残夢


目が覚めてから暫くは、本当に目が覚めているのかどうかも分からなかった。
酷い耳鳴りがして、その向こうから自分の吐き出す荒い呼吸だけが聞こえてくる。
夢だ。
今のは全部、夢だ。
何度も自分に言い聞かせる。
とりあえず布団の上に起き上がってはみたものの、身体に力が入らない。
試しに自分の掌を眺めてみると、それはぶるぶるとみっともないぐらいに震えていて、 思わず笑ってしまった。
まったく、何度こんな夜を過ごせば気が済むのだろう。
目覚めるたびにそう思うが、呪縛はなかなか解けない。
いっそ狂ってしまえたらいいとさえ思う。

言葉では言い表すことの出来ない、あの大きすぎる力。
山も海も大地も空気も、全てを呑み込んでまだ余りある氣の流れが 激しい濁流となって俺の中に入ってくる。
自分なんてものは本当にちっぽけな、塵みたいな存在だということを思い知らされる。
俺はあっという間に俺という形を亡くして、意識だけが真っ暗な穴の中に落ちていく。
喉から血が噴き出すほどに叫んだつもりでも、俺の声は何処にも届かない。
俺自身にさえ。
そして恐怖に狂い出す、そのぎりぎりのところで俺は漸く目を覚ますのだ。
―――もう、厭だ。
震えを治めたくて自分で自分の身体を抱き締めた。
大丈夫。
大丈夫だ。
もうあんなことは起きやしない。
柳生はあの富士の頂に、俺がこの手で閉じ込めたのだから。

けれど、黄金の龍は今も大地の奥深くに眠っているのだ。
俺の立つ足の下に、いつでもいる。
そう思うだけで背中をぞくりと寒いものが走った。
俺は指先が食い込むほどにますます自分の身体をきつく抱き締めた。

