Accelerando


オレが孝典さんと一緒にジムに通うようになってから、もう一年以上が経った。
最近ではスカッシュでも勝てるようになってきて、そのたびに孝典さんは誉めてくれるけれど、やっぱりまだまだ敵わないとオレは思っている。
それでも元々体を動かすのは好きだったし、それが孝典さんと一緒なら尚更楽しくて、この定期的なジム通いはいい気分転換になっていた。

先に車に行っていると言った孝典さんを追って、オレもジムの地下にある駐車場へと向かう。
既にエンジンの掛かっている車に小走りで駆け寄り、いつもの助手席に乗り込んだ。
「お待たせしました」
「ああ」
言いながら扉を閉めると、不意にオレの目の前に蓋の開いた缶コーヒーが差し出された。
駐車場に入ってすぐのところに自動販売機があったから、そこで買ったものだろう。
孝典さんが苦笑しながら言う。
「すまないが、飲みきれなかったので飲んでくれないか? 捨てて行きたいんだ」
「あ、はい。頂きます」
ちょうど喉が渇いていたこともあって、オレはそれを素直に受け取った。
手にした重さで、中身がまだ半分以上は残っているのが分かる。
何も考えずに口をつけると、口内に予想以上の苦味が広がった。
(随分、苦いな……)
飲めないほどではないし、缶にはしっかり無糖と書かれてはいたけれど、コーヒーはブラック派のオレでもいささか苦すぎるような気がする。
孝典さんもそれで飲みきれなかったのかな、などと思いながら、オレはそれを一気に喉へと流し込んだ。
「じゃあ、これ捨ててきちゃいますね」
「悪いな」
全て飲み干すと、オレはもう一度車を下りて灯りのついた自販機へと向かう。
機械のすぐ横に設置してあったゴミ箱に空き缶を放り込み、それからまた急いで車へと戻った。
「ありがとう。では、行くか」
「はい」
そうして車はマンションを目指して走り出した―――はずだった。
そのときオレはまだ、どうして今日に限って孝典さんが先に車に行っているなどと言ったのか、 缶コーヒーを一本しか買わなかったのか、その小さな不自然さにどんな意味があるのか、少しも気づいていなかった。

ジムの入っているビルを出ると、すぐに左折する。
そこからいつもの大通りを走り出してすぐに、孝典さんが言った。
「少々寄りたいところがあるんだが、構わないか?」
「あ、はい。構いませんよ。どこに行くんですか?」
「ああ、ちょっと、な」
何故か孝典さんは言葉を濁したけれど、まさか今からそれほど遠くまで行くことはないだろうし、 行き先などきっとすぐに分かるのだとオレもそれ以上尋ねることはしなかった。
車は普段は直進するはずの交差点を右に曲がり、マンションとは別方向へと向かっていく。
もしかしたら会社に何か忘れ物でもしたのだろうかと思ったのだが、それとも違うようだ。
初めて通る道の先に何があるのかも分からず、孝典さんが何処へ行こうとしているのかオレには見当もつかない。
けれど盗み見た孝典さんの横顔は真っ直ぐ前を向いていて、明らかに目的地へと車を走らせているように見えたオレは、 シートにゆったりと背中を預け、あれこれ考えることを放棄した。
先週は二人とも忙しくてジムに来ることが出来なかったから、久し振りの運動で適度に疲れていたせいもある。
オレはただ黙ったまま、初めて見る車窓の風景にぼんやり視線を漂わせていた。

しかし予想に反して、車はなかなか目的地に辿り着かなかった。
時計を見ると、ジムを出てからもう三十分近く経っている。
さすがに訝しく思って、オレはもう一度孝典さんに尋ねてみた。
「あの……孝典さん、何処へ行くんですか?」
「……」
孝典さんは何も答えてくれない。
ふと不安に胸がざわついて、オレは恐る恐るシートから身を乗り出した。
改めて窓の外に目をやり、それからカーナビに表示されている地図へと。
「孝典、さん……?」
オレは目を疑った。
今走っている通りは、到底ジムから三十分も掛かるような場所ではなかった。
もしかして、道に迷ったのだろうか?
