Dolce


何故だろう。
あれから幾度も繰り返した問いに、はっきりとした答えはいまだ見つけられなかった。
仕事が忙しくなったせいもあるだろうが、それだけではないような気がする。
(やっぱり、呆れられたのかな……)
失禁して、それに欲情するなど確かに普通の感覚ではない。
熱に浮かされたかのように異常な快楽に溺れて、正気を失っていたのではないかとさえ思える。
けれど御堂に与えられる全てのことが、自分にとっては極上の快楽になり得るのだと御堂自身も承知の上だったはずだ。
そして、彼もまたそのことに悦びを感じていたはずである。
突然、我に返ったのだろうか。
それとも単に飽きただけなのか。
御堂が自分に失禁を要求しなくなってからというもの、気がつけば克哉はそのことばかりを考えていた。
(バカだな、オレは……)
隣りで眠っている御堂の寝顔を見ながら、克哉は自嘲する。
あれほどの羞恥と屈辱を受けて、泣きたくなるような苦痛を感じていたのだから素直に安堵すればいいのだ。
御堂は自分に触れてくれなくなったわけでもなく、以前と変わらず愛情を注いでくれている。
それなのに、どうしてこんなにも不安なのだろう。
いや、違う。
不安なのではなく―――。
「……っ」
克哉は微かに身体を震わせた。
その奥底にはいくら消そうとしても消えてくれない火が燻り続けている。
それはやがて大きな炎となってこの身を焼き、表へと姿を現してしまうだろう。
(どうしよう、孝典さん……)
思わず御堂に伸ばしかけた手を止め、克哉は唇を噛む。
そしてその予感は克哉自身が思うよりもずっと早く、現実となってしまった。



その日は久し振りに二人揃って仕事を早く終わらせることが出来た。
一緒に外で夕食を済ませ、そのまま御堂の車でマンションへと帰る途中、御堂が訝しげに言った。
「……大丈夫か?」
「……え?」
「どうも顔色が良くないようだが」
「あ……」
それはそうだろう。
食事の途中あたりから、御堂とどんな会話を交わしたのかさえ克哉はよく覚えていない。
今、克哉の意識の全ては自分の身体の中ではちきれそうになっている生理的な欲求にのみ集中していた。
「大丈夫、です。少し……疲れているのかもしれません」
「そうだな。ここのところ忙しかったから」
言いながら、御堂はウィンドウを細く開ける。
外からのまだ冷たく感じられる夜の空気が、克哉の僅かに汗ばんだ額を撫でた。
「……」
その欲求を最初に覚えたのは、仕事が終わる少し前のことだった。
パソコンのキーボードから指を離し、そのまま席を立ってトイレに向かおうとしたところで―――克哉は動けなくなった。
もしも、このままトイレに行かなかったらどうなる?
このまま我慢を続けていたら?
仕事はあと一時間もすれば終わる。
今朝の段階で、今日は御堂も早く帰れそうだと言っていた。
それなら久し振りに一緒に食事をして帰ろうと約束もしていた。
(孝典さん……)
心臓が嫌な音を立て始める。
馬鹿なことはやめておけ、ともう一人の自分が警告を発している。
分かっている。
分かっていた。
自分はおかしい。
何処か狂っているのかもしれない。
(それでも……オレは……)
抗えるはずなどなかった。
それを思いついてしまった時点で、もう結論は出ていたのだから。
諦めにも似た感情が胸の内に広がって、克哉はこっそりと苦笑する。
そしてもう一度席に座ると、何事もなかったかのように仕事の続きを始めたのだった。
「……っ」
あれから既に数時間が経っている。
食事のときは運転をしなければならない御堂につきあってアルコールは口にしていなかったが、それでも下肢は重く疼き、鈍い痛みをもって克哉に排泄を要求していた。
自ら我慢していることを御堂に気づかれたくなくて、克哉は必死に普段通りに振舞おうとしていたが、それも次第に無理が生じてきた。
口数が少なくなり、話もうわの空になり、今では微かに全身が震えているような気がする。
もしかしたら、御堂はもう気づいているのかもしれない。
そう考えるだけで心臓は早鐘を打ち、欲求は更に膨らんでいく。
「着いたぞ」
「……!」
俯いていた克哉は、いつの間にか車がマンションの駐車場に入ったことにも気づいていなかった。
御堂はやはり心配そうに克哉の顔を覗きこむ。
「本当に大丈夫か? 肩を貸すか?」
「い、いえ……大丈夫です……」
「そうか……」
そろそろと車を下りて、エレベーターへと向かう。
鼓動はますますスピードを上げて、克哉は全身にじっとりと汗を掻き始めていた。
そのとき、御堂はどう思うのだろう。
どんな目で自分を見るのだろう。
軽蔑するだろうか。
嫌悪するだろうか。
怖い。
けれど、もう後には退けない。
どちらにせよ、これ以上の我慢など出来そうになかった。

