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「……気をつけなよ」
僕が言うと、ノエルは少しだけ驚いたような顔をした。
自分でもらしくないセリフだと思ったけれど、なんだか酷く嫌な予感がしたから。
僕達はロックアックスの旗を目指して、城の最上部へと向かう途中だった。
あと少しというところでノエルとナナミが「ここから先は二人で行く」と言うので、僕達は不安を覚えながらもその場に残ることにした。
「……大丈夫かなぁ、あいつら」
シーナが呟く。
「さぁね。けど、大丈夫にしてもらうしかないだろう」
シーナは僕の言葉に、ちょっと肩を竦めた。
例えこの先にどんな不幸が待ち受けていようとも、ここまで来たら前へ進むしかない。
それが宿星を持つ者の運命だ。
多分―――このままでは終わらないだろうけど。
不自然なほどの静けさの中、待機しているメンバーの間にも嫌な空気が流れ始める。
一緒に来ていたカーンやキニスンも、沈鬱な顔をして黙り込んでいた。
(……!)
その時突然、空気が揺れた。
強い紋章の波動が二つ。
気づいているのは僕だけのようだ。
ひとつは『輝く盾の紋章』、そしてもうひとつは酷く禍禍しく、全てを破壊しつくすような気を発している。
間違い無く―――黒き刃の紋章だ。
それならば、ジョウイが現れたに違いない。
ノエルはどうした?
何故、戻ってこない?
「おいっ。アレ、見てみろよ!」
思考を遮るようにシーナが声を上げる。
それにつられた全員が窓から身を乗り出して下を見下ろすと、王国軍が撤退していくのが見えた。
何かが起きている。
ジョウイの命令だろうか。
「……何をしている」
不意に背後から聞こえてきた声に、全員が身構えて振り返った。
しかしそこにいたのは敵ではなく、部隊を引き連れたシュウだった。
シーナが胸を撫で下ろす。
「ああ、なんだアンタか。驚かせるなよ」
「お前達が勝手に驚いたのだろう。ところで、ノエル殿とナナミはどうした?」
「二人だけで行くって言って、まだ戻らないんだ。行ってみたほうがいいかな?」
シーナの返事にシュウは顔色を変えると、足早に上に向かっていった。
僕達もそのあとについていく。
階段を駆け上った通路の奥に、ノエルの背中が見えた。
赤いチュニックと黄色いスカーフは、うずくまったまま微動だにしない。
まさか―――。
「ノエル!」
シーナが駆け寄る。
ノエルの背中に手を置いて覗き込み、そして。
「……ナナミ!!!」
ノエルはただ呆然と、血に塗れたナナミの身体を抱き締めていた。
*
ナナミが死んだ。
あの光景を目にした僕達は、咄嗟にジョウイの仕業なのだと思った。
問い詰めた僕らに、しかしノエルはゆるゆると首を左右に振った。
ナナミの負った傷は弓矢によるものだった。
少し離れたところにはゴルドーの死体もあった。
それで僕達は状況を理解した。
医務室から出てきたホウアンに、皆はよってたかって詰め寄った。
「なんでだよ!!! あんた、医者だろう?!!!」
フリックが叫ぶ。
ビクトールがそれをなだめる。
フリックは三年前のことを思い出しているのだろう。
アイリが壁際で拳を握り締めて立ち尽くしている。
彼女はノエルのことが好きらしいから、心配なのだろう。
僕は離れたところから、ただ黙ってその光景を見ていた。
戦争で人が死ぬのは止むを得ないことだ。
身内を亡くしたのは、ノエルだけじゃない。
三年前、解放軍のリーダーだった少年は自分の父親を殺した。
親友をなくし、育ててくれた人を失い、帰る場所をも失った。
人々の平和と引き換えに、彼は彼自身が当たり前だと思っていたささやかな幸せを全て失った。
残されたのは紋章の強大な力と、老いることのない呪われた肉体。
そうして彼は、英雄になった。