「……龍」
障子の向こうから突然名を呼ばれて、飛び上がるほどに驚いた。
廊下に人がいることに今まで気づかなかったなんて、普段ならそんなこと絶対にあるはずがないのに。
目を向けると、障子が音もなく開いてそこに長身の男が立っていた。
「……龍、起きていたのか?」
天戒だった。
その姿を見ただけで、情けないことに泣きたいような気持ちになっちまう。
天戒は後ろ手で障子を閉めると、俺の傍にやってきて腰を下ろした。
暗闇の中でも、緋色の髪はとても鮮やかに見えた。
「どうした?」
どうした、って、そんなのはこっちが聞きたい。
どうしてこんな夜中に俺の部屋にやってくる?
尋ねたいのだけれど、喉が焼けたように乾いていて声が出ない。
俺はただ首を振った。
「龍?」
答えられずにいると、天戒が俺の肩に触れた。
その瞬間、俺の体はびくりと跳ねてしまった。
「あっ……」
天戒は驚いた顔で俺のことを見ている。
違うんだ。
ごめん。
決してお前に触られたのが厭だったわけじゃないんだ。
言い訳したいのに言葉が出ない。
俺はまた首を振った。
「……お前が怯えているような気がしたのでな」
天戒は少し寂しそうに笑いながら、そう言う。
こいつには本当に敵わない。
そんな風に言われたら、俺はまたお前に甘えたくなってしまうじゃないか。
お前はこの村の長で、お前の優しさはいつも誰に対しても平等でなきゃいけない。
そして俺はお前の隣りで、お前と一緒にこの村を守るんだから、 せめて俺だけはお前に甘えずにいたいんだ。
そうでなければお前の負担は重くなるばかりだから。
俺は今にもすがりつきたくなるのをぐっと堪えて俯いていた。
「……やはり俺では頼りないか?」
「違っ……!」
無理に声を出したせいで、俺は激しく咳き込んでしまった。
天戒は慌てて俺の背中を擦ってくれる。
しばらくそうしていると少しずつ呼吸が落ち着いてきて、ついでに身体の震えもだいぶ治まってきた。
「龍……」
そのまま天戒の腕に抱き寄せられる。
駄目だ。
駄目なんだ、天戒。
俺は……。
「すまんな、龍。どうすれば良いのか、俺には分からんのだ。 いろいろ考えはしたのだが、俺がお前にしてやれることはなんなのか、俺には……」
「違う。違うよ、天戒」
俺は必死に首を振った。
違うんだ。
そうじゃないんだ。
お前が悪いわけじゃない。
俺が弱いだけなんだから。
お前は優しすぎる。
俺が苦しんでいることを知れば、お前は一緒になって俺と苦しもうとしてくれるだろう。
そしてそれが出来ないと知れば、お前はますます辛い思いをするだろう。
俺の恐怖は俺自身で打ち勝っていくしかないんだ。
お前のせいじゃない。
「俺はただお前に甘えたくないだけなんだよ」
「……そのようなことは言うな」
「だって……」
どう説明すればいいのか分からないでいると、突然身体を突き放された。
怒らせてしまったんだろうか?
虫のいい話だが、そうなると心細い。
顔を上げると、天戒は腕を組んで俺を睨みつけていた。
「俺も見くびられたものだな」
「えっ……?」
俺が慌てると、一転して柔らかく笑う。
天戒、その笑顔は狡いぞ。
「俺はそんなに器の小さな男に見えるのか? お前のひとりやふたり、受け入れてやれるぐらいの度量は持ち合わせているつもりだったが……どうやらお前にはそう思われていないようだな」
「そんなっ、俺は別に」
「……龍」
天戒は微笑んだまま、もう一度俺の背中を抱き寄せてくれた。
身体を包んでくれる腕が、髪に掛かる吐息がとても暖かい。
駄目だ。
ここは居心地が良すぎる。
俺は思わずうっとりとして、目を閉じてしまう。
「龍。もうこれ以上俺は俺を、お前にとって役立たずな男だと思いたくないのだ。 だから頼む。もっと俺を頼って、甘えてくれ。そうでなければ俺は俺を許せなくなる」
「天戒……」
今度こそ本当に涙が出そうになって、俺は歯を食いしばった。
少しずつ顔をあげる。
襟元から覗く肌。
すっと尖った顎。
形良く結ばれた唇。
それより上はなんだか気恥ずかしくて見られなかった。
天戒の掌が俺の頬に添えられる。
それからゆっくりと、唇が近づいてきた。
吐息が熱い。
さっきとは全然違う理由で、また身体が震えてくる。
唇と唇が重なった。
「……ふ………」
気持ちが一気に緩む。
俺は天戒の背中にしがみついて、唇を強く押しつけていた。
ずっと一人でも平気だった。
大抵のことは一人で解決してきたし、これからもそうやって生きていくんだと思っていた。
こんなに自分が弱いことも、甘えられる誰かがいることがこんなに幸せだってことも、 きっと天戒に会わなければ気づかなかったと思う。
堰を切ったように天戒への想いが溢れて、俺はひたすらに天戒の背中をかき抱いていた。
天戒もそれに応えてくれる。
俺の髪や背中を撫でながら、何度も角度を変えて俺の唇を吸う。
舌を絡め合い、少し離れてはまたくちづける。
息をするのも惜しかった。

