女装の果実

「それでは、どうぞ今後とも宜しくお願い致します」
禿頭の男性と隣りにいた女性が、ソファから腰を上げる。
それに合わせて御堂と克哉も立ち上がると、互いにお決まりの挨拶を交わして、面会はようやく終了となった。
執務室を出て行く二人を見送り、ドアが閉まった途端、御堂は大きな溜息をついてもう一度ソファに身を投げ出す。
「……ちょっと、予定時間オーバーでしたね」
「ちょっとどころの話じゃない」
不機嫌に言い返されて、克哉は苦笑する。
今日、御堂の元を訪れた杉本商事の黒川という男は、話好きで有名らしいのだ。
御堂が「君も同席するように」と言ったのは、もちろん顔合わせの意味もあったのだろうが、彼をひとりで相手にするのが嫌だったのかもしれない。
いったいどれほどのものかと思ったのだが、結果としては予想以上だった。
何度話を切り上げようとしても、その都度別の話題に繋げられてしまう。
それでも三時半頃にはさすがに終わるだろうと、余裕を持ってスケジュールを組んだつもりだったのだが、読みが甘かったようだ。
時刻は既に、四時を過ぎている。
この後に急ぎの予定は無いものの―――というよりも、敢えてそういう日を選んであったのだが、何事にも限度というものがあるだろう。
覚悟していたこととはいえ、さすがの御堂も克哉もすっかり疲れきっていた。
「それにしても……」
克哉は御堂の向かい側に腰掛けると、テーブルの上に置いたままだった資料を纏めながら言った。
「すごく綺麗な人でしたね。オレ、びっくりしました」
「ああ……。柏崎さんのことか」
黒川が連れてきた女性社員のことだ。
紹介によると秘書ということらしいが、これが驚くほどの美人だった。
目鼻立ちのはっきりした小顔に、緩くウェーブの掛かった長い髪。
ダークグレーのスーツを着た彼女は背も高く、短いタイトスカートからすらりとした足を覗かせていた。
見た瞬間、最近テレビでよく見かける、ナントカというモデルの女性に似ていると思った。
しかも仕事も出来るようで、すぐに話が脱線する黒川にさりげなく資料を出して軌道修正させたり、黒川がうろ覚えなことを確認されれば彼女が代わりに答えていた。
それでも彼の長話を止めることは出来なかったわけだが、彼女がいなければもっと大変なことになっていたに違いない。
非の打ち所がないとはこのことかと、克哉も感心するほどだった。
しかし御堂はあまり関心がないのか、前髪を掻きあげながら素っ気ない口調で言う。
「よほど気に入っているのか、何処にでも連れ回しているらしいな。あれで商談がうまくいくこともあるというから、現金なものだ」
「そうなんですか」
彼女が会釈をしたとき、ほんのりといい香りがしたことを思い出す。
「オレもあんな風になれたらなぁ……」
うっとりと呟いた克哉の言葉に、御堂が固まった。
「君は……」
「え?」
「女装願望でもあるのか?」
「はぁ?!」
どうして、そうなるんだ。
御堂の誤解を、克哉は慌てて否定する。
「そ、そういうことじゃありません! あんな風に仕事も出来て、外見からもいいイメージが与えられるような……って、そういうことです!」
「ああ、そういうことか。私はてっきり、ああいう女性になりたい、という意味かと」
「そんなわけないじゃないですか……」
御堂はククッと、可笑しそうに笑う。
からかわれたことが分かって、克哉は僅かに頬を膨らませた。
「オレ、コーヒー淹れてきます」
「ああ」
御堂は、まだ笑っている。
克哉は御堂に聞こえないほどの小さな声で「もう」と呟くと、執務室を後にした。

コーヒーを持って執務室に戻ると、御堂の姿はなかった。
「あれ……? どこに行ったんだろう」
どうせすぐに戻るだろうと、御堂のデスクにコーヒーを置こうとして、そこに何かが転がっているのを見つける。
「……なんで、こんなところに?」
それは、柘榴だった。
真っ赤に熟した柘榴は、その身をぱっくりと開けて、克哉を誘うように甘酸っぱい芳香を放っている。
コーヒーの香りさえ掻き消してしまうほどの強い香りに、克哉は思わずそれを一口齧った。
その瞬間、天地がぐらりと揺れて、克哉は漆黒の闇へと落ちていった。



「佐伯君。……佐伯君!」
