医者プレイの果実
病院が大好き、という話はあまり聞いたことがないが、克哉も例に漏れず病院は少々苦手だった。
中学生の頃に肺炎で入院してからは、尚更苦手意識が強くなったような気がする。
MGNでは社員の健康管理の一環として、毎年の健康診断受診を義務付けていた。
一応業務扱いなので、就業時間内に日を分けて交代で指定の病院に行くことになっている。
もちろん、費用も会社の負担だ。
今日の九時から受診になっていた克哉は、他のMGNの社員と同様に、待合室の椅子に座ってぼんやりと順番を待っていた。
問診票を書いて受付を済ませてから、既に三十分以上経っている。
結構な人数が来ているはずだが、待合室が広々としている所為か、あまり混み合っているようには感じなかった。
(早く呼ばれないかなぁ……)
これから血液検査や心電図検査やらを、流れ作業的にこなしていかなければならない。
全て終わるまで、ほとんど一日がかりだ。
中でも克哉を一番憂鬱にさせていたのは、胃の検査だった。
バリウムを飲むと、決まってお腹が痛くなってしまう。
そうこうしているうちに看護師の女性がやってきて、手に持った数枚のカルテを見ながら順番に名前を呼んだ。
「佐伯克哉さーん」
克哉を含めた五人が呼ばれ、看護師の後についていく。
診察室の並ぶ廊下の手前には、もうひとつ控え室があり、まずはそこに案内された。
中に入ると、着替えをする為に区切られたブースが幾つか並んでいる。
「こちらで診察服に着替えを済まされましたら、左奥にあります中待合室のほうでお待ちください」
看護師からひとりずつ検査票を渡され、個々にブースに入っていく。
克哉は一番右端のブースに入ると、カーテンを引いた。
ワゴンの上に、薄い水色の診察服が置かれている。
服を脱いで下着だけになり、そのうえから診察服を着た。
(なんか、これ……)
膝丈ほどまでしかない診察服は、前を合わせてから腰の辺りで紐を結ぶタイプで、生地も薄くて酷く心もとない。
まるで甚平の上だけを着ているような感じだ。
(まあ、皆同じ格好なんだし、恥ずかしがってる場合じゃないか……)
諦めて、ブースを出る。
そのとき、克哉は妙な雰囲気を感じ取った。
控え室には、自分以外に誰もいない。
皆、いつの間に出て行ったのだろう。
「あれっ……?」
不意にいい香りがしてきて、克哉はきょろきょろと部屋の中を見回した。
壁際に置かれた長椅子の上に、真っ赤な球体状のものが転がっている。
克哉は不思議に思いながら、それに近づき、手を伸ばした。
「……柘榴?」
甘酸っぱい香りを放っていたのは、確かに柘榴だった。
何故、こんなものがここにあるのだろうか。
不思議に思いながらそれをじっと見つめているうち、忘れていたはずの空腹感が蘇ってくる。
バリウムを飲むため、昨夜は夕食を早めに済ませたうえに、今朝は朝食も食べていないのだ。
克哉はごくりと喉を鳴らして、柘榴を口元に運んだ。
(一口だけなら……)
本当はいけないことだと分かっている。
けれどどうしても自分を止めることが出来ず、克哉は柘榴に唇を寄せる。
そして真紅の小さな粒を一噛みしたとき、強い目眩を覚えて、克哉は気を失った。
「佐伯さーん。佐伯克哉さーん」
「……はっ、はい!」
呼ばれる声に目を覚ましたとき、克哉は長椅子の上に横たわっていた。
「先生がお待ちですよ。診察室にお入りください」
「あ、はい。すみません!」
慌てて起き上がり、控え室を出る。
すれ違ったときに気づいたのだが、克哉を呼んでいた看護師は眼鏡を掛けた男性だった。
さっきとは違う人だなとぼんやり思いながら、診察室の並ぶ廊下に向かう。
「……五番の診察室にお入りくださいね」
「はい……?」
掛けられた声になんとなく聞き覚えがあるような気がして、後ろを振り返るも、看護師の姿はすでに無かった。
克哉は言われた通り、五番のプレートが貼られている診察室のドアを開ける。
「よろしくお願いします……」
小さく頭を下げながら丸椅子に腰掛けると、机でカルテに何やら書き込んでいた医師が、くるりと克哉のほうを向いた。
「……じゃあ、前を開けて」
「あれっ?! み、御堂さん?!」
「ん?」
克哉はうろたえた。
目の前にいる医師は、白衣を着て、首から聴診器を提げてはいるが、どこからどう見ても御堂だった。
御堂の受診日は明後日で、今は会社にいるはずだというのに。
「な、なにしてるんですか、御堂さん。こんなところで……」
驚きの余り、口をぱくぱくさせている克哉を、御堂にしか見えない医師は顔を顰めて睨みつける。
「なんだね、君は」
「えっ、だって、あの、御堂さんじゃ……」
「確かに私は御堂だが。それより、早く前を開けたまえ。診察が出来ない」
「は、はい……」
いったい、何が起きているのだろう。