天戒の掌は俺の頬から首筋を辿って、襟元を肩先へと開いていった。
鎖骨をなぞられて、それから腕へ。
天戒に触れられるのは気持ちがいい。
男に抱かれることに抵抗が全く無かったと言えば嘘になる。
でもそんなことすらつまらない拘りだと思えるほどに、惚れた相手と肌を合わせるのは心地良いことだと知ったんだ。
「んんっ」
天戒の指先が胸の上を掠めて、思わず声が出てしまった。
これぐらいでこんな風になったことなんてないのに。
すっかりはだけられてしまった胸を天戒の手がゆっくりと撫でていく。
でも……焦らされているのだろうか。
一番触れてほしいところだけをわざと避けているみたいに、掌はその周りばかりを這う。
「天戒……」
俺は堪り兼ねて唇を離し、名を呼んだ。
天戒は優しい目で俺を見ている。
「どうした? 龍」
「……」
「龍……俺はお前の望むことならなんでもしよう。お前の望みを叶えているのだと、俺に思わせてほしい」
「そんな……」
要するに俺のほうから強請れと言っているのだ。
優しいようで随分と意地の悪い言い分だ。
そんなこと出来るはずがないじゃないか。
「龍……」
天戒は俺の腰を抱き寄せて、首筋にくちづける。
唇は掌の軌跡を辿るように、首から鎖骨、胸へと降りていく。
そしてやっぱり、一番触れてほしい場所には触れてくれない。
「てんか、い……」
俺は天戒の手を取った。
指先を掴んで、求める場所へと導く。
「……ここが良いのか?」
「……」
俺は恥ずかしくて目を閉じたまま頷いた。
けれど。
「どうしてほしい?」
天戒はまだ粘る。
……駄目だ。
降参だ。
「…………じって……」
「ん?」
「……弄って……」
自分で言って恥ずかしくて、身体の奥がかあっと熱くなる。
けれど天戒は漸くそこを撫ぜてくれた。
「あっ……」
待ち望んでいた刺激に俺は喘ぐ。
指先で摘んでは離すのを繰り返されて、どんどん身体の力が抜けていく。
やがて片方に唇が寄せられると舌の先で転がされ、俺は背中を反らして、胸に埋められた天戒の髪を掻き回した。
「あぁ……はっ、あ…ぁ……」
硬い指先で転がされるのも、湿った舌で舐められれるのも、肌に時々触れる天戒の髪も、 なにもかもが気持ちいい。
けれどそれにつれて、俺のものは張り詰めすぎて痛いぐらいになってきた。
こっちにも早く触ってほしい。
俺がつい腰をもじもじさせると、天戒が胸元から顔をあげる。
「龍……どうした?」
また、わざとだ。
今日の天戒は優しいのか意地悪なのか本当に分からない。
とにかく今度ばかりは絶対に恥ずかしいことは口にしないと決めて、俺はきつく唇を噛んだ。
それを見て天戒が少し笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
俺の両の尖りを指先で弄りながら、再び唇を重ねてきた。
「んっ……ふ………ぅ…」
噛み締めていた唇を優しく啄ばまれて、またすぐに声を漏らしてしまう。
けれど乳首をきつく捻られるたびに、股間の痛みは増していく。
もう我慢出来ない。
天戒の意地の悪い策に乗るぐらいならと、俺は自らそこに手を伸ばした。
裾を割り、下帯の中に手を入れて、すっかり硬くなったものを握る。
先は既にじっとりと湿っていて、俺の指を濡らした。
「んぅ…んっ…んっ…ぅ……」
唇を吸われ、乳首を攻められながら屹立を扱くと、早々に昇り詰めてしまいそうなほどの快感が全身を貫く。
鈴口から溢れた雫は、手の中で軽い水音を立てていた。
しかし俺がその気持ち良さに酔いながら身体を揺さぶりだすと、天戒の手も唇もぱっと俺から離れてしまった。
「なんっ……」
取り残されて、俺は呆けた。
恨みがましい目で見る俺に、天戒は苦笑する。
「まったく……お前は強情な男だ」
「……」
当たり前だ。
いくら惚れているとは言え、出来ることと出来ないことがある。
俺が仏頂面をしていると、天戒は俺の両足の間にすっと顔を落とした。
まさか。
「てんか……あぁっ…!」
天戒が俺のものを咥え込んだ。
掌とは全く違う、熱くて柔らかくて湿った口内の気持ち良さに蕩けそうになる。
立てている両膝がびくびくと跳ねた。
「あ……はぁっ……っう……」
舌が幹を這い回り、それから溝を割るようにして敏感な皮膚を舐めあげる。
駄目だ。
気持ちよすぎる。
天戒は閉じそうになる俺の内股を撫でながら開くと、剥き出しになった後孔に指先を軽く沈めた。
「っ……!」
追い出そうとするのか飲み込もうとするのか。
入り口の辺りを円く擦る指先に、そこはぴくぴくと収縮を繰り返す。
前と後ろを一度に攻められて、もう俺は阿呆のように口を開けて喘いでいた。
「あっ、天戒……も…もう……」
このままいけば天戒の口の中に放ってしまうのは近い。
離れてほしい気持ちと続けてほしい気持ちがないまぜになって、どうしていいのか分からない。
でも出来れば天戒自身に貫かれて達したいのが本音だった。
解放を求めて腰を浮かせながら、反面それを必死で堪える。
天戒、早く。
早く、その気になってくれ。
俺の願いが通じたのか、天戒は漸く足の間から顔をあげてくれた。
「て、天戒……」
情けないことに、俺はもう半分泣き声だった。
「俺もそろそろ限界らしい。……これでは根競べだな」
天戒はそう言って、笑いながら俺の頬にくちづける。
それから俺の身体をゆっくり布団の上に押し倒すと、膝立ちになって俺の上に圧し掛かった。
両の膝裏を押して大きく足を開かされる。
「天戒……」
早く来てくれ。
俺は強請るように天戒の首に腕を回した。
そして漸く天戒自身が俺の身体に突き立てられた。

