緋色の人
御立派な最期であられました
―――炎が
皆の幸せだけを只管に
―――焼ける
夢を語っておられ
―――崩れ落ちる
ただ、お護りしようと
―――何故だ
―――何故、死なねばならぬ
―――何故、死なねばならなかった
背に痛みが走る
血が体から流れ出てゆくのを感じる
赤く染まった地面が視界に入る
―――痛い
全てを奪ったのは
―――痛い 痛い 痛い 痛い 痛い
―――憎い
「すまんが、先に下がらせてもらうぞ」
夕餉が終わるか終わらないうちに、天戒はそう告げて座敷を後にした。
普段ならば暫くは他の者達と他愛の無い会話を楽しむというのに、ここ数日こんな状態が続いている。
厭な沈黙が流れた後、桔梗は自分も食欲を無くした、とでも言うように、箸を膳に戻した。
「……天戒様はどうなさったんだろうねぇ。ずっと沈み込んでらっしゃるようじゃないか。九桐、あんた何か知らないのかい?」
桔梗は溜息を吐くが、矛先を向けられた尚雲も心なしか沈んでいるように見えた。
「さぁな。俺にも分からんよ」
「分からん、ってあんた……随分と薄情じゃないか」
「分からんものは仕方が無いだろう。俺だって気にしてはいるさ」
「……腹でも壊してるのかな?」
神妙な雰囲気をぶち壊した澳継を、桔梗は呆れて睨みつける。
「馬鹿なこと言うもんじゃないよ。坊やじゃあるまいし」
「なッ、なんでだよ! 御屋形様だって腹ぐらい壊すかもしれねェだろ!!」
話にならないね、と言い捨てて、桔梗も座敷を後にする。
それに継いで澳継もぶつぶつと文句を言いながら出て行った。
その場には尚雲と龍斗だけが残る。
「……師匠には何か心当たりがあるか?」
尚雲の問い掛けに、それまで黙っていた龍斗は漸く口を開いた。
「いや、無いな」
「……そうか」
龍斗はそう言ったが、尚雲には何故か信じられなかった。
彼ならば天戒の助けになれるのだろう、そんな確信があった。
「天戒。入るぞ」
ほんのりと灯りの漏れる障子越しに声を掛けると、文机の前に座していた部屋の主が振り返った。
「……龍か。どうした」
机の上には数冊の書物が開かれ重なっていた。
龍斗はそれをちらと見やってから、天戒の側に胡座をかく。
行灯の炎がゆらりと揺れた。
「どうした、とは俺の方が聞きたいんだがな」
「何がだ」
「皆、心配している」
「……」
天戒は射抜くような龍斗の視線から逃れると、僅かばかりに目を伏せた。
それから、諦めて苦笑する。
「……すまんな。皆に不安を与えるつもりはなかったのだが」
「そんなことはどうでもいい」
回りくどい事が嫌いな龍斗は、腹立たしさと苛立たしさを隠しもせずに天戒を鋭い眼差しで見つめる。
何かあるのならば言え。
何故、俺に言わぬ。
言葉に出さずとも、龍斗の言いたい事は痛い程に伝わった。
天戒は懐に手を収めたまま暫く思案した後、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……夢を、見るのだ」
「夢?」
「己が……死する夢だ」
天戒は行灯の中で揺れる炎に、忌々しげな視線を送る。
黒く塗れた瞳にそれが映り、橙色の光を放つのを龍斗は見ていた。
「周囲を舐めるように炎が広がってゆく。必死に逃げようともそれは追ってくる。
やがて背中に焼けるような痛みが走る。ひとつ、ふたつ……。地に伏した俺の口元に、俺自身の赤い血が流れてくる……」
「……」
それは幼い頃より聞かされてきた、九角家の最期によく似ていた。
先代の嵐王や、辛うじて生き延びることの出来た家臣達から繰り返し聞かされた光景は、最早天戒自身が体験したかのように脳裏に焼き付いている。
天戒は今まさに幕府に放たれた矢に射られたが如く、痛みを堪えるかのような顔をした。
「俺のこの髪……」
天戒は視界に揺れている自分の髪を指に取る。
「この髪を見るたびに九角は……俺は、生まれた時からこうなる運命だったのかもしれぬと思えてならんのだ……血の色をした、この髪をな……」
「……お前は、その髪が嫌いなのか?」
龍斗の問い掛けに、天戒はフッと笑いを零しながら緩く首を傾ける。
「さぁな」
「俺は好きだ」
「龍……?」
戸惑うような表情の天戒に柔らかく笑みながら、龍斗はその髪に手を伸ばした。
「俺は好きだ。お前と同じように、激しく鮮やかなこの色が」
「俺が……鮮やかだと……?」
「ああ。闇に生きる者としては、お前は鮮やかすぎる」
「……」
指先まで染まりそうな色をしたその髪に、龍斗は何度も愛しげに指を通す。
今度揺れたのは炎ではなかった。
ゆっくりと近づいた唇はやがて触れ合い、その熱を確かめてからまた離れた。
細められた瞳の中に、互いの影が映る。
「天戒……死ぬのが怖いか?」
「……!」
龍斗の問いに、天戒は目を見張る。
怖くはない。
怖いはずがない。
幕府に復讐すると誓ってから、仲間の命を案じたことはあっても、己の命を惜しいと思ったことなど無かった。
しかし、ならば何故今ごろになってこのような夢を見るのか。
死を恐れ始めたとでもいうのか。
だとしたら、何故。
言葉に詰まる天戒に、龍斗は再び微笑みかける。
「……俺はお前に生きてほしい。生きる為に、闘ってほしい」
「龍……」
そうだ。
死を恐れたわけではなく、ただ生きたいと思った。
生きてゆきたいと。
そう願うようになったのは―――。
「そうだな……それも悪くはない」
天戒は漸く穏やかな笑みを浮かべ、龍斗の目を真っ直ぐに見返した。
「だがな、龍」
「うん?」
天戒は小首を傾げる龍斗を引き寄せ、暖かな身体を腕の中に収めた。
「お前に貰った言葉、そのままお前に返そう」
いつからだろう。
この温もりが愛しいと気づいたのは。
その時から俺は、生きることを望んでいたのかもしれん。
そう思いながら、天戒は龍斗の黒髪に顔を埋める。
「龍……俺と共に闘い、俺と共に生きろ。……良いな?」
「……勿論」
微笑を含んだ声で龍斗が答える。
生きる為に、闘う。
肩先に龍斗が好きだと言ってくれた色が揺れている。
天戒の胸の内には、その緋色のように鮮やかな光が灯っていた。
- end -
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