Rain


『永遠の愛』なんていう言葉は、聞いただけでもぞっとする。
人の気持ちなんて変わるのが当然で、それが変わらないというのは余りにも不自然だ。
そんなの人間じゃない。
だから誰かを好きになるという感情にも、俺はそれほど特別な意味を感じない。
晴れた空を眺めるのが好きだとか、美味しいものを食べるのが好きだとか、そんなものと同じ感覚で充分だと思っている。
だってそれ以外に何が出来る?
明日どころか一時間後のことだって分からないのに、そのずっと先のことなんて約束出来るはずがない。
したくもない。
そんな俺は寧ろ誠実な男だと思う。

ルックはすぐに一人になりたがる。
それは恐らく、一人でいた時間が長かったからだろうと思う。
大勢の人間と過ごすことになるのは決まって今のような大きな戦争に駆り出される時だったし、 そんな光景ばかり目にしてきたルックには一人の方が余程マシに思えるのだろう。
俺がそんなルックを追い回すのは、ルックが俺に過剰な期待を持たないからだ。
ルックは遠い未来のことなんて信じてもいないし、求めてもいない。
正反対のタイプに見えて、実は俺とルックはよく似ているんだと俺は勝手に思っている。

森が途切れて湖に面して開けた辺りが、ルックを見つけられる確率が一番高い場所だ。
今日もやっぱりそこにいた。
(……寝てる?)
ルックは木の根元に頭を乗せた格好で、草の上に横たわっていた。
目を閉じて両手を胸の上に組んでいたから、その胸が僅かに上下していなければまるで死んでいるみたいに見えた。
俺はルックを起こさないように、そっと側に腰を下ろした。
さわさわという微かな葉音以外は何も聞こえない。
「……雨」
突然の呟きにぎょっとする。
どうやらルックは起きていたらしいが、目は閉じたままだった。
よく見るとその白い頬に小さな水滴がぽつぽつとついていて、俺は空を見上げた。
木の下にいるから余り分からなかったけれど、確かに雨が降り始めているようだ。
「……濡れるぞ?」
起き上がろうとしないルックに言う。
「……だから?」
ルックは素っ気無く答える。
「だから、って」
「濡れたらいけないの?」
「風邪ひくじゃん」
「雨が降ってるから、雨に濡れる。それでいいじゃない」
「……」
ルックの上に雨の粒が降りてくる。
透明な水の雫は顔に髪に服に次々と舞い降りて染み込んでゆく。
吸い取られなかった雫は丸い小さな玉になって、そのままルックの上で揺れている。
綺麗だな、と思った。
もしもルックが死んだら、こんな風に草の上に寝かせてやりたい。
風が吹いて、雨が降って、降り続ける雨の中でルックはきっと水に溶けたりしないで、水そのものになってしまうだろう。
次第に身体が透明になって、そのままゆらゆらと形を曖昧にしながら土に染み込んでいくんだ。
そしていつか、緑の若草になって生まれ変わってくる。
雨という自然の恩恵に逆らわないルックなら、きっとそうなると思った。
「……なぁ」
「……なに?」
何を言おうとしたんだろう。
言いたいことなんて何もなかった。
俺はルックの横に両手をついて、その顔を真上から覗き込んだ。
閉じた睫の先も、雨に濡れて光っていた。
それから小さな雫を乗せた唇に、自分の唇を重ねる。
雨がルックに染み込んでゆくみたいに、もしかしたら俺の気持ちも染み込んでいくんじゃないかと思ったから。
特別な感情じゃなくても、約束が出来なくても、今ルックが好きな気持ちは本当だ。
だから、俺はそれを願ったのかもしれない。
重なった冷たい唇の隙間から、雨の雫が零れていった。

唇を離すと、ルックは目を開けて俺を見上げていた。
細い腕が伸びてきて、ゆっくりと俺の首に回って引き寄せる。
そのときのルックは少しだけ笑っていたから、俺の願いは伝わったんだろう。
『永遠の愛』なんてあるはずがないけど、愛が永遠に残ることならあるかもしれない。
そんな柄にも無いことを思いながら、俺はルックの濡れた体を抱き締めた。

- end -

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