白日夢


不快な眠りから、無理やり自分を引き剥がすようにして目を覚ました。
部屋の中には薄蒼い光が広がり始めて、夜が明けたことを告げている。
僕は隣りに眠る人を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、窓辺に立った。
胸に手を当てると、鼓動はまだ早鐘を打ち続けている。
明け方の透明な空気が、汗ばんだ体を少しずつ冷やしていくのが心地良かった。

息をするのも忘れ、ただ無力さの中で立ち尽くしていた。
込み上げるのは悲しみではなく、激しい怒りと憎しみの念。
大声で叫ぶことも出来ず、押し潰されそうな痛みにもがき、漸く―――目覚めるのだ。

カーテンに指を掛け、窓の外を細く眺める。
山間には眩しい太陽の光が溢れていた。
眩しくて、眩しすぎて目を伏せることしか出来なかった。
「……どうした……?」
寝起きの掠れた声を背中で聞きながらも、僕は答えなかった。
ギシ、とベッドの軋む音がする。
それからぺたぺたと床を歩く裸足の足音。
僕は掴んだままのカーテンを引いて、しっかりと重ね合わせた。
外の風景が見えないよう、外からの光が入らないようにしっかりと。
「お前、起きるの早過ぎ……」
シーナはひとつ欠伸をして、それから僕を背中から抱き締める。
「お・は・よ」
「……」
耳元で囁かれた言葉に、僕は唇を噛んだ。
僕にとってはこれからが夢の時間なんだ。
眠っている間、僕は夢を見ないから。
あれは夢じゃなく、本当のことだから。
だからおはようなんて言葉、言って欲しくなかった。
「……ん?」
シーナは肩越しに僕の顔を覗き込むと、くるりと僕の身体を反転させる。
僕よりも少しだけ背の高いシーナの顔を見上げると、まだ眠たそうな目をしたまま、それでも彼はにこりと笑った。
「そんなに唇噛んだら、血が出ちまうぞ?」
僕の顎に手を掛けて、ゆっくりと唇を重ねてくる。
啄ばまれた唇の冷たさは次第に失われて、僕はその柔らかさに酔った。
シーナはそのまま僕の背中と腰を抱きかかえ、しっかりと腕の中に包んでしまった。
「怖い夢でも見たのか?」
からかうように笑いながら、よしよしと言って頭を撫でる。
子供じゃないんだから。
シーナの馬鹿にしたような態度に少しだけ腹を立てながらも、僕はそこから離れられなかった。
これは夢なのに、シーナの腕はとても確かで力強い。
この強さと暖かさを、僕の身体はこんなにも覚えてしまっているよ。
この夢はいつ覚めるの?
夢から覚めたとき、君は何処に行ってしまうの?
君の匂いを忘れられる日は来るの?
考えたくもない想いが、次々に浮かんでは消えていく。
(嫌だ―――)
僕は身体を捻って、シーナの腕から逃れた。
それこそ、必死の想いで。
「およ。朝からご機嫌斜め?」
人の気持ちも知らないで、シーナは軽い口調でお道化てみせる。
でも、それでいいんだ。
だってこれは夢なんだから。
きっとこれが僕の望んでいることなんだから。
僕はシーナを睨みつけた。
「……うるさいな。君の寝相が悪いから起きちゃったんじゃないか」
「えっ、マジで? そりゃ悪かった。ごめん」
シーナは僕の嘘を真に受けている。
意外とお人好しなところ、あるんだよな。
僕はぷいと顔を背けた。
「とりあえず僕はもう一回寝るからね」
「ん。じゃあ、俺も寝よっと」
僕は一人で勝手にベッドへ戻った。
後から、シーナが隣りに潜り込んでくる。
冷えたベッドに再び温もりが宿る。
「今度は気をつけるからさ」
「……寝ててどうやって気をつけるのさ」
「うーん……とにかく気をつける。いい夢見ろよ」
背中を向けたままの僕の髪を撫でて言う。
やがて静かな寝息が聞こえてくる頃、僕はゆっくりとシーナの方に向き直った。
「……」
そっと顔を近づけ、吐息のかかる距離で目を閉じる。
夢はいつか必ず覚めるものだ。
考えたって仕方が無い。
それなら今は、この夢の中で漂っていればいい。
続きが見たいなんて、思わなくなるほどに。

そこそこいい夢なら、いつも君に見せてもらってるよ。
お礼なんて言うつもりはないけどね。

心の中で囁いて、僕は眠るふりをした。

- end -

2002.08.11


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