御堂がカードキーで自宅のドアを開ける。
先に中へ入っていくその背中に続いて、克哉も靴を脱いだ。
「……」
手にしていたカバンをそっと床に置き、そのままリビングを抜けていこうとする後ろ姿をふらつく足取りで追う。
そして部屋の中ほどまで進んだところで、克哉はぴたりと足を止めた。
「孝典、さん……」
「……?」
御堂が振り返り、立ち尽くしている克哉を見る。
その視線を感じながら、けれどまともに見返すことが出来ずに克哉は目を逸らした。
全身ががくがくと震え出す。
自分がこれからしようとしていることが、自分でも信じられなかった。
今なら、まだ間に合うのに。
このまま真っ直ぐにトイレに向かえば、余計な恥を晒さずに済むのに。
(でも、無理なんだ……)
もう、たったの一歩でさえ踏み出せそうにない。
歪んだ欲望にとりつかれてしまった足はぴくりとも動こうとしなかった。
克哉は震えの止まらない手を股間に伸ばすと、限界を迎えようとしているペニスをスラックスの上から握り締めた。
「孝典、さん……オレ……」
絞り出した声は情けないほどに掠れていて、視界が滲んで揺れる。
ひりつく喉でなんとか息を吸い込み、そして―――。
「っ……あ………孝典、さん……!」
自らの意志で下肢の緊張を解いた途端、生温かいものがじわりと前に広がった。
それはすぐに下着とスラックスの布地を通り抜けて、克哉の手のひらに伝わる。
そして湿り気を感じたと同時に溢れたものはあっという間に指の隙間から流れ出し、幾筋もの水流となって床へと落ちていった。
「かつ、や……」
ぴしゃぴしゃと床を打つ音の向こうから聞こえた、御堂の掠れた声。
前屈みになった克哉は羞恥に俯きながらも、確かに見られているという事実に身体を震わせた。
小便は克哉の手と下肢をぐっしょりと濡らして、足元へと広がっていく。
内腿を流れていく温かさと、止まらない水音。
肌に貼りつく濡れた布地の感触。
御堂はどう思っているだろう。
自らみっともなく子供のように漏らしている自分を、どんな目で見ているのだろう。
怖くて、御堂の顔が見られない。
けれど排泄を続けている身体は解放と快楽に悦び、握り締めているペニスは手の中で僅かに硬くなり始めていた。
「ぁ……う……孝典、さん……」
助けて。
オレはおかしくなってしまった。
このままでは満足出来ない。
御堂に失禁を要求されなくなってからずっとそれを感じていた。
あんなにも恥ずかしくて、情けなくて、辛かったはずなのに、いつの間にか求めていた。
全てを曝け出す快楽と、受け入れてもらえる悦び。
それは御堂と出会った頃に抱いた感情と、よく似ていて―――。
「たかの……さ………孝典……さん……」
克哉はきつく目を閉じたまま、御堂の名を呼び続ける。
もう立っていることすら出来なくなって、克哉はとうとう水溜りの中に戦慄く膝をついた。
「ごめ……なさい……ごめん、なさい……」
どうすればいいのか分からず、克哉はただ謝罪を繰り返す。
馬鹿だ。
どうしてこんなことをしてしまったのだろう。
気が狂いそうなほどの羞恥と後悔に涙が滲む。
しかし御堂は謝り続ける克哉の傍に歩み寄ると、自分もまた水溜りの中に片膝をついた。
「……克哉」
克哉は恐る恐る顔を上げる。
そこにあったのは軽蔑でも嫌悪でもない、克哉がよく知る御堂の視線だった。
「孝典、さん……?」
「まったく、君は……」
御堂は笑っていた。
指先が克哉の頬に触れ、それから戸惑ったままの克哉の身体を自分が汚れるのも気にせず抱き寄せる。
