公開プレイの果実
気分が悪くて、目が覚めた。
いつの間にかソファで眠っていたらしく、ブランケットが掛けてある。
恐らく、克哉がやってくれたのだろう。
まだアルコールの抜けていない身体で起き上がると、頭が割れるように痛んで、本多は顔を顰めた。
「い…って……」
しばらくじっとしていると、少しずつ痛みが引いていく。
テーブルの上に置いてあった自分の携帯に、本多はのろのろと手を伸ばした。
時刻は既に、深夜二時を回っている。
酷く喉が渇いていることに気づいて、本多は億劫そうに立ち上がると、暗いリビングをぼんやりと見回した。
つくづく広い部屋だ。
置いてある家具も高級そうな物ばかりで、本多は思わず舌打ちをする。
この部屋の主である、すかした男の嫌味な顔を思い出して、気分はますます悪くなった。
克哉が御堂と付き合っているのだと知ったのは、ちょっとした事故のような出来事からだった。
普通ならば俄かには信じられないことだが、実際目にしてしまえば信じざるを得ない。
後から克哉はあれこれと言い訳めいたことを言ってきたのだが、そんなことはもうどうでも良かった。
好きになったきっかけとか、付き合うようになった経緯とか、そんなものには興味も無かったし、聞きたくもなかった。
それは多分、心の何処かで二人のことを信じたくないと思っていたからなのだろう。
だからあれ以来、克哉に会ってもその件については一切触れなかったのだ。
克哉も自分からそういう話をするタイプではなかったから、これまで通りのつきあいを続けていけばいいだけだと思っていた。
それなのに、克哉はそうさせてはくれなかった。
ある日、家に遊びに来ないかと誘われて、もちろん本多は数秒の迷いもなく断った。
克哉の家とは、すなわち御堂の家だ。
あの御堂とプライベートで顔を合わせるのも、大切な親友があの嫌味な男の恋人であることを見せつけられるのも、真っ平御免だった。
しかし克哉は、簡単には諦めてくれなかった。
本多と御堂が犬猿の仲だということを、克哉は勿論承知している。
そのうえで御堂と会わせようというのは、克哉にしてみれば、親友であるからこそ筋を通しておきたいというような、酷く真っ直ぐな想いから生まれた提案だったのだろう。
余計な気を遣うなと何度言っても克哉は折れず、結局はそのしつこさに負けて、本多はとうとう二人の部屋に足を運ぶことになってしまったのだ。
そして案の定、見せつけられた。
いや、少なくとも克哉にそのつもりはなかったのだろう。
けれど二人の間で交わされる言葉、視線、何よりその距離の近さが、本当に二人が互いを想い合っているのだと語っていた。
正直言って、男同士で付き合うだのなんだのということが、本多にはいまいちぴんと来ていなかったのだが、
二人の様子を目の当たりにして初めてそれが事実なのだと実感した。
その仲睦まじさは男女の恋人同士と少しも変わらない雰囲気で、克哉は本当に幸せそうに見えた。
「ちっ……」
本多はもう一度舌打ちしながら、ふらふらとリビングを出る。
キッチンに入り、適当にコップを拝借して、水道の蛇口を捻った。
静かな部屋の中に、水の流れる音がやけに大きく響く。
(あいつら、もう寝てんだろうな……)
恋人同士なのだから、やはりひとつのベッドで眠っているのだろうか。
何気無くそう考えて、不意に脳裏を過ぎった映像に本多は思わずハッとした。
下世話な想像をする自分に嫌気が差して、コップの水を一息に飲み干す。
「はぁーっ……」
空になったコップを置くと、本多はシンクに手をついて、がっくりと項垂れた。
喉の渇きは消えても、頭の中に焼き付いた邪まな映像がなかなか消えてくれない。
そのとき本多は、さっきから何か甘い香りが鼻腔をくすぐっていることに気がついた。
暗いシンクの片隅に、何かが転がっている。
本多はそれを手に取ってみた。
「なんだ、こりゃ……」
見慣れないものだが、恐らく果物の一種であろうことは分かる。
ただアルコールで濁った頭では、その果物の名前がどうしても思い出せない。
「なんだっけなぁ、これ……」
本多はその果実を、目の前まで持ち上げてみる。
真っ赤な実の割れ目からは、つやつやと光ったやはり真っ赤な粒が綺麗に並んでいるのが見えた。
