Key
後はベッドに入るだけで、このまま何事もなく静かな朝を迎えられるはずだったのだ。
しかし、そうはいかないのが世の常というもの。
廊下にこつこつという足音が響いてきた時、ルックは既に諦めの境地に入っていた。
「あ〜っ、疲れた〜〜〜」
部屋のドアを開けるなり大きな声でそう言って、シーナはベッドの上に倒れ込んだ。
無論、自分のベッドではなく、ルックのベッドに。
「……部屋をお間違えでは?」
わざと丁寧な口調で言いつつも、その声音には明らかに怒りが含まれている。
いつものシーナだったらそれだけで飛び起きてもおかしくなかったが、今日は本当に余程疲れているらしい。
うつ伏せのまま顔を半分こちらに見せただけで、決して退こうとはしなかった。
「う〜っ……ほんとに疲れた。もう起き上がれない……」
「冗談じゃないね」
どうも変化球は効かないらしいと判断したルックは、怒りを露わにしてみせる。
「君が疲れようと疲れまいと関係無いけど、そこは僕のベッドなんだ。どいてもらおうか」
「だから動けない……」
「なら初めから自分の部屋に戻ればいいだろッ」
声を荒げながら、シーナの身体の下敷きになってしまった毛布を引っ張る。
反動でシーナはごろんと仰向けになったが、それでも起き上がる気はないようだった。
「……なんで女の子ってのは、ああ面倒臭いんだろうなぁ〜?」
眠たそうに目を擦りながらぼやくシーナを、ルックは鼻で笑う。
「はッ! 遊んできておいて疲れたなんて、贅沢にも程があるね。馬鹿じゃないの」
「だって本当に疲れたんだもん」
「どうせ自分から誘ったんだろ。恨むなら自分の物好きを恨みなよ」
「まぁ、そうなんだけどね〜」
いいから退けよ、とルックは枕を取り返そうとするが、シーナはそれを掴んで離さない。
再びうつ伏せになると、腕の中に枕をしっかりと抱え込んでしまった。
「いい加減にしないと本気で怒るよ」
「いや、だからさ〜」
シーナはルックの怒りの度合いなど全くお構いなしに、話し続ける。
「女の子ってさぁ、こう、可愛いわけよ。ふわふわしてて柔らかくてくるくるしててさぁ」
「……くるくるってなんだよ」
「してるの、くるくる。でもさぁ、なんだかんだって面倒臭いことばっかり言うんだよねぇ。
あそこには行きたくない、あれが欲しい、あの人が嫌い……もう、大変なの」
「だから……自分が誘ってるんだ、ろッ」
ろッ、のところで、話しに夢中になっているシーナから隙をついて枕を奪い返すと、
ルックはそれを抱いたままベッドの縁に腰掛けた。
スプリングと一緒に、シーナが弾む。
「そんなこと最初から分かってて、その上で誘ってるんだろ。だったら文句言うんじゃないよ」
「ん〜……でもなぁ」
シーナは身体をこちらに向けて、腕で自分の頭を支える。
眠い目を何度か瞬いてから、ルックの背中からうなじの辺りを見上げた。
「……やっぱり俺、お前といるのが一番好きみたいよ?」
「……」
その台詞に、ルックは僅かにこちらを見たようだった。
シーナは何かを思い立ったようにがばと起き上がると、背中からルックを緩く抱き締める。
「だからさ……今日はここで寝てもいいだろ?」
耳元で囁いた。
彼はきっと溜息混じりに、それでも承諾してくれるだろうと思ったのだ。
しかしシーナの予想は見事に外れ、代わりに勢い良く枕が顔面を打った。
「ぶはッ!」
「調子いいこと言ってるんじゃないよ。さぁ、出てった、出てった」
ルックはシーナの腕をぐいぐい引っ張り上げると、そのままドアのところまで連れていき、部屋の外に押し出す。
「おっ、おいっ! ちょっと待てって!」
「うるさいんだよ。僕はもう寝るんだから。おやすみ」
「おい、ちょっと……!」
喚き続けるシーナを廊下に放り出すと、ルックは彼の目の前でドアを閉める。
それでも諦められないのか呼びかけてくる声を無視して、わざと派手な音を立てて鍵を閉めてやった。
ガチャッという金属音は、ドアの向こうにいるシーナにも聞こえたはずだ。
「……」
暫くはドア越しにシーナがぶつぶつ言っているのが分かったが、そのうちに遠ざかる足音が聞こえた。
ルックは鍵の掛けられたドアノブを見つめ、それから音を立てないようにゆっくりとそれを戻した。
ルックはベッドに戻り、さっきまでシーナが抱きかかえていた枕を手に取る。
甘い匂いがした。
化粧の匂いなのか、香水の匂いなのかは分からない。
それはきっとシーナが今日会っていた女の子の匂いだ。
「バカな奴……」
ルックは呟いて、枕を軽く殴った。
シーナは分かっていない。
本当に入ってこられたくないのなら、初めから鍵は閉まっているはず。
それは既に外されていて、扉を開ける自由は与えられているというのに。
扉の向こう側には、待っている人がいるというのに。
- end -
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