Classical

all for you

久し振りに訪れたレンタルビデオ店では、偶然にも克哉が大学生の頃によく聴いていたロックバンドの曲が流れていた。
懐かしさについ小声で一緒に口ずさみながら、洋画のコーナーをゆっくりと見て回る。
ひとりで暮らしていた頃、よくこの店に映画やドラマのDVDを借りに来た。
それが久し振りになってしまった理由はもちろん、克哉が引っ越して御堂と一緒に住むようになったからだ。
御堂はそういった娯楽にはあまり興味がないようだったし、 克哉にとってもDVD鑑賞は暇潰しのようなものだったから、それを不満に思ったことはない。
けれど今日、仕事帰りの車の中で何故か映画の話になって。
克哉が以前はよくDVDを借りて見ていたという話をしたところ、御堂が興味を示したのだった。
克哉は、嬉しかった。
克哉自身も御堂と付き合い始めてから、一緒にジムに通ったり、スカッシュをやるようになったりした。
もともと体を動かすことは好きだったけれど、御堂がやっていなければ、始めようとは思わなかっただろう。
ワインのことだって、その知識はまだまだ御堂の足元にも及ばないけれど、以前より少しは詳しくなっている。
それもこれも、御堂の好きなことを知りたいという欲求からに他ならない。
御堂の好きなものを、御堂と一緒に楽しみたかった。
だから御堂が克哉の話に興味を持ってくれて、 どうせ会員カードがあるならと、この店まで足を伸ばしてくれたことが、克哉には嬉しくて仕方がなかった。
御堂も自分と同じように思ってくれているのだと、分かったからだ。
克哉は御堂も楽しめそうな作品はないかと、棚を眺めて歩く。
そのときふと、一本の洋画のタイトルが目に入った。
「これ……」
克哉はそれを手に取った。
ちょうど今流れている曲を聴いていた頃、映画館に見に行った作品だ。
借金を抱えた孤独な主人公の男が、ある少年を誘拐する。
しかし少年は少しも怯える様子を見せず、不思議に思って話を聞くと、彼は母親から虐待に近い行為を受けていた。
似たような境遇で育った主人公と、少年の間に友情のようなものが生まれる。
最終的に主人公は捕まってしまうのだが―――。
ストーリーはさほど目新しいものでもなかったが、当時なにより話題になったのは、出演している子役の演技だった。
どんなドラマや映画を見ても泣くことなどなかったのに、その迫真の演技には思わず泣かされてしまったことを思い出す。
(あの時は、恥ずかしかったなぁ……)
パッケージを見つめながら克哉が苦笑していると、不意に背後から御堂が覗き込んできた。
「……それが、いいのか?」
「えっ」
声を掛けられて、克哉は我に返る。
御堂の顔を見た後、手の中のDVDに改めて気づくと、慌ててそれを棚に戻した。
「い、いえっ、これはやめておきましょう」
しかし克哉の不自然な態度に、御堂は不審な目を向けてくる。
「何故だ? これが良かったんじゃないのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
確かに、もう一度見たい。
しかし見れば、またあのシーンで泣いてしまうような気がする。
それを御堂に見られるのは恥ずかしかった。
「違うのにしましょうよ。御堂さんは、なにか……」
克哉はなんとか御堂の興味を逸らそうとしたが、逆効果だったようだ。
御堂は克哉の戻したDVDのパッケージをすかさず手に取ると、ためつすがめつしてそれを見る。
「ふぅん……。なかなか、面白そうじゃないか。これにしよう」
「えっ! な、なんでですか!」
焦って尋ねる克哉に、御堂はにやりと笑いながら答える。
「君がそうまでしてこれを避ける理由を、知りたいからな」
克哉は自分の迂闊さに、がっくりと肩を落とすしかなかった。

