SURRENDER
京一郎は本の頁から視線を上げると、壁に掛けられた時計を見た。
乾いた音で時を刻む針は、前回確認したときからまだほんの少ししか角度を変えていない。
我ながら心配しすぎの自覚はあったが、気になってしまうものはどうしようもなかった。
京一郎は小さく溜息をついて、本を閉じる。
どうせほとんど頭に入ってきていなかったのだ。
それなのに読書を続けていたのは、千家が帰宅したときに恰好をつけたかったからに過ぎない。
私は貴方のことなど気にすることなく長椅子で読書をしながら寛いでいましたよ、という体裁に見せたかっただけだ。
なんとつまらぬ見栄を張るものだと、京一郎は心の内で自嘲した。
今日は久し振りに昂后陛下からのお召があり、千家は三宅坂から宮城へと参内した。
京一郎も同道しようとしたのだがそれは千家ににべもなく拒まれ、先に帰宅しているよう命じられてしまったのだ。
どうやら千家はいつからか、意図的に京一郎を昂后陛下から遠ざけているようだった。
確かにあの禍々しい存在のある場所には出来るだけ近寄りたくないとは思うが、それは千家とて同じことのはず。
それに京一郎との血の交わりによって最近ではだいぶ呪詛に対する耐性も強くなったとはいえ、それでもまるで影響を受けずに済むわけではない。
本人は決して認めないであろうが、千家が陛下から己を護ってくれようとしているのだということは、京一郎にもよく分かっている。
その心遣いは素直に有り難く思うと同時に、しかし傍に置いてくれるほうがかえってこちらも気を揉まずに済むのにと少々の恨めしさも感じていた。
(伊織……)
京一郎は窓辺に立ち、カァテンを細く開ける。
昏く、ひっそりと静まり返った庭の向こうから、車のライトが近づいてきやしまいかと目を凝らしてみた。
そうして暫くその場に佇んでいたものの、見える闇は一向に変わらず