名前は分からなくても、とにかく美味しそうだ。
(食っちまってもいいかな……)
自棄酒を煽った後の喉がごくりと鳴って、本多はそれを一口齧る。
その瞬間、足元が突然崩れていくような感覚に陥って、本多はきつく目を閉じた。
肌を這い回る、生暖かい感触。
頬から唇に、そして首筋から胸へと、それはゆっくりと移動していく。
何かが圧し掛かる重みと、熱。
そして―――むせ返るような、甘い香り。
「んっ……」
小さな呻き声を上げて、克哉は重い瞼をなんとかこじ開けた。
その視界を染めたのは、血のように暗い赤。
指一本を動かすのも億劫で、克哉は視線だけをぐるりと周囲に巡らせた。
しかし何処を見ても、赤い色以外は目に入らない。
そのとき、低く、聞き慣れた声が克哉を呼んだ。
「……克哉? 目が覚めたのか?」
胸元にあった熱が動いて、御堂が真上から克哉を見下ろす。
その顔を見るだけで、ほっとした。
体温とは裏腹に、ひんやりと冷たい掌が克哉の頬に触れる。
「みど…さん……なに……?」
搾り出した声は、思いのほか掠れていた。
けれど御堂にはちゃんと伝わったらしく、彼は柔らかく笑んで克哉の頬を撫でる。
「何も心配しなくていい。君はただ、私だけを感じていればいいんだ」
「御堂……さん……」
御堂の声と言葉は、まるで麻薬のように克哉の思考を麻痺させる。
唇を塞がれ、克哉は自然と舌を差し出していた。
御堂の背に手を回し、きつく抱き寄せる。
触れ合う肌の熱に、目も眩むような幸福感が押し寄せてきて、克哉は甘い吐息を漏らした。
こうして抱き締め合っている時が、一番幸せだ。
余計なことは何も考えず、ただ御堂の熱を受け止め、自分の欲望をぶつける。
こんなに幸せでいいのだろうかと、時々怖くなるほどだった。
もっと溶け合いたくて足を絡ませると、既に昂ぶった御堂の中心が下肢に押し付けられる。
その途端、全身を甘い疼きが走り抜けて、克哉はシーツの上で身悶えた。
「孝典、さん……」
首筋に滑り落ちた唇が、克哉の肌に赤い痕を散らしていく。
柔らかな御堂の髪に指を絡めながら、克哉は悦びに喘いだ。
「あぁっ……」
薄く開いた目に入るのは、相変わらずの真紅。
何処かで見た光景だと思いながらも、頭の中が痺れたようになって、はっきりと思い出すことが出来ない。
ただ、ここが御堂の寝室でないことだけは確かだった。
それに、この香り―――。
何処かで嗅いだことのある香りだ。
何かの果実のような、甘酸っぱい香り。
「……何を考えている?」
御堂が、克哉に尋ねた。
「いえ……何も」
「そうか……?」
御堂の腕に抱えられて、克哉は気だるい身体を起こす。
改めて自分のいる部屋を見回してみると、四方を全て赤いカーテンに囲まれていた。
ここは、何処だろう。
ベッドは確かに御堂のものなのに、部屋がいつの間にか変わっている。
「あの……ここ、は……?」
さすがに不安になって、克哉は御堂の顔を見つめた。
けれど御堂はいつもと変わらない表情をしている。
「心配するな、と言っただろう」
御堂はさっきと同じ答えを返すと、そのまま克哉の後ろに回った。
足を開き、その間に克哉を挟み込むような格好になって、背中から抱き締める。
「……いいか。私だけを感じていろ」
「孝典、さん……?」
念を押すように言われて、不安は更に膨らむ。
そして御堂が、耳元で囁いた。
「……ショータイムの始まりだ」
御堂の手が克哉の膝裏に回され、大きく足を開かされる。
既に半ば勃ち上がっていた自身が晒されて、克哉は恥ずかしさに身を捩った。
「ちょっ……なに……」
そのとき―――目の前に垂れていたカーテンが、左右にゆっくりと開いていくのを克哉は見た。
少しずつ大きくなっていく隙間の向こうには、何処までも続くかと思われるような、底無しの暗闇が広がっている。
しかしその暗闇の真ん中には、人の姿があった。
「え……」
克哉は目を見開いて、その人物を見つめた。
赤い縄で椅子に縛り付けられた全裸の男が、深々と頭を垂れている。
こちらから見えていたのは短い黒髪ばかりだったが、それが誰なのか克哉にはすぐに分かった。
「嘘……だ……」
項垂れていた男が、ゆっくりと顔を上げる。
