迷い
嵐王の作業場はいつ来ても不思議な雰囲気に包まれている。
俺などには皆目見当もつかないような物を作り出す場所だからそう思えるのだろう。
周囲に気をつけながら足を踏み入れると、奥にいた鳥面が振り返った。
「これは、若。このような所にまでお越し下さるとは」
「いや、構わん。様子を見に来ただけだ。作業を続けてくれ」
「はっ」
村の中を見回ることを日課としている俺は、特別な用件が無くともなるべく多くの者達に声を掛けることにしている。
今日、ここに来たのもその一環に過ぎなかった。
嵐王は作業に戻ろうとして、思い出したように手を止めた。
「……ですが、ちょうど良かった」
「なんだ?」
「若に是非お話ししたいことが」
嵐王は手にしていた幾つかの木片を置いて、向き直った。
表情は無論、分からない。
しかし俺には、嵐王が何を言うかおおよその見当はついていた。
「あの男……緋勇 龍斗のことですが」
「……」
予想通りだった。
嵐王が龍に不審を持っていることは前々から承知していた。
澳継も龍がこの村に来た当初はそうだった。
だが澳継は、今では上手くやっているように見える。
しかし、嵐王だけは未だその不審を拭い去ることは出来ないようだ。
当然だ。
素性も分からぬ、目的もはっきりせぬ、しかも鬼道衆の中に龍に勝てる人間はいないであろう。
永らく九角に仕えてきた嵐王が警戒するのは、当たり前なのだ。
寧ろ解せないのは俺の方―――何故、こんなにも龍を信頼しているのか、だ。
「度々ご忠告申し上げますが、あの男、余り信用なさらぬ方が宜しいかと」
「……」
「あの男の力、あれは普通ではありませぬ。しかも我々と目的を共にしているようにも思えない。
万が一奴が裏切り、敵に回ったなら、鬼道衆と言えども危ういかと……」
「……解っている。龍の動向には充分気をつけることにしよう」
「はっ……」
本意では無いことを口にした自覚は、あった。
夕餉も済み、各々が部屋に戻って暫くしてから、俺は酒を持って龍の部屋を訪れた。
龍は喜んで座を空けた。
俺と同じく宵っ張りなのだ。
「明日は雨かもしれないな」
細く開けられた漆黒の空に、朧月が見える。
龍は何故か少しだけ嬉しそうに目を細め、杯を傾けた。
不思議な男だ―――と思う。
威圧感を与えるような風貌では決して無いにも関わらず、その技を目にせずとも適わないことが解る。
自信家、というわけでもない。
その証拠に、妙な人懐こさと生来持っているらしい素直さとであっという間に村の生活に溶け込んでしまった。
ただ、確かに何処か掴みどころの無い感じはした。
この村に来るまで何をしていたのかも未だ話そうとはしないし、何故俺達に協力する気になったのかも知れない。
それでも俺が龍を信頼する気になったのは、龍の言葉にはいつも強さのようなものがあったからだ。
たとえ嵐王の言うようにいつか我らを裏切るようなことがあったとしても、それは俺達が道を誤ったときなのかもしれない。
そんな気さえするほどに。
薄暗い部屋の中、龍は自分の気配を殺しているように見えた。
「……天戒」
「ん?」
「俺に何か話しがあるんじゃないのか?」
「―――」
矢張り不思議な男だ。
俺の考えを見抜いている。
俺は意を決して龍の横顔を見つめた。
「ならば、聞く。……お前は、何故俺達に力を貸す気になった?」
龍は俺の問いかけを予測していたらしく、ふと口元を緩ませた。
「お前は徳川に対する恨みなど抱いてはいない。それは俺にも解る。そして、俺達のしていることに心から賛同もしていない……違うか?」
龍は何も答えず、ただ俺の言葉を聞いている。
その目は何処か遠くを見ているようだった。
龍。
何故、答えない。
何故、お前はそんなにも遠い。
俺の中に行き場の無い苛立ちが沸き起こる。
「龍、答えろ。お前は……」
俺にその答えを言わせないでくれ。
祈るような気持ちで問い続ける俺に、龍は微笑みながらこちらを向いた。
「……俺にもよく解らないんだ」
杯を置くと、俺の目を真正面から射抜く。
「でも」
白い頬が、闇夜に浮かぶ。
「もしも俺が裏切ったら、その時は構わず俺を斬れ」
「……!」
俺が一番口にしたくなかった言葉を、龍はいともあっさりと言ってのけた。
龍は身を乗り出し、俺の顔に手を伸ばす。
「大丈夫だ。俺が死んだ後でお前が罪悪感に苛まれることなんて無いように、俺も精一杯抵抗してみせる。ただで死には……しないよ」
「龍……お前……」
何故だ。
何故、そんなことを言う。
俺がお前を斬ることなど出来ないと解っているだろうに。
龍は悲しげに目を伏せた。
「天戒。お前は鬼道衆の頭目だ。お前はお前の信じる道を行け。俺は俺の……信じる道を行く」
「龍……!」
俺は離れようとしていく龍の手を掴み、引き寄せた。
龍を腕の中に抱きながら、俺は今まで考えたこともないような想いに囚われていた。
俺のしていることは間違っているのか。
復讐など、愚かなことなのか。
俺が長い間信じて歩いてきた道は、何処に向かっているのか。
もしも俺が鬼道衆ではなかったなら、お前は……。
「……天戒」
龍の掌が、俺の背中を抱く。
まるで子供をあやす母親のように、優しく撫でる。
「少なくとも、答えが見つかるまでは俺はここにいるよ。お前の側に……」
「……」
俺は龍を抱く腕に、力を込めた。
きつく、きつく抱いた。
本当は気づいていた。
俺はお前に惹かれているということに。
どんな答えが出ようとも、俺には全てを捨てることは出来ない。
九角の呪縛から逃れることは出来ない。
俺はお前の答えを恐れている。
お前を愛することが―――出来なくなることを。
- end -
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