01 第一印象

自宅のダイニングで夕飯を食べているとき、克哉が突然ふふと思い出し笑いをした。
向かいに座っていた御堂がそれを見て怪訝そうに眉を顰めたので、克哉は慌てて理由を説明する。
「すみません。孝典さんのこと、ちょっと怖そうに見えますって言ってたの思い出してしまって」
「今日来た新入社員か? どちらがだ」
「鈴木君です」
「……これで思い出したのか」
ちょうどスズキのムニエルを食べようとしていた御堂が思わず手を止める。
「はい。ちなみに佐藤さんのほうは、素敵な方ですね……ってうっとりしてましたよ」
「ほう」
クスクスと笑っている克哉に、まったく興味なさそうに答えて御堂はムニエルを口に入れた。
今年度から新しく開発部に配属になった男女の社員二名の話だ。
二人の反応は概ね予想通りであり、例年通りでもあった。
「やっぱり孝典さんの第一印象って女性から見ると素敵で、男性から見ると怖そうなんでしょうか」
「さぁな。私自身は相手の性別によって態度を変えているつもりはないが」
「それは、そうですよね」
「……」
「……」
そのとき二人は同時に同じ場面を思い返していた。
MGNに乗り込んできた克哉と御堂が、御堂の執務室で初めて顔を合わせたときのことだ。
克哉は恐る恐る尋ねる。
「あの、オレの第一印象ってもちろん……」
「最悪だったな。無礼、不躾、不作法の極みだった」
「ですよね」
遠慮なく言い切った御堂も、言われた克哉もついつい笑ってしまう。
確かにそう言われても仕方のない出会いだった。
ルールを破って厚かましく御堂の元に乗り込んだ挙句、彼の置かれていた状況を盾にとって強引に仕事を得たのだ。
御堂がどれだけ腹を立てたのか、それはその後の状況からお察しである。
それが今ではこうして二人、そのときのことを笑いながら話せるのだから人生とはつくづく分からないものだと思う。
食事を続けながら、御堂が言った。
「君の、私の第一印象はどんなものだったんだ?」
「……気になりますか?」
「……まあ、そうだな」
少々ばつが悪そうに答える御堂が、なんだか可愛く見えて克哉は微笑んだ。
「びっくりしました。MGNの開発部の部長さんなら、てっきりもっとお年を召した方だとばかり思っていたので……」
「そういえばそんなことを言っていたな」
「でも孝典さんは若くて、いかにも頭が切れそうで、かっこよくて……」
本多と二人、緊張しながら待っていたオフィス。
そこへ颯爽と現れた御堂は本当に格好良かった。
仕立ての良いスーツをスマートに着こなし、堂々として、自信に満ち溢れていた。
冷たい視線も、容赦のない言葉さえも、全てが圧倒的だった。
そんな御堂の前でおどおどした態度しか取れなかったのは、あの頃は自分に自信がまったく無かったから。
若くして大企業の部長を務めている御堂の姿は本当に眩しかったのだ。
克哉が恍惚とした表情でハァと溜息をつく。
しかし反対に御堂は顔をしかめて、眉間に皺を寄せた。
「昔の私ばかり褒められるのも複雑な気分だな。今はそんなに冴えないか?」
「えっ?! い、いえ、今でも孝典さんはかっこいいですよ! 当たり前じゃないですか!」
思いも寄らなかった反応に克哉が驚いて否定するも、御堂は拗ねたままだ。
「気を使わなくていい。私もだいぶ年を取ったからな」
「気なんて使ってないですよ! それに孝典さんはまだまだ若いです!」
「本当にそう思っているのか?」
「本当です! オレは孝典さんにお世辞なんて言ったりしません……」
「……ふん。それならいい」
御堂がようやく満足げに笑う。
拗ねた態度はどうやらわざとだったようだ。
からかわれたことに気づいて、今度は克哉が少しだけ唇を尖らせる。
「孝典さんって、ときどき子供みたいですよね」
「君の前でだけだ」
「……そういう言い方はずるいです」
「ずるい私は嫌いか?」
「す、好きですけど! ……もう、やっぱりずるいですよ」
結局、最後には二人して笑いだす。
第一印象からは想像も出来なかった互いの色々な顔。
それらを少しずつ知っていける日々に、克哉は心から幸せを感じていた。

- end -
2017.07.20



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