Switch

蒸し暑い夏の夜、静かな大通りをゆっくりと歩いていく。
この時刻ともなれば人はおろか、車さえもほとんど走っていない。
だからこそ普段ならばたいして耳につかないであろう音が、やけに大きく聞こえて仕方がなかった。
二人分の足音。
時折鳴る、唸るような低い振動音。
それに混ざって、短く早く吐きだされる自分の荒い呼吸。
それらが耳の奥でわんわんと鳴り響いていた。
「……もうすぐ着くぞ」
隣りを歩いている御堂にそう声を掛けられても、克哉は反応することが出来ない。
ここがどのあたりなのかも分からないし、何処に向かっているのかも知らないのだ。
そもそも今の状況では何も考えられないし、声も出せない。
出来るのは、細かく震える身体をただ必死に動かして目的地まで―――いや、御堂に許されるまで歩くことだけだった。
「……!」
そのとき、遠くからコツコツと甲高い足音が聞こえてきた。
どうやらヒールを履いた女性が反対側から歩いてくるようだ。
克哉は咄嗟に身を硬くして顔を伏せる。
けれど視線を下に落とした所為で、不自然に膨らんだデニムの前が目に入ってしまった。
気づかれてはいけない。
さりげなく腕で前を隠しながら、平静を装って克哉は歩き続ける。
足音はどんどん大きくなり、やがて二人はその女性と擦れ違った。
今度は足音が少しずつ遠ざかっていく。
克哉がほっと息を吐いたとき、御堂が僅かに身を寄せて囁いた。
「……君のことを不思議そうに見ていたぞ」
「……!!」
それが事実かどうかも分からないのに、からかうように言われて身が竦む。
額に滲んでいた汗がつうと流れると同時に、克哉の身体がびくんと跳ね上がった。
「……ひ…ぅっ…!」
御堂がポケットの中でリモコンを操作したらしく、アナルに入れられているローターが強く振動したのだ。
自宅からここまで、もう随分と長い時間それを入れられているために中はすっかり痺れている。
下腹部はずっしりと重く、しかしそれが性的快楽の所為なのか、それとも散々飲まされたコーヒーの所為なのかは分からない。
とにかく身体中が苦しくて、熱くて、堪らなかった。
克哉は口を押さえ、漏れ出してしまいそうな声を必死に我慢する。
今は一刻も早く、全てを解放したかった。

目的地らしい公園に着いてからも、御堂は足を止めようとはしなかった。
克哉はその後を覚束ない足取りで追う。
前も後ろも奥も、身体中で何かがぐるぐると渦巻きながら外へ出ようとして暴れている。
背中を一筋の汗が流れて、その感触にさえ膝が崩れそうになった。
「……っ!」
不意に御堂が克哉の腕を掴む。
「どこ、に……」
「……」
掠れた声で尋ねても、御堂はこちらを振り向いてもくれない。
このゲームを開始してから、いったいどれぐらいの時間が経ったのだろう。
泣きだしてしまいたいぐらい苦しいのに、この先には意識が飛ぶほどの快楽があることも知っていて、だから克哉は御堂に逆らえない。
トイレに行くことを禁じられ、後ろに玩具を収めたまま深夜の散歩に連れ出され、爆発しそうな熱を抱えたまま、それでも期待に身体を震わせている。
引きずられるようにして連れて行かれた先には、小さな東屋があった。
簡素な屋根の下に設置してあるベンチに御堂が座る。
「君も座ったらどうだ? ずいぶんと苦しそうだ」
「……」
白々しく言う御堂の隣りに、克哉もそろそろと腰を下ろした。
本当はこんなところで寛いでいる余裕などないのに、今の克哉は完全に御堂の支配下にある。
膝の上で硬く拳を握っている克哉に、御堂が囁く。
「……さて、どうしたい?」
克哉は首を振った。
なんと答えていいのか分からなかったし、今声を出してしまえば別のものまで全て溢れ出てしまいそうで怖かった。
克哉の反応に御堂が微かに笑う。
「こんなに暑いのに、こんなに震えて……可哀想に」
言葉とは裏腹に、その声は酷く楽しそうだった。
御堂は克哉の肩を抱き寄せると、唇を重ねる。
「ん、ふっ……」
視界の端で街灯が瞬いた。
ただでさえ苦しくて堪らないのに、唇を塞がれて克哉は喘ぐ。
