雪待風


出先から本拠地へと戻った一行が入口の扉を開けると、外からの風が広いロビーへと一気に吹き込んできた。
石板の前に立っていたルックは、その風にふと顔を上げる。
高い場所にある明かり取りの窓硝子の向こうには、薄雲が広がる空があった。
ルックは僅かに目を伏せて、意識的に息を深く吸い込む。
冷たいけれど、どこか湿り気を帯びた重たい風が肺を満たした。
(―――これは)
ある予兆を感じたとき、誰かが傍で呟いた。
「……なんだか、雪でも降りそうだよなぁ」
ルックは思わず目を見開いた。
隣りにはいつの間にかシーナが立っていて、同じように窓の外を見上げている。
ルックはすぐに気を取り直し、いつもの口調で言い返した。
「雪なんて、降るわけがないだろう」
この辺りは気候が穏やかで、どんなに気温が下がっても雪が降ることなど滅多に無いのだ。
しかしシーナは反論されたことでむきになってしまったらしく、今度は断固として言い切る。
「いや、降るよ。絶対に降るね。俺、昔から雪だけは当たるんだ。何年か前にも、降ったことあっただろう? あのときも、降る前に分かったんだぜ」
「そんなの知らないよ」
いつでもこの辺りにばかりいるわけではないルックには、前回ここに雪が降ったのがいつかなんて知るはずもなかった。
それに雪が降ることが前もって分かるのが、そこまで得意気になるようなこととも思えない。
ルックはどうでもいいとばかりに顔を背け、うんざりした溜息を吐いた。
「……じゃあ、降るかどうか賭けない?」
突然の申し出に、ルックは眉を顰める。
「はあ? 賭け?」
「そう。勝った方が負けた方の言うこと、なんでもきくの。俺は勿論、降る方に賭けるぜ」
シーナが思いつきそうなことだ。
ルックは呆れる。
「冗談じゃないよ。お断りだね、馬鹿馬鹿しい」
「降るわけないんだろ? だったら、いいじゃん。お遊びだよ、お遊び」
「……」
そのお遊びがお遊びで終わらないであろうことは目に見えているから、困るのだ。
遊びと本気の境界線などどこにも無いと知っていながら、シーナは敢えてそれを口にする。
ルックもそれを口実に、敢えてシーナに身を任す。
そうして二人は、いつの間にかお互いが、傍にいて当たり前の存在になっていることを感じていた。
しかもそれは意外にも、とても心地好い関係で。
「もしも今夜、雪が降ったら……」
シーナはもう、舞い降りる雪の姿を思い浮かべているのだろう。
窓の外の空を見上げながら、微笑んでいた。
「……もしも、降ったら?」
ルックが促すと、シーナはにやりと笑いながら答える。
「次に降る雪も、俺と二人で見てくれること」
「なっ……」
その条件に、ルックは一瞬怯んだ。
「次に降る雪って、そんなの、いつになるか分からないじゃないか」
「うん、そうだな。だから出来るだけ、一緒にいないと」
「……」
そういうことか。
けれど―――その約束は叶えられないだろう。
それでも不思議と拒絶する気にはなれず、ルックはただシーナの満足そうな笑顔から目を逸らした。
それから、やはり同じように灰色の空を見上げる。
「もしも今夜、雪が降らなかったら……」
「うん」
期待に身を乗り出してくるシーナに、ルックが冷たく言い放つ。
「雪が降る日まで、僕に触るの禁止」
「ええええええ!」
その後、シーナはいつまでも文句を言っていたけれど、ルックは相手にしなかった。
何故なら、ルックには分かっていたから。
今夜はきっと雪になる。
空が、雲が、風が教えてくれた。
冷たくて優しい雪が、明日の朝には全てを白く覆い尽くしているであろうことを。

ルックはもう一度空を見上げる。
早く雪が降ることを、きっと誰よりも強く願いながら。

- end -

2006.12.14


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