もしかして、これは御堂によく似た他人なのだろうか。
それにしては似すぎているような気がするが、しかし御堂本人ならば克哉のことが分からないはずがない。
医師が苛立っているのをその表情から感じた克哉は、戸惑いながらもとりあえず診察服の前を肌蹴た。
「……」
御堂が聴診器を胸に当ててくる。
金属のひやりとした感触に、克哉は僅かに肩を竦めた。
「最近の体調は?」
「……特に、問題無いです」
「食欲は?」
「あります」
「睡眠は?」
「取れてます」
「性欲は?」
「ありま……はぁっ?!」
うっかり答えかけてから素っ頓狂な声を上げる克哉を、御堂はフフンと鼻で笑う。
「随分と動悸が激しいようだ。もっと調べる必要があるな」
「だ、だって……御堂さんが……」
「先生、と呼びたまえ。馴れ馴れしい」
「すみません……」
それこそ医師が患者に取る態度とも思えなかったが、克哉は思わず謝りながら俯いてしまう。
「では、そこに横になりなさい」
傍にあるベッドを、御堂が顎で指す。
克哉は言われた通り、スリッパを脱いでベッドにあがった。
仰向けになると、御堂が椅子を寄せてくる。
「じっとして、動かないように」
「……」
再び聴診器を胸に当ててくる御堂を、克哉は不安げに見上げた。
御堂は仕事をしているときと同じように、真剣な眼差しで克哉の胸の辺りを見つめている。
(かっこいい……)
いつものスーツ姿も素敵だが、白衣もなかなか似合っている。
克哉はこの奇妙な状況も忘れて、つい御堂に見惚れてしまった。
そのとき、御堂の指先がすいと克哉の乳首を掠めた。
「あっ」
「ん?」
思わず声が出てしまい、慌てて口を噤む。
しかし御堂はニヤリと口角を上げると、その尖りを指の腹で転がしはじめた。
「ちょっ……やめ、て、ください……」
「何を言っている。君の健康の為だぞ。きちんと調べなくてはな」
御堂は聴診器を当てたまま、もう片方の手でそこを弄くりまわす。
優しくこねられたあと、今度はきつく摘み上げられ、克哉は耐えきれずに再び声を漏らした。
「あっ、や……」
「ますます動悸が激しくなってきたな。……ああ」
御堂の視線が、克哉の下肢に落ちる。
薄い診察服の布地が、微かに膨らんでいた。
「こちらも調べたほうが良さそうだ」
「ああっ……!」
不意にそこをぎゅっと握られ、克哉の身体は大きく跳ねる。
「やだ……やめ、……御堂、さん……」
「先生、だ」
「やめて……御堂、先生……」
しかし御堂は克哉の懇願も無視して、ゆっくりと手を上下に動かしはじめる。
甘い疼きが一気に全身に広がって、克哉は息を乱した。
「ああっ……はぁっ……」
「かなり熱を持っているな。悪い病気かもしれん」
「えっ……」
御堂は聴診器を外すと、克哉の診察服を捲り、下着を一気に引きずり下ろした。
「な、なに……っ?!」
半ば勃ち上がった性器が剥き出しになって、克哉は慌ててそこを隠そうとする。
しかしその手はすぐに御堂に振り払われ、今度は御堂自身の手がそこに伸びてきた。
「君は診察の邪魔をする気か? とんでもない患者だな」
「だ、だって、そこは関係ないじゃないですか!」
「関係あるかどうかを決めるのは私だ。ちゃんと足を開いて」
御堂がぐいと膝を押しやる。
ゆるゆると擦られるごとに、克哉のそこは硬さを増して、反りかえっていった。
「や……せん、せい……」
「……何か出てきたようだな」
「あぁっ……!!」
御堂は前屈みになったと思うと、雫を零しだしている先端をぺろりと舐めた。
その生暖かい舌の感触に、克哉はベッドの上で身悶える。
「ふむ……。ちょっと、うつ伏せになりなさい」
「えっ……」
「早く」
白衣の御堂は、なかなか迫力がある。
克哉は言われるがままに、寝返りを打ってうつ伏せになった。
「もしかしたら、こちらに原因があるのかもしれない」
「?!」
御堂がぐいと、克哉の腰を抱え上げる。
尻を高々と突き出すような格好になって、克哉は羞恥に身体を震わせた。
(なんで、こんな……)
混乱した頭は、正常な判断を失わせていく。
快楽のみに溺れようとする意識と身体を、克哉はどうすることも出来ずにいた。
やがて何か冷たい金属の感触が、後孔に当たった。
「ひゃっ……」
緊張に思わず収縮する窄まりに、その金属がゆっくりと入り込んでくる。
「あっ…や……なに……?」
首を捻ってみても、何が入れられているのかは分からない。
恐怖を覚えて御堂を見ると、御堂は微かに笑っているようだった。
「先生……、それ、は……?」
「これか? これは、こうするんだ」
「ああっ?!」
金属が、克哉の後孔の中で大きく開いた。
最も恥ずかしい場所を広げられていることが分かって、恥ずかしさのあまり涙が滲む。
克哉は身を捩って、それから逃れようとした。
「やだ……やめてください……!」
「暴れるな! じっとしていないと、怪我をするぞ」
