金色の鳥籠


彼は憎悪の塊だった。
壊し、奪い、殺す為に生きていた。
ただ憎しみだけが彼に力を与え、全てを破壊する為だけにその力は使われていた。

そして今夜。
彼は高らかに笑い、呪いの言葉を叫びながら斃れた。
ハイランドの狂皇子と呼ばれた男に、相応しい最期だった。

狂ってる。
きっと、誰もがそう思っただろう。

でも、僕には。

僕にはあの男の気持ちが―――なんとなく分かる気がした。



ルカ討伐部隊が重たい身体を引き摺るようにして城に戻った時には、既に東の空がほんのりと白み始めていた。
皆、言葉少なだった。
あの悪名高きルカ・ブライトを討ち取ったのだから、歓声のひとつも上げていいはずなのに、誰もそれをしなかった。
勿論、夜を徹しての戦闘で疲労困憊していたこともあるけれど、それだけが理由とは思えなかった。
自分達と同じ人間であるはずの男が持っていた、圧倒的な力と憎悪。
それを目の当たりにした時、恐らく誰もが同じことを感じたはずだ。
何があの男の中にあれほどの憎悪を生み出したのか。
あれほどまでに誰かを、何かを憎むことが出来るものだろうか。
そんな絶望にも似た疑問符が、彼らから言葉を奪っていたに違いない。

ルカと実際に剣を交えたシーナも、やはり黙ったままだった。
滅多に見られないような、憂鬱そうな面持ちで僕の隣りを歩いている。
シーナは大抵のことには飄々としているけれど、今夜は流石に滅入ったらしい。
僕の部屋はシーナの部屋とは反対方向にあるのに、シーナはそのまま僕についてきた。
いつもなら追い返すところだけど、闘いの後の高揚もあって、どうせ僕もすぐには眠れないだろう。
だから敢えて何も言わず、シーナを部屋に入れてやることにした。
「なんか……スゴイ奴だった、な」
ベッドに腰掛けるなり、シーナがぽつりと呟く。
「スゴイって、何が」
僕は法衣を脱いで、それを椅子の背に放り投げた。
なんだか全身がべとついているようで、気持ちが悪い。
抽斗からタオルを取り出して、とりあえず顔や髪の汚れを拭った。
「何がって……」
シーナは言葉を濁す。
上手い言い方が見つからないのだろう。
きっと、シーナには分からない。
シーナがルカのような激しい感情を持つことは、多分一生無いだろう。
どんなことがあれば、全てを破壊したいと思うほどの憎しみを抱くようになるのか。
そして笑いながら人を殺せるようになるのか。
裕福な家庭に生まれ、両親の愛情を一身に受けて育ったシーナにとって、 その感情は想像を超えたところにあるものだ。
そしてそんな感情、知らずに済めばそれに越したことはない。

説明するのを諦めたのか、シーナはベッドの上に仰向けに倒れこんだ。
汚れた身体のままそうされたのは酷く不快だったけれど、僕も疲れていたから、結局自分もそのままベッドの端に腰掛けた。
スプリングが弾んで、軋んだ音がした。
「なんかさ……分かんねェよな」
「……まあ、君には分からないだろうね」
少し苛ついたから、わざと嘲るような口調で言った。
思った通りシーナは簡単に誘導されて、早口で僕を問い詰めてくる。
「なんだよ、それ。お前には分かるのか? 何もかもぶっ壊したいとか、思ったことあるのか?」
何もかも壊したい、なんて思ったことはない。
僕が壊したいものはひとつだけだ。
でもそれをすれば、結果的に全てが壊れてしまうだろう。
窓の外から、鳥の囀りが聞こえはじめる。
もうすぐ陽が昇る。
「……あいつ、なんであんな風になっちまったんだろうな」
何も無くてあれほどの凶行に及ぶはずがない。
シーナはきっと、あの残虐な男にも同情すべき点があると思いたいのだ。
でもそれは違う。
「……羨ましいね」
「……?!」
シーナが背後で反射的に体を起こしたのが分かった。
背中に突き刺さるような視線を感じる。
僕がこんなことを言うのがそんなに意外なんだろうか?
でも僕は本気だった。
本気であいつが羨ましかった。
「憎しみを抱え込んだまま何も出来ずにいるよりも、ずっとマシじゃないか。 聞いただろう? あいつは悪でいることを望んだんだよ。壊したいから壊して、殺したいから殺した。 あまりにも憎悪が大きすぎたから、あいつは憎悪そのものになることにしたんだ。 そしてあいつには、それが出来る力があった。 やったことの良し悪しはさておき、その力が僕には羨ましいよ」
「ルック……?」
シーナは不安そうな声を出す。
確かにシーナのような人間にとっては、恐ろしい考え方なのかもしれない。
でもあいつの言ったことは、ある意味正しいんだよ。
ルカ・ブライトひとりがいなくなったところで、世界は何も変わらない。
争いは決して無くならないし、人は星の定めた道からは逃れられない。
あの男はそんな世界の中で足掻いて、壊して、そして―――解放されたんだ。

不意にシーナが僕を背中から抱き締めてきた。
温もりが、僕の身体を包む。
「お前、何言ってるんだ? おかしいぞ? あんまり変なこと言うなよ」
回されたシーナの腕には、小さな火傷が残っていた。
恐らくルカの纏っていた炎の竜にやられたのだろう。
僕はその傷に手を翳した。
「ルック……」
傷はゆっくりと癒えて、やがて見えなくなる。
シーナは僕の首筋にぴたりと頬を押し付けた。
「なぁ、なにか可笑しなこと考えてるんじゃないだろうな?」
「……可笑しなことって?」
「……」
抱き締める腕に力がこもる。
この腕は、僕を束縛する優しい鎖だ。
このまま僕の中にある憎しみから目を逸らせたらいいのに。
与えられる温もりに甘んじて、諦めてしまえたらいいのに。
「ルック……何処にも行くなよ。このままでいいじゃないか。そうだろう?」
何かを予感したようなシーナの言葉に、僕は少しだけ笑った。
いい加減そうに見えて、意外と勘がいいから困る。
僕はシーナの腕を取り、傷のあった場所に口づけた。
「……さぁね」
稜線を赤く染めて、朝陽が昇る。
部屋の中が朝焼けの色に満ちる。
大きな鳥が一羽、燃える空を行くのが見えた。

地上で飼い慣らされた鳥達は、空の広さを忘れてしまった。
籠の中に閉じ込められて、閉じ込められていることさえも知らずに生きている。
そこがどんなに居心地のいい場所であっても、所詮それは枷であり、頸木だ。
大空を飛ぶ自由には決して変えられない。
金の鳥籠を与えられたからといって、鳥は決して喜んだりしない。

だから僕はいつの日か、ここを逃げ出すだろう。
暖かい毛布のようなこの場所を捨てて、 自らを邪悪と呼んだあの男のように、僕は独りで闘うつもりだ。

本当はここにいたいけれど。

君の側に、いたいけれど。

- end -

2003.01.06


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