Classical

BITTER SWEET MEMORIES

シャワーの後の濡れた髪をタオルで擦りながら、克哉はベッドの端に腰掛けた。
今日は御堂も自分も仕事が早く終わったし、明日は休日だと思うと、なんだかほっとする。
来週からはまた年末に向けて忙しくなるから、明日は二人でのんびり過ごせたらいい。
そんなことを考えながら何気なく向けた視線が、ベッドサイドに置いてある黒いチェストに留まった。
「……」
四段あるうちの、一番下の引き出し。
そこに何が入っているのか、克哉は知っている。
愛し合うとき、御堂がちょっとした悪戯心で克哉に使う―――いわゆる、大人の玩具というやつだ。
御堂は別に隠すつもりもないらしいが、克哉が自分でそこを開けてみたことはない。
なんというか、あまりまじまじと見てみたいものでもなかった。
(そういえば……)
最近の御堂は、あまりこういったものを使おうとしなくなったような気がする。
もちろん、どんな刺激的な道具よりも、御堂自身に愛されるのが一番気持ちがいいから、それを残念だとは思わない。
ただそのとき克哉の脳裏に、ある出来事が蘇った。
「アレ……なんだったんだろう……」
それは御堂に、<接待>を強要されていたときのことだ。
何度目かに呼び出されたホテルで、御堂は克哉にある道具を使用した。
白いプラスチック製のそれは、御堂曰く、元々は医療器具として開発されたものだったらしい。
御堂はそれを、克哉の後孔に突き立てた。
うつ伏せの体勢で、両手首を後ろで拘束されていた克哉には、それがなんなのかよく分からなかった。
しかし挿入されてしばらく経つと、それは克哉に恐ろしいほどの快感をもたらした。
触れるでもなく、動かすこともしていないのに、突然克哉の中のあらゆる敏感な場所を刺激しはじめ、危うくパニックを起こしかけたことを覚えている。
御堂と付き合うようになってから、アレを使われたことはない。
それにしても、なんという名前の器具だっただろうか?
(なんだっけ……なんとかクラ……? アライグマ……みたいな……)
名称のニュアンスだけは思い出せるのだが、どうもピンと来ない。
忘れたからといってなんの問題も無いはずなのに、一度気になりだすと、もうどうしようもなかった。
克哉はしばらく頭を抱えてうんうん唸っていたが、ふと思い立った。
(アレも、そこに入ってるのかな……)
克哉は再び、例の引き出しを見つめる。
実物を目にすれば、名前も思い出せるかもしれないと思った。
御堂がシャワーから戻るまでには、まだ少し時間があるだろう。
克哉は思いきってチェストの前に跪くと、恐る恐るその引き出しを開けてみた。
「……」
いきなりえげつない光景が目に飛び込んでくるものだとばかり思っていた克哉は、ほっと息を吐く。
中には幾つもの箱が並んでいるだけで、一見しただけでは中身までは分からないようになっていた。
考えてみれば、御堂が剥き出しでそれらを仕舞っておくはずもない。
克哉はその内のひとつを手に取ると、僅かに蓋を開けて中を覗き込んだ。
「う、わ……」
思わず声が漏れてしまう。
ピンク色をしたそれは、確か以前に使ったことがあるものだった。
なんだかとてつもなく恥ずかしくなって、急いで蓋をする。
それから克哉は何度か同じことを繰り返したが、それらしきものは見つけられなかった。
「ここには、無いのかな……」
克哉が呟いた、そのときだった。
「何をしているんだ?」
「?!!!」
驚きすぎて、心臓が止まるかと思った。
振り返ると、いつの間にか御堂が後ろに立っていて、にやにやと笑いながらこちらを見下ろしている。
探すことに夢中になっていて、御堂が戻ってきたことに気づかなかったらしい。
最悪の状況に、克哉は慌てふためいた。
「あ、あああの、これは! 違うんです! そうじゃなくて!」
「私はまだ何も言っていないが……。そういえば、最近はあまり使っていなかったな。使いたいようなものは、あったか?」
御堂は克哉の隣りに跪くと、肩を抱き寄せる。
克哉はますます慌てて、必死で言い訳を続けた。
「だから、違うんです! そうじゃなくて、ただ思い出したかっただけで……」
「思い出す? なにを?」
御堂の表情が一変して、克哉はハッとする。
余計なことを言ってしまったかもしれない。
そう気づいたときには、もう遅かった。
「いったい、何を思い出したかったんだ?」