ノエルは涙を流していない。
青白い顔には、なんの表情も浮かんでいない。
泣き声と怒声の飛び交う中、彼はゆっくりと倒れた。
「まいったよなぁ……」
シーナは僕のベッドに座り、頭を抱えていた。
窓の外には満月。
僕はただそれを見上げていた。
綺麗だった。
「大丈夫なのかな、あいつ……」
「……大丈夫にしてもらうしかないだろう」
僕の答えはロックアックスで言ったのと変わらない。
大丈夫にしてもらうしかないのだ。
それに彼が倒れた原因は精神的なものだけではないと、僕には分かっていた。
二つに分けられてしまった『始まりの紋章』は、確実にノエルの命を犯し始めている。
多分、誰もそのことに気づいてはいないだろうけれど。
「もしもノエルが立ち直れなかったら、縄で縛ってでも馬に括りつけておくしかないね。大将がいないなんて敵に知られでもしたら、こんな弱小軍、あっという間に負けるよ」
「……そういう話をしてるんじゃないだろう? あいつ自身のことだよ」
普段はちゃらんぽらんなシーナだけれど、さすがに滅入っているんだろう。
いつもと調子が違っている。
僕はそんな彼に少しがっかりしていた。
「そんなもの、ノエルが自分でなんとかするしかないだろ。僕らにどうこう出来る話じゃない」
「……冷たいんだな」
「よく言われるね」
飽きるほど言われた言葉だ。
冷たいとか優しいとか、どういう基準で分けてるのか知らない。
本当のことを言うのが冷たいのなら、冷たいと思われてても全然構わなかった。
「けど、ジョウイまでがあんな調子だからね。ノエルが使えなくても勝てるかもしれない。甘いよ、彼は」
「だから……そんなことどうでもいいんだって言ってるだろっ!」
シーナが声を荒らげたので、僕は彼を見た。
どうして僕に怒るんだろう。
ただの八つ当りだね、それは。
「……じゃあ、なに? 可哀想に、とでも言えば気が済むわけ? それでナナミが生き返るの? ノエルが立ち直るの?」
「……」
「言っておくけどね、『真の紋章』を宿すってのは、そういうことなんだよ。力を手にするかわりに、全てを失うんだ。君だってカイトを知ってるじゃないか」
シーナは黙り込んだ。
これでは、どちらが八つ当りしているんだか分からない。
気分が悪い。
沈黙が流れる。
「……お前も……」
シーナが酷く小さな声で呟く。
「お前も……何かを失うのか……?」
その問いに、僕はなんだか可笑しくなって少しだけ笑った。
「さぁね。けど、僕は失って困るものなんて無いし。そんなもの始めから作らないからね」
喋りながら、初めて紋章を使った時のことを思い出した。
怖かった。
こんなにも大きな力を得てしまっていいのだろうかと思った。
けれど、同時にその力に魅了されたのも事実だった。
呪文を唱えるだけで、立ち塞がる障害が全て綺麗に吹き飛ぶ。
目の前の視界が広がる。
気分が良かった。
不老不死の宿命なんて、その力に比べればどうでもいいことに思えた。
「結局は気持ちの問題だろ。失くしたと思えば失くしたんだろうし、そう思わなければいいだけの話だね」
多分、シーナは僕のことを見ている。
視線を感じる。
でも僕はシーナの顔を見ていなかったから、どんな顔をしているのか確かめる術はなかった。
どうせ憐れんでいるんだろう、僕のことを。
「そんなんで……寂しくないのか?」
……やっぱりね。
そうくると思ったよ。
なんだか大声で笑いたくなったけど、笑ったらまた怒るだろうと思って我慢した。
寂しいってなんなんだろう?
僕には分からない。
けど、みんな簡単に「寂しい」って言う。
そんなに容易く寂しさを感じられるほど、みんなは満たされたことがあるんだろうか。
僕には、無い。
多分、誰もそうだと思う。
それなのにそんなことを言うのは、僕からしてみれば単なる弱虫だ。
構われたいの?
慰められたいの?