いや、違う。
孝典さんのハンドル捌きに迷いは感じられない。
それなら、どうして?
「孝典さん? 何処へ行くつもりなんですか?」
「……」
「孝典さん!」
ますます募る不安と苛立ちに、オレは思わず声を荒げた。
けれど、やはり孝典さんは何も答えてくれない。
そのときオレは、今感じている不安とはまったく異質な焦燥感が体内で高まりはじめていることに気づいた。
「……っ」
それを自覚した瞬間、どくんと強く心臓が鳴る。
まさか。
そんなこと、あるはずがない。
脳裏を過ぎった嫌な疑惑を振り払い、オレは大きく深呼吸してからもう一度孝典さんに声を掛けた。
「孝典さん。本当に何処に行くつもりなんですか? まだ、時間は掛かりますか?」
「……何故、そんなことを聞く?」
ようやく口を開いてくれた孝典さんの言葉は、けれどオレの質問に対する答えにはなっていなかった。
「この後、なにか予定でもあったのか?」
「いえ、そういうわけじゃ、ないんですけど……」
下肢に湧いた違和感を意識しながら、オレは俯く。
それほど切羽詰っているわけでもないのに、焦る気持ちがじわじわと膨らんでいくのが分かった。
すぐに車を止められるとは限らないから、早めに言っておいたほうがいい。
それなのに、オレはどうしてもそれを口にすることが出来なかった。
正直に言ってしまえばいいんだ。
小学校に入りたての子供じゃあるまいし、そんなこと言えないほうがどうかしている。
ただの生理現象なんだから、恥じることなどない。
けれど分かっているのに口に出せないのは、恥ずかしいからじゃなかった。
オレは怖かったのだ。
あの嫌な疑惑が真実となってしまうことが、たまらなく怖かった。
無言で俯いたままのオレに、孝典さんが言う。
「……トイレにでも行きたいのか?」
「!!」
鼓動が跳ね上がるのに合わせて、身体がびくりと震える。
微かに、孝典さんが笑った気がした。
「……やっと、効いてきたか」
「えっ……」
呟かれた言葉の意味を考える間もなく、オレはすぐに全てを悟った。
(やっぱり……!)
あの、缶コーヒーだ。
孝典さんがくれた缶コーヒーは、随分と苦かった。
あれに何か入っていた?
そして、この無意味なドライブは―――ただの時間稼ぎ?
「孝典さん、あの」
ドキドキと心臓がうるさく鳴り始める。
嘘だ。
まさか。
どうして。
幾つもの疑問が浮かぶ中、オレは乾ききっていた唇をなんとか動かす。
「孝典さん……お願いです。車を、止めてください……」
「……何故?」
「何故、って……!」
分かっているくせに。
自分がそう仕向けたくせに。
ギリ、と奥歯を噛み締めてからオレは答えた。
「その……トイレに、行きたいんです……」
「……」
「孝典さん……!!」
正直に頼んだのにも関わらず、孝典さんはまた口を閉ざしてしまう。
その態度に怒りにも似た感情が急激に湧き上がってきて、思わずハンドルを握る手に掴み掛かりそうになったところを寸でのところで思い留まった。
「っ……」
大丈夫だ。
まだ我慢出来るし、なにより孝典さんだって車を汚されるのは嫌なはず。
単にオレの困る顔が見たくて、これはいつもよりちょっとだけ性質の悪い冗談で、きっとそのうち車を止めてくれるはずだ。
動揺するとかえって我慢が効かなくなってしまいそうで、オレは気持ちを落ち着かせるために心の中で自分にそう言い聞かせた。

気を紛らわせようと車窓の外を眺める。
まだ煌々と灯りのついているコンビニやファストフード店を通り過ぎるたび、オレは無意識にそれを目で追っていた。
今、止まってくれたら。
そうすれば、まだ余裕で間に合うのに。
けれど車はスピードを落とす気配も無く、ひたすらに走り続けている。
次第に重くなっていく下肢に、気を紛らわすことなど出来るはずもなかった。
「孝典さん……お願いです、止めてください……」
その頃にはもう、この懇願がなんの意味も成さないものだということにオレは気がついていた。
きっと、あの夜の出来事がきっかけなのだ。
あの誕生日の夜、オレがこれ以上ないほどの醜態を晒してしまった夜のこと。
思い出すと、今でも羞恥と情けなさに身体が震える。
孝典さんはあのときと同じ想いをオレにさせたいのだろう。
でも、どうして?