御堂の手が克哉の太腿を滑り、それからデニム越しに熱くなっている中心をするりと撫でた。
「んっ、ぅっ……」
克哉が腰を揺らす。
断続的に中で震えるローターのせいで、すでに前はじっとりと湿っていた。
御堂の手がファスナーを下ろし、下着の上からそれを握る。
先端から溢れた蜜は薄い布地を通り越してしまい、表面からでもぬるぬると濡れているのが分かった。
御堂はそこを指の腹で円を描くように撫でた。
「んんっ……! んっ! ん!」
キスをされたまま克哉が声を上げる。
ずっと我慢していたから、すぐにでもイってしまいそうだ。
克哉は必死になって御堂に縋りつく。
白いシャツがくしゃくしゃになるのも構わず、助けを求めるように御堂の背中を掻き抱いた。
「ん―ッ……ふ、うぅ……っ…!」
もっと。
もっと強く触って。
直接触れてもらえないもどかしさに、克哉は自分の昂ぶりを御堂の手に押しつけるようにして腰を動かす。
無意識に後孔を締め付ければ、押し込められているローターが一層奥を刺激した。
もうイきたい。
イかせてください。
助けて。
死んじゃう。
深夜とはいえ、もしかしたら誰かが通るかもしれないというのに、そんなことさえ考えられなくなっていた。
狂おしさに任せて御堂の舌に舌を絡めると、御堂もまたそれに応える。
激しく口内を蹂躙され、一際強く舌を吸われた瞬間、まるで性器を吸われたような錯覚を覚えて、克哉の腰が大きく震えた。
「ふ、うぅッ……!!」
小さく悲鳴を上げながら、克哉は御堂にきつくしがみつく。
焼けるような熱が下肢を貫いて、汗だくの身体がびくびくと波打った。
下着の中で脈打つペニスから大量の精液が溢れ出す。
「んっ…! …うぅ…っ……!」
二度、三度。
腰が浮くたびに吐き出される精は、行き場無く下着の中に広がっていく。
御堂は克哉が射精していると知りながら、それでもまだ手を動かし続けていた。
ぐちゃぐちゃという卑猥な水音が立つ。
「……酷いな。この状態でどうやって帰る気だ?」
「…やっ…だっ、て……」
「まるでお漏らしをしてしまったようだぞ」
「……!」
その言葉に、克哉の顔色がさっと変わる。
射精の余韻に浸る間もなく、御堂の指摘がトリガーとなったのか、弛緩したはずの身体の中で忘れかけていた別の欲求が膨らみはじめていた。
後孔の奥で弱く震え続けているローターが、それを急激に増長させる。
「…あっ……孝典、さんッ……」
克哉は慌てたように御堂の腕の中から逃れると、キョロキョロと視線を泳がせた。
この公園は大きいから、きっと何処かに公衆トイレがあるはず。
すぐに探さないと―――。
急に様子の変わった克哉の顔を、御堂が覗き込む。
「……どうしたんだ?」
「あ、あの……」
トイレに行きたいです。
そう言うのが何故か躊躇われて、克哉は口ごもる。
そうしているうちにも急激に膨らんでいく尿意に耐えかね、とにかくその場を離れようと立ち上った克哉の腕を、ベンチに座ったままの御堂が掴んだ。
「どうした? 何処へ行く気だ?」
「……ごめんなさい、離してください……」
「だから、何処へ行くのかと聞いている」
「ト……トイレ、に……」
もう躊躇っている場合ではない。
恥ずかしそうに克哉が告げると、少しの間のあと御堂が言った。
「誰が行っていいと言った?」
「……!」
克哉は絶望の表情を、御堂はにやりと薄笑みを浮かべる。
そうだ。
まだ許されていない。
許してもらえるはずがなかった。
暑くて堪らないはずなのに、冷たい汗が噴き出してくる。
それでも克哉は泣きそうになりながら懇願した。
「お願い、します……トイレに……」
「トイレねぇ」
「はい……」
「どうしても行きたいのか?」
「はいっ……」
「何故?」
「何故、って……だって……その……」
克哉は痛むほどに疼いている下腹部を押さえながら、御堂の問い掛けに答えようとした。
しかし耐え難いほどの尿意が思考を奪い、次第に克哉は息を弾ませるばかりになってしまう。
どう答えれば許してもらえるのか分からない。