冗談じゃない。
自分のことは自分でしてくれ。
人の面倒見るほど自分が出来た人間だとも思ってないし、そんな物好きでもない。
普段は人の不幸で自分の幸せを測るくせに、本当に都合がいいんだ。
僕が答えなかったからか、シーナは立ち上がりすっと僕に近づいてきた。
窓から、生暖かい夜風が吹き込む。
「もし……もしも、俺が……」
それきりシーナは口を噤んだ。
月明かりがシーナの顔を照らす。
そんな真面目な顔、あんたには似合わないよ。
どうかしてる。
「……なんでもない」
それだけ言って、シーナは部屋を出て行った。
シーナは、自分ががルックに何を聞こうとしたのか分かっていた。
俺が死んだら、お前―――どうする?
やっぱりお前は今みたいに平静なのか?
仕方ないね、って言うのか?
多分、そうなんだろう。
ルックはたとえ自分が命を落とすことになっても、そう言うに違いない。
ルックが自分を好きじゃない、ということも分かっていた。
本気で嫌われてるとも思っていないけど、好かれているとも思わない。
いいほうに考えれば、それは気が楽なことでもあった。
思い詰められたりするのは重い。
自分がそうなるのも嫌だ。
だから今の関係に不満なんてなかった。
怒るにしろ嫌がられるにしろ、そんなマイナスの感情であっても、ルックが感情を向けてくれるのが楽しかったから。
無表情だなんて言われてるけど、ずっと一緒にいるとそんなことないのが分かる。
ルックは怒ったふりをしながら、言いたい放題言うのを楽しんでるところがある。
彼がそれを楽しいと思っているなら、暴言を吐かれる相手になりたかった。
なんだか被虐的な考えではあるけれど。
それでも―――。
ルックが死んだら、自分は絶対に泣くだろう。
命の重さに違いなんてないけれど、それでも今は一番失いたくない人間だった。
そしてきっと、自分ほど悲しむ人間はいない。
だから尋ねたかった。
お前は涙の一粒も流してくれないのか? と。
でも、そんなの単なる我侭なんだろう。
失いたくないものなんて、無いほうが幸せなのかもしれない。
好きな相手に「悲しんでほしい」なんて思うの、間違ってるのかもしれない。
でも俺が想う程度には、俺のことも想ってほしい……なんて考えてしまう。
もしも自分がルックと同じ『真の紋章』の継承者だったら、少しは違ったのだろうか。
ルックの気持ちも、もっと理解出来たのだろうか。
でも俺が『真の紋章』を宿せないのは、俺のせいじゃないのにな……。
ルックの冷たい態度と言葉がいつまでも頭の中を回って、シーナの胸を痛め続けた。
結局、ノエルは一日休んだだけで戦線に復帰した。
皆の前に出てきた彼は、「もう大丈夫」と笑顔さえ見せた。
普段頼りない彼だったから、僕は少しだけノエルを見直した。
ハイランド侵攻は近く、僕達はその準備に追われた。
僕もシーナもルルノイエ潜入の最終パーティのメンバーに考えられているらしく、ノエルは偵察を兼ねたレベル上げのために連日僕達を誘った。
あちこちの街に立ち寄り、装備を揃えながらモンスターと戦う。
ノエルの必死な姿は、悲しみを無理に忘れようとしているように見えた。
「……我々も、頑張らなければいけませんね」
同じように思っていたのだろう、一緒に来ていたカミューがノエルの後姿を見ながら呟く。
紋章を起動するノエルの姿は、怖いぐらいだった。
少し寒さを感じて目が覚めた。
布団の上に投げ出された腕に、冷たい風を感じる。
部屋の中はまだ暗い。
首を捻って窓辺を見ると、カーテンが揺れていた。
(……閉め忘れたのか)
この数日、僕は必ず妙な時間に目が覚めた。
身体は疲れているはずなのに、一度目覚めてしまったらもう眠れない。
僕はベッドから降りた。
足の裏に、床が冷たかった。
見上げた月は既に痩せ始めていた。
どうしたのだろう。
柄にもなく気が張っているのだろうか。
嫌な予感はすでに現実となってしまったはずなのに。
ナナミのことで終わったはずなのに。
それなのに、何故か心が騒ぐ。
ふと、この間シーナに言われた言葉を思い出した。
寂しくないのか―――。
もしかすると、これが寂しいという気持ちなんだろうか。
