Keep Out


今日もハイ・ヨーのレストランは盛況だ。
軍の規模が大きくなった所為もあるが、一番の理由は外部からの訪問者が増えたことにある。
戦真っ只中の軍隊の本拠地に、観光気分の人々が出入りすることが良い状況なのかは分からない。
しかしそれがこの軍にとって、重要な資金源になっていることも確かだった。
戦争には金が掛かる。
だから一概に疎んじではいけないのだが、それでも鬱陶しいと思ってしまうのはどうにもならなかった。
人が多い場所は好きじゃない。

僕がマスタード抜きのサンドイッチを頬張っていると、隣りのテーブルに女の子の二人連れがやってきた。
見るからに「遊びに来ました」という雰囲気で、なんとなくうんざりする。
別に聞きたくもなかったけれど、彼女達のはしゃいだ声は勝手に耳に飛び込んできた。
「さっきの人、ちょっとかっこよかったと思わない?」
「あっ、私もそう思った!」
「やっぱり?!」
誰のことを言っているのか知らないが、緊張感も何も無い、つまらない会話だ。
けれどこの年頃の女の子なら、これが普通なのだろう。
僕は早くこの場を離れたくて、残っていたトマトジュースを一息に飲み干そうとした。
「確か、シーナって呼ばれてたよね」
その言葉を聞いた瞬間、思わずジュースを噴出しそうになった。
シーナ、だって?
その名前で思い浮かぶのは一人だけだったけれど、もしかしたら他にも同じ名前の奴がいたのだろうか。
それとも僕の聞き間違いか?
「そうそう。シーナって呼ばれてた」
「ねぇ、今度会ったら声かけてみない?」
「えっ、本気?」
「本気、本気」
彼女達が甲高い笑い声を上げたところで、僕は席を立った。

石板の前に立っていると、噂の主が姿を現した。
「よぉ、ルック! ご機嫌いかが?」
「……」
へらへらと笑っているシーナの顔を見ながら、僕は心の中でさっきの出来事を反芻していた。
シーナは「かっこいい」のだろうか?
ちなみに僕自身は、彼を見てそんな風に思ったことはただの一度も無いが、 他の誰に対しても同様だから参考にはならないだろう。
そもそも「かっこいい」とか「かっこよくない」とか、どこで判断するのかが分からない。
彼女達は単純に容姿のことを指して言っていたのだろうが、 それはたまたま自分達の好みに合っていたというだけの話だし、 どうも僕はシーナを客観的に見られなくなっているような気がする。
そんなことをぼんやりと考えていたら、シーナは不思議そうに首を傾げた。
「ルック、どうしたの?」
「君って……」
「うん」
「かっこいいの?」
シーナは半笑いの表情のまま、しばらく絶句した後、哀れむような口調で僕に言った。
「ルック……ナナミちゃんの料理でも食べたのか?」
「後でナナミに言っとく」
「嘘です、ごめんなさい」
シーナはぺこぺこと頭を下げる。
こんな奴の、どこがかっこいいのだろう。
やっぱり何かの間違いだ。
呆れていると、シーナは腕を組んで考え込むような素振りを見せた。
「うーん、それに対して俺はどう答えたらいいのかなぁ」
「自分ではどう思ってるのさ」
「どうして俺は美少年攻撃にも美青年攻撃にも配属されてないのか、前々から不思議には思ってたけどね」
「……その攻撃名を口に出すな」
「なんで。嫌なら、俺に譲ってよ」
「譲れるものなら、喜んで」
「出来ないこと知ってて、言うんだからなあ」
シーナはそう言って笑いながら、馴れ馴れしく僕の肩に手を回してくる。
そして、吐息のかかる距離で囁いた。
「……で? なんで、そんなこと聞くの?」
「別に……」
「誰かが、俺のことカッコイイって言ってた?」
「……!」
図星を指されて、思わず言葉に詰まる。
だから嫌なんだ。
軽薄でお調子者のくせに、勘だけはやたらといい。
しかも自惚れ屋ときてる。
シーナはにやにやしながら顔を近づけてくると、今度は僕を挟むようにして、背後の石板に両手をついた。
「お前はどう思う?」
「なにが」
「俺のこと」
「……普通」
「そうじゃなくてさ。俺がお前の好みかどうかを、知りたいんだけど」
「そんなこと聞いてどうするのさ」
「もちろん、中身も含めての話ね」
「……鬱陶しい」
本当に鬱陶しい。
くだらないことを聞くんじゃなかった。
だいたいシーナがかっこいいかどうかなんて、どうでもいいことじゃないか。
シーナはますます顔を近づけてくる。
最悪だ。
調子に乗らせてしまった自分に、腹が立った。
「もう、いいよ。話は終わり。邪魔だから、そこどいて」
覆い被さってくるシーナの体を押し退けようとするけれど、シーナにはちっとも効いていない。
「じゃあ、嫌いってこと?」
「嫌いだよ。大嫌い」
「本当かなぁ?」
「本当だよ。だから、どけって……」
そのとき。
視界の隅に、さっきの二人連れが映った。
レストランにいた、あの女の子達だ。
二人は階段を下りてくる途中で立ち止まり、僕達の方を見ている。
―――マズイ。
何故か、咄嗟にそう思った。
僕の中の何かが、警告を発する。
「……なくていい」
「はぁっ?」
「だから。どかなくていいって言ってるんだよっ」
驚いて身を逸らせたシーナに、イライラしながらそう言っていた。
押し退けようとしていたはずの手は、いつのまにかシャツの胸元を掴んで、離れるのを引き止めている。
「ど、どうしたんだよ、ルック」
「いいから。しばらくこのままでいればいいんだよ」
「そう言われても……この体勢になったら、やることはひとつでしょ」
「―――!」
シーナはにやりと笑うと、唇を押しつけてきた。
そして僕は、ほとんど反射的にシーナの頭をロッドで殴りつけていた。
「いてぇっ!!」
「そこまでしろとは言ってない!!」
シーナの肩越しに、こちらをちらちらと振り返りながら去っていく彼女達の姿が見える。
こんな場所でキスされたことに腹を立てながらも、それを確認してほっとしている自分が信じられなかった。
「……もう、いい」
今は、シーナの顔を見ていたくない。
僕が足早にその場を立ち去ろうとすると、シーナは後を追ってきた。
「なんだったんだよ、ルック〜」
「うるさい! ついてくるな!」
いったいなんだったのか、聞きたいは僕の方だ。
どうしてあんな馬鹿なことをしてしまったんだろう。
馬鹿だ。
本当に馬鹿だ。

嫌だったんだ。
彼女達が本当に、君に声をかけてくるかもしれないと思ったら、たまらなく嫌だった。
もしそうなったら、きっと君は鼻の下を伸ばすに違いないから。
だから、見せつけるような真似をした。
手を出さないで欲しかった。
君を、取られたくなかった。

シーナはしつこく僕の後をついてくる。
「なあ、どこ行くんだよ」
そんなこと、知るもんか。
とにかく君のいないところに行ければ、それでいいんだ。
けれどいつの間にかシーナは僕の隣りを歩いている。
そして、まるで独り言のように言った。
「俺は他の誰に褒められるよりも、お前にひとこと『好きだ』って言ってもらえるのが、一番嬉しいんだけどなぁ」
「……絶対に、言わない」
きっと、全部見透かされてる。
だとしたら尚更、その一言は僕にとって最後の砦だ。
だから言わない。
言いたくない。
言ってしまったほうが、たとえどんなに楽だとしても。

- end -

2007.03.23


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