御堂が何を言わせたいのか分からない。
いや、分かっている。
分かってはいるけれど。
「だ、って……もう……漏れ…ッ…!」
突然、身体の奥でローターが強く震えた。
その刺激に反応すると同時に、下着の前がじわりと温かくなる。
咄嗟に手で押さえるが、そんな行為はなんの意味もなかった。
ファスナーを開けたままだったせいで、漏れた尿はすぐに下着から溢れ、指の隙間を通ってダラダラと足元へ流れていった。
「あっ……あ…あぁ………」
克哉は中腰の姿勢のまま、情けなく失禁していた。
勢いのついたそれは途中で止めることも出来ず、ガクガクと震える膝を伝いながらデニムを濡らし、足元に水溜まりを作っていく。
蒸し暑い夜の空気に、ぴしゃぴしゃとコンクリートを打つ微かな水音が響く。
克哉はその光景を成す術もなく見つめながら、絶望と羞恥の中に途方も無い解放感を覚えていた。
「は、ぁ……あ……」
紛れも無く甘さを含んだ溜息を漏らしながら、克哉は放尿を続ける。
御堂に見られている。
いい大人が、自分の恋人が、こんな場所で、こんな失態を晒しているところを。
御堂は上から下まで舐めるようにその姿を眺めている。
その視線がどれだけ熱を帯びているのか、克哉には確かめなくても分かった。
この異常な状況に互いがとてつもなく興奮していることも。
「……クッ……ますます酷い恰好になったな」
「う……」
御堂が心底愉快そうに肩を揺らす。
解放が終わってしまえば、残ったのは恥ずかしさと情けなさ、そして後悔だけだった。
いつの間にかローターの振動は止まり、熱かった下肢は冷え始め、心臓の鼓動ばかりが強く鳴り続けている。
御堂は立ち上がり、克哉の顔を覗き込んだ。
「我慢出来なかったのか?」
「……はい……」
「今の気分は?」
「……恥ずかしい…です……」
「そうか。可哀想に」
昏い愉悦に微笑みながら、御堂はまるで出来のいい子供を誉めるかのように克哉の頭を撫でた。

帰り道は来るとき以上の地獄だった。
こんな汚れた格好ではタクシーに乗るわけにもいかず、来たときと同じく歩いて帰るしかなかった。
濡れた靴と靴下のまま歩く気持ち悪さ、アスファルトにつく足跡、汗と尿で肌に貼り付いたデニム、そして精液に塗れた下着……。
御堂はさすがにローターを抜いてくれ、加えてせめてもの情けとばかりに大通りではなく別の道を選んでくれはしたものの、マンションに着くまでに克哉が味わった不快感は相当なものだった。
そうしてなんとか部屋に辿り着きはしたが、今度は玄関で身動き出来なくなる。
このまま上がれば部屋を汚してしまう。
立ち尽くしている克哉に気づいた御堂が言った。
「……そうか。そのままではさすがに、な。少し待っていたまえ」
一旦奥に消えた御堂が数枚のタオルを手に戻ってくる。
克哉がほっとしたのも束の間、床にタオルを置いた御堂は突然克哉のズボンのベルトに手を掛けた。
「あのっ、孝典さん……?!」
「脱がせてやる」
「いえ、大丈夫です! 自分で出来ますから!」
「いいから、じっとしているんだ」
「でも……!」
抵抗する克哉の手を退けて、御堂は克哉の濡れて色の変わったデニムを下ろす。
同じく濡れた靴を脱いで敷かれたタオルの上に乗ると、靴下も一緒に脱がせてくれた。
まるで小さい子供になってしまったようで、とてつもなく恥ずかしい。
下半身から立ち上るむっとするような匂いが鼻についたが御堂は気にする様子もない。
そしてシャツと下着だけの姿になると、いたたまれなさに克哉は俯いた。
「あの、本当に、後は自分でやるので……」
これ以上は情けなさすぎる。
けれど抵抗すればするほど御堂を悦ばせるだけだということも嫌というほど知っていた。
案の定、御堂は微笑みながら今度は克哉の汚れた下着に手を伸ばしてきた。
「本当に酷いな……」
「あっ……」
ぐっしょりと濡れたままの布の上から中心を撫でられて、思わず声が漏れる。
御堂の指の動きに、敏感に反応する自分が分かった。
「こんな状態なのに、君は気持ち悪いどころか気持ち良くなっているのだろう? 本当に変態だな」