焦燥感から急速に膨れ上がっていく生理的な欲求に、とうとうそわそわと落ち着きなく身体を揺らし始めたオレを横目で一瞥して、孝典さんはクスリと笑った。
「そこでしても構わないんだぞ?」
「なっ……!」
そんなこと出来るはずがないじゃないか。
絶対にしたくない。
オレは悔しさと我慢の苦痛から、膝の上で指が白くなるほどにきつく拳を握り締めた。
非情な時間が刻々と過ぎていく。
出来るだけ気づかれぬよう何度も尻を移動させては、姿勢を変えることで意識を逃そうとした。
仕事のことを考えてみたり、好きな歌を頭の中で口ずさんでみたりもした。
いかにもまだ余裕がある風を装っていれば、そのうちに孝典さんも飽きて諦めてくれるかもしれないなどと虚しい期待を抱いてみたりもした。
けれど圧倒的に不利な状況にあるのは、間違いなくオレのほうだった。
ダメだ。
このままだとマズイ。
何もすることもなく、ただこうして座っていることしか出来ない所為か、尿意はますます強くなっていくばかりだ。
下肢に湧いていた鈍い痛みのようなものが、少しずつ全身に広がっていく。
オレは気づかぬうちに貧乏ゆすりのように小刻みに足を動かしながら、確実に近づいてくるリミットに恐怖を覚えていた。
また、あんな想いをしなければならないのか。
それだけは嫌だ。
極度の緊張からか吐き気にも似た息苦しさが込み上げてきて、唇を噛む。
それでも心臓の鼓動が速くなっていくのにつれて、ハァハァと息が乱れはじめるのをどうすることも出来なかった。
いつの間にか身体は前屈みになっていて、ただ早く解放されたいということだけで頭の中が一杯になってくる。
今、この車が何処を走っているのか、孝典さんがどんな顔をしているのか、何も見えない、何も聞こえない、何も考えられないようになってくる。
そのときいつもより少し乱暴にハンドルを切った車ががくんと揺れて、オレの身体は運転席にいる孝典さんの方へと傾いた。
「―――!」
同時に先端からほんの僅かに我慢していたものが漏れてしまい、オレは咄嗟に両手で股間を押さえつけた。
嫌だ。
絶対に嫌だ。
恥も何もかも捨てて、オレは布越しのペニスをぎゅっと握り締める。
大丈夫。
まだ、大丈夫。
深呼吸を繰り返し、全部が出てしまうのだけはなんとか阻止したものの、微かに濡れてしまった下着を感じてじわりと涙が滲んだ。
「……か、のり……さ………」
唇から息を吐き出すようにして、辛うじて孝典さんの名前を呼んだ。
声を発するのさえ刺激になってしまいそうで怖い。
早く、助けてほしい。
どうしてこんなことをするのか、その理由なんてもうどうでもいい。
だから、早く許して。
心の中で必死に叫んでいたオレには、孝典さんが長い溜息を吐いたことさえ分からなかった。
「……もう、限界か?」
オレは既に答えることも出来ず、無言で何度もこくこくと頷いた。
けれどたとえ今どこかに止めてくれたとして、オレはそこまで歩いていけるだろうか。
少しでも身体を動かせば全て漏らしてしまいそうだというのに。
「では、マンションに戻るとしよう」
「え……」
今すぐに止めて欲しいのに、ここが何処だか分からないオレにはそれが助かったのかどうかさえ判断がつかない。
それでもオレはまだ大丈夫、まだ間に合うと何度も自分に言い聞かせながら、ただただ車が早くマンションに着いてくれることだけを祈っていた。

それからどれぐらい経ったのかは分からない。
思ったよりも早かったのかもしれないが、オレにとっては酷く長い時間だった。