誰かに肩を揺さぶられて、克哉はハッと目を覚ました。
「はっ、はい?!」
慌てて顔を上げると、自分を見下ろしている御堂とまともに目が合う。
御堂は怪訝そうに眉を顰めて、克哉を見つめていた。
「こんなところで眠ってしまうなど、珍しいな。そんなに疲れているのか?」
「あ、いえ、すみません。大丈夫です」
どうやらいつの間にか、ソファでうとうとしていたらしい。
克哉は立ち上がり、その場を退こうとしたのだが、足がうまく動かずによろめいた。
「うわっ?!」
「おい!」
倒れかけたところを御堂に支えられる。
なんだか、様子がおかしい。
足が開かないうえに、妙に下半身がスースーしている。
「大丈夫か? 気をつけろ」
「はい、すみませ……」
言いながら、自分の足元に視線を落とした克哉は、我が目を疑った。
ベージュのストッキングに包まれた足が二本、パンプスを履いて床に立っている。
「えっ?! なに……?!」
咄嗟に御堂から離れ、改めて自分の格好を眺めまわす。
克哉が履いていたのは、濃紺の短いタイトスカートだった。
それだけではない。
上半身も白いブラウスに、スカートと同色のジャケットを着ている。
ネクタイはもちろん、締めていなかった。
「これじゃ、まるで……」
女性だ。
確かに、女物のビジネススーツを着ている。
克哉はパニックに陥った。
「あ、あの、御堂さん、オレ、どうして、こんな格好に」
おろおろと尋ねる克哉に、御堂がニヤリと笑う。
「なかなか似合っているじゃないか」
「御堂さん……!」
御堂は少し身体を引くと、上から下まで克哉を舐めるように見つめた。
克哉は恥ずかしさのあまり、もじもじと膝を擦り合わせながら俯く。
いつの間に、どうして、こんな格好になってしまったのだろう。
まさか、御堂が着せたのだろうか?
いや、いくらうとうとしていたとはいえ、そんなことをされればさすがに気がつくはずだ。
それにしても、女性はよくこんなに頼りない服装で仕事が出来るものだと思う。
膝まで出た足が、ひどく落ち着かない。
克哉は泣きそうな顔で、辺りをきょろきょろと見回した。
「とにかく、オレのスーツ……」
さっきまで着ていたはずのスーツを探そうと、御堂に背中を向けた途端、後ろから抱き締められる。
動きを封じられて戸惑う克哉の耳元に、御堂が唇を寄せた。
「……もう、着替えてしまう気か?」
「あ、当たり前です。こんな格好……」
「なら、その前にたっぷり堪能させてもらおう」
「えっ……」
前に回った御堂の手が、克哉の胸元に伸びる。
見下ろしてみると、そこは僅かに膨らんでいた。
「胸には、何か入っているのか?」
御堂がブラウスのボタンを、二つ、三つと外していく。
どうも窮屈だと思ったら、どうやらパッド入りのブラジャーまでつけているらしかった。
白いレースが覗いて、克哉は思わず顔を赤くする。
「こんなものまでつけているのか……」
「オ、オレがつけたわけじゃ……」
克哉の言い訳などどうでもいいと言わんばかりに、御堂はブラウスの隙間から手を差し入れた。
それから偽りの膨らみを手のひらで覆うと、ブラジャーの上からゆっくりと揉みしだく。
(なっ、なんなんだよ、これ……)
自分の胸を揉まれているわけでもないのに、何故か鼓動が速まっていく。
首筋に掛かる御堂の吐息のくすぐったさと相俟って、克哉の体温は急激に上がっていった。
指先がブラジャーの縁を辿り、やがてそこから中に入り込んでくる。
「んっ……」
小さな尖りを見つけられ、克哉は喉の奥から声を漏らした。
「こんな格好で感じているのか?」
からかうように言いながら、御堂はその狭い空間で指先を蠢かせる。
捏ねまわされ、押し潰されるたびに、克哉は御堂の腕から逃れようとして身を捩らせた。
「やめ……御堂、さん……やめて、ください……」
今は仕事中で、ここは執務室だ。
分かっているのに、身体も心もすぐ快楽に流されようとする。
御堂もまた、お構い無しに克哉への愛撫を続けていた。
尖りがすっかり硬くなると、今度は空いたほうの手が克哉の下半身に伸びる。
御堂の指が太腿を撫でると、克哉は膝を擦り合わせた。
「やぁっ……」
ストッキング越しというのは、なんとも不思議な感触だ。
