TOXIC


恐らくは今朝の出来事が全ての原因なのだ。

三日続いた雨も漸く止んで、久し振りに迎えた晴れ晴れとした朝。
音を立ててカァテンを勢いよく引けば、窓一面に広がった青空と真っ白い光が部屋一杯に降り注ぐ。
その眩さに目を細めながら大きく窓を開けると、一気に流れ込んできた清々しい風が澱んだ空気を一掃していった。
「伊織! 朝ですよ、起きてください!」
しかしそんな爽やかな朝に似つかわしくない怒声を、京一郎はベッドに向けて飛ばす。
毎朝繰り返される儀式だ、この程度で千家が目を覚ますはずなどないこともよく知っている。
だから京一郎はずかずかとベッドに近づくと、彼が被っている布団を無遠慮に剥ぎ取った。
「伊織! 起きてください、伊織!」
ぴくりとも動かない裸の肩を掴み、乱暴に揺さぶる。
触れた肌に僅かな温もりはあれど、そこに横たわる彫像のように整った顔には全く生気が見えず、一瞬だけ心臓が跳ねた。
そんな馬鹿げた不安を打ち消すよう耳元で何度も何度も名を呼べば、ようやくその表情が変化する。
不快そうに眉根が寄ったことにより眉間には皺が刻まれ、緩く開いた唇からは微かな呻き声が漏れた。
「ん……」
「起きましたか? 起きましたよね? では、もう起こさなくても大丈夫ですよね?」
「……」
「今、起きなかったら遅刻になりますけど、いいんですね? もう起こしませんよ?」
「……」
応えはなかったが、そこで漸く千家はのっそりと起き上がった。
彼は自らの長い髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、不機嫌さを隠しもせずに舌打ち交じりで吐き捨てる。
「……騒々しい……もう少し穏やかに起こせぬものか、お前は……」
「……は?」
その物言いにはさすがの京一郎もカチンときてしまった。
毎朝毎朝わざわざ起こしてやっているというのに、感謝こそすれ文句を言うとはどういう了見か。
「……あのですね。騒々しくしないでどうやって貴方を起こせと言うんです?  静かに穏やかに起こして起きてくださるんでしたら、とっくにそうしてますよ。 私だって好きで騒々しくしてるわけじゃないんですからね。だいたい文句があるなら一度ぐらい御自分で起きてみせたらどうなんです?」
「……」
京一郎は捲し立てる。
一を言えば十返る怒涛の反撃に、千家の眉間の皺はますます深くなるばかり。
彼はこれ以上もううんざりだと言わんばかりに、ゆるゆると首を横に振った。
「分かった、もういい。まったくお前は可愛げのない……。朝から説教とは気が滅入るぞ」
「それは失礼致しました。ですが私が可愛げないのは、ほとんど貴方に責任があるということをご理解頂きたいですね」
「……ほう? 私の所為だと?」
「そりゃあ、そうですよ。貴方がもう少し私の手を煩わせないでくだされば、私ももっと心穏やかに、優しくいられるんです。 そうすれば貴方の望む『可愛げのある私』とやらに、多少は近づくかもしれませんよ?」
「……なるほど」
そのとき千家が何かしら意味有り気に笑んだのを、千家の着替えの用意をしていた京一郎は見逃していたのだ。
間もなく千家はベッドから下りると、長椅子の背に掛けてあったガウンを羽織り部屋を出ていこうとする。
「お風呂ですか?」
「ああ」
「では、ここが終わったらすぐに行きますから」
「いや、お前は来なくていい」
「……え?」
いつもならばやれ髪を洗え身体を拭けと煩いのに、いったいどうしたことだろう。
千家の返事と同時に扉が閉まるのを、京一郎は呆然としながら見つめていた。



湯気の立つティーカップを前にして、京一郎はそんな今朝のやり取りを思い返していた。
あの後、千家は一人で風呂に入り、一人で身支度をし、いつも通り仕事に出掛けたのである。
否、厳密に言えば風呂は家僕が多少の手伝いはしたようだし、着替えも京一郎が事前に一式準備しておいたのだし、 出勤時の車の運転は無論運転手が行ったので、完全に一人でそれらを遂行したとは言い切れないかもしれない。
しかしながら帰宅してからも自ら軍服を脱いでそれをハンガーに掛け、挙句の果てには夕食後のこの紅茶だ。