「あ、あの……別に使いたいとか、そういうことじゃないんですけど……」
「だから、なにを」
「その……名前を……」
「名前?」
ぐずぐずと言い訳を長引かせる克哉に、御堂は眉根を寄せる。
ここまで来たら、言わずには済まされないだろう。
克哉はようやく諦めて、素直に白状することにした。
「前に、御堂さんがオレに使った……その……医療器具だった、っていう……」
「ああ」
その説明で、御堂はすぐに分かったらしい。
「エネマグラのことか?」
「エネマグラ……!」
あっさりと御堂が口にした単語に、克哉の表情がぱあっと明るくなる。
実際、目の前が急に開けたような気がして、克哉はすっかり上機嫌になった。
「そうか、エネマグラでしたね! そうだ、そうだ、やっと思い出した……」
そんな満面の笑みで言うようなことだろうか。
半ば呆気に取られている御堂をよそに、克哉はひとりで頷いている。
「ありがとうございます、御堂さん。おかげで、すっきりしました」
「……名前を思い出せただけで、すっきりしたのか?」
「え?」
御堂がにやりと笑う。
嫌な予感に内心びくつきながらも、克哉は最後の悪足掻きをしてみせる。
「え、ええと……それは、どういう意味でしょう……?」
すっとぼけるという全く効果の無さそうな手段を選んだ克哉に、案の定御堂は喉の奥で笑いながら顔を近づけてきた。
「アレを、もう一度使ってみたいと思ったんじゃないのか? あのとき君は、相当よがっていたからな」
「ちちち違います! そんなことは」
「別に恥ずかしがることはない。素直になれ」
「だから、ほんとに……」
顔を真っ赤にしながら反論しつづける克哉を、御堂はからかい続ける。
しかし不意にその笑みは、何処か冷めたような、苦笑じみたものに変わった。
「……冗談だ」
「御堂…さん……?」
ぽかんとしている克哉の肩から、御堂の手がすっと離れる。
御堂は克哉から僅かに視線を逸らして、言った。
「あれは、もう処分した」
「えっ」
克哉は少しばかり戸惑って、聞き返す。
「処分? 捨てたんですか?」
「ああ、そうだ。……万が一、君の目に触れることがあってはいけないと思ってな。君も、思い出したくはないだろう?」
「御堂さん……」
克哉の胸に、嬉しさと切なさが込み上げてくる。
嬉しかったのは、御堂が自分を思いやってくれたから。
切なかったのは、御堂がまだあの時のことに対して罪悪感を持っているのだと分かったから。
もう気にしてはいないと、幾度となく御堂に自分の気持ちを話したことはある。
それでもきっと、御堂の心の中には未だしこりが残っているのだろう。
多分、克哉以上に。
克哉はそれを気にするどころか、アレを捨てたと聞いて、ほんの少し残念に思う気持ちすらあったのだ。
どうやら自分は、御堂が思うよりもずっと神経が太いらしい。
克哉はなんだか気まずくなってしまって、苦笑した。
「……ありがとうございます、御堂さん」
けれど御堂の気遣いは、素直に嬉しい。
克哉は御堂の首に手を回してしがみつくと、御堂を労わるように耳元で囁いた。
「でもオレ、もう本当に平気ですから……」
「克哉……」
躊躇いがちに名前を呼んでくる御堂が愛しくて、克哉は御堂を抱き締める。
やがて御堂も克哉の背中に手を回し、二人はきつく抱き締め合った。
こんなとき、御堂に出会えて本当に良かったと思う。
克哉が全身を包み込むような幸福感に酔い痴れていると、御堂の唇が耳朶に触れた。
「……それで? 結局、今夜はどれが使いたいんだ?」
「え……?」
克哉は顔を離して、御堂を見た。
御堂はもうさっきの笑みに戻っていて、やはりこのままでは済まされなかったかと、克哉は自分の迂闊さに肩を落とした。

自分から道具を指定することなど出来るはずもなく、「お任せします」とだけ答えた克哉を、御堂は嬉々として拘束した。
裸の上半身につけられたハーネス状の枷は、肩先から鎖が伸びていて、膝上付近に巻かれたベルトに繋がれている。
そのうえ手首と足首までも別の鎖で繋がれ、克哉は否応無しに両足を大きく開く格好にさせられていた。
御堂はいったい、何処からどうやってこんなものを手に入れてくるのだろう。
一度聞いてみたい気もするが、聞かないほうがいいような気もする。
それにしても御堂に見られたことのない場所など皆無になった今でも、さすがにこれは恥ずかしい。
しかも克哉の中心は、もう緩く頭をもたげはじめていた。
御堂はそんな克哉を真正面から眺めながら、口元を歪める。