けど、たとえそうだとしても、寂しいと感じる理由が分からない。
僕はふらりと部屋を出た。
音を立てないよう、部屋のドアを開ける。
廊下を歩いてくる間に暗さにはだいぶ目が慣れていたから、僕はそのままベッドに近づいていった。
規則的な寝息が聞こえる。
ベッドの端に近づき、顔を覗き込んだ。
よく眠っていた。
起こすつもりはなかったから、布団を捲りそうっと隣りに潜り込んだ。
暖かい。
僕の冷たい足が、その温かい足に触れてしまった。
「ん……」
しまった。
起こしたかな。
起きられると面倒なんだけど。
彼は寝返りを打って暫くもぞもぞした後、うっすらと目を開けた。
「ん……ん……んぁ……?」
僕を認識した途端、がばっと起き上がる。
布団が捲られて体が剥き出しになる。
寒かったから、僕はそれを引っ張り返した。
「ル、ルック……?! なにしてんだ、お前?!」
「しっ。大きな声出さないでよ、シーナっ」
僕が諌めると、シーナはちょっとだけ身を縮ませる。
「だってお前、なんで……」
「うるさいな。寝に来ただけだよ。いいだろう、別に」
「寝に来た、って……」
シーナが驚くのも無理は無い。
僕のほうからシーナのところに来るなんて、初めてのことなんだから。
それにこの数日、シーナはあまり僕に構ってこなかった。
―――だから?
思ってから、自分の考えに自分で可笑しくなった。
そんなはずない。
だいたい、構ってこなかったことに気づいたのだって、たった今のことだ。
ただ、ここでなら眠れるような気がしたから。
それだけだった。
「ルック……大丈夫か?」
「なにが?」
「いや……いいんだけど……」
シーナは横になると、僕の肩に布団を掛け直した。
キスぐらいされても仕方ないかと諦めていたけど、シーナは「おやすみ」と呟いただけだった。
そして反対側を向いた僕を、背中から緩く抱き締めた。
その夜、僕はもう目覚めなかった。
翌日もまたノエル達と出かけた。
シーナは昨夜のことなんて忘れたみたいに、普段と変わりなかった。
こういう深読みしないところは、本当に助かる。
いや、しているけど言わないだけなのかもしれないけれど。
「あ〜〜〜、疲れた〜〜〜〜〜」
シーナがぼやく。
だらだらと、なんだかやる気がなさそうだ。
こんなんでノエルのことを本気で心配していたのか疑う。
「ぶつぶつと煩いなぁ。文句ばっかり言うんじゃないよ」
「だってよ〜……ああ、もう少しゆっくり歩いてくんないかなぁ〜」
「なに言ってるんだよ。置いていくからね」
僕もそんなにやる気があるってわけじゃなかったから、気づいた時にはノエル達から少し離れてしまった。
かと言って、シーナを待ってやるつもりもなかったから僕は少し足を速めた。
「あっ、ちょっと待てよ、ルックー」
僕は振り返らない。
シーナの声が遠ざかる。
「……ルック、ルック! これ、あげる!」
しつこく呼ぶから、僕は足を止めないまま振り返った。
シーナは道端で摘んだらしい、白い花を持って駆け寄ってくる。
「……バカじゃないの?」
無視して歩き続ける。
後ろの方でがさりと音がした。
「なぁんでだよ。ほら、これ……」
続けて、ヒュンという音。
……なに?
「ルック!」
「え?」
足を止める。
振り返った途端、シーナが僕を抱き締めた。
苦しい。
僕を包んだ体が、一度だけびくりと跳ねた。
「……シーナ?」
シーナはゆっくりと身体を離した。
笑っている。
「大丈夫……」
呟く唇の端から、何かが零れて伝った。
赤くて細い、糸のようなもの。
「……シーナ?」
ずるり、とシーナの身体が崩折れる。
僕の身体を撫でるように、ゆっくりと地面に落ちた。
見下ろすと、緑の法衣に赤黒い染みが付いている。
そして、その染みの先に……。
「……シーナ?」
僕は地面に跪く。
身体が震える。
シーナの手に握られている白い花が、赤い斑模様の花になって潰れていた。
背中に突き刺さったままの矢と、じわじわと広がってゆく不吉な色。
頭の中がかぁっと熱くなった。
瞬間、突風が生まれ、それは鋭い刃となって物音がした草むらの方目掛けて飛んでいった。
バリバリと木々が薙ぎ倒される。
手応えは無い。
誰だったんだ?