至極薄い膜が、触れられているような触れられていないような、中途半端な感覚を与えてくる。
御堂もそれを楽しんでいるのか、指先は幾度も克哉の太腿を往復し、やがてスカートの裾にまで潜り込んできた。
「御堂、さん……気持ち悪く……ないんですか……?」
今にも失いそうな理性を必死で掻き集めながら、克哉は尋ねる。
自分は、どこからどう見ても男だ。
足だって、バレーボールを辞めてからだいぶ経つことを差し引いても、決して女のように細くはない。
こんな格好をすれば、幻滅されても文句は言えないだろう。
しかし御堂は更に克哉を自分のほうに引き寄せると、その髪に顔を埋めながらクスリと笑った。
「気持ち悪い? 何故?」
「だって……こんな格好……」
「どんな格好をしていても、君は君だ。気持ち悪いなどとは思わない」
「……」
御堂の言葉が嬉しくて、克哉は首を捻って御堂を見つめた。
そのまま唇を奪われる。
御堂はくちづけを続けながら克哉のスカートを捲り上げると、更に奥へと手を潜り込ませた。
「んんっ……」
太腿の内側から上っていった指先が、両足の谷間へと辿り着く。
爪の先で中心を引っ掛かれ、下着の中で押さえつけられていたものが、ぐんと容量を増した。
身体を締め付けているものと、くちづけの息苦しさ、そして痛むほどに疼く胸と下肢に、克哉は息を弾ませる。
それでも克哉は御堂の首に腕を回し、更に深くくちづけを強請った。
「んっ……ん……」
御堂が撫でるたび、克哉の中心は硬くなっていく。
やがて御堂はきつく締め付けられたウェストから、強引にその中に手を差し入れた。
先端に指先が触れ、克哉の腰がびくびくと跳ねる。
「んっ、ふ……」
「……濡れているな」
「やっ……」
亀裂から滲んだ雫が、御堂の指を濡らした。
もう、立っているのが辛い。
しかしすっかり御堂に寄り掛かるようになっていた身体を、克哉は不意に突き離された。
「……御堂…さん……?」
御堂は情けない声を出す克哉の腕を掴むと、ソファに放り出すようにして座らせる。
「な、に……?」
「いい眺めだな」
スカートが捲れ、開いた克哉の足の間からは、女物の小さな下着が見えていた。
御堂の視線がそこに送られていることに気づいた克哉は、慌てて足を閉じ、スカートを直す。
しかし御堂は恥ずかしさに俯く克哉の向かい側に腰を下ろすと、尊大な態度で克哉に命令を下した。
「そこで、自分で脱いでみろ」
「えっ」
「ああ、スカートと上着は脱がなくていい。ストッキングと、下着だけだ」
「そんな……」
考えただけで、羞恥に全身が火照る。
それでも克哉が、御堂の言葉に逆らえるはずもなかった。
克哉は中腰になると、おずおずと自らスカートを捲り上げる。
その中心は既に、小さな下着からはみ出しそうなほどに、欲望を主張していた。
ストッキングと下着に指を掛け、同時にゆっくりと引き摺り下ろす。
膝上辺りまで下ろしたとき、克哉は前屈みの姿勢のまま、上目遣いで御堂に尋ねた。
「……全部、ですか?」
「無論」
「……」
ソファに腰を下ろし、克哉は更にストッキングと下着を下ろす。
正面から刺さる御堂の視線が、チリチリと肌を焼くようだった。
恥ずかしくて堪らないはずなのに、目を逸らさないでほしいとも思う。
見ないでと思いながら、全て見ていてほしいとも思っている。
矛盾した欲望に囚われながら、克哉はストッキングと下着を抜くため片足を上げた。
暗い奥に、スカートを持ち上げている屹立が見えて、御堂が口角を吊り上げる。
「そんな下着をつけていることに、興奮しているのか? それとも、脱ぐことに?」
「ちっ、違います……」
御堂に見られていることに、だ。
そして嘲るような御堂の声にも、中心からじわりと雫が滲んで、スカートの布地を濡らす。
首筋まで真っ赤に染めながら、震える手で全てを脱ぎ捨てると、克哉はパンプスを履き直して俯いた。
「これで……いい、ですか……?」
足元に落ちたストッキングと白いショーツが、やけに生々しい。
恥ずかしさにスカートの裾を引っ張るが、屹立が邪魔をしてうまく隠すことが出来ない。
御堂はしばらくそんな克哉のことを面白そうに眺めてから、克哉に手招きした。
「こちらに来なさい」