やがて克哉と視線がぶつかり、男は驚いたように呟いた。
「かつ……や……」
名前を呼ばれて、克哉は息を飲む。
そこにいたのは、リビングで眠っているはずの本多だった。
「本多が……どうして……」
三人で食事をして、その後はワインを飲んだ。
酔って潰れることなど滅多に無い本多が、そのままソファで眠ってしまったので、ブランケットを掛けてやった。
それから自分と御堂は寝室に入ったのだが、いったいどうしてこんなことになっているのだろう。
「御堂さん、どうして……?!」
助けを求めるように首を捻った克哉の唇を、御堂が乱暴に塞ぐ。
その途端、歯列を割って何か小さな粒のようなものが口移しに入り込んできた。
思わず噛んでしまうと、甘酸っぱい味が口の中に広がる。
同時に濃厚な甘い香りがして、克哉は目眩を覚えた。
「な、に……?」
尋ねようとしたところを、指先で胸の尖りを捻られて、克哉はびくんと身体を跳ねさせる。
「ああっ……」
何が起きているのか分からない。
しかし本多の前では、こんな姿を見せたくは無かった。
たとえ御堂とつきあっていることは知っているにしても、それとこれとは別の問題だ。
けれど御堂はまるで見せつけるように、もう片方の手で克哉の足を更に大きく開かせる。
「御堂さん……やめて……」
逃れようとするも、身体に力が入らない。
御堂は薄い笑みを浮かべて、克哉に囁いた。
「克哉……あいつに、君の本当の姿を見せてやるんだ」
「本当の……姿……?」
「そうだ。あいつは、君の親友なのだろう? だったら、君の本当の姿を教えてやればいい。
君がこんなにもイヤらしくて、淫らな人間なのだと……」
真っ赤に染まった克哉のうなじに、御堂が舌を這わせる。
それだけで、克哉の身体は悦びに震えた。
本当の、姿。
本多は大切な友達だ。
御堂と出会うよりもずっと前から、克哉のことを知っている。
けれど本多は、克哉と御堂の間に具体的に何があったのかは知らなかった。
付き合っていることは話したけれど、そのきっかけも経緯も話す勇気は克哉にはなかった。
御堂によって暴かれた、本当の自分。
それを知ったら、本多は自分を軽蔑するだろうか。
克哉が戸惑っていると、御堂の手が克哉の中心にそっと絡んだ。
「あ……はあっ……」
身体が熱い。
背中に感じる御堂の体温も、また熱かった。
「孝典さん……やめて、ください……」
「何故?」
「だって……」
抗議の甲斐も無く、御堂は中心をゆるゆると擦り始める。
そこが少しずつ硬さを増していくにつれて、克哉の呼吸は速くなっていった。
「あっ……あぁ………ん……」
抑えようとしても漏れる声。
克哉は恐る恐る薄目を開けて、本多を見た。
本多はさっきまで椅子の上でがたがたと身体を揺すっていたものの、今ではもう暴れることを止めていた。
よほど頑丈に縛られているのか、いくら暴れても少しも縄が緩む気配が無かったのだろう。
そして今は目を見開いて、克哉のことをじっと見つめている。
その視線にいつもとは違う色を感じて、克哉の身体はせつなさに震えた。
「や、だ……見ないで……」
そう呟きながら、克哉はだらしなく両足を開き、屹立から雫を零す。
力の入らない身体は御堂にされるがままになって、肌にはうっすらと汗が浮かび始めていた。
(本多……どうして、そんな目で……)
本多の紅潮した顔を見ながら、克哉もまた今までとは違った想いに囚われていた。
こんな姿を見られて、恥ずかしくて堪らないはずなのに、一方ではどうしようもなく興奮している自分がいる。
弄られ続け、まるで柘榴の粒のように赤く腫れた胸の尖りも、
屹立の先端からだらだらと止め処なく溢れる蜜まで、見られているのだ。
克哉に釘付けになっている本多は、心なしか呼吸が荒くなっているようだった。
しかも椅子に縛られて開かされた足の間では、少しずつその中心が頭をもたげてきている。
克哉はもじもじと身体を揺らして、御堂の昂ぶりに腰を押しつけた。
「……欲しいのか?」
「あ、あの……」
「本当のことを言うんだ。あいつのことなど気にするな」
「……」
克哉は小さく頷く。
御堂に背中を押され、シーツの上に四つん這いになった。
本多に顔を突き出すような格好になって、克哉は思わず目を逸らす。