「粗相をしてしまったからには、お仕置きが必要だな……克哉」
「孝典さん……オレ……」
耳元で囁かれた言葉に、克哉はうっとりと目を閉じた。
熱を持った身体はもう羞恥ではなく、満たされることへの期待にのみ震えている。
唇が重なると、克哉は無我夢中で御堂に舌を絡めた。
「んっ……ぅ…ふ……」
もう、少しも我慢出来ない。
汚れたままの手を御堂の下肢に伸ばすと、慌ただしくベルトを外す。
ファスナーを下ろし、下着の上から触れた御堂自身が屹立しているのが分かると、それだけで達してしまいそうなほどに興奮した。
「孝典、さん……」
克哉は自らが作った水溜りの中に片手をつくと、下着の中から御堂のものを取り出して唇を寄せる。
早く欲しくて堪らない。
先端の小孔を幾度か舌で突き、それから唇を被せると喉の奥まで含んだ。
「ん……ん、ぐ……」
唾液を絡め、舌を這わせながら口内を往復させる。
次第に硬さを増していくそれに悦びを感じていると、ふわりと髪を撫でられた。
「克哉……」
上目遣いに見上げれば、御堂の燃えるような瞳がある。
確かな欲情の火は克哉自身にも燃え移り、克哉は床についていた手を離すと自分の前を自らくつろげた。
ぐっしょりと濡れた下着の中で窮屈そうに勃ち上がっているものを撫でると、頭の芯まで痺れるような快感が突き上げてくる。
克哉は御堂のものを口淫しながら、自分の屹立を握り締めて手を動かした。
「んっ、ん……ぅ……」
「克哉……」
御堂の声に濡れた吐息が混じる。
気持ち良すぎて、このままイってしまいそうだ。
何も考えられなくなってきたとき、不意に御堂が克哉を突き離した。
「もう、いい。後ろを向いて、手をつけ」
「あ……」
ぴちゃり、と音を立てて克哉が水溜りの中に這いつくばる。
汚いとか恥ずかしいとか、そんなことはもうどうでもよかった。
御堂の手が克哉の下着とスラックスを下ろし、双丘を剥き出しにする。
それから既に濡れそぼっていた熱い塊が克哉の後孔にあてがわれた。
「孝典、さ……!」
ぐい、と御堂が腰を突き出し、克哉の中を抉る。
痛みさえ感じるほど強引に一息で奥まで貫かれ、克哉は声にならない声で叫んだ。
「あッ……! あぁっ……!!」
「っ……かつ、や……」
御堂が激しく克哉を突き上げる。
そのたびに繋がった場所と足元から微かな水音が立った。
それに互いの荒い呼吸が混じりあい、訳が分からなくなる。
あまりに強すぎる快楽にどうにかなってしまいそうだ。
「孝典、さ……いいッ……もっと……!」
髪を振り乱しながら求める克哉に、御堂がふっと笑う。
「ああ……いくらでも、くれてやる………」
御堂は答えて、更に強く腰を打ちつける。
何もかも溶けてしまいそうだ。
貫かれている場所だけではなく、全身が快楽の波に飲み込まれていく。
身体も、心も、全てが満たされていく。
「あっ、もう……もう、い、く…ッ……!」
「……いけ」
「は、あぁっ……あァッ―――!!」
克哉の背中が弓なりに反って、びくびくと跳ねた。
張り詰めていた先端から勢いよく精が迸り、水溜りの中に飛び散る。
後孔は御堂をきつく締めつけ、御堂もまた短く呻いた。
「く…ッ……!」
射精をしながら、克哉は御堂の欲望もまた自分の最奥に注がれるのを感じていた。
それは、目の前が白くなるほどの快感だった。
初めて御堂の前で失禁してしまったときから、こうなることは決まっていたのかもしれない。
朦朧としていく意識の中で、克哉はふとそんな風に思った。