「は、はい……」
ふらつく足で立ち上がり、御堂の元へと向かう。
その間に御堂は前をくつろげ、自身を取り出していた。
「……ここに」
「はい……」
克哉はソファに膝をついて、そのうえに乗り上げる。
足を開くにはスカートを捲るしかなく、克哉の欲望は御堂の眼前に惜しげも無く晒された。
「もう、こんなにしているのか?」
「だ、って……」
克哉が上に跨ると、御堂の手が腰に回される。
剥き出しになった尻房を割られ、熱い塊が後孔に触れた。
「あっ……」
狭い窄まりに入り込んでくる熱に、克哉は思わず息を詰める。
こんな格好で、こんな場所で、いったい自分は何をしているのだろう。
そう頭の片隅では思っているのに、御堂の欲望が奥へと進むにつれて、そんな理性は吹き飛んでいく。
少しずつ落とした腰がとうとう全てを飲み込む頃には、ただ快楽だけを求めていた。
見上げる御堂とくちづけを交わしながら、克哉は腰を揺らめかせる。
内壁を擦られ、繋がった場所に焼けるような熱さを感じた。
「あ……孝典、さん……孝典さん……っ」
うわ言のように名前を呼ぶたび、御堂の律動は激しさを増していく。
克哉が御堂にしがみつきながら欲望を解放させるまで、そう時間は掛からなかった。
迸った白濁した精は濃紺のスカートを汚し、崩れるように身体を預けてきた克哉の中で、やがて御堂も果てる。
そのまま克哉の意識は遠のき、再び漆黒の闇の中へと落ちていった。



「佐伯君。佐伯君。……克哉!」
揺り起こされ、克哉はハッと顔をあげる。
怪訝そうに見下ろしている御堂と目が合って、克哉は咄嗟に自分の姿を確認した。
着ていたのは確かに元のスーツで、靴もちゃんと革靴を履いている。
ストッキングも、パンプスも、スカートも身につけてはいなかった。
「あっ、あの、オレ、スカート……」
「スカート?」
思わず口走ってしまったことに気づいて、克哉は慌てて首を振った。
「な、なんでもないんです! なんでもありません!」
「……寝惚けているのか?」
「すみません、ちょっと疲れていたみたいで……」
どうやらいつの間にか、ソファでうとうとしていたようだ。
テーブルの上に置いてあるコーヒーからは、まだ湯気が上っている。
つまり、ここに戻ってきてからそれほどの時間は経っていないらしい。
(じゃあ、さっきのは夢……?)
夢にしては、やけにリアルだった。
身体の奥には、さっきまで御堂自身を受け入れていた感覚が残っている。
思い出して顔を赤らめている克哉に気づいているのかいないのか、御堂はさり気なく克哉の隣りに腰を下ろした。
それからテーブルの上のコーヒーに手を伸ばし、口元へと運ぶ。
克哉はそんな御堂を、横目でちらりと盗み見た。
―――どんな格好をしても、君は君だ。
夢の中、御堂に言われた言葉を思い出す。
女装姿を晒したことは夢であってくれて構わないが、あの言葉だけは現実であってほしかったと思う。
克哉はなんとなく呟いた。
「……御堂さん」
「ん?」
「あの……もしも、ですね。もしも、オレが女装したら……」
「……」
御堂は驚いたように目を見開いて、克哉を見つめた。
いったい、自分は何を聞こうとしていたのだろう。
馬鹿を言ったことを後悔して、克哉は顔の前で両手をぶんぶんと振った。
「なっ、なんでもありません! 今のは聞かなかったことにしてください!」
しかし御堂はクククッと笑いながら、克哉にほんの僅か身を寄せる。
それから断固とした口調で、言いきった。
「君にどんな趣味があろうと、私は驚かないし、気持ちが変わることもない」
「御堂…さん……」
克哉は安心した。
あの出来事は夢だったかもしれないけれど、御堂の気持ちだけは本当だったのだ。
嬉しそうにはにかむ克哉の肩を抱き寄せ、御堂は耳元で囁いた。
「だから、してもいいんだぞ? ……女装」
「み、御堂さん! だから、違うんですってば……!」
必死で言い訳を続ける克哉を、御堂は笑う。
二人の座るソファの後ろには、真っ赤に熟した柘榴がひとつ転がっていた。

- end -
2008.06.27



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