03 三者面談

克哉は本多を大切な親友だと思っている。
彼は確かに豪快でおおざっぱな性格をしてはいるけれど、意外と周囲に気を配ることも出来る男である。
落ちこぼれ部署と言われていたキクチ8課にとって彼は重要なムードメイカーだったし、 なんでも抱え込んでしまいがちな克哉の嘘や隠し事を見抜いて励ましてくれたことも一度や二度ではない。
だからこそ、きちんと話をしておきたかったのだ。

克哉が御堂と恋人として付き合っていると打ち明けたとき、本多はしばらく呆然としていた。
しかし彼が一番驚いていたのは相手が同性であるという点ではなく、それが「よりによって御堂」であるということだったらしい。
本多はなかなか克哉の言葉を信じてはくれなかった。
騙されているんじゃないか、脅されているんじゃないか、弱みを握られているんじゃないか……。
克哉がどれだけそうじゃないと否定しても納得出来なかったらしく、最終的には御堂と克哉と三人で会わせろと言ってきたのだった。
克哉は別に構わなかったけれど、きっと御堂は嫌がるだろうと思っていた。
しかし予想に反して御堂はそれをあっさりと了承した。
御堂が不敵な笑みを浮かべながら「望むところだ」と呟いたのを克哉は聞き逃さなかった。
正直、嫌な予感しかしなかった。



会う場所は克哉が決めた。
御堂はマンションに呼んでもいいと言ってくれたけれど、それはなんとなくフェアではない気がしたので、高級過ぎず、騒がしすぎない、落ち着いた店を選んだつもりだった。
案内された個室にいざ三人で席に着くも、御堂と本多はむすっとしたままである。
気まずい空気の中、克哉がおずおずと仕切りはじめた。
「えーと……ご存知かとは思いますが、友人の本多です」
「知っている」
「……御堂孝典さんです」
「知ってるよ」
二人は目を合わせることすらしなかったが、とりあえず酒とつまみが運ばれてきて乾杯の運びとなった。
「じゃ、じゃあ、とりあえず乾杯ー……」
「……」
「……」
克哉が乾杯の音頭を取っても、二人は無言のままグラスを口に運ぶのみだ。
この先どうなってしまうのだろうかと克哉は内心戦々恐々としていた。

「……あの」
グラスを置いた途端、口火を切ったのは本多だった。
「今日は上司とか部下とか、そういうの抜きにしてもらいたいんですけど……いいですよね?」
「もちろん構わん。私も今日はそのつもりだった」
「そうですか。じゃあ、遠慮なく」
御堂の許可を得た途端、本多の態度が変わる。
足を崩し、やや身を乗り出すと、御堂をぎろりと睨みつけながら言った。
「単刀直入に聞かせてもらうが……こいつと付き合ってるっていうのは本当なのか?」
「ああ、本当だ」
「それは、恋人として?」
「そうだ」
「……」
本多は溜息をつくと、苛立たしげに頭をガリガリと掻いた。
「……どうして克哉なんだ? あんたなんか女選びたい放題だろうに。よりによって、こいつにしなくても……。あ、克哉!  別にお前がダメだって言ってるわけじゃないからな?! 誤解するなよ?!」
「分かってる。大丈夫だよ、本多」
慌ててフォローしてくる本多に克哉は笑ってみせる。
けれど、ほんの少しだけ傷ついてもいた。
何故なら本多の言葉が事実だったから。
本多が心配して言ってくれているのはよく分かる。
実際、御堂はもてる。
本来なら、わざわざ自分のような相手を選ぶ必要などないのだ。
すると今度は御堂が口を開いた。
「……君は恋人はいるのか?」
不躾に尋ねられて、本多はたじろぎながら答える。
「……い、今はいねえよ。それが?」
「では、過去にはいたのか?」
「まぁ、それなりに」
「何故、その人物と付き合うことになったか覚えているか?」
「そりゃあ、お互いに惚れあったからだろうよ。……別に俺の話はいいんだって。それより」
「答えは出ているじゃないか」
話の矛先を変えようとした本多を遮って、御堂が言い放つ。
「私達も君と同じだ。私は克哉を好きになった。克哉も私を好きになった。だから、付き合うことにした。それだけだ。何か文句があるか?」
「……」
「……」
あまりにも堂々としたその態度に、克哉も本多も一瞬ぽかんとしてしまう。
そのシンプルで、けれど唯一にしてもっとも大切な理由を人前でもためらいなく言ってくれる御堂に克哉は感動していた。
それは恐らく本多も同じだったのだろう。
少し気まずそうに顔を逸らした彼からは、さっきまでの威勢がすっかり消えていた。
「……じゃあ、本気なんだな?」
「当たり前だ。冗談でこんなところにまで来るほど、私は暇じゃない」
「ああ、そうかよ」
本多はやけになったように吐き捨て、残ったビールを煽る。
なんにせよ、これで本多も納得せざるを得なくなったようで克哉もほっと胸を撫で下ろした。
店員を呼び、酒のおかわりを注文して、ようやく場も和みだすかと思った矢先―――。
「……克哉のこと、ちゃんと幸せにしてやってくれよ」
そんな本多のセリフに、御堂の顔がぴくりと引き攣る。
あ、マズいな、と克哉が思ったときには、既に御堂は臨戦態勢に入っていた。
「……何故、君にそんなことを言われなければならない? そもそも君は克哉のなんなんだ?」
「なにって……親友だよ」
「ふん、親友……ね。本当にそれだけならいいのだが」
「ど、どういう意味だよ」
「そもそも貴様はいつも私の克哉に馴れ馴れしすぎる。今後は控えてもらいたい。今日はそれを言うつもりで来たんだ」
「なっ……。あのなぁ、俺はあんたよりも克哉とはずっと長い付き合いなんだぞ! 心配するのは当たり前だろ! そっちこそ、なんでそんなに偉そうなんだよ!」
「付き合いの長さなど関係無い。現に克哉は私を選んだ。さっきのようなセリフは克哉のご両親から言われるべきものであって、貴様に言われる筋合いはない」
「なんだよ、それ。俺にはそう言う権利がないとでもいうのか?」
「無い。微塵も無い。無いに決まっている」
「このっ……!」
「ちょっと待って、本多!! 御堂さんも……!」
「克哉は黙っててくれ!」
「君は黙っていてくれたまえ」
「……」
仲裁しようとしたのに、二人から同時に言われて克哉は黙り込む。
成す術もない克哉は、それ以降も喧々囂々とやり合う二人をつまみに酒を飲み続けるしかなかった。
(こう見えて意外とこの二人、気が合うのかも……?)
そんなことを考えながら、三人の夜は更けていくのであった。

- end -
2017.07.29



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