「そんな…ことっ……」
「……そら、だんだんと硬くなってきている」
「っ……」
御堂の手も汚れてしまうはずなのに、それでも構わず布地ごと握られ、緩く擦られる。
乾いていない精液の所為でぬるぬると滑るその感触に、次第にそこは熱を帯びていった。
克哉の息が弾みはじめる。
「いや、だ……もう……やめてください……」
御堂の手に追い詰められ、膝が震える。
よろめいた克哉が思わず玄関横の壁に寄り掛かると、不意に御堂の手が離れた。
「そうだ。そういえば、さっき言っていたな」
「えっ……?」
「後は自分で出来る……そうなんだろう?」
「……」
御堂は笑いながら克哉の下着を下げる。
それから克哉の手を取ると、濡れて勃ち上りかけている克哉自身に触れさせた。
「さぁ……自分でしたまえ」
「……!」
耳元で囁かれた言葉は、まるで催眠術のようで。
その甘い響きと拒絶を許さない声音に、克哉の肌がぞくりと粟立った。
「あっ……」
「それとも、やはり手伝いが必要か?」
「……孝典、さんっ……」
自身を握る手の上に御堂の手が重ねられ、ゆっくりと上下に動き始める。
精液の残骸を塗り込めるようにしながら扱くと、屹立はあっという間に硬くなった。
先端からは新たな雫が滲み、くちくちと粘り気のある水音が立つ。
密着する身体を更に強く押しつけられ、首筋に御堂の熱い吐息が掛かった。
「……気持ち良さそうだな。君だけ狡いのではないか?」
「あっ……孝典さん、も……」
克哉が空いている方の手を御堂の中心へと伸ばす。
御堂のそれも既に熱く硬くなってスラックスの前を持ち上げていた。
御堂自身も手伝いながら今度は御堂の前を寛げると、その熱い猛りを取り出す。
二人は互いの手を使って、互いの熱同士を一度に扱いた。
「はぁ……んっ…!」
「っ……」
普段はあまり味わわない感触に興奮が高まる。
自慰ともセックスとも違う、不思議な快楽があった。
「あ……孝典さん……」
「克哉……」
舌を出してくちづけを強請ると熱い唇に塞がれる。
乱暴に腰を押しつけ合い、揺らしながら、ただ欲望の解放を求めた。
重なる吐息と熱に、どちらがどちらのものなのかも分からなくなる。
「…ん……ふぁ……あ……あ、ぁっ……!」
先に達したのはどちらだったのか。
手の中で快楽が弾け、どろりとした精が溢れる。
それは指の隙間から零れ、手首を伝って太腿へと流れていった。
名残惜し気にようやく離れた唇からは荒い呼吸だけが聞こえ、何も言葉にならない。
自分の姿が移り込んでいる瞳を互いに覗いてはくちづけを交わす。
頭の中が爛れてしまったように熱かった。



克哉は御堂の指示に従い、先にバスルームへと向かった。
シャワーのコックを捻り、頭から熱い湯を浴びると、ようやく生き返ったような心地がする。
それなのに、どこか克哉の気持ちは晴れなかった。
理由は分かっている。
まだ御堂と繋がっていないからだ。
(もう二度もイったのに……)
己の浅ましさが心底嫌になって克哉は項垂れる。
どうして自分はこうなのだろう。
あれだけ恥ずかしくて情けない思いをして、御堂の手で射精させられて、解放感と羞恥の狭間で歪んだ快楽を得ながらもまだ満足出来ずにいる。
淫乱。
変態。
被虐趣味。
なんと言われても反論は出来ない。
それでも身体の奥でまだ小さな火が燻り続けていることだけは認めざるを得なかった。
(孝典さん……)
御堂はどうなのだろうかと考える。
彼はもう満足してしまったのだろうか。
確かに暑い中、深夜にわざわざ出掛けてまであんなことをしてきたうえに、帰宅早々のあの行為だ。
克哉も疲労感を覚えていないといえば嘘になる。
それでも―――。
「……っ」
伸ばした指を後ろに回す。
双丘の狭間に忍ばせた指先がそっと後孔に触れた瞬間、ぞくりと肌が粟立って、吐息が震えた。
(ダメだ)
これ以上、してはいけない。
そう思うのに止めることが出来ない。
縁をなぞるように辿ると、そこは物欲しげにひくひくと痙攣を始める。
ゆっくり。
