04 四栁
※このSSは2012年10月に発行されたコミックス【鬼畜眼鏡 全カップリング網羅編】に収録されている御克マンガをベースにしています。
「……それで、具体的にはあの後どうなったんだ?」
軽く乾杯を済ませ、グラスの中のワインを一口味わったあと四柳が早速尋ねる。
しかし御堂の返事はひどく歯切れの悪いものだった。
「……まあ、そうだな。それなりに」
「? なんだ、それは。意味が分からないぞ」
「……」
御堂は気まずそうな顔をしながら再びグラスに口をつける。
どうやらあまり話したくないらしい。
しかし相談されたからには結果を報告してもらわないわけにはいかない。
やがて御堂は諦めたのか、ふうと短く溜息をつくと四柳から視線を逸らしたまま答えた。
「……言ってしまった」
「なんて?」
「行かないでくれ、と」
「!!」
ほんの僅かな間があってから、四柳が思わず口元を隠す。
それでも誤魔化しきれない肩がくつくつと揺れた。
「おい。笑うな」
「す、すまない。いや、あまりにも意外というか……お前にもそんな可愛いところがあったんだな。驚いたよ」
「からかうのはよせ。こちらは大真面目だったんだぞ」
「からかってなんかいないさ。……むしろ羨ましいぐらいだよ」
四柳が珍しく御堂から相談を受けたのは今から一ヶ月ほど前のことだった。
内容は恋人の克哉が仕事で半年ほどシカゴに行くことになるかもしれないというものだった。
そのときの御堂は彼の将来の為に背中を押してやりたいという気持ちと、
寂しさから引き留めたいという気持ちの間でかなり悩んでいるようだったが、結局その場で結論を出すことは出来なかったのだ。
そもそも御堂は昔から他人には決して弱みを見せない男だ。
そんな御堂から相談に乗ってほしいと言われただけでも驚いたのに、まさか行かないでくれと恋人に縋ったりするとは夢にも思わなかった。
四柳はすっかり変わった友人を感慨深そうにまじまじと眺めた。
「お前、佐伯君に会って本当に変わったんだな」
「……自覚はある」
「それで? 佐伯君はそれになんて答えたんだい?」
さすがに開き直ったのか、今度の御堂は顔を上げて答えた。
「行きます、って言われたさ。笑顔でな」
「……恰好いいなぁ」
「ああ、まったくだ。恰好悪いのは私だけだ」
そう言いながら御堂は何処か誇らしげだ。
本当に自慢の恋人なのだろう。
「でも、良かったんじゃないか? 恰好つけずに、本当の気持ちを伝えてくれて彼も嬉しかったんじゃないかな」
「……だと、いいんだが」
四柳にとって御堂は学生時代からの友人でありながら、同時に憧れの存在でもあった。
だから何事においても完璧で、気の置けない友人達の前でさえ決して隙を見せない御堂を何処か遠くに感じていた部分もあったかもしれない。
けれど今の御堂はその頃よりもずっと身近な存在に感じられたし、克哉に出会ってからの御堂のほうが四柳はずっと好きだった。
克哉がシカゴに行けば、きっと御堂からの誘いは増えるだろう。
そうなったらいくらでも御堂につきあってやりたいと四柳は思っていた。
「……!」
御堂のスマホが震える。
ディスプレイを見た御堂の口元が僅かに緩んだのを、四柳は見逃さなかった。
「佐伯君か?」
「……な、なぜ分かった」
「顔に出過ぎだ」
「……」
御堂に睨みつけられ、四柳はようやく笑うのをやめる。
まったく微笑ましすぎて、やっかむ気にもならないぐらいだ。
「じゃあ、佐伯君はシカゴに行くのか」
「ああ、8月中には発つ予定だ」
「そうか。それで本当にいいのか? お前の気持ちの整理はついているのか?」
「ああ」
御堂が笑う。
心から幸せそうな顔で。
「もう大丈夫だ」
「……そうか」
この先きっと、この二人は何があっても大丈夫なのだろう。
今の御堂を見ていて、四柳はそう確信していた。
- end -
2017.08.03
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