哉を前に、意外にも御堂は噴き出した。
「まったく……君は、本当に面白いな」
「え? え? あの」
「まあ、いい」
そして、再び腕の中に抱き込まれる。
オレの何処が面白いのだろうと、今度こそ克哉は疑問に思った。
けれど御堂は克哉の髪にくちづけながら、言う。
「焦るようなことじゃない。君が慣れるまで、待つとしよう」
「孝典さん……」
「だが、私は気は長くないぞ?」
「はい」
知っています、と囁いて、克哉は御堂にキスをする。
大好きな人。
いつでも、何度でも、呼びたくなる。
呼べば答えてくれる、その声さえ愛しい。
自然と呼び捨てに出来る日も、そう遠くないような気がした。

- end -
2009.07.21



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