ゆっくりと指先を埋めていく。
「っ……!」
濡れた壁に手をつき、うなじでシャワーを受けながら克哉は唇を噛み締めた。
声が出そうになるのを必死で堪える。
指は到底望む奥まで辿り着けるはずもなく、入口近くの敏感な粘膜に触れるのが精一杯だった。
(欲しい)
下腹部がきゅうっと締め付けられるようになって、克哉は熱い息を吐いた。
御堂が欲しい。
御堂のもので満たしてほしい。
抱き締められ、貫かれ、揺さぶられたい。
たまらない欲望が込み上げてきて息苦しさに喘いだとき、不意にバスルームのドアが開いた。
「……!」
「克哉……?」
一緒にシャワーを浴びようと思ったのだろう、全裸の御堂が入ってくる。
今の醜態を見られてしまっただろうか。
咄嗟に手を離して顔を背けたけれど、それがかえって不自然だったのかもしれない。
御堂は克哉の傍に立つと、顔を覗き込んできた。
「……何をしていた?」
「……っ」
克哉の肩が隠しきれない動揺にぴくりと揺れる。
「な、なにも……シャワーを浴びていただけですよ?」
「本当に?」
「本当です。それ以外になにを……」
「ほう……」
「あっ……!!」
突然、無防備な下肢に触れられて克哉は声を上げる。
そこはさっき後孔に触れた刺激のせいでまたしても熱を持ち始めていたところだった。
その硬くなりかけた中心を御堂の手が弄ぶ。
「君をシャワーを浴びるだけで欲情するのか? 変わった体質だな」
「ち、違います、これは……」
「違う? では、本当は?」
「それは……」
「克哉……」
御堂が克哉を抱き締め、くちづける。
腰に回された手は優しく、絡まる舌も柔らかい。
けれど重なる濡れた肌の体温と温水の熱気も相俟って、その甘い熱さに頭がくらくらした。
「克哉……本当は何をしていた? ここを……弄っていたのではないのか?」
「あっ…! や、孝典、さん……」
「ふっ……ここは私の指を飲み込もうとして必死だぞ。いやらしいな……」
御堂の指が克哉の後孔を辿る。
抱き締められたまま後ろを弄られ、克哉は御堂の裸の胸に縋りついた。
御堂の言う通り、自分のそこが物欲しげにひくついているのが分かる。
「孝典、さ……もっと……」
もっと奥まで欲しい。
けれどその声はか細すぎて、シャワーの音に掻き消されてしまう。
御堂の指は克哉を焦らすように、僅かに先を埋めては出るのを繰り返すばかり。
もどかしさに腰を揺らす克哉を御堂が笑う。
「まだ欲しいのか……もう二度も出しただろう?」
「でも……! だって、まだ……」
「まだ……なんだ?」
先を促されて、克哉は羞恥に俯く。
けれど、もう我慢出来そうにない。
克哉は御堂に己の欲望を知らしめるべく、すっかり硬くなってしまった中心を押しつけながら強請った。
「まだ……中に、貰ってないから……」
「……!」
自分の言った言葉に堪らなくなったのか、後孔が御堂の指をきゅっと締め付ける。
その紅く染まった頬に、潤んだ瞳に、全身で御堂を欲する姿に、御堂もまた煽られる。
「……だから、自分で弄っていたと?」
「……」
「分かった。それほど欲しければくれてやってもいい。……だが、その前に」
「孝典さん……?」
御堂は克哉を突き放すと、くるりと後ろを向かせた。
それから両手を掴んで乱暴に壁に押しつける。
「散々粗相をしたお仕置きをしてからだ。……尻を突き出せ」
「っ……」
その威圧的な声音に恐怖を覚えて、克哉の喉がひゅっと音を立てる。
御堂がシャワーヘッドの向きを変えたのか湯が掛からなくなったけれど、身体が細かく震えだしたのはその所為ではなかった。
克哉は壁に手をついたまま、後ろに立つ御堂に向けておずおずと裸の双丘を突き出す。
御堂の掌がそのなだらかな曲線をゆっくりと撫でた、次の瞬間―――。
「ひっ……!」
パァンという甲高い音と共に唐突に襲い掛かった痛みで、思わず克哉の背中が仰け反る。
御堂が克哉の尻を思い切りひっ叩いたのだ。
驚きに振り返る間も無く二発目が来る。
三発目。
そのたびに克哉の身体は痛みに跳ね、バスルームに破裂音が響いた。
