優しさの報酬


先週、風邪を引いた。
高熱と咳が続き、食事もほとんど喉を通らず、私はただひたすら床に伏していた。
何か悪い病気ではないかと周囲は疑ったようだが、幸い五日程で回復に向かった。
その間、同室の中禅寺には大変世話を掛けてしまった。
額を濡れた手拭いで冷やしてくれたり、白湯や粥を運んでくれたり、 果ては欠席した授業分の細かい解説付きノートまで作っておいてくれたのだ。
勿論、君は自己管理が出来ていないだの、どうして僕がこんなことをだの、散々悪態を吐かれはしたが、 それすら甘んじて受けるべきだと思うほどに、彼は完璧な看病をしてくれた。
思えば私は健康なときであっても、彼に迷惑ばかり掛けている。
たまには礼のひとつでもすべきなのではと思い立ったのは、すっかり元気を取り戻してから三日が過ぎた頃だった。

「……ねぇ、中禅寺」
私は机に向かって課題をやっている彼に話しかけた。
今日一日、この提案をいつ切り出そうかとそればかり考えていたのだが、なかなか出来ないまま夜になってしまったのだ。
「なんだい」
彼は億劫なのか、こちらを見もしない。
私は少し怯んだが、それでも続けた。
「あの……この間は本当にありがとう」
「この間?」
「僕が風邪を引いていたときのことだよ」
「ああ」
彼はもう思い出したくも無いとばかりに、嫌そうな声を出した。
「なんだい、今頃。そのことならもういいよ」
「う、うん。それでね、君に何かお礼がしたいと思って……」
「お礼、だって?」
中禅寺は頓狂な声を上げると、漸く手を止めてこちらを振り返ってくれた。
しかしその表情は、相変わらず不機嫌なものだった。
「どういう風の吹き回しだい? まだ熱にうかされているわけではあるまいね?」
「違うよ。ほら、いつも君には迷惑ばかり掛けているから……」
ふうん、と中禅寺は興味なさげに答える。
何も期待していない、といった顔つきだ。
「なら聞くが、たとえばどんなお礼を考えてくれているんだい?」
そう言われて、私はたじろいだ。
実のところ、それが一番の問題だったからだ。
いったいどんなことであれば彼が喜んでくれるのか、私にはちっとも分からなかった。
「もしも欲しい本があるなら、僕が買ってくるよ」
辛うじて思いついたのがこの程度のこととは、我ながら情けない。
案の定、中禅寺は小馬鹿にしたような笑みを浮かべて私を見ていた。
「なるほどね。本なら幾らでも欲しいが……しかし君にそんな金銭的な余裕があるのかい?」
「う……」
私は返す言葉を失った。
確かに彼の言う通りだ。
しかしここで挫けるわけにはいかない。
「じゃあ、今月一杯は君の分の課題も僕がやるよ」
思いつきにしては良い提案ではないかと思ったのだが、彼は眉根を寄せて眉間の皺を深くした。
「そんなことをしたら、僕の成績が落ちるだけじゃないか」
「あ、そうか……」
浅慮だった。
矢張り私には、彼に対して出来ることなど何も無いのだろうか。
すっかり落ち込んでしまった私に、中禅寺は盛大な溜息を吐いた。
「そうだな……。お礼はいらないが、仕返しをさせてもらうというのはどうだい?」
「仕返し?!」
不穏な言葉に、私は思わず大声を上げてしまった。
中禅寺がにやりと笑う。
「ああ、仕返しさ。君が病に伏せっている間、僕は随分と心配させられたんだ。 君の心配など、したくもないというのに」
「……」
心配を掛けたことは確かに申し訳なかったと思う。
しかしだからと言って仕返しをされるというのは、どうにも納得がいかなかった。
私が返答に困っていると、彼は机の上のノートを閉じ、やおら私に近づいてきた。
「な、何をする気なんだい」
すっかり怯えている私を前にして、中禅寺は何処か楽しげですらあった。
「いいから、君は課題を続けたまえ」
「君は」
「僕はもう終わった」
そんなことを言われても。
とりあえず私は鉛筆を持ち、机の方に向き直った。
中禅寺はすぐ後ろに座っている。
何をされるのか気になって、課題どころではない。
私がそのまま硬直していると、突然彼が後ろから私を抱き締めてきた。
「……なっ!」
一気に顔が紅潮する。
彼と肌を合わせるのは初めてではないが、一方的な状況が私をうろたえさせた。
「ちょっ、君は何を……」
「だから、仕返しさ」
耳元で囁かれた低い声に、ぞくりと背中が粟立つ。
思わず首を竦めた私の耳朶に、彼の唇が触れた。