「どうした? 恥ずかしいのか?」
「あ、当たり前です……! こんな……」
「だが、既に興奮しているようだな」
「あっ……」
御堂はからかうように言って、克哉の先端を爪の先で弾く。
かあっと頬が熱くなり、克哉は泣きたくなった。
やはり、御堂に任せるなどと言うんじゃなかった。
早くも後悔している克哉を、御堂は嘲るように笑う。
「せっかくだから、君も楽しむといい」
御堂は言いながら、ピンク色をしたバイブの電源を入れる。
途端に振動を始めたそれを、克哉の唇に近づけた。
「……舐めろ」
「…んっ……」
克哉はおずおずと舌を差し出し、震える先端に這わせる。
幾度も周囲を舐め、やがて唇を被せると口に含んだ。
口内の粘膜に振動が伝わり、舌や唇を刺激する。
機械なのだから気にする必要もないのに、無意識に歯を立てないようにしていた。
目を伏せると、御堂に奉仕しているときのことが思い浮かぶ。
いつの間にか克哉は夢中になって、それをしゃぶっていた。
「随分と、美味しそうだな……」
「んんっ……」
そんな言葉にさえ、克哉の中心は反応を見せる。
そこはさっきよりも硬さを増して、はっきりと欲望を主張していた。
やがて御堂はバイブを引き抜くと、唾液に塗れたそれを克哉の胸の尖りに押し付ける。
「あっ……!」
先端で尖りの周辺を円を描くように撫でまわされる。
伝わってくる規則的な振動に腰の辺りがむずむずして、克哉は身体を震わせた。
バイブはそのまま脇腹を滑り、今度は臍の周りを動き回る。
全身を這うくすぐったさに身を捩りながら、甘い期待に鼓動はスピードを上げていった。
低く唸るような音の中に、克哉の弾みだす吐息の音が混じる。
そして屹立にもそれを押し付けられた瞬間、克哉は大きく腰を跳ねさせた。
「ん、ああぁっ……!」
輪郭を辿るように、バイブでそこを撫でられる。
そのうちに御堂は克哉のものとそれを一緒に握り締め、緩く手を動かしはじめた。
「あっ、やっ……あ、はぁっ……」
上下に擦られる快感と、同時に与えられる震動に、克哉は思わず腰を揺らす。
先端からは透明な雫が零れて、御堂の手を塗らしていた。
「……すごいな。ひくついているのが丸見えだぞ」
「やっ……」
恥ずかしさに思わず足を閉じようとして、鎖が金属音を立てる。
大きく開かれたままの後孔は、御堂の言う通り、ひくひくと収縮を繰り返していた。
「……そういえば、これはまだ使ったことがなかったな」
御堂は一旦手を離すと、足元に置いてあった何かのチューブを手に取った。
蓋を開け、白いクリームのようなそれを捻り出すと、バイブの先端にたっぷりと塗りつける。
「……御堂さん……それ……?」
「心配するな。力を抜け」
不安に緊張していた克哉は、細く息を吐き出した。
クリームでてらてらと光ったバイブが、克哉の後孔に宛がわれる。
先端が入り込んでくると、克哉はせつなげな声を漏らした。
「あ、はっ……」
容量を持ったそれが、克哉の中をゆっくりと貫いていく。
圧迫感に苦しげな息を吐くうち、内部にじんわりと妙な感覚が広がっていった。
「っ…なに……これ……っ」
熱いような、むず痒いような感覚に襲われて、克哉は慌てる。
どうやら御堂が塗ったそれは、性交時の感度を上げる働きをするようなものだったらしい。
後孔が疼いて締まるたびに、中にあるバイブをきつく咥え込む。
御堂はバイブの角度を変えながら、克哉の中にある感じる場所を的確に探っていった。
「御堂、さん……! やっ……ああっ……どうし、て……」
克哉の痴態に、御堂は満足げに目を細める。
「随分と良さそうだな。私よりもいいんじゃないか?」
「そんなっ……こと……」
克哉の屹立はびくびくと跳ねて、今にも弾けそうになっている。
先端からだらだらと溢れる蜜の、その感触にさえ果ててしまいそうだ。
御堂がバイブを出し入れするたびに、グチグチと粘着質な音が響く。
羞恥も忘れ、目尻に涙を滲ませながら、克哉は懇願した。
「御堂、さん……もう、お願い……!」
「お願い? どんなお願いだ?」
御堂は手を止めないまま克哉に顔を寄せると、その乾いた唇を舐めてやった。
「このままじゃ……イッちゃう………」
「それは駄目だ」
「ん、ああっ……!」
根元を痛いほどにきつく握られて、克哉は目を見開いて喘ぐ。
開きっぱなしの唇の間から覗く舌を、御堂は軽く噛んだ。
「きちんと言うんだ。何を、どうしてほしいのか」
「ん、っ……」