「やっ……やめ、……孝典さんっ……!」
「お仕置きだ、と言ったろう?」
「でも……ああっ……!」
容赦なく飛んでくる平手に尻を打たれ、克哉の目に涙が浮かぶ。
痛みよりも、情けなさが勝っていた。
こんな大人になってから、お漏らしをして尻を叩かれるなんて。
白い肌が赤くなるにつれ、じんじんとした痛みで痺れが広がっていく。
そして何故か次第に、一度は萎えたはずの克哉の屹立が再び頭をもたげてくるのを御堂が見逃すはずがなかった。
「やはり君はひどくされるのが好きなようだな。下を見てみろ」
「え……」
指摘されて初めて、克哉はこの行為に自分が快感を得ていることに気づく。
「ち、違う……! どうし、て……」
「何も違わない。君はこういうことをされるのが好きなんだ。そうだろう?」
「あ、あぁっ…!」
叩かれるたびに上がる声が、甘く濡れていく。
貫かれているときのそれに似た悲鳴がバスルームを満たしていく。
「あっ……や、ぁっ…! 孝典さん、やっ……!」
打たれる痛みが下肢をじわじわと浸食していく。
衝撃に締め付ける後孔が、物足りなさにひくつく。
濡れた壁に爪を立て、言いようのない感覚にたまらず頭を振れば、髪の先から雫が飛び散った。
どうすればいいのか、どうしてほしいのか、分からない。
やめてほしいのに、やめてほしくない。
止まらない破裂音の中に、やがて克哉のすすり泣く声が混じった。
「たか、の、り……さ……」
どうして泣いているのだろう。
それともこれは涙ではなく、シャワーの雫なのだろうか。
いつの間にか殴打は止み、裸の背中に御堂が覆い被さってくる。
「克哉……痛かったのか?」
「……」
克哉は泣いたまま小さく頷く。
「そうか。可哀想に」
痛みを与えた張本人とは思えないセリフを御堂は吐く。
けれどそこに心は籠っていなかった。
御堂が克哉の濡れたうなじに舌を這わせる。
それはゆっくりと首筋から背中へ滑り落ちていった。
「あ……」
御堂の舌は止まることなく更に下へと降りていく。
背骨を辿り、腰へ。
そしてとうとう赤く染まった双丘の狭間へと潜り込んだ。
「は、あぁっ……!!」
舌先が後孔の縁をぐるりとなぞったとき、克哉は一際大きく嬌声を上げた。
御堂は克哉の尻房を両手でぐいと開き、更に奥へと舌を忍ばせる。
「やっ……! あ、っ! あ、はぁっ!」
舌を差し入れられ、唇で周囲を強く吸われる。
湯と唾液で濡れそぼったそこは、はしたない音を立てていた。
「や、だぁ……あぁ………」
克哉の屹立からだらだらと蜜が溢れる。
御堂の舌に中を探られ、快感に全身がびくびくと震えた。
思わず自分で前に触れそうになっては、我慢する。
けれどこのままでは入れられなくても、触れられなくても弾けてしまいそうだった。
「孝典さん……もう、ダメ……もう我慢出来ない……!」
限界だった。
克哉の泣き声の懇願に、御堂が下肢から顔を離す。
「我慢出来ないから、なんだ? 言ってみろ」
まだ赤い尻を撫でながら御堂が言う。
克哉は首を捻って、御堂を見ながらねだった。
「孝典さん、お願い……貴方をください……ここに、挿れて……!」
恥ずかしささえ忘れて、自ら浅ましく尻を開く。
その痴態に御堂は一瞬息を飲み、それから満足げに笑った。
「いいだろう……」
御堂が克哉の腰を抱える。
そしてただ御堂の与えてくれる快楽だけを待って震えているその場所に、己の欲望を一息に突き立てた。
「…ッ……!!」
むしろ声は出なかった。
ただ目の前がチカチカしたようになって、視界がぼやける。
熱の塊をいきなり身体の奥深くに突き入れられて、僅かな時間呼吸を忘れたのかもしれない。
カハッ、という乾いた喘ぎのような息のようなものが漏れて、克哉は息苦しさに喘いだ。
「ぁ……は…………」
御堂がゆっくりと腰を引く。
昂ぶりが内壁を擦る。
出ていかないでほしくて思わず締め付けると、御堂が微かに笑ったのが分かった。
「まったく、君は……」
呆れたように言いながらも御堂は再び腰を進める。
少しずつ奥を突いては場所を確かめるような律動が始まる。