車の止まる衝撃が腰の辺りに響いて顔を上げると、そこは見慣れたマンションの駐車場だった。
「着いたぞ」
孝典さんが車を下りる。
早く、早く、早く。
けれどようやくマンションに辿り着いたというのに、オレはそこから動き出すことが出来なかった。
背中を丸め、股間を押さえたままのオレに、孝典さんが冷たく言い放つ。
「どうした? トイレに行きたいのだろう? 早く下りたまえ」
「……っ」
オレはそろりと足を動かした。
じりじりと身体をシートからずらし、革靴の爪先がアスファルトにとんと着いたその衝撃さえ、今のオレには耐え難いものだった。
なんとか車を下りたものの、痺れたようになっている足には既に感覚が無く、膝ががくがくと震えて真っ直ぐに立っていられない。
無理だ。
この状態で部屋まで辿り着ける気がしない。
いっそ、車の陰でしてしまおうか。
みっともなく股間を押さえたまま立ち尽くしているオレを、孝典さんがじっと見つめている。
「顔色が悪いな。……手を貸そうか?」
「……」
オレはふるふると首を横に振った。
今はオレに触らないでほしい。
そう思ったのに、孝典さんはオレの返事など無視して、腕をぐいと強く掴んできた。
オレはよろめき、そして―――。
「……!!」
ひゅ、と喉が鳴った。
次の瞬間、下着の中にじわりと暖かい湿り気が広がり、それはみるみる布地から溢れ出してくる。
もう、止められない。
限界を迎えた大量の生温かい液体が太腿を伝い、足首を流れ、靴の中にまで入り込んでいく。
ペニスを握り締めていた指の間からも勢いよく水流は迸り、薄暗い駐車場のアスファルトにびちゃびちゃと汚らしい音を響かせて落ちていった。
「あ……あ……ぁ……」
頭の中が真っ白だ。
オレは孝典さんに片腕を捕らえられたまま、ぶるぶると全身を震わせて失禁していた。
長く我慢し続けていたせいで、なかなかそれは止まらない。
無様な水音と、オレの荒い呼吸だけが聞こえてくる。
心臓が破れそうなほどに鼓動を打っている。
「や……いや、だ……」
また孝典さんの前で漏らしてしまった。
しかも前回とは訳が違う。
いい年をして、トイレまで我慢出来ずに漏らしてしまったのだ。
ズボンも、下着も、靴も、靴下も、何もかもぐっしょりと濡らして。
「いや、だ……見な…で……見ない、で……!」
「……」
オレは俯き、きつく目を閉じていた。
自分に何が起きているのか、確かめるのが怖かった。
けれど孝典さんがオレをじっと見つめ続けている、その突き刺すような視線を感じる。
戦慄く唇で懇願しても、その視線が逸らされることは決してなかった。
孝典さんが見ている。
オレの恥ずかしい姿を、何もかも全部。
その視線に焼け付くような熱を感じるのは気の所為だろうか。
やがて小便は少しずつ勢いを弱め、全てを出しきったところでようやく止まった。
「は、ぁ……」
解放された快感に、オレは思わず溜息のような声を漏らした。
恐る恐る薄く目を開けると、灰色だったアスファルトが真っ黒に変わっているのが見えた。
その底無し沼のような中に、やはり濡れて色の変ったズボンを履いたオレが立っている。
水溜りは孝典さんの足元にまで広がっていた。
「……随分と出たな」
かっと頬が熱くなって、オレは顔を上げて孝典さんを睨みつけた。
「どうして、こんな……どうして……!」
孝典さんは答えずに、オレの濡れた下肢に手を伸ばす。
こんなにも汚いのに、孝典さんは全く気にする様子もなく無遠慮にそこを擦ってきた。