王国軍のやつか?
ああ、もう誰でもいい。
そんなことどうでもいいんだ。
「……シーナ」
どうすればいいんだろう。
特効薬……治癒の魔法を使ったほうがいいか。
えっと、どうやるんだっけ。
僕はなにをしているんだろう。
こんなことをしてたら手遅れになる。
シーナ、ちょっと待って。
あんまり血流さないでよ。
今、なんとかするから。
おい、シーナ。
なんとか言えよ。
さっき、なにか言いかけてたじゃないか。
「……ルック?! どうしたの?!」
ああ、ノエル。
なんか変なんだ、シーナが。
ちょっと手伝ってくれないかな。
ほら、シーナ。
しっかりしろよ……。
その後のことは、よく覚えていなかった。
いや、覚えてはいたんだけれど、なにか現実とは違う、別の世界の出来事みたいに感じていた。
ノエルが魔法を使って、とりあえずシーナの出血を止めた。
それから瞬きの手鏡を使って城に戻ってきたんだと思う。
城内はまた慌しくなった。
バタバタと走り回る人達。
薬草だの包帯だのお湯だのが医務室に運び込まれてゆく。
誰かが「今度はシーナか」と言った。
今度は、ってどういう意味だろう?
「ごめん、僕が離れてたばっかりに……」
ノエルは泣きそうな顔で謝った。
別に君が謝るようなことじゃないだろうに。
勝手にはぐれて歩いていたのはシーナの方なんだから。
それに彼が庇ったのは多分、……僕だ。
これでまた恩に着せられるんだろうな。
「キスで許してやる」とか言われそうだ。
余計なことばっかりして……ほんとに馬鹿なんだから。
シーナは目を覚まさない。
刺さりどころが悪い、とホウアンが言った。
矢には毒が仕込まれていたらしい。
出血も多かった。
すぐに処置をしなかったせいだろうか。
僕の―――所為?
シーナは目を覚まさない。
僕はその夜、眠らなかった。
三日が過ぎた。
ノエルが僕をメンバーに誘った。
「ルック……大丈夫?」
「なにが?」
「ううん……」
どうしてそんなことを聞くんだろう。
確かにずっと眠っていないけれど、別にどうってことはない。
心配されるようなことは何も思い当たらない。
「シーナ……絶対に大丈夫だよ」
誰に言ってるの?
僕にはノエルが自分に言い聞かせているようにしか聞こえなかった。
大丈夫……大丈夫じゃない、って例えばどういうこと?
死ぬ、とか?
―――まさか。
そんなこと有り得ない。
有り得るはずがない。
あいつは殺したって死なないようなやつだよ。
しぶといからね。
フィールドに出ると、早速モンスター達が襲いかかってきた。
「行くぜっ!!」
フリックが切りつける。
モンスターが千切れ飛ぶ。
黒い液体が流れる。
「うぉぉぉっ!!!」
ビクトールが飛び出す。
力任せに切り刻む。
「くっ!!!」
ノエルがトンファーで殴りつける。
ぐちゃり、と歪む異形のもの。
異臭。
いつもの光景。
何度も、何度でも、殺す。
目の前が―――赤く染まる。
「……風の精霊よ……」
「ルック?!」
「……我に応えよ。鋭い刃となり、我が敵を切り裂け!!!」
「ルック!!!」
指示されてもいないのに、僕は呪文を唱えた。
嵐が起きる。
草と土を巻き上げ、轟音が轟く。
モンスター達は、跡形もなかった。
ああ―――あれは、ルックだ。
遠目で見ると、ますます小さいなぁ。
すげぇ、可愛い。
あれ?