「ひっ……」
ぴしゃりと言われ、克哉は抵抗を止める。
それに気を良くしたのか、御堂が喉の奥で笑った。
「……これを使うと、君の中がよく見える」
「先生……やめて……お願い、ですから……」
双丘に、御堂の吐息を感じる。
膝ががくがくと戦慄き、それなのに克哉の中心は今にも弾けそうなほどに昂ぶっていた。
「……やはり、触診をしてみなければ分からないようだな」
御堂が呟いて、ようやく金属が引き抜かれる。
しかしホッとしたのも束の間、今度は御堂の指が入り込んできた。
「あぁっ……」
指が、踊るように蠢く。
敏感な内壁を擦りながら、御堂は克哉の中を丹念に探った。
疼くような甘い痛みに克哉の後孔は窄まり、御堂の指をきつく咥え込む。
「そんなに締めつけるな。調べられないだろう」
「だっ、て……」
「ここは、どうだ?」
「どう、って……」
「では、こちらは?」
「んあっ……!」
弱いポイントを突かれて、克哉はびくびくと痙攣した。
その反応を面白がるように、御堂は幾度もそこを指先で突付く。
「どうなんだ? 言わなければ分からないぞ」
「あ、あっ……はあっ……気持ち、いいです……」
「そうか。……ここは?」
「そこ、も……!」
すっかり硬くなった克哉の中心からは、とめどなく雫が溢れて落ちる。
シーツの上で拳を握り締め、克哉は今にも達してしまいそうな快感に必死で耐えていた。
「熱いか?」
「熱い、です……っ」
御堂がゆっくりと指を出し入れする。
克哉は無意識に、濡れた中心をシーツに擦りつけていた。
「あっ、もう、ダメ、です……っ! 先生っ……!」
「こんなところでイく気なのか? 君は随分とはしたないんだな……」
ククッと嘲るように御堂が笑う。
笑われてもいいから、イってしまいたい。
克哉は自ら腰を揺らして、御堂を強請った。
「そ、そこっ……もっと、擦って…っ……」
「まったく……そんなに暴れられては、調べられないだろう」
「あ……っ?!」
御堂が指を抜いた。
果てる寸前で放り出されて、克哉は情けない声をあげる。
開いたままの後孔が物欲しそうにひくついているのを見て、御堂は満足げに笑った。
「どうやら指ではよく分からないようだからな」
そう言いながら、御堂は前をくつろげる。
それから、ギシと音を立ててベッドに乗り上げると、克哉の中を自身で貫いた。
「ああっ……せん、せ…………」
望んでいた熱に穿たれて、克哉は我を忘れて腰を揺らす。
中をいっぱいに満たした御堂の欲望が往復すると、もう何も考えられなくなっていく。
ここが何処なのか、何が起きているのか、全てどうでもよくなって、克哉はひたすらに喘いだ。
「先生……せんせ、え…っ………!」
「……君は……ここが、いい…のか……?」
御堂が克哉の一番いい場所を、強く抉った。
その瞬間、克哉は腰を突きだして勢いよく吐精する。
「あぁっ……せんせ、い……御堂、先生………イく……っ…!!」
真っ白いシーツの上に、白濁した精が飛び散る。
「―――……ッ!!」
それとほとんど同時に、克哉の内に御堂が欲望を解放させた。
奥に打ちつける熱を受け止めながら、克哉は首を捻り、紅潮した顔で御堂を見上げる。
御堂もまた欲情に濡れた目で、克哉を見下ろしていた。
「……どうやら君は、重い病に掛かっているようだな」
御堂の言う通りだ。
この病を治す手段はないし、治したいとも思わない。
いまだ快感の余韻に呆然としている克哉の前で、御堂は素早く身なりを整えると、何事も無かったかのように白衣を翻した。
「君の診察は終了だ。さっさと行きたまえ」
「あ、あの、はい……」
克哉も慌てて診察服の前を合わせ、逃げるように診察室を後にした。
ふらつく足取りで廊下に出ると、そこには来たときと変わらず、患者や看護師の姿があった。
(なにが、どうなってるんだよ……)
もう一度、診察室のほうを振り返る。
一番奥の診察室には四番のプレートが貼られていた。
そして、その隣りには何もない。
確かさっき、五番の診察室に入ったはず―――。
「……佐伯さん?」
「は、はいっ?!」
突然、看護師から声を掛けられて、克哉は飛び上がる。
そこにいたのは、控え室に案内してくれた、あの女性の看護師だった。
「最初は心電図検査からですので、一番の診察室にお入りくださいね」
「え、あの……」
五番の診察室はないんですか、と尋ねようとしたものの、看護師は忙しそうに立ち去ってしまう。
仕方なく克哉は、一番の診察室に向かって歩き出した。
「……どうぞ、お大事に」
「―――?!」
聞き覚えのある男の声に振り返ってみるも、そこには誰もいなかった。
- end -
2008.06.23
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