「気持ち良かったのだろう? 漏らしているときの君の顔は、イくときの顔によく似ていた」
「そんなわけ……! 嘘です!」
確かにあの拷問のような時間から解放された快感はあったけれど、それと孝典さんの言っている意味とは違う。
絶対に、違う。
涙が無意識に零れた。
「嘘じゃあない。……泣いているのか?」
「……だっ、て……こんなの、オレ……」
「……そうだな。大の大人がお漏らしなど、恥ずかしいしみっともないことだ」
「っ……」
仕向けたのは孝典さんなのに。
けれど濡れたそこを柔らかく撫でられているうちに、じわじわと別の感覚が生まれてくる。
孝典さんはまだふらついているオレの身体を車に押し付けると、そっと耳元に唇を寄せてきた。
「……だが、酷く興奮する」
「……!」
その熱のこもった囁きに、心臓が跳ねる。
恥ずかしくて、情けなくて、濡れてぴったりと足に貼りついたズボンが冷たくて気持ち悪くて、それなのに身体の内側がどうしようもなく熱くなってくる。
「このままでは気持ちが悪いだろう?」
「や、やめ……っ!」
孝典さんが無遠慮にオレのベルトを外し、ファスナーを下げる。
それからやはり濡れて貼りついている下着を、強引にずり下ろされた。
重くなっているズボンは足首のところに溜まり、湿った肌が外気に触れてざわりと鳥肌が立つ。
冷たい指先がペニスに直接絡みつき、緩く上下に動かされた。
「……硬くなりはじめているな」
「やっ……」
言葉にされて、オレは羞恥に顔を背けた。
こんな異常な状況でも興奮している自分が堪らなく嫌だった。
「あっ……」
孝典さんは自分まで濡れてしまうのにも構わずオレの腰を引き寄せ、後ろに手を回す。
尻肉を開かれ、窄まりに触れられた。
「ひくついているぞ。あの時のことを思い出しているのか?」
「ちが、う……」
「違うのか? ……そうだな。この間は感じすぎて漏らしていたが、今日は漏らしたことに感じているのだろう? 君は変態なんだな」
「……だから……違う……!」
言葉とは裏腹に、オレの後ろは孝典さんの指を誘うようにどんどん飲み込んでいく。
指先が埋まってしまうと、今度はそれを逃がすまいと内壁が絡みつくのが分かった。
オレの中で蠢く孝典さんの指が熱い。
どうしてこんなにも熱いのだろう。
孝典さんの指は内側でくっと曲がり、オレの最も敏感な場所を押した。
「や、あっ……!」
びくびくと身体が跳ねた所為で、足元で水音が立つ。
こんなのは可笑しい。
こんなのは変だ。
分かっていてもオレの身体はいつも以上に反応を示していて、互いの間に挟まれているペニスは今にも弾けそうなほどに脈打っていた。
「ダメ……誰か、来たら……」
「大丈夫。誰も来やしない」
何故か孝典さんは断言して、オレの濡れた下肢に自分の腰を押しつける。
嫌じゃないのだろうか。
小便塗れで、こんなにも汚くて、情けないオレに触れるのは。
不安で孝典さんの顔をじっと見つめると、明らかな欲情に燃えた瞳が見つめて返してくる。
押しつけられた孝典さんの下肢もまたオレ同様に昂ぶっていた。
「孝典、さん……っ」
それが分かった途端、我慢出来なくなってオレは腰を揺らす。
同時に唇を塞がれて、忙しなく孝典さんの舌に自分の舌を絡めた。
「ん……ふ……」
孝典さんの舌は指先よりもずっと熱かった。
頭の奥がじんわりと溶けて、意識が霞んでいく。
何もかもを放出して空っぽになってしまった頭と身体の中には、ただ孝典さんを求める欲望だけが残っているのかもしれない。