「本多……見ないで……」
「克哉……」
克哉の名を呼ぶ本多の声は、確かに欲情に濡れていた。
しかしそれを遮るかのように、御堂が後ろから一息に克哉を貫く。
「ああっ……!」
がたりと椅子が鳴って、克哉は思わずきつく閉じた瞼を再び開けた。
本多が瞬きさえせず、克哉の痴態を見つめている。
その中心は克哉同様、すっかり熱を持って反りかえっていた。
「だ……ダメだ……見るな……見ない、で…くれ………」
涙を滲ませながら懇願しても、貫かれる快感に逆らうことは出来ない。
御堂が突き上げるたびに、克哉の中心からは透明な雫が零れて、糸を引いてシーツに落ちていった。
御堂は克哉の感じる場所を的確に突いて、克哉をいつも以上に乱れさせる。
「やぁっ……孝典、さん……!」
「……気持ちがいいんだろう? きちんと言葉に出して言ってみろ」
「あっ……気持ち、いい……孝典さん……」
「だから……?」
「だから……もっと……もっと、してください……っ……」
本多が見ていることも忘れて―――いや、むしろ本多に聞かせようとしていたのかもしれない。
克哉は羞恥を捨てて、形振り構わずに御堂を強請った。
自らも腰を揺らし、後孔で御堂自身をきつく咥え込む。
ベッドがぎしぎしと音を立て、繋がっている場所から漏れる水音と混じった。
「あ……は……孝典、さん……気持ちいい……気持ち、いい……っ……」
「君は……本当に…淫乱、だな……」
弾む呼吸と共に吐き出される御堂の言葉が、克哉の欲望を更に煽る。
克哉は髪を振り乱し、うわ言のように淫らな言葉を口にしていた。
「は、い……オレは……淫乱、です……だから、もっと……してください……」
「克哉……」
御堂もまた、克哉の言葉に律動を速める。
克哉はシーツを握り締め、開きっぱなしの唇から赤い舌を覗かせて喘いだ。
「孝典さん……愛して、ます……あなたを……愛して……います……」
「克哉……私もだ……。君を、愛している……」
普段はあまり聞くことのない御堂の甘い囁きに、克哉の限界が一気に近づく。
「ああっ……イく……もう……孝典、さん……イく…ぅ……っ…!!!」
克哉は嬌声を上げながら、勢いよく吐精する。
無意識に胸を反らせて、両足の間から迸る欲望が本多に見えるようにしていた。
御堂のものが奥に注がれるのを感じながら、克哉は幾度も身体を痙攣させる。
「……あ……はぁ………あぁ……」
強すぎる快感に霞んでいく視界の中、本多もまた椅子に座ったまま達しているのを、克哉は確かに見た。
カーテンが、ゆっくりと閉じていく。
本多の姿が消えると、気を失ってしまった克哉の髪を一撫でしてから、御堂はベッドを降りた。
床に落ちていたガウンを拾い、羽織ったところに、黒尽くめの男が音も無く姿を現す。
「……お楽しみ頂けましたでしょうか? 御堂孝典さん」
含み笑いをしながら尋ねる男に、御堂は嘲るような口調で答えた。
「まあまあ、といったところだな。しかし、あの男もこれでよく分かっただろう。克哉が私のものであるということがな」
男もまた、クスクスと笑いながら答える。
「ええ、そうでしょうね。……ですが、このようなことをご希望なさるとは……もしや、佐伯さんとの関係にご不安がおありなのですか?」
「……なんだと?」
からかうような物言いに、御堂が気色ばむ。
しかし男は少しも怯む様子はなく、あくまで飄々としていた。
「このような手段で、佐伯さんに近しい人間を牽制せずにはいられないほど、あなたは不安で不安で堪らない……。
いつ佐伯さんが自分から離れていくか、いつ佐伯さんを失うか……考えるだけで恐ろしくて、何かせずにはいられない。……違いますか?」
「……」
御堂は険しい目つきで、男を睨みつけた。
すると男は挑むような口調を一転させて、頭を下げる。
「これは失礼致しました。きっと、わたくしの考えすぎでしょう」
白々しい謝罪に、御堂はますます不愉快そうに眉根を寄せる。
やがて男はベッドで眠る克哉を一瞥すると、御堂ににっこりと微笑みかけた。
「佐伯克哉さんは、素晴らしい人材です。どうか、大切になさってください」
「……貴様に言われるまでもない」