千家自身が淹れてくれるなど今までに無かったことで、京一郎は困惑したまま琥珀色に揺れる水面を見つめるばかりだった。
「……毒は入っていないぞ」
「……!」
揶揄うように言われて、京一郎はハッと我に返る。
「そ、そんなこと誰も思っていませんよ」
取り繕い、慌ててカップに口をつければ、いつもの甘い香りと共にいつもより少しだけ強い苦みが舌を刺した。
これはやはり千家が茶を淹れ慣れていない所為なのだろうと考えた直後、もしかするとこれこそがこの紅茶本来の味なのかもしれないと思い直す。
それほどまでに今日一日の千家の行動は、京一郎にとって予想外なものだった。
(なんだ、なんでも出来るんじゃないか……)
いつからか己が居なければ千家は何も出来ない人だと思い込んでいた。
しかし彼は何も出来ないわけではなく、出来る癖に京一郎に甘えて何もせずにいただけだったのだ。
千家もいい大人なのだからそんなことは当然であると、少し考えれば分かるはず。
分かるはずなのに分かっていなかったのは、寧ろそうであって欲しいという願望が己の中に多少なりともあったのだろうと認めざるを得なかった。
(馬鹿みたいだな、私は……。ただ私が過保護なだけだったのに)
虫のいい話ではあるが、いざこうなってみるとなんともいえない寂しさを感じてしまう。
日頃、千家の世話を焼いているときには文句ばかりが出てくるのに、いざそれから免れれば役目を奪われたようで。
こんな感情は単なる我儘だと自覚しつつも、京一郎の唇からはハァと無意識の溜息が零れた。
「不満げだな」
「不満などありません」
「気づいていないのか? お前、酷い仏頂面をしているぞ」
「そんな……貴方の気の所為ですよ」
「ふぅん……? そうか」
千家は京一郎のそんな言い分など真に受けていないらしく、嫌な笑みを口元に浮かべながら長椅子の隣りに腰を下ろしてくる。
京一郎は思わず身構えながら、二口目の紅茶を飲み込んだ。
「まぁ、いい。……それで? お前はどうするつもりだ?」
「どうするとは……?」
「もしや惚けるつもりではあるまいな?」
「う……」
それはやはり『可愛げのある私』というやつのことだろうか。
しかし、いったいどのような『可愛げ』を千家が望んでいるのかさっぱり分からない。
なんといっても自分はれっきとした男であって、女子のように可愛らしく振舞うなどしたこともなければ、出来るはずもない。
たとえ出来たとしても気味が悪いだけで、そんなものは千家も望んでいなかろう。
そもそも千家があのようにつまらぬ戯言を本気にするとは思いもしなかったし、そんなことの為にわざわざ本当に行動を起こすとも思わなかったのだ。
日々多忙極まる身であるくせに、まったく此方を揶揄うことについては労力を惜しまないらしい。
それともただの気紛れか。
兎にも角にも千家は確かに此方の要求に応えたのだから、京一郎も一つだけ確実に己が成すべきと承知していることを宣言してみた。
「……分かりました。必ずや、明日の朝は優しく穏やかに貴方を起こすとお約束します!」
「……」
「……」
しかし千家から返ってきたのは、白けた視線だけ。
やはりそんな簡単なことで許されるはずがなかったか。
誤魔化すように引き攣った笑顔を追加してみるも、千家は騙されてはくれなかった。
「その程度では、私の今日一日の行いには到底見合わんな」
「えー……」
自分のことは自分でする、という当たり前のことをしただけなのに、何故この男はこれ程までに偉そうなのか。
そう思いつつも、今は些か己のほうが分が悪いと悟った京一郎は敢えてそれは指摘しないことにした。
「では、どうすれば……」
「さて……」
そのとき京一郎は何故か己の心臓の鼓動が少しずつ速まっていくのを感じていた。
同時に胃の辺りに生まれた熱の塊が次第に胸の方へと上がってきて、それが全身へとじわじわ広がっていく。
首から頬、耳までが熱くなってきて、息苦しさを覚えた。
「なんだ……?」
京一郎が思わず胸を抑えると、千家が言う。
「……漸く効いてきたようだな」
「……?!」
その言葉に京一郎は、ティーカップの底に残っている紅茶を見る。
今までに味わったことのなかった、あの苦み。
あの味は。