こんな場所で、こんな状況で、それでもオレはその欲望に抗えない。
後孔を弄られ、屹立を擦りつけながら、こんなにも欲しくて堪らなくなっているのだ。
「孝典、さん……して……して、ください……」
さっきまで恥ずかしくて怖くて仕方が無かったのに、気がつくとオレはそう求めていた。
孝典さんの下肢に手を伸ばし、ファスナーを下ろす。
もう、何も考えられない。
孝典さんが欲しい。
この人と一緒に何処までも堕ちてしまいたい。
オレが屹立を撫でると、孝典さんの濡れた唇が笑みの形を作り、それから低く囁いた。
「克哉……」
吐息混じりに呼ばれただけで、果ててしまいそうなほど心が震える。
孝典さんに促されて、オレは後ろを向いた。
車に縋りつく格好で、尻を突き出す。
「あっ……」
後孔に触れてきた熱い猛りに思わず声が漏れた。
そのまま屹立は柔らかな肉を割り、内側を擦りながらオレの中を穿つ。
「かつ、や……」
「ん……は、ァ―――」
声が響くのを恐れて、咄嗟に唇を噛んだ。
それでも突き上げられるたびに喉の奥から呻き声のようなものが漏れるのを抑えられない。
腰を捕まれ、がくがくと揺さぶられながら、オレは喘いだ。
「ん、んッ……ん、ぅ……!」
気持ちがいい。
また失禁してしまうのではないかという不安が過ぎったけれど、ふとそれは不安ではないのかもしれないと思う。
では、なんなのだろう。
もしかして―――期待?
何もかもを解放するときの、あの快感。
孝典さんの言葉をオレは違うと否定したけれど、本当に違っていたのだろうか。
分からない。
分かるのが怖い。
分かりたくない。
「んんッ……!!」
孝典さん一層深く貫いてきて、オレはつい大きな声を出してしまう。
背中から覆い被さられて、耳元に孝典さんの熱い吐息が掛かった。
「……何を考えている? まだ、怖いのか?」
「……」
オレは何度も首を横に振った。
孝典さんがふっと笑う。
「本当に君はいやらしいな……」
からかうような声で言って、孝典さんは腰の動きを激しくしだした。
二度目の―――さっきとは別の解放が近づいてくる。
「んッ……あ……ダメ……また、イく……!」
自分が『また』などと言ったことにも気づかず、オレは孝典さんの動きに合わせていやらしく腰を振った。
熱い。
我慢出来ないほどに熱い。
孝典さんの右手がオレの前に伸びて、やはり同じリズムで屹立を扱く。
ぐっしょりと濡れたままの足先から絶頂感が競り上がってきて、そしてオレは。
「う……あ……はッ……―――!!」
奥歯を噛み締めて嬌声を堪えながら、オレは孝典さんの手の中で呆気なく達した。
それからすぐに孝典さんもオレの中に欲望を放つ。
「克哉ッ……!」
孝典さん自身がびくんと中で跳ねたのが分かった。
フラッシュを焚かれたように目の前が白くなって、オレは幾度も快感に身体を震わせる。
足元に視線を落とすと、黒い水溜りの中に白く濁ったものが糸を引いて落ちていくのが見えた。
「克哉……」
「ハァ…ハァ……ん……」
顎を掴まれ、無理矢理に首を捻った格好で唇を奪われた。
射精の余韻も冷めやらぬ中、弾む吐息と唾液が混じりあって音を立てる。
―――もう、引き返せない。
まだ熱い唇と、ゆっくり冷えていく下肢を感じながら、オレはそのことを確信していた。

- end -

2010.02.05


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