06 第六感
日も暮れ、終業時刻も間近に迫った頃、藤田が克哉の元にやってきて言った。
「佐伯さん、すみません。手が空いたら、俺の企画書をちょっと見てもらってもいいですか?」
「うん、いいよ。ちょうど一段落したところだから、今見るよ」
「ありがとうございます!」
克哉は席を立つと、藤田が使っていたパソコンの前に向かう。
二人でディスプレイを覗き込みながら、克哉は藤田の作った次回のプレゼン用の企画書に目を通した。
なかなか悪くない出来だった。
「……うん、いいんじゃないかな。
ただここのグラフがちょっと見辛い気がするから、色分けして数字をもう少し大きくしたほうがいいかもしれないね」
「ふんふん、なるほど……。ありがとうございます! やっぱり佐伯さんの意見は参考になります!」
「あ、ありがとう。でも、たいしたことは言ってないよ。最終チェックで御堂部長がなんて言うかは分からないし……」
「そうなんですよね……。うう、怖い!」
大袈裟に身震いしてみせる藤田に克哉が笑う。
「また、そんなこと言って。部長ならもうすぐ戻ると思うから、そしたら見てもらいなよ」
「そうですね……あっ、でも今日、部長は松山商事さんとの打ち合わせのあとは戻らないって言ってたじゃないですか」
「あぁ、うん、そうだったね」
向こうの部長はいつも話が長いうえに、ただでさえ約束の時間が遅めだったこともあって、
恐らく直帰することになるからと言って御堂は出て行ったのだ。
しかし。
「うーん、でもなんとなく戻ってくるような気がするんだよね……」
「そうなんですか? 部長から連絡あったんですか?」
「いや、ないんだけど」
何故だか理由は分からない。
けれど、もうすぐ御堂が戻ってくる気がしたのだ。
気配といえばいいのか、虫の知らせといえばいいのか。
「とにかく先に手直しだけして、あとはいつでも見てもらえるように準備しておけばいいんじゃないかな」
「そうですよね、って……ああっ!」
藤田の驚いた声に振り向けば、そこにはオフィスに入ってくる御堂の姿があった。
「なんだ、そんなに大声を出して」
「あっ、す、すみません、お帰りなさい、御堂部長」
「お帰りなさい」
うろたえる藤田に対して、克哉は少しも驚く様子を見せず立ち上がる。
「何かあったんですか?」
「ああ。途中、先方でトラブルがあったらしくてな。早々に切り上げられてしまったので戻ってきた。
連絡しようと思ったんだが、ちょうど電話が掛かってきていたものでな」
「そうだったんですね」
「ところで佐伯君、明日の会議の資料は」
「はい、あと10分頂ければ出来上がります」
「そうか。では出来次第、私のところまで持ってきてくれ」
「分かりました」
「……」
そして御堂は颯爽と一室のオフィスを出ていく。
克哉と御堂、二人のやり取りを藤田はただぽかんとした表情で見ていたが、やがて我に返って叫んだ。
「……佐伯さん!」
「う、うん?!」
「どうして、分かったんですか?! 部長が戻ってくるって!」
「え、ああ、ええと……」
「それだけじゃないですよ。なんか部長と佐伯さんって、阿吽の呼吸というか以心伝心というか……割りといつもそんな感じなんですよね。
なんでですか? なにか秘策があるんですか?」
「別にそんなことはないと思うけど……」
「そんなことありますって! 絶対!」
藤田は興奮したように断言する。
理由など分からない
分からないけれど、なんとなく分かるのだ。
それは御堂に対してだけ働くセンサーのようなものなのかもしれない。
誰よりも御堂のことを想い、誰よりも御堂の傍にいることで得た克哉だけの特殊能力だ。
「きっと第六感ってやつかな」
対御堂孝典限定のね。
心の中でそう付け加えて、克哉はにっこりと笑った。
- end -
2017.08.17
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