「貴方……何も入れていないって……」
「毒は入っていない、と言った。嘘ではない」
「では、何が……?」
視界がくらりと揺れて、思わず長椅子に手をつく。
隣りに座る千家の薄笑いを浮かべた顔が、少しずつ霞んでいく。
「金持ちは総じて悪趣味な輩が多いからな。頼まずとも怪しげな薬を勝手に譲ってくれるのだから困ったものだ」
「薬……」
「……だが、折角くれたものだ。使わぬ手はなかろう?」
千家の手が頬に触れる。
既に熱を持ち始めていた肌に、その指の冷たさはひどく心地良かった。
「あ……」
するりと撫でられるだけで、吐息が漏れる。
動悸が激しくなって、それでも京一郎は胸元を抑えたままなんとか千家を睨みつけたつもりだった。
「こんなこと……どういう、つもりですか……」
「そんな誘うような顔で言われてもな。なに、お前は素直ではないから、その手助けをしてやろうと思っただけだ。 適量よりも少なめにしておいたから安心しろ」
「馬鹿な……」
「口実を作ってやったのだ。感謝されてもいいぐらいだと思うが」
「……」
悪びれもしない千家に、なんという身勝手な言い分かといつもの事ながら呆れてしまう。
しかし、たかがこんなことの為に普段は面倒がってやらないことを自らやったのかと思うと、千家のほうこそ随分と可愛いのではなかろうか。
決して品の良い行いとは言えないが、殺伐とした日々の中で己の存在が千家に小さな楽しみを与えられるというならばそれもまた良し。
せっかく薬という口実をくれたのだ、どうせならば千家が戸惑うほどに素直になってみせようか。
「……分かりました」
京一郎は意を決して千家のシャツの袖を掴むと、縋るように千家を見上げた。
千家はいつもの薄笑いのまま京一郎がこの後どうするのか見守っている。
なんにせよ、こうなってしまってはこの男に頼るほかないのだ。
弾みだす吐息のままにゆっくりと顔を近づけていくと、やがて唇同士が触れる。
自ら舌を差し入れて絡めれば口づけは次第に深くなり、体温はますます上がっていった。
「ん、んっ……は……い、おり……」
冷たかった唇に互いの体温を移しながら舌を絡め合う。
けれど、こんなものでは到底足りない。
薬の効き目は時間と共に強くなり、身体の奥が痺れて腰の辺りが重くなっていく。
下肢が細かく震えだし、前が痛むほどに張り詰めていくのが分かる。
無意識に腰が揺れて、もじもじと膝を擦り合わせる。
触れてほしいけれど、きっと今の千家には曖昧に頼んでも無駄だろう。
(薬の、所為―――)
我慢出来ないのは私が悪いのではない。
千家がそう仕向けただけ。
京一郎は心の内で己に言い聞かせながら、千家の耳元に強請る。
「伊織……お願い、だから……」
「京一郎……?」
「……お願い……して、ください……」
覚悟を決めたつもりだったけれど矢張り恥ずかしくて、顔を見られないよう千家の首にかじりついたまま小さく呟く。
相当勇気を出して口にしたつもりだったが、しかしそれでも千家は容赦無かった。
「何をして欲しい? きちんと言え」
「わから……ない……」
「分からないことはなかろう?」
「……」
「お前が私にしてほしいことを素直に言えばいいだけだ。……ほら、京一郎。出来るな?」
「っく……」
無理に身体を剥がされ、瞳を覗き込まれる。
恐らく己が真っ赤な頬と涙目をしていることは想像に難くなかった。
薬の所為。
薬の所為。
呪文のように頭の中で唱える。
そうしているうちに少しずつ思考が溶けて、何も考えられなくなってくる。
「伊織……触って、私に……私の全部に、触ってください……」
ふ、と千家が笑った。
同時に千家の手が慈しむように頬を滑り、首筋を撫でていく。
それだけで気持ちが良くて、京一郎は甘い溜息を漏らした。
「あぁ……」
指先だけで掠めるように胸元を過ぎ、腰の辺りを幾度か往復する。
そして、ようやく―――。
「……ッ!!!」
千家の指がほんの少し、本当にほんの少し触れただけだった。
袴の布越しだったそれは特別圧を与えられたわけでも、熱を感じられたわけでもなかった。
それにも関わらず、京一郎の身体はびくんと大きく跳ね上がる。
「や、あっ…! んッ、んぅ―――……ッ!」