「おや、またしても出過ぎたことを申し上げました。それでは、わたくしはこの辺で失礼させて頂きます。
また、お会い出来る日を楽しみにしておりますよ」
そのまま男は、赤いカーテンの向こうに消えていく。
御堂は溜息をついてベッドに乗り上げると、克哉の隣りに横たわった。
「克哉……」
あの男の言うことは、当たっているのだろう。
いつか克哉を失うのではないかと、不安に思うことは確かにある。
けれどそれ以上に、君は私のものだと、決して手離すものかと強く思ってもいる。
ここまで誰かを愛しいと思ったことは無いのだから。
「克哉……」
御堂は、眠る克哉の頬にくちづける。
今夜の出来事は、全て夢でいい。
けれどこの想いだけは、夢から覚めても変わらないのだと克哉に伝えてやりたかった。
本多はリビングのソファで、最悪の気分で目を覚ました。
アルコールは既に抜けているはずなのに、頭の中は靄がかかったようにぼんやりとしている。
寝そべったまま、高い天井をしばらく見上げていると、克哉の声と足音が聞こえてきた。
「本多ー? 起きてるー?」
本多は思わず頭からブランケットを被ってしまう。
突然ゆうべのことを思い出して、鼓動が速まった。
「本多?」
がばっとブランケットを捲られる。
本多は咄嗟に、眠っている振りをした。
「……起きてるだろ」
しかしすぐに見抜かれて、本多は渋々目を開ける。
「……なんで、分かった」
「分かるよ、それぐらい」
克哉は言いながら、リビングのカーテンを開けてまわる。
こうして見る克哉は、いつもと少しも変わらない。
けれど本多の脳裏には、ゆうべの乱れた克哉の姿がしっかりと焼きついていた。
夢にしてはやけに鮮明な記憶に、本多はつい顔を赤くする。
「……本多?」
「えっ?!」
いきなり顔を覗き込まれて、本多は焦る。
「大丈夫か? もしかして、二日酔い?」
「あ、ああ! いや、大丈夫だ。それよりも俺、帰るわ」
「えっ? もう? 朝飯、食べていけばいいのに」
「いや、いい! 悪かったな、泊めてもらって」
本多は逃げるようにして、玄関へと向かう。
その後を克哉が慌てたように追ってきた。
「ちょっと待ってよ。御堂さんも呼んでくるから」
「い、いや、いいって! じゃあな、克哉。御堂にも一応、よろしく言っといてくれ」
一応、を強調する本多に、克哉が苦笑する。
「う、うん。分かった。あのさ……本多」
「ん?」
「……また、来てくれよな」
克哉はそう言うと、何故かぱっと頬を染めた。
その表情が夢の中の克哉そのもので、本多の心臓が大きく鳴る。
「あ、ああ……。そうだな、また……」
ぎこちない返事になってしまったのに、克哉は嬉しそうにはにかむ。
そんな克哉をまともに見ていられず、本多はついと目を逸らした。
「……じゃあな、克哉。また」
「うん。またな」
そして本多は、克哉と御堂の家を後にした。
(オレ……何言ってんだろ)
本多が消えた後のドアを、ぼんやりと見つめながら思う。
ゆうべのアレは全て夢で、本多がそれを知っているはずもないのに。
懸命に平静を装ったつもりだが、不審に思われなかっただろうか?
玄関で克哉が一人になった途端、後ろから御堂が姿を見せる。
「……帰ったのか」
「あ、御堂さん。おはようございます」
克哉はなんだか堪らない気持ちになって、御堂にそっと寄り添う。
御堂もまた克哉の肩に腕を回した。
「……どうしたんだ? 朝から私を誘う気か?」
「あの……ゆうべ、変な夢を見てしまって」
「変な夢? どんな?」
「そ、それは……」
本多に見られながら、あなたとセックスする夢です。
そんなことが言えるはずもなく、克哉はもごもごと口篭った。
「……いやらしい夢でも見たのか?」
御堂の言葉に、克哉は顔を真っ赤にする。
御堂はクスクスと笑いながら、そんな克哉を抱き締めた。
「朝食と私、どちらが先に欲しいんだ?」
「……」
克哉はしばらく黙り込んでいたが、やがて御堂にしがみつくと、その胸に顔を埋めて囁いた。
「……あなたが、欲しいです」
その返事は、御堂を心から満足させるものだった。
- end -
2008.06.30
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