顔にかかる吐息にすら、感じてしまう。
克哉は自由にならない手を必死で伸ばし、御堂の腰を抱き寄せようとした。
「孝典…さん……あなたが、欲しい……」
「それじゃあ、分からないな。もっと具体的に言わなければ」
「そんなっ……」
なんて言えば、御堂は解放してくれるのだろう。
蕩けそうになっている克哉には、考えることすら出来ない。
強い刺激を求めて無意識に腰を突き出すと、御堂はわざと手を引く。
中が燃えるように熱い。
克哉の目尻から、とうとう涙が零れた。
「……オレに……入れて、ください……」
「入れているじゃないか」
「そうじゃ、なくて……!」
「これでは不満なのか? では、何を入れてほしいんだ?」
「っ……」
御堂は意地悪く囁きながら、克哉の唇に耳を近づけた。
「さあ、言ってみろ。何を、何処に入れてほしい?」
「……」
もう、何も考えられない。
ただ御堂が欲しくてたまらない。
その為なら、なんでもする。
乱れる息を無理矢理吸い込むと、喉がひゅっと鳴った。
恥ずかしさともどかしさで叫びたくなりながら、克哉は御堂の耳に唇を押しつける。
「あ、あなたの……―――」
自ら口にしたその言葉に、全身がぶるりと震えた。
死にたいぐらいに恥ずかしい。
恥ずかしいのに、酷く興奮している。
「……いい子だ」
御堂は呟いて、克哉にくちづけた。
舌を絡めながら、バイブが引き抜かれる。
ずるりと内部が引きずり出される感覚に、克哉は喉の奥で喘いだ。
「お前が欲しいのは、これか……?」
御堂はバスローブの前を肌蹴け、下着を脱ぎ捨てる。
バイブと入れ替わりにあてがわれた御堂の中心に、克哉は強請るように自由にならない腰を突き出した。
「これ……欲しい……早く、入れて……!」
「そう、急かすな……」
そして御堂がずんと腰を突き出した瞬間、克哉の体が大きくうねった。
「ああああッ……!!」
大きく足を開いているせいで、いつもよりも深く御堂と繋がる。
バイブとは違う温度を持った塊が、克哉の中を抉り、満たしていく。
頭の芯まで痺れるような快感に、克哉は我を忘れて嬌声を上げた。
「あっ! あっ…! い、いいッ……! 孝典さん……!」
「これは……すごい、な……」
克哉に塗った薬は、当然御堂自身にも影響を与えている。
御堂もまた歯止めが効かなくなったように、激しく克哉を突きあげた。
御堂の硬い先端に幾度も突かれ、内壁を擦り上げられるたびに、克哉を繋ぐ幾つもの鎖がやかましい音を立てる。
全身が、燃えるように熱い。
御堂の濡れた吐息が顎に掛かる。
唇を塞がれ、息苦しさと快感に涙が零れる。
「ダメ……もう、イかせて……孝典さん……!」
あと少しも我慢出来ない。
克哉が顔を左右に振ると、薄茶色の髪の先からぱたぱたと汗が飛び散った。
御堂の腰の動きが速くなり、ベッドが激しく軋む。
そして一際強く御堂が貫いた瞬間、克哉の中心からは白濁した精が噴き上げた。
「ん、んんッ……ああぁッ―――!!」
「く…ッ……!」
熱い奔流が、克哉の中を駆け巡る。
頭の中が真っ白になって、上も下も分からないほどだ。
幾度も寄せる快感の波に、克哉の痙攣はなかなか治まらなかった。
「はっ……はぁ……はぁ、はぁ……」
「克哉……」
御堂は呼吸が整うのも待たずに、克哉の拘束を外していく。
ようやく自由になった両手で、克哉はすぐに御堂を抱き締めた。
「御堂……さん……」
濡れた肌をぴったりと重ね合わせ、二人はくちづけを交わす。
心も身体も満たされた中、明日が休みで良かったと、克哉はそんなことをぼんやり思っていた。

「……それで、どうする?」
しばらくして落ち着いた頃、御堂に尋ねられ、既に眠気を覚えていた克哉はとろんとした視線を向けた。
「何が……ですか?」
「例の道具だ。もう一度、買ったほうがいいか?」
「……!! あ、いえ、その、別に……」
なんと答えればいいのだろう。
ここで要らないと言ったら、やはりあのときのことを思い出したくないのかと、御堂は誤解するかもしれない。
それに正直なところ、まったく興味がないといえば嘘になる。
迷った挙句、克哉は答えた。
「み、御堂さんが、欲しいなら……」
顔を真っ赤にしながら言った克哉に、御堂は一瞬目を丸くして、それから肩を震わせて笑った。

- end -
2008.12.04



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