何度も腰が跳ね、そのたびに京一郎の唇からは堪え切れない声が漏れだした。
袴越しにほんの僅か触れられただけで、京一郎の精は弾けてしまったのだ。
「う、くっ……」
「……薬の所為とはいえ、随分と敏感だな」
千家が愉快そうに言いながら、そこを撫で擦る。
そうだ、これは薬の所為なのだ。
こんなことがあるはずがない。
その証拠に一度放ったはずのそこは、まだ熱をもってどくどくと脈打っていた。
「他の場所も好くなっているのか?」
「あっ……」
襟元を肌蹴られ、胸板が露わになる。
つんと尖った場所に唇が寄せられ、舌先で突かれた。
「あっ、あっ……!」
まるで電気に触れたかのように、ぴりぴりとした快楽が走る。
そこで感じるようになったのは確かに千家に弄られるようになってからだが、それにしてもやはりいつもより敏感になっている気がする。
音を立てて舌で嬲られ、指先で摘まれ、両の尖りを攻められれば、京一郎は千家の頭を抱え込んで喘いだ。
「あっ……や、だ……伊織……!」
「……嫌? いい、の間違いではないのか?」
「だって……感じすぎ、て……嫌だ……」
「ふ……可笑しな奴だ」
「……ああぁっ…!」
歯を立てられ、一際嬌声が上がる。
身体が反応するたびに、濡れた下着の中では屹立が熱を取り戻していた。
粗相をした後の不快感と、粘液に塗れる快感が綯い交ぜになる奇妙な感覚に、京一郎の目尻に涙が滲む。
千家の執拗な胸への愛撫に尖りはやがてすっかり充血して痺れ、次第に身体中の力が抜けていく。
千家はそんな京一郎を長椅子に横たえると、自らもシャツを脱いでそのうえに覆い被さった。
「伊織……」
息を弾ませたまま手を伸ばせば、望み通り口づけが降りてくる。
裸の背中をきつく抱き締めると、触れ合う肌は汗ばむほどに熱かった。
感情の起伏を滅多に表さない千家だから、こうして彼の体温を感じると不思議なほどに安堵する。
長い指に髪を梳かれ、舌を絡め合えば、せつなさに息苦しさは増して呼吸が乱れた。
「は……ぁ……」
「……苦しいのか?」
「っ……」
こくこくと頷くと袴を脱がされはじめ、京一郎は腰を上げてそれを手伝う。
既に濡れている下肢を露わにされるのは酷く情けなかったが、今はもうそれどころではなかった。
「伊織……はや、く……」
「そう焦るな」
そうは言っても、とうに後孔は千家を待ち侘びてひくついているのだ。
これが本当に薬の所為なのか、それともそうでないのか、もう分からないしどちらでも良い。
ただ千家と繋がりたいと、一つになりたいと身体の全てが求めている。
否、身体だけではなく―――。
「伊織……伊織……」
譫言のように名を呼びながら、前を寛げる千家をぼんやりと見る。
やがて大きく足を開かされ、漸くそこに求めていた熱が突き立てられた。
「あ、は、あぁ……!」
思わず、喉を見せて喘ぐ。
ぐっと質量を持って入り込んでくる千家自身に内側を擦られて、火傷しそうなほどの熱さを感じた。
それと同時に満たされる悦びが全身を支配して、頭の中が真っ白になる。
千家が腰を突き上げるたびに堪え切れない声が溢れた。
「あっ、あっ、あ、伊織……い、おり……」
「京一郎……」
揺れる視界の中、千家の熱っぽい視線を受け止めれば、どうしようもなくこの男に求められているのだと感じた。
たとえ身の回りの世話をする役目を失ったとしても、それでも此処に居て良いのだと。
自惚れではなく、確信を持って。
その真意がなんであろうと、それだけはきっと事実だ。
「伊織……伊織ぃ……」
熱い。
身体中が熱い。
突き上げられる快楽以上に、胸の奥から込み上げるものがある。
本当は薬の力など借りずとも素直になりたいのに。
素直になって、貴方に優しく出来たらいいのに。
けれど、そんな風に思うこと自体がきっと間違っているのだろう。
だから京一郎は千家の首に手を回すと、その顔を引き寄せて強引にくちづけた。
「ん、ぅ……」
呼吸さえ飲み込もうとするほどに激しく舌を絡ませる。
そうやって唇を塞いでいなければ、今にも溢れてしまいそうだった。
「…ん、んっ……」
それでもまだ喉の奥から声が漏れる。
嗚呼、今、貴方に伝えられたらどんなにか幸福だろう。
