Classical

Little by Little

孝典さんと迎える四度目のクリスマス。
去年までは二人きりでゆっくりしたいからと家で過ごしてきたけれど、今年はちょっと違っていた。
もう随分前から予約しておいてくれたのであろうレストランで食事をして、キラキラと輝くイルミネーションを見ながら街を歩いて、 今ようやく泊まることになっているホテルの部屋に辿り着いたところだった。
当然、行く先は何処も恋人同士ばかり。
時折、奇異なものを見るような視線を感じたけれど、そんなことは少しも気にならなかった。
「綺麗ですね……」
高層階から見下ろす街並みの眩しさに目を細めていると、孝典さんがオレの後ろに立つ。
腰に手を回され、背中の温もりに僅かに体重を預けると、オレ達はガラス越しに微笑み合った。
「……大丈夫か? 疲れてはいないか?」
「はい、大丈夫ですよ」
唇で耳朶に触れながら尋ねられ、オレはそう答えつつもくすぐったさに思わず身を捩る。
けれどオレを後ろから抱き締めている腕にはますます力が篭り、ほんの数ミリも離れることは許されなかった。
孝典さんはオレが気疲れしてしまったのではないかと心配してくれているらしい。
確かに、少し前のオレだったらそうなってしまったかもしれない。
たくさんの男女の恋人同士がいる中、男二人で同じデートコースを辿っていれば嫌でも目立ってしまう。
オレはともかく、孝典さんが変な目で見られるのは耐えられない。
もしかしたら知っている誰かに見られる可能性だってある。
そんなことばかりを気に掛けて、素直にクリスマスを楽しむことなど出来なかっただろう。
でも、今ではそれら全てがどうでもいいことのように思える。
誰にどう思われたって構わないじゃないか。
だいたい恋人同士はお互いを見つめることに忙しくて、オレ達のことなど見てはいない。
それに、オレ達にだってクリスマスを楽しむ権利があるんだ―――と。
孝典さんはきっとそんなオレの変化に気づいていたからこそ、今年はこんな予定を立ててくれたのだろう。
もちろん、あの家で二人で過ごすクリスマスだって充分に素敵な時間だ。
けれどこうして外に出るのも決して悪くないと思える。
誰の目も気にせず、堂々と恋人同士として過ごす聖夜。
オレはそれが凄く嬉しくて幸せな気持ちになっていたのに、ガラスに映った孝典さんの顔が何処か浮かないように見えて、オレは肩越しに孝典さんを振り返った。
「……どうかしたんですか?」
「いや……」
孝典さんは少し気まずそうに眉を寄せて、オレの首筋に顔を埋めてきた。
またオレは何かしてしまったのだろうか。
不安に思っていると、孝典さんが落ち込んだ様子で呟く。
「少々、サプライズが足りなかったような気がしてな。来年はもう少し何か考えておくことにしよう」
「えっ。そんなこと……」
オレは思わず笑ってしまった。
本気で悔やんでいる様子の孝典さんには申し訳無かったけれど、もう来年のことを考えているところとか、 もっとオレを喜ばせようと思ってくれているところとか色んなことが嬉しくてたまらなくなって、 それに加えて孝典さんがひどく可愛く思えてしまったものだから、オレはついクスクスと笑い続けてしまった。
「……何が可笑しい」
「だって……あっ……」
孝典さんが不満げに首筋に歯を立てる。
それだけでオレの身体はびくんと跳ねて、体温が少しだけ上がったような気がした。
「孝典、さん……」
「笑うようなことを言った覚えは無いぞ。何が可笑しかったのかちゃんと説明したまえ。でないと、続きはおあずけだ」
「そん、な……」
囁かれるたびに肌に掛かる熱い吐息が思考を奪っていく。
背中を覆う体温も、腰をきつく抱き寄せてくれる腕も、全てが熱くて愛しかった。
(ああ……もう、欲しくなってる……)
身体の奥に灯った火を自覚する。
けれどきっと孝典さんは質問に答えるまで許してはくれないだろう。
だからオレは自分の頬を孝典さんの頬に擦りつけるようにして答えた。
「だって……サプライズなんて、必要ないです……」
「何故?」
「去年のクリスマスと今年のクリスマスでは、ぜんぜん違いますから……」
「……何が違う?」
「……オレの、気持ちが、です……」
「……」
孝典さんの頬がぴくりと引き攣ったように感じた。
オレはその言葉がオレの言いたいことと違う意味で伝わってしまってはマズイと思い、慌てて付け足す。
「去年のクリスマスのオレより、今年のクリスマスのオレのほうが、ずっと孝典さんのことを好きだからです……」
そう、去年より今年、昨日より今日、さっきより今、オレはどんどん孝典さんを好きになる。
孝典さんに貰った物が少しずつ増えて、孝典さんとの思い出が少しずつ増えて、孝典さんの好きなところが少しずつ増えていく。
この気持ちは留まることがないから、飽きるなんてこともない。
同じ場所に行っても、同じことをしても、感じることは少しずつ変わる。
だからオレは頑張って、もっと大きな人間にならなきゃいけないとも思う。
そうじゃないと、増え続けるこの気持ちに押し潰されてしまうかもしれないから。
時間が経てば忘れてしまうこともあるけれど、それは失くしたわけじゃないから。
オレが言うと孝典さんはしばらくぽかんとして、それから呆れたような顔で笑った。
「君は……いったい、どこでそういう殺し文句を覚えてくるんだ?」
「殺し文句って……」
「無意識に言っているなら、尚更恐ろしいな」
そう言って、孝典さんはオレの頬にキスをしてくれる。
殺し文句の意味は分からなかったけれど機嫌は良くなってくれたみたいだから、オレの言いたかったことは伝わったのだと思った。
オレは孝典さんのほうに向き直り、その腰に手を回す。
「孝典さんは……サプライズが無いとつまらないですか?」
「君には驚かされてばかりだからな。私にとっては君自身がサプライズのようなものだ」
「オレは何もしてませんよ?」
「だったら喋るのもやめてもらえるか? そろそろキスがしたいんだが」
「……っ」
言葉に詰まって口を噤んだ瞬間、孝典さんに唇を奪われる。
こんなに幸せでいいんだろうかと不安になるぐらい幸せで、オレはこの幸せを絶対に離したくないと思った。
オレは孝典さんを離さない。
これからもずっと二人で生きていく。
少しずつ時間を重ねて、少しずつ変わりながら、変わらない温もりを守っていきたい。
今夜、多くの恋人達がそう思っているように、オレも心の中で強く誓っていた。

- end -
2010.12.24



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