夏陰草
蝉の声。
ギラギラと照り付ける太陽。
私は眩暈に耐えながら、やっとの思いで足を運んでいた。
「あれ、中禅寺……」
木陰へ入っていくと、そこには級友の姿があった。
この暑い中で、よく本など読めると思う。
彼は教室でも寮の部屋でも、いつでも本を読んでいるのだ。
「ず……るいじゃないか、君………」
息も切れ切れに言う私を見向きもしない。
私は彼の隣りに腰を下ろした。
今日は草刈り当番の日なのだ。
他の級友達は皆熱心に草むしりに励んでいる。
すっかり生い茂ってしまった夏草は、刈っても刈ってもきりが無いように思えた。
全く体力の無い私は、案の定暑さで気分が悪くなってしまった。
先生に許可を貰い木陰で少し休もうとしたところだったのだ。
「暑い……」
蝉の声。
煩いはずなのに、何故か“静かだ”と思う。
級友達から遠ざかったせいだろうか。
それとも、風が無いせいだろうか。
私は額から止めど無く流れる汗を拭った。
シャツが肌にべったりと貼り付いている。
纏わりつく、粘り気のある熱気。
中禅寺がポケットからハンカチを取り出して、私に差し出した。
「まったく……君はハンカチぐらい持っていないのかい」
「あ……ありがとう……」
私はそれを受け取った。
綺麗に畳まれたハンカチ。
几帳面な彼らしい。
「ちゃんと洗濯して返すよ」
「いや、いい。それは君にやるよ」
「そ、そうかい……」
やっぱり、静かだ―――――。
漸く汗が引いてきた。
私は、青々とした樹々を見上げる。
「君も僕のように草刈りなどさぼれば良かったんだ。どうせそうやって迷惑をかけるんだからね」
「……ひどいな」
「ひどくなんかないさ。本当のことだろう。具合が悪いのかい?」
「ああ。でも、だいぶ良くなったよ」
「横になったらどうだ」
私は中禅寺に言われる侭、地面に横になった。
鼻先に草と太陽の匂いがする。
私は眠気を覚え、まどろみに落ちていった。
目が覚めると中禅寺の姿が見えない。
慌てて起き上がったが、それはただ単に彼が座る場所を移動しただけのことだった。
さっきとは反対側の、私の背中の方に座っている。
そして、眠る前と同じように矢張り本を読んでいた。
「起きたのかい」
「うん……どれぐらい眠ったのかな」
「随分と寝ていたね。草刈りも終わったようだし、僕は寮に戻るよ」
「あ……僕も一緒に行くよ」
私達は立ち上がった。
その時、私は気づいたのだ。
中禅寺は陽が傾くのに合わせて、座る場所を移動したのだと。
さっきまで完全に木陰だった場所は、半分ほど陽に照らされている。
彼は私が日陰になるように配慮してくれていたのだった。
私は改めて彼を見る。
随分と汗を掻いたらしい。
さっきまでの私のように、シャツが汗で貼り付いていた。
「……なにをぼうっとしているんだ」
訝しげに私を睨み付ける。
例え礼を言ったとしても、彼はそのことを認めないだろう。
中禅寺とはそういう男だ。
「……いや………なんでもないよ」
彼の優しさが、胸に痛かった。
蝉の声。
夏草と太陽の匂い。
蒸した熱を運ぶ風。
今年もまた、君と過ごす夏が来るのだろう。
- end -
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