私が今、どれだけ貴方を必要としているか。
始まりがどんなものであれ、目的がなんであれ、私は紛れも無く貴方を求めている。
誰にも、何にも奪われたくない。
貴方の傍に私だけが在ればいい。
貴方に伝わるだろうか。
私がどれだけ、貴方を愛しく思っているか―――。
「いお、り……」
自制が効かないほどの身体の熱の高まりと、感情の昂ぶりが、涙となってこめかみを伝う。
それに気づいた千家の指が、その雫をそっと拭った。
「京一郎……」
千家がその涙をどう受け取ったのかは分からない。
しかし律動は激しさを増し、僅かに残った理性さえ奪っていく。
奥まで貫かれる快楽の波に溺れながら、京一郎はただ千家だけを感じていた。
「伊織……いい……」
「少し…力を、抜け……喰い千切る気か……?」
「む、り……だって……」
何も考えられなくしてほしい。
京一郎はぎゅうぎゅうと千家を締め付けて離さなかった。
千家の額から流れた汗が肌に落ちただけでも感じてしまう。
その頃にはもうこの快楽が薬の所為であることもすっかり忘れて、二人は互いを激しく貪り合っていた。
「……伊織…もう、駄目……もう……」
「もう少し……待て……」
そんなの無理だ。
もうすぐ果ててしまう。
絶頂を求めているのに、終わってしまうことが怖くて、京一郎は千家の腕に爪を立てて縋る。
「伊織……もう……いく…から……伊織…!」
「……っ…!」
京一郎の身体が緊張に強張った瞬間、屹立から精が飛び散った。
幾度も腰が跳ね、二度目とは思えないほどの量が腹の上に広がる。
目の前が白く霞んで、痺れるほどの快感が全身を包み込む。
「はぁ…はぁ……伊織……」
「く……」
千家もまた腰を打ちつけながら京一郎の最奥に欲望を注いだ。
何処も彼処もどろどろに蕩けてしまったようだ。
呼吸を整える間も無く、千家の指がまたしても京一郎の目尻を拭う。
「……京一郎」
千家が唇で涙の痕に触れる。
そのまま首筋に顔を埋められ、きつく抱き締められた。
「伊織……?」
「……泣くな」
「……」
「泣くな」
もう泣いてなどいないはずなのに、千家はそう繰り返す。
その言葉の中に己と同じ想いを感じて、京一郎は千家の身体をきつく抱き締め返した。
そして、答える。
「―――薬の、所為ですよ」



翌朝。
眠る千家の横に立ったまま、京一郎はしばらく思案していた。
約束したからには優しく穏やかに起こさなくてはならない。
しかしさっきから何度優しく呼びかけても、千家は一向に目を覚ます気配がなかった。
(だから嫌だったんだ……)
さて、いったいどうしたものか。
ここはやはりアレだろうか。
恐らくは千家もアレを期待しているのだろうと思う。
アレぐらいで起きてくれるのならば安いものではないか。
怒って、怒鳴って、機嫌悪く起きられて険悪な状態になるよりは余程いい。
京一郎はベッドに乗り上げると、千家の顔を覗き込んだ。
「……」
相も変わらず美しい顔をして眠る男にそっとくちづける。
そしてほとんど唇が触れ合ったままに出来るだけ優しく囁いた。
「……伊織。起きてください、伊織」
くちづけては囁くの繰り返す。
やがて千家の瞼がゆっくりと開いた。
「……やれば出来るではないか、京一郎」
「……」
そんなことだろうとは思った。
京一郎はにっこりと微笑み、捕まる前にすかさずベッドから下りる。
「言っておきますが、今日限りですからね。約束ですから、一度だけ特別にしただけです」
「ふん……やはりお前は可愛げの無い奴だな」
そう言いながらも満更でも無さそうに見えるのは気の所為だろうか。
千家はベッドを下りると長椅子の背に掛けてあったガウンを羽織って部屋を出て行こうとする。
「……お風呂ですか?」
「ああ」
「……」
なんと答えるべきか躊躇っている京一郎に千家が言う。
「何をしている。早く来い」
来いと言いながら京一郎を待つこともせず、千家は部屋を出ていった。
京一郎は一瞬ぽかんとした後―――、
「……仕方のない人ですね」
呟いて、足早に千家の後を追った。

- 了 -

2016.07.04


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