「うっ…ぁ………」
熱くて硬いものが少しずつ俺の中を満たしていく。
天戒を一番近くに感じるこのときほど、自分を幸せだと思うことはない。
やがて最後まで身を沈めると、天戒は俺に覆い被さって唇を重ねてきた。
「龍……」
甘い声で囁かれて、俺はうっとりと目を細める。
それから天戒の腰がゆっくりと揺れだし、浅く深く俺の奥深くを突き始めた。
「あ……はぁ…ぁ…っ……」
紅い髪が揺れるのを見上げながら、俺は天戒の腰に両足を絡める。
もっと。
もっと奥まで貫いてくれ。
自分でも腰を揺らし、天戒を強請る。
次第に激しさを増す突き上げに、俺自身から溢れた欲望が腹の上に糸を引いて零れる。
「あっ、ん……はぁ……」
「龍……」
天戒の声が切羽詰ったようなものに変わる。
眉根を寄せ、唇を緩く開いた顔を見て、天戒も感じてくれていることが分かって嬉しかった。
俺もそれに応えて腰を浮かせる。
荒い呼吸と湿った熱とが部屋の中を満たしていく。
「はぁ……あぁ……てんか、い……もう……」
「龍……俺、も……」
「あ……っん…あ……んぁっ……は…っ……!」
意地も、恥ずかしさも、全てが吹き飛ぶ。
俺は仰け反って、声を上げながら達した。
弾けるような快感の中、天戒も俺の奥深くで大きく震えた。
俺達はいつまでも繋がったまま、快楽の余韻の中で唇を重ねあっていた。

気がつくと、夜はもう明けようとしていた。
俺はまるで母親に縋る子供みたいに、布団の中で天戒の胸に抱かれていた。
「……なぁ、天戒」
「ん?」
「その……時々はこうして寝てもらってもいいか?」
甘えついでに強請ってみる。
天戒が傍にいてくれれば、あの恐ろしい夢もいつか見なくなる日が来るような気がした。
天戒は微笑みながら俺の額に唇を寄せて、優しいくちづけを降らせてくれる。
「時々だなどと寂しいことを言うな。俺は毎夜でも良いぞ?」
「い、いや。毎晩はいいよ」
「そうか? それは残念だな」
うろたえる俺を、天戒はくすくすと笑う。

今もこの地の下に、黄金の龍は眠っている。
その眠りを呼び覚まそうとする者が現れれば、俺はまた闘うことになるのだろう。
だが恐れることなどない。
俺には誰よりも強くて、誰よりも優しい鬼がついているのだから。

- end -

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