                    ※



午前二時。
深夜の公園には人影もなく、草むらから微かな虫の鳴き声が聞こえるばかりだ。
蒸し暑い夜の空気を揺らすように、きれかけた街灯がチカチカと点滅を繰り返している。
「孝典、さん……」
「……どうした」
御堂は足を止め、少し後ろを歩いていた克哉を振り返る。
克哉はがくがくと震える膝を擦り合わせ、そこに立ち尽くしていた。
「も、う……無理、です……」
「もう、か? もう少し我慢出来るんじゃないか?」
「……っ」
克哉は激しく首を左右に振った。
震える拳は股間に伸びるのを堪えるように、下腹の辺りを押さえつけている。
「……仕方ないな」
御堂に少し乱暴に手を取られ、克哉は泣き出しそうな顔をしながらも、なんとかふらふらと歩き始める。
こんな風に深夜の散歩をするのは何度目だろうか。
あの日―――克哉が自ら失禁した日から、二人は時折こうして真夜中の公園を訪れるようになった。
御堂が要求するときもあれば、克哉自身が望むときもある。
克哉は御堂に手を引かれるままに、小さな柵を越えると茂みの奥へと入っていった。
「ここなら大丈夫だろう」
「……」
周囲は鬱蒼と茂った木々の葉に遮られて、街灯の明かりさえも届いていない。
太い木の幹に背中を押し付けられると、これから起きることを想像して、克哉の身体をぞくりと何かが走った。
「も、もう……いい、です、か……?」
声を出すのもやっとの様子で克哉が尋ねる。
御堂はにやりと笑みを見せながら、その両足の間に膝を入れた。
「ああ、いいぞ」
「っ……」
克哉は崩折れそうな身体を支えるため、御堂の腕にきつくしがみつく。
それから御堂の足にペニスを擦りつけるようにして腰を揺らした。
幾度繰り返しても慣れない恥ずかしさに目を閉じ、頬を真っ赤に染めながら途切れ途切れの息を吐く。
「出、る……ほんと、に……出ちゃう……」
「……出せ」
「―――あっ」
御堂は更にぐいと膝を押しつけ、その先を促す。
その瞬間、克哉のジーンズの前の色がじわりと変わった。
「あ……漏れ、る……おしっこ……出る……っ……!」
小さな悲鳴を上げると同時に、それは勢いよく溢れ出した。
ジーンズの色が濃くなり、太腿から膝、足首のほうへと広がっていく。
けれど御堂は克哉から少しも離れることはなく、小便は御堂の下肢をも濡らしていった。
「出て、る……おしっこ……いっぱい……」
「そうだな……気持ちいいのか?」
「は、い……気持ち、いいです……」
指が食い込むほどに御堂の腕を掴みながら、唇が触れる距離で囁き合う。
うっすらと目を開けると、熱のこもった視線が絡みついてきた。
「お漏らしがそんなに好きなのか? 君は本当に変態だな」
「好き……好き、です……孝典さん……」
克哉は強請るように御堂の腕を引き寄せ、唇を重ねた。
くちづけている間に、御堂の手が克哉のジーンズに掛かる。
脱がされる気配に克哉は慌てて唇を離した。
「ダメっ……! まだ、出てる……!」
「関係ない」
素っ気無く言い捨てて、御堂は克哉のジーンズの前をくつろげた。
ぐっしょりと濡れた下着の上から、まだ細く小便を漏らしたままの克哉のペニスに触れる。
「もう、硬くなってきているようだぞ」
「だ、って……」
御堂は克哉の濡れて貼りついた下着を強引に下げると、今度は後ろに手を回した。
「……ほら、ここもひくついているじゃないか」
「やっ……」
御堂は躊躇いなく指先を埋め、中を掻き回す。
克哉はびくびくと身体を震わせながら、御堂に必死でしがみついていた。
ようやく失禁を終えたペニスは濡れたまま熱を持ち、克哉は無意識にそれを御堂に擦りつける。
御堂のものもまた硬く張り詰めているのが布地越しにも分かった。
「孝典、さん……早くっ……」
「分かっている。そう焦るな」
御堂に促され、克哉は後ろを向いた。
濡れた下着とジーンズは足首まで落ちることなく、膝の上辺りで止まっている。
御堂もまた前をくつろげると、克哉の白い双丘に手をかけた。
「克哉……」
「ん、ぅっ……!」
後孔に突き立てられた熱い塊に、克哉はぐっと息を詰める。
少しずつ中を穿たれる感触がたまらなくて、克哉の背中が大きくしなった。
「あっ……いいっ……」
小刻みに腰を揺らしながら、御堂のものが克哉の中に入ってくる。
排泄を終えたばかりの身体は再度押し寄せてきた大きな快感に悦び、震えていた。
跳ねる身体を抑え込むようにして、御堂が克哉の背中に覆い被さる。
「克哉……君を満足させられるのは私だけだ……そうだな?」
「は、い……孝典さん……」
克哉は首を捻り、御堂に顔を向ける。
その恍惚とした表情に、御堂は嬉しそうに目を細めた。
「孝典さん……愛しています……」
「私もだ、克哉……」
二人の唇が再び重なる。
狂っていてもいい。
異常だと罵られてもいい。
この快楽に溺れて、何処までも堕ちていく。
二人、一緒に。

- end -

2010.06.23


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