手紙


シーナは少し落ち着かない気分で、ルックを部屋に招き入れた。
昼過ぎ、いつものようにロビーに下りていくと、珍しくルックの方から声を掛けてきたのだ。
借りたい本があるという申し出に、シーナは心の中で小躍りしながらルックを自分の部屋まで案内した。
「さ、その辺座ってよ」
「用が済んだらすぐに行くからいいよ」
素っ気無く返されて、シーナは肩を竦める。
そんなシーナの様子など構いもせずに、ルックは部屋の中をぐるりと見渡した。

シーナが同盟軍に加わったのは、軍がこの城を本拠地としてから随分後のことだった。
その為、割り当てられた部屋は余り広くない。
小さな机と棚、そしてベッドが置かれているだけなのに、もういっぱいいっぱいという状態だ。
本音を言えばシーナも、初めてこの部屋を見せられたときには少しばかり落胆した。
しかし一生ここで暮らすわけでもないのだし、どうせ部屋に篭っているのは好きではないからと、 敢えて不満を言うこともしなかったのだ。
「本ならここにあるので全部だぜ」
シーナは本棚の天板を、拳で軽く叩いた。
棚は彼の腰辺りまでしかなく、ルックは少し膝を曲げて、並べられた本を覗き込んでいった。
「……ああ、これだ」
数が少なかったから、ルックはすぐに目当ての本を見つけることが出来た。
茶色い革表紙に金の文字で、『紋章学I』とだけ書かれている。
相当古いものらしく、手に取るとかなりくたびれているのが分かった。
以前、何かの用事でこの部屋に寄ったときに見かけて、ずっと読みたいと思っていたものだ。
ルックは中身を確かめるため、パラパラとページを捲る。
微かに埃とインクの匂いがした。
「そんなもん読みたい奴の気が知れねぇなあ」
シーナはからかうように言って、口元を歪める。
父親から無理矢理持たされた本は、シーナにとって邪魔な荷物でしかなかった。
真剣な表情でページを捲るルックを暫く眺めていると、不意にページの隙間から一枚の紙片が床に落ちた。
「……?」
「なんだ、それ?」
ルックが拾い上げ、シーナもそれを覗き込む。
しかしそこには帝位継承戦争に関する覚え書きのようなものが、記号交じりに書かれているだけだった。
「ああ……。多分、勉強してるときに書いたやつだな。なんでそんなとこに挟まってたんだろう」
シーナはつまらなさそうに吐き捨ててすぐに顔を上げたが、ルックはその紙から目を離さない。
シーナは訝しげに尋ねる。
「どうした?」
「……これ、君が書いたの?」
「そうだけど」
「……」
「なに」
「いや……」
ルックは少々戸惑っていた。
綴られていた文字は少し癖はあるものの、とても綺麗だったからだ。
シーナの字が綺麗だなどと、ルックは想像もしたことがなかった。
だからいつもならば絶対に言わないような言葉を、思わず口にしてしまった。
「……上手いね」
「は? なにが?」
「字」
「……えっ?!」
シーナは驚いて、もう一度紙を覗き込む。
人からそんな風に言われたのは初めてのことだった。
改めて見てみるが、自分ではよく分からない。
己の耳を疑いつつも、恐る恐るルックに確認する。
「そ、そうか?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
「本当に、本気で言ってる?」
「……取り消しても構わないけど」
いやいや、とシーナは慌てて首を振る。
ルックが人を褒めることなど滅多にないから、すぐに信じられなくても仕方が無い。
けれど今回ばかりはお得意の嫌味ではなさそうだった。
その証拠にルックは酷く気まずそうな顔をしている。
シーナは漸く素直に笑顔を見せた。
「初めてお前に褒められたなあ!」
「だから取り消しても構わないけど、って言ってるじゃない」
「取り消さなくていいって!」
シーナは笑いながら言って、弾むようにベッドに腰掛ける。
お調子者の彼をうっかり褒めてしまったことを、ルックは早くも後悔していた。
さっさとこの場を離れたほうが良さそうだ。
シーナのことだから、きっとまた碌なことを言い出さない。
そう思って本を閉じたときには、既に手遅れだった。
「よしっ。じゃあ、いつかお前に手紙を書いてやるよ」
「はぁ?」
ルックはあからさまにうんざりとした表情を浮かべてみせたが、 すっかり舞い上がっているシーナにとっては何の効果も無かった。
「手紙、書くよ。ほら、この戦争が終わったらお前も島に帰るんだろう?  そりゃあ、ずっと一緒にいられるならそんなもの書く必要もないんだろうけどさ。そういうわけにもいかないだろうし」
「まぁ、そうだけど……」
「えーと、魔術師の島宛てに出せばいいんだよな? あれっ、あそこって手紙届くのか?」
「どうだろう。知らない」
「まあ、いいや。出すよ。楽しみにしててくれよな」
「いらないよ」
「なんでだよ、出すよ」
「いらないって」
「いや、出す」
「……」
どうやら決定事項のようだ。
ルックは諦めて、溜息を吐いた。
「……返事、書かないからね」
「いいよ、別に」
「あっそ。じゃあ、これ借りていくから」
満面の笑みで手を振るシーナを背に、ルックは彼の部屋を後にした。

自分の部屋に戻り、机の前に座る。
本を開くよりも先に見たのは、さっきの紙片だ。
初めて見る、シーナの文字。
その中から、ルックは自分の名前に当てはまる字だけを目で拾い上げた。
L・U・C。
シーナの書く手紙はきっととても短くて、とても一方的な内容に違いない。
こんなものを送りつけてくるぐらいなら、いっそ会いに来てしまえばいいのにとさえ思うような。

手紙は本当に届くだろうか。
胸の内に生まれたのは、小さな期待。
それはいつか必ず訪れる離れ離れの生活を、少しだけ明るくしてくれる力を持っている。

- end -

2004.08.06


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