柘榴


熟れた実が、落ちた。
割れて砕けて、紅い色が散った。

あれは、柘榴―――?

柘榴だったのだろうか。



肌を合わせると、それだけで何かが満たされていくのだと知った。
お前も同じことを感じているだろうか?
指を絡め、唇を重ねる。
体温も、汗も、呼吸も、全てが混じり合って夜陰の中に溶けていく。
熱い楔を打ち込まれた身体が、悦びに震えている。
「……苦しいか?」
問いかけに、俺は必死で首を横に振る。
受け入れることにはまだ慣れていないから、確かにそう思われるような顔をしているのだろう。
でも、だからって手加減などしてほしくはなかった。
こんなときに優しい言葉は不要なのに、お前はいつも俺を労わろうとする。
俺にはそれこそが苦しい。
お前の背中を抱き寄せて、強く縋る。
指が食い込むほどに。
「龍……」
名を呼ばれるたびに、胸が締め付けられて痛む。
それが幸せすぎることから来る痛みなのか、罪の意識からなのかは分からない。
ただ失くしたくないとだけ願う。
もう、二度と。
「あッ……てんか、い…ッ……」
突き上げられ、俺は喘ぐ。
この世で最も大切な存在を、身体の奥で感じながら。

天戒の指が何度も、ゆっくりと俺の髪をすり抜ける。
いつもこうだ。
俺は女じゃない、照れ臭いからやめろといくら言っても、天戒は聞かない。
俺が眠るまで俺の顔を眺め、髪に触れ、頬に触れ、腕に触れている。
親の顔もろくに知らない俺は、人からこんな風に愛しまれるのが初めてで、まるで戸惑っている。
礼を言うのも可笑しな話だろうし……甘えればいいのだろうか。
よく分からない。
だから俺はいつも黙ったまま、天戒の目を見つめ返すだけで精一杯だった。
「もう、眠るか?」
布団を俺の肩に掛けながら、天戒が尋ねる。
「ん……まだ平気」
「そうか。ならば……少し聞いても良いか?」
いつになく慎重な物言いに、俺は僅かに頷く。
なんとなく厭な予感がした。
天戒は俺の前髪を分け、額を剥き出しにした。
「この傷はいったい何の傷だ?」
「……!」
俺は言葉に詰まる。
だってお前は覚えていない。
俺の額に刻まれた、深い傷跡。

俺だけが覚えている。
俺がお前を殺したことを。

たった一太刀だった。
振られた刀は閃光のようだった。
痛みを感じる間もなく、真っ赤な血飛沫が噴き出す。
名を叫ぶことも、助けを求めることも出来なかった。
桔梗も、澳継も、九桐も、お前も、そして俺も。
目の前を一瞬にして紅い霧が覆い、地面に倒れ込む。
紅い霧の向こうには、もっと紅いお前の髪が広がっていた。
俺はお前を護れなかった。
俺はお前を死なせてしまった。
俺がお前を殺したも同然だった。

目の前が暗くなっていく中、俺はもうどうでもいいような気持ちになっていた。
俺の成すべきこととか、江戸のこととか、俺が背負っている縁も運命も、なにもかもどうでもよくなってしまった。
だってお前が死んでしまったから。
そのときの俺にとっては既に、お前のいない世界など生きる意味も救う意味も無くなっていた。

けれどそれは許されなかった。
比良坂は俺を逃がさなかった。
俺にはまだやることがある、彼女はそう言った。

何が起きたのか分からなかった。
気がつくと俺は茶屋にいて、そのまま龍閃組の一員になった。
ああ、そうか。
あれは無かったことになったんだ。
そう思った。
そしてお前が、まるで他人のような顔をして再び俺の前に現れた。
寂しかったけれど、やっぱり嬉しかった。
初めて比良坂に感謝した。

お前の身体にはなんの傷も、そして記憶も残っていないと知って俺はほっとした。
そんな風に思うのはずるいことなのかもしれないけれど、お前には俺がお前を護れなかったことを覚えていてほしくなかったから。

だけど、俺のこの額の傷だけはしっかりと残っていた。
いっそ俺の記憶も、この傷も無くなっていたら良かったのに、そうはいかなかった。
全て無かったことになったわけじゃなかったんだ。

俺はお前を死なせてしまった。
この傷は、その罪の証。
忘れてはならない、俺の過ちなのだ。

「……龍?」
「……昔の、傷だよ」
俺は笑ってみせたのに、天戒の顔は曇ってしまった。
「だが、それほど古い傷のようには見えぬぞ。それにこれ、刀傷であろう」
そんなに見ないでくれ。
まるで責められているような気がしちまうんだ。
「なんでもないって」
俺は誤魔化すように天戒の胸に顔を埋める。
そうすればそれ以上追求出来ないと知っていて、俺はその優しさにつけこむ。
思った通り、天戒はただ俺の髪を撫で、そこに唇を寄せた。
「……すまなかった。話したくないことなのだな」
「そんなんじゃ……」
謝らないでくれ。
謝るなら、俺のほうじゃないか。
俺のせいでお前は。
「天戒……」
名を呼ぶたびに、胸が締め付けられて痛むんだ。
それが幸せすぎることからから来る痛みなのか、罪の意識からなのかは分からない。
ただ失くしたくないとだけ願う。
もう、二度と。
「……ごめんな」
俺の言葉に、天戒は不思議そうに眉を寄せる。
何かを言おうとする唇を唇で塞いで、俺はそのまま天戒にしがみついた。
「なぁ……もう一度してくれないか」
「龍……」
天戒が俺を抱き締める。
もっと強く抱いてくれ。
骨が折れるほど。
息が止まるほど。



もうお前を死なせない。
もう誰も死なせない。
俺はお前を殺さない。

だって、あれは柘榴じゃない。

柘榴なんかじゃなかったんだから―――。

- end -

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