ルック、泣いてるのか?
どうしたんだよ、お前が泣くなんて。
泣いても可愛いけどさ……いや、そうじゃなくて。
そうだな。
俺、一度お前が泣くところ見てみたかったんだよな。
多分、そんなの見られるわけないって分かってたから、
だから俺が死んだ時はせめて……なんて思ったのかもしれない。
でも……やっぱり嫌だな。
お前が泣いてるのなんて、見たくないや。
なぁ、泣かないでくれよ。
俺じゃ泣き止ませることなんて出来ないか?
俺な、やっぱりお前のことが好きだよ。
なんでか分からないけど、すげぇ好きだ。
でもさ、そんなこと真面目に言えなかったんだよ。
だって俺はお前を置いていくんだぜ?
お前を救ってやることなんて出来ないんだ。
それなら、せめて少しでも忘れさせてやりたかった。
別の感情が心を占めれば、少しぐらいは忘れられるかと思って。
だから、怒ってていいんだ。
俺のこと嫌いでもいいよ。
なんにも考えなくていいからさ、俺のためになんて、絶対に泣くなよな……。
ノエルが僕をメンバーから外すと言ってきた。
理由を尋ねる気はなかった。
別にどちらでもいい。
かえって楽でいいぐらいだ。
「少し休んだほうがいいよ。ルルノイエに行く時は、一緒に来てほしいし……」
何故、僕が心配されているのか。
ノエルだけじゃない。
フリックやビクトールも、妙な表情を浮かべて僕を見ているだけだった。
暇になったから、僕は城の裏にある森へ行った。
時々来ていた場所だ。
湖の見える芝の上に座る。
陽射しが温かい。
今日はいい天気だ。
ノエル達は今日も青空の下で殺し合いをしているんだろう。
なんだか可笑しくなって、僕は一人で笑った。
ふと、足元に小鳥が舞い降りた。
僕はその薄く黄色い鳥を捕まえた。
小鳥は僕の手の中でもがく。
このまま力を込めたら、すぐに死んでしまうんだろうな。
僕は少しずつ手を握り締めていった。
チチチ、と鳴き声がして、見ると何時の間にか足元にもう一羽の鳥がいた。
色も形も似ている。
こいつの仲間かな。
バタバタと羽を羽ばたかせている。
ああ、こいつを助けたくて、僕の気を引いてるのかな?
へぇ、感心だね。
健気なことだ。
ここで僕がこいつを逃がしても、こいつは先に死んじゃうかもしれないのにね。
それでも助けたいの?
一緒にいたいの?
それは―――幸せなことなの?
僕は、ぱっと手を開いた。
手の中の小鳥は、空に羽ばたいていく。
足元にいた小鳥も、その後を追った。
ねぇ、みんな何にそんなに執着しているの?
すぐに壊れてしまうようなものを、どうして大切に思えるの?
いくらでも嘘をつける言葉を、どうしてそんなに信じられるの?
失くすことは―――怖くないの?
「おい」
ハッとして振り向くと、すぐ後ろにビクトールが立っていた。
「お前、ちょっと来い」
ぐいと腕を強く引っ張られる。
「い…ったいな! 離せよ!」
「うるせぇ! 勝手に一人で壊れやがって!! いいから、来い!!」
「なんだよ!」
僕なんかが抵抗しても無駄だ。
ビクトールは僕を引き摺るように歩き出す。
連れて行かれる先は分かっていた。
予想通り、ビクトールは僕を医務室の前まで連れてきた。
閉ざされた扉。
この向こうには……。
「……今ならホウアンもトウタもいないから、安心しろ」
「なにが……」
「いいか。お前がどうしようがどうなろうがお前の勝手だし、俺にとってはどうでもいいことだ。
けどな、お前が思ってるほど人間は簡単じゃねぇ。本当はお前だって分かってんだろ?」
「……」
「会ってこい。そして、確かめろ」
ビクトールは僕の肩を叩くと、去っていった。
ゆっくりと扉を開く。
カーテンの向こう。
僕はそれを捲り、ベッドの側に立った。
ベッドにはシーナが眠っていた。
額に汗を滲ませて、苦しそうな息遣いをして。
いつものシーナとは別人みたいに見えた。
本当はね、どっちでも良かったんだ。
君が僕を本気で好きだろうと、そうじゃなかろうと。
だって君は僕を置いていくだろう?
だからどうでも良かったんだ。
分かってるよ。
失いたくないものは作ろうとして出来るんじゃないってこと。
誰だって「先のことなんて分からない」って分かってるんだってこと。
それでも大切なものを失いたくないから、みんな何かを信じてる。
それはみっともないことかもしれないけど、精一杯の出来ることで。
みんな不安で、みんな寂しくて。
いつだって、本当は置いていかれたくなかった。
行かないでって叫びたかった。
通り過ぎてゆく人達の背中を引き止めたかった。
けど、言えば困るだけだと解っていることを口に出来るはずもなくて。
諦めることばかり上手くなって。
シーナの胸に耳を押しつける。
鼓動が聞こえる。
確かに、ここに生きているという証。
―――シーナ。
これから先もずっと、僕は君に好きだなんて言わないと思う。
そんなことが言えるほど僕は強くないから。
でも君なら、それでもいいって言ってくれるんじゃないかと思った。
僕を騙して、僕の側に居座り続けてくれるんじゃないかと思った。
そして僕は、それを望んでいた。
どうしてそんな風に思うのか解らない。
分からないけど、人の気持ちなんてそんなものだろう?
間違いも正しさも。
嘘も真実も。
それは然程変わりはなくて。
だから、もう少し。
もう少しだけ。
僕はシーナにくちづけた。
乾いた、熱い唇。
ゆっくりと顔を上げると、シーナの僅かに開いた瞳があった。
「……シーナ」
「……へへっ……なんか……眠り姫みたいだな……」
シーナは早速、軽口を叩く。
少し痩せた頬に、笑みを浮かべてみせる。
「ルックの……夢、見てた……」
「……なんだよ、それ……」
「ルックがさ……泣いてるんだ……。
俺が、何言っても……ぜんぜん泣き止んでくれなくて……俺……すげえ嫌で……それで……」
「……それで……?」
「こうやってさ……」
シーナは弱々しく腕を伸ばして、僕を引き寄せた。
僕はされるがままにシーナに寄り添い、跪いた。
「こうやったら……泣き止んでくれた……」
まだ熱の高い身体は、ひどく熱くて。
間近に見るシーナの顔から、僕は目を逸らした。
「僕が……泣くわけないだろ……」
「はは……そうだよなぁ……」
掠れた声。
ずっとずっと耳元で聞いていたっけ。
何度も何度も「好きだ」って言われたっけ。
馬鹿みたいに繰り返して。
僕が忘れられなくなるぐらい。
本気にしてしまうぐらいに。
「あれ……?」
シーナのもう片方の腕が伸びてきて、僕の頬に触れた。
「夢とは反対だ……泣かせちゃったかな……」
拭われて初めて、自分が泣いていたことに気づく。
なんだよ、これ。
なんで泣かなくちゃいけないんだよ。
冗談じゃないよ。
「………っ……」
意に反して涙は次々に溢れる。
僕はシーナの身体にしがみついた。
シーナはただずっと、僕の髪を撫でていた。
人は簡単には変われない。
でも、それでもいいでしょう?
それでも好きでいてくれるでしょう?
何度も何度も繰り返してよ。
僕が好きだって言って。
僕の側にいるって言って。
簡単でも、本気じゃなくてもいいから。
明日の約束なんて、してくれなくていいから。
そうしたら僕は、いつも通り「馬鹿だね」って言うよ。
君はいつも通り、「それでも好きだ」って言って。
子供の遊びみたいな愛の言葉を、キラキラした宝物みたいな愛の言葉を、軽く笑いながら口にして。
当たり前のことみたいに囁いて。
そうして優しい嘘に身を委ね、穏やかな眠りにつく。
そんな時が来るのを僕は待っているのかもしれない。
失したくないものは一つだけでいいから。
ただ笑って。
ずっと側にいて。
- end -
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