ゆっくりと、激しく。
緩急をつけて深くて敏感なところを攻められ、それでもまだもっと奥に欲しいと克哉が腰を揺らす。
「あ、あっ、孝典、さん……いいッ……!」
ずっと欲しかった感覚を与えられて、全身の体温が急激に上昇する。
顔も身体も頭の中までが甘い熱に侵されていく。
肌がぶつかるたびに水音が立って、汗とも湯とも分からない雫がバスルームの床に流れ落ちた。
堪らない快感に克哉は喘ぎ、髪を振り乱す。
「うぅ……いい、ッ……ダメ…おかしくなる……っ……」
「なれば、いい……好きなだけ……」
「あ、あぁっ……」
克哉の言葉に煽られるように、御堂はますます激しく克哉を揺さぶった。
時折背中や腰を撫でられると、克哉の身体がいやらしくくねる。
全部、欲しい。
全部、奪ってほしい。
克哉の喘ぐ声と御堂の乱れた吐息がバスルームに響く。
理性も羞恥も捨てて、二人はただ互いを求め合った。
「孝典さんっ……もう…また、イっちゃう……」
泣き声で克哉が訴える。
解放の兆しに克哉の下肢はぶるぶると震えはじめていた。
「ああ……イけば、いい……私も…っ……」
御堂もまた息苦しそうに答えて、律動はスピードを増した。
受け止める克哉の身体にも緊張が走る。
「あっ、イく、ほんと、に……もう……あっ……あ、あぁっ……!」
「……!!」
克哉の背中が弓なりに反って、後孔が御堂をきつく締め付けた。
同時に屹立からは白濁した精が溢れ、快感に膝と内腿ががくがくと震える。
御堂に熱い欲望を注ぎ込まれるのを感じながら、克哉の腰は幾度も跳ねて精を吐きだしていた。
「あっ…あ…ッ……あ……」
「克哉……」
まだ細かく震え続けている身体を、御堂が後ろから抱き起す。
顎を掴み、無理矢理後ろを向かせると、繋がったまま克哉とくちづけた。
前に回された御堂の手が克哉の胸の尖りを弄ると、射精したばかりの敏感さゆえに克哉の身体がびくびくと反応する。
「……また、気持ちよくなっているのか?」
「だ、って……イったばかりなのに、孝典さんが触るから……」
「私のせいか?」
御堂の指が萎えた克哉の性器に絡まる。
「んっ……! 孝典さん……!」
「後ろが締まったぞ? このままもう一度……」
囁いて、御堂が克哉の首筋を吸い上げる。
それだけで腰の辺りから再びぞくぞくとした感覚が込み上げてくるのを克哉は拒めなかった。
「ダメ……もう、無理ですって……」
「本当に?」
「……」
御堂の手が克哉の中心と胸の尖りを弄び続けると、次第に克哉の表情が恍惚としたものに変わっていく。
後ろから耳たぶを甘噛みしながら御堂が囁く。
「……どうだ?」
もう何も考えられない。
克哉はほとんど無意識に答えていた。
「……気持ち、いい……」



ようやく寝室に戻れた頃には、さすがの二人もぐったりとしていた。
少々度が過ぎてしまったことは互いによく分かっていたが、だからといってそれがいけないことだとは思わない。
思わなかったけれど、さすがに今にも眠りに落ちそうになっている克哉の髪を撫でながら、御堂が言った。
「無理をさせてすまなかったな」
けれど克哉は微笑む。
「そんなこと……。オレも、その……よかったですから……」
恥ずかしそうに答えて、ブランケットに顔を半分だけ潜り込ませる。
ふわりとした感触は余計に眠気を誘ったのか、克哉はゆっくりと瞼を閉じた。
「謝らない、で、ください……オレ……すごく、よくて……孝典さんの、こと……」
喋りながらももう限界だったのか、後のほうはほとんど聞き取れなかった。
きっとこちらの言うことももう聞こえないだろう。
それを承知で御堂が続ける。
「君が満足してくれたのなら良かった」
そう言って笑いながら克哉の手を取ると、指先にくちづける。
やがて克哉の寝息が聞こえてきた。
この静かなひとときもまた幸せな時間だ。
けれど。
「……今度はもっと君を啼かせてあげよう」
低い声で呟いて、御堂は克哉の白く長い指に歯を立てた。

- end -
2018.03.07



[←Back]

Page Top