映画を見始めてからしばらくは、なんとなく落ち着かなかった。
御堂が早々に退屈してしまうのではないかと気になって、 克哉は何度か隣りに座っている御堂の様子を横目で伺った。
けれど御堂は時折ワインを口に運ぶ以外、特に話をするでもなくテレビの画面に見入っている。
その姿に克哉はほっとして、次第に意識は映画の内容へと集中していった。
見るのは二回目だから、だいたいのストーリーは分かっている。
しかしたとえ結末を知っていたとしても、面白いものはやはり面白い。
物語は後半に差し掛かり、いよいよクライマックスが近づいてきた。
まだ五、六歳ぐらいであろう、子役の見せ場が始まる。
自分を誘拐した男のみならず、愛情を注いでくれなかった母親をも必死で庇う姿に、 克哉は鼻の奥がつんと痛くなってくるのを感じた。
(マズイ―――)
また泣いてしまいそうだ。
けれど、すぐ隣りには御堂がいる。
泣いたらダメだと自分に言い聞かせるけれど、一度込み上げてきたものを治めるのはなかなか難しい。
そしてアップになった子役の大きな青い瞳から、ぽろりと涙が零れた瞬間。
「……っ」
克哉の視界が、じわりと滲んだ。
ここで目を擦ったりすれば、泣いているのがばれてしまうだろう。
けれどこのままにしておけば、いずれ涙が零れてしまうことは避けられない。
なんとか誤魔化せないものかと大きく息を吸い込んだとき、御堂がこちらを見ている気配に気づいた。
「……なるほどな」
面白がっているような御堂の呟きに、途端に顔が熱くなって、克哉は慌てて俯いた。
「だ、だから、イヤだったんですよ……」
「いいじゃないか。感動して泣けるというのは、悪いことじゃない」
「でも……」
見られてしまったことで自制する必要がなくなったせいか、涙は次々に零れてくる。
その横顔に微笑みながら、御堂は克哉にハンカチを差し出した。
「あ、ありがとうございます……」
克哉は顔を赤くしながらそれを受け取り、涙を拭った。
「この映画は、以前にも見たことがあるのか?」
「はい……大学生の頃、映画館で。そのときも泣いてしまって、すごく恥ずかしかったんですよ……」
「……ほう?」
不意に、御堂の声が低くなる。
御堂は克哉の肩を抱き寄せると、耳元でそっと囁いた。
「その泣き顔を、いったい誰に見せたんだ?」
「えっ……?」
一瞬、克哉の身体が強張った。
大学時代、つきあっていた彼女のことが脳裏を過ぎる。
最初にこの映画を見たいと言い出したのは、彼女の方だった。
暗い映画館の中、同じ場面で克哉が泣き出したとき、やはり彼女もハンカチを差し出してくれた。
けれどそんなこと、御堂といる今は思い出したくなかった。
答えられずにいる克哉の濡れた目尻に、御堂が唇を落としてくる。
「そんなに可愛い泣き顔を、私以外の誰かに見せたなど……気に入らないな」
「え、でも……」
そんなことを言われても、どうしようもない。
あの頃の克哉は御堂のことなんて知りもしなかったのだし、なにより……。
「オレの泣き顔なんて……あ、あなたも見たことあるじゃないですか……」
それどころか、恐らく御堂が一番多く見ているはずだ。
しかし克哉の弱々しい反論を、御堂は一蹴する。
「その涙と、この涙とでは、種類が違う」
御堂の唇が、ゆっくりと克哉の頬を這う。
くすぐったさと、いたたまれないような気持ちから逃れたくて、克哉は肩を竦ませた。
「み、御堂さん……やめてください……」
「この映画を見ながら、君は何を思い出していた? 店の中でも、酷く懐かしそうな顔をしていたが……」
「っ……」
御堂は意地悪く囁きながら、克哉の頬や首筋に幾度もくちづける。
吐息が肌に掛かるたび、克哉は身体を細かく震わせた。
「そんなに良い思い出があるのか? 君の隣りにいた、誰かとの思い出か?」
「そんな…違っ……」
「私といながら、他の誰かのことを思い出すとは……」
「痛っ…!」
耳朶を噛まれ、ぴりっとした痛みが走る。
けれどその痛みは、克哉に別の甘い疼きをももたらした。
「御堂さん……本当に、やめてください……っ」
こんなのは、嫌だ。
しかし克哉の懇願に対し、御堂はあくまでも冷ややかに言い放つ。
「……いいや、許さない。君は、私のものだ」
「……っ!」
不意に噛み付くようなキスを受け、克哉の身体が跳ねた。
熱い舌が乱暴に口内を掻き回し、呼吸を奪う。
克哉は御堂の腕に縋りつき、その荒々しいくちづけを必死に受け止めていた。
「…ん……ふ、ぅ……御堂、さん……」
ようやく唇が解放され、克哉は苦しげに息を吐き出したものの、そのまますぐに押し倒されてしまう。
「ちょっ……御堂さん……!」
ソファに仰向けに倒れ込んだ克哉の上に、御堂が覆い被さる。
首筋をきつく吸い上げられ、克哉は身を捩った。
御堂の掌がシャツ越しの胸から脇腹を滑り、腰の辺りで止まる。
ファスナーが下ろされ、御堂は克哉の中心に無遠慮に触れた。
「あっ……!」
御堂は乱暴にも思える動きで、克哉を煽っていく。
剥き出しにされたそこは、御堂の手の中で緩やかに形を変えていった。
棹を擦られ、先端を強く挫かれるたび、克哉はびくびくと身体を震わせる。
「やっ、いや、だ……」
「……いやらしい、身体だ。これも、昔からなのか?」
御堂が喉の奥で笑いながら呟く。
その声だけで体内の熱が上がり、克哉はたまらず腰をくねらせた。
御堂が、自分の過去に嫉妬している。
その感情には、克哉にも覚えがあった。
今更、どうすることも出来ない過去。
自分の知らない、相手の顔。
永遠に重なることのない時間。
そんなものに嫉妬しても仕方が無いと分かっているのに、手に入るはずもない過去までもが欲しくなってしまう。
御堂ほどの人が、自分に対してそんな風に思ってくれていることは、嬉しくないといえば嘘になる。
けれどその感情がどれほど苦しいものなのかも、克哉はよく知っていた。
御堂をそんな気持ちにさせたまま、抱き合いたくない。
繋がるときは、もっと幸せな気持ちでいたい。
だから克哉は御堂の背中に手を回すと、その身体をぎゅっと抱き締めた。
「克哉……?」
様子の変わった克哉を、御堂が不思議そうな顔で見つめる。
克哉は微笑みながら、御堂に告げた。
「これから先のオレは……全部、あなたのものですから……」
「―――」
過去はどうしようもないけれど、今の自分は紛れもなく御堂のものだ。
心も、身体も、もう御堂無しではいられない。
御堂を愛して、御堂に愛される為に、自分はここに存在しているのだということを分かってほしかった。
望んでいた言葉だっただろうに、不意打ちをくらったせいか、御堂は一瞬絶句する。
それからようやく苦笑いを浮かべて、今度はどこまでも優しく克哉にくちづけた。
「まったく……君には敵わないな」
下肢を露わにされると、御堂の手が克哉の足の間に滑り込む。
克哉は緩く足を開いて、それを招き入れた。
指先が後孔に触れ、敏感な皮膚を擦る。
「はっ…あぁ……」
期待にひくつく場所が、御堂の指に絡みつく。
ゆっくりと指を抜き差しされ、甘い痺れが広がっていく。
克哉は御堂の頬に触れながら、震える声で言った。
「御堂さん……来て、ください……」
その言葉に御堂は目を細め、自分も前をくつろげる。
すっかり熱くなった昂ぶりを克哉の後孔に押し当てると、そのまま腰を沈めていった。
「あ、あぁっ……!」
喉を見せて喘ぐ克哉を、御堂は貫く。
膝裏を抱え上げ、更に深く繋がろうと自分自身を打ちつける。
克哉は揺さぶられながら、律動に合わせて息を弾ませた。
濡れた呼吸が混ざり合い、熱を帯びた嬌声がリビングに響き渡る。
「あっ、あっ…孝典、さん……っ…! いいっ……」
「克哉……」
「いいっ……もっと……もっと、奥まで……」
その要求に応えて、御堂は更に激しく克哉を突き上げた。
二人の肌に汗が浮かび、やがて絶頂が近づいてくる。
克哉の身体が、解放を求めて戦慄く。
「あっ、孝典さん……イクっ……もう…あぁぁッ……!」
克哉の背中が弓なりに反り返った瞬間、中心から精が溢れ出た。
同時に締め付けられた後孔の中で、御堂のものも達する。
「かつ、や……っ」
二人の身体が幾度も震え、欲望を吐き出す。
目も眩むような快感の中、二人は互いに充足感と幸福感に満ちた笑みを交わした。

気がつけば、映画はとうに終わっていた。
服を直しながら、克哉がしょんぼりとした様子で呟く。
「……本当は、ちゃんと最後まで見てほしかったんですけど……」
「ああ……それは、すまなかったな」
本気かどうかも分からないほどの軽い口調の謝罪に、克哉が少し拗ねた顔を見せる。
すると御堂は機嫌を取るかのように、克哉の頬にキスをした。
「そう拗ねるな。だが、そもそもは君が悪いんだぞ? だから……」
「……だから?」
そう簡単には誤魔化されないぞ、と克哉が思えていたのは、そこまでだった。
「だからもう一度、途中から見るのにつきあってくれるか?」
「……はい!」
満面の笑みを見せながら、克哉は答えた。

- end -
2007.12.14



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