09 September Rain
突然、激しい雨音がしはじめて、ソファに座っていた御堂は窓の外に目を向ける。
空はいつの間にか暗い雲に覆われていて、ガラスに打ちつける雨が滝のような流れを作っていた。
克哉からこちらに向かっていると連絡があったのはほんの三分ほど前。
駅からここまでさほど時間は掛からないが、濡れずに来られるだろうか。
御堂は窓辺に立ちマンションの前の道を見下ろしてみるが、克哉らしき姿を確認することはまだ出来なかった。
「……」
ここから下を見下ろすと、いつもあの日のことを思い出す。
小さな胸の痛みを感じながら、こんなことならばやはり断られても迎えに行くべきだったと御堂は後悔した。
いや、今からでも行かないよりは多少ましかもしれない。
そう考えて御堂が玄関に向かおうとしたとき、ちょうど部屋のチャイムが鳴った。
「こんにちは……」
御堂がドアを開けると、そこにはずぶ濡れの克哉が立っていた。
「ああ……タイミングが悪かったな。やはり迎えに行けばよかった、すまない」
「いえ! 大丈夫って言ったのはオレですから」
「ちょっと待っていてくれ。今、タオルを持ってくる」
「すみません……」
そう言って一旦克哉に背中を向けた御堂が、何故かぴたりと足を止めて振り返る。
何か言いたげな表情の御堂にまじまじと見つめられて、克哉は不安そうに首を傾げた。
「どうかしましたか、孝典さん……?」
「……」
御堂は答えない。
それどころかいきなり克哉の腕を掴むと、そのまま強引に部屋に上げてしまった。
「た、孝典さん?!」
「いいから、そのまま来たまえ」
「えっ? え? でも」
驚いている克哉にも構わず、床が濡れるのにも構わず、御堂は克哉の腕を引いていく。
向かった先はバスルームだった。
服を着たまま中に入らされ、克哉はオロオロと狼狽える。
「孝典さん? どうしたんですか? なにかあったんですか?」
「……」
克哉の再三の問い掛けも無視して御堂はシャワーを掴み、コックを捻る。
やがて白い湯気がバスルームに広がりだすと、噴き出す温かい湯を克哉に向かって掛けた。
「わっ! ちょっ、孝典さん?!」
雨に濡れたTシャツが更に水分を吸って、克哉の身体にぴたりと貼り付く。
辛うじてまだ濡れていないところが残っていたジーンズさえ完全に色を変えてしまった。
呆然としている克哉に、御堂が呟く。
「……思い出さないか? あのときのことを」
「あ……」
もちろん思い出さないはずがなかった。
あの日もこうして御堂は雨に濡れた克哉を温めてくれたのだ。
御堂がヘッドを下げ、克哉の頬に触れる。
「さっき窓の外を見下ろしたとき、あの日のことを思い出していた。
そこにちょうどずぶ濡れになった君がやってきたものでな……どうにも堪らなくなってしまった」
「そうだったんですね」
「思い出したと言ったが、あの日のことを忘れたことはない」
「オレも、です。ちょっと恥ずかしいですけど……」
とにかく御堂に会いたくて、雨が降ってきてもどうしてもあの場所を動くことが出来なかった。
寒くて、悲しくて、寂しくて、惨めで、けれどどうしても御堂に会いたかった。
何故そんな気持ちになるのかは分からなかった。
違う、分かっていたのだ。
けれど認めるのが怖かった。
認めてしまえば御堂に答えを求めてしまう。
そうすれば、きっともう御堂との関係を終わりにしなくてはならなくなる。
御堂に拒絶されるのが怖かった。
それでもなお、御堂に会いたい気持ちのほうが強かったのだ。
「あのときはなんだか暴走してしまって……自分で自分を抑えられなくなってたみたいで……」
「そうだな。突然君に好きだと言われたときは、さすがの私も混乱した。私は君に好かれるようなことはなにひとつしていなかったからな」
「そんな……」
互いに思わず苦笑してしまう。
けれど御堂は不意に真剣な表情になって言った。
「……だが君が告白してくれなければ、私は一生自分の気持ちに気づけないままだったかもしれない。
だから、君の勇気には感謝している。ありがとう」
「そ、そんなお礼なんて……! その、オレのほうこそ感謝しています。孝典さんはいつもオレの話をちゃんと聞いてくれて、
オレのことを認めてくれましたから……本当にありがとうございます!」
勢いよく頭を下げる克哉に御堂が笑う。
出しっぱなしだったシャワーの湯を止めると、御堂は濡れたままの克哉を抱き締めた。
「いつも怯えたように私から目を逸らしてばかりいた君が、ようやくこちらを見たかと思えばとんでもないことを言いだしたんだからな。
君の大胆さには本当に驚いたし、あれからずっと私は君に適わない気分だ」
「そうなんですか……?」
「ああ。だが私はそういう君が好きなんだから、それでいい」
「孝典さん……」
二人は唇を重ねる。
御堂もすっかりびしょ濡れだ。
「……さて」
御堂は身体を離すと、克哉に尋ねた。
「あのときと同じように、このままベッドに行くか? それとも着替えをしてからのほうが?」
「そうですね。服を脱いでから改めてシャワーを浴びて……そ、それから……」
そこまで言って、克哉は顔を赤くして俯く。
いつまでも恥ずかしがりの恋人が御堂はたまらなく愛しかった。
「そうだな。もう焦らなくてもいいのだからな」
「はい」
微笑みあって、キスを交わす。
もう冷たい雨に濡れる必要はなかった。
- end -
2017.09.12
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