「や、やめ……」
「君が言い出したことだぜ」
「そんな……」
私は礼がしたいと言ったのであって、こんなことがしたいとは一言も言っていない。
そうするうちに私を抱き締めていた腕が緩み、代わりに掌が胸の辺りを滑りだした。
シャツ越しに彼の指先が突起を見つけ、それを弄ぶ。
「あっ……は……」
私は鉛筆を握り締めたまま、ぎゅっと目を閉じた。
声を出せば、隣りの部屋に聞こえてしまうかもしれない。
唇を噛み、ともすれば漏れそうな声を必死で堪える。
しかし彼の手は容赦なく私の身体を煽ってきた。
「……ぁ……中、禅寺……」
乳首を擦られ、時折強く摘ままれる。
彼の唇が私の耳朶から首筋を辿り、舌先は皮膚を這っていく。
これだけでこんなにも感じてしまうのは、彼に触れられるのが久し振りである所為だ。
既に呼吸は速まり、下肢には甘い痺れが広がっていた。
どうしてこんなことになったのだろう。
おぼろげに与えられる刺激がもどかしくて、かえって私は高まっていく。
「も……もう、厭だよ……中禅寺……」
私は前かがみになり、ほとんど机に突っ伏しながら、泣き声で訴えた。
「胸だけで、そんなに気持ちがいいのかい?」
「だ、だって……」
恥ずかしさで、おかしくなりそうだ。
中禅寺は微かに笑いながら、片方の手を私の両脚の間に潜り込ませた。
「あぁっ……!」
彼はすっかり昂ぶっているそこを布地ごと握り、扱き出した。
私は乱れた息を吐き出しながら、机に額を押し付ける。
開いたままのノートが、くしゃりと音を立てた。
首筋に感じる彼の唇、背中に感じる彼の体温、胸を弄る彼の指先、そして―――。
彼に与えられた全ての刺激に対して、私は早くも限界を超えてしまった。
「あっ、あっ、も……―――ッ!!」
びくん、と身体が大きく波打つ。
あろうことか、私は着衣のまま吐精してしまっていた。
下着の中でぐちゃりと広がる、気持ちの悪い湿り気。
しかしその時の私には、達した快感の方がずっと大きかったのだ。
気づくと、握ったままの鉛筆の芯はぽきりと折れていた。
「あ……あぁ……」
「出してしまったのかい? 困った奴だな」
わざとに違いないのに、なんと白々しいことだろう。
「……酷いよ、中禅寺……」
「酷くなければ仕返しにならないじゃないか」
そう言って、彼は私のズボンに手を掛けた。
抵抗する気力をすっかり失っていた私は、されるがままに下肢を曝け出す。
吐き出したばかりのものが零れ、畳を汚した。
「さっきの姿勢でいいよ」
私は再び机に突っ伏し、みっともなく尻を突き出した。
そこは既に彼を待ちわびて、ひくついていたのだから目も当てられない。
彼は私の腰を抱えこむと、ゆっくりと進入を開始した。
「……あ……あぁっ……」
彼のものが私の内部を抉っていく。
貫かれる快感に震えながら、私は溜息のような声を出した。
苦しいのだけれど、矢張り満たされていく。
やがて最奥まで達すると、彼は私の背中に覆い被さり、腰を揺らし始めた。
「は……ッ! あっ! ん、ぁ……っ!」
堪えるのは、もう無理だった。
突かれる度に、どうしても声が漏れてしまう。
すると彼の細い指が私の口内に入り込んできて、私はそれを夢中でしゃぶった。
くぐもった私の声と、繋がった部分から漏れる卑猥な水音。
唇の端から溢れる唾液。
擦れ合う熱。
ああ、本当にどうしてこんなことになったのだろう。
私はただ、中禅寺にお礼がしたかっただけなのに。
「そろそろ……出すよ」
中禅寺は耳元で囁き、動きを速めた。
そして一際強く私を突いた後、ぶるりと大きく体を震わせた。
彼が出て行った後、私の足を彼の放った精が伝っていった。

「……本当に酷いよ、中禅寺」
私がもう一度言うと、彼は矢張り同じことを返してきた。
「だからさっきも言ったろう。酷くなきゃ仕返しにならない」
「だからって」
「これに懲りたなら、もう風邪など引かぬことだね」
無茶を言う。
私とて引きたくて引いたわけではないのだ。
「……君が風邪を引いたとき、どうなるか覚えていろよ」
精一杯睨みをきかせる私に、中禅寺は言った。
「今からお礼を考えておくとするか」
私は頭を抱え、彼は声を上げて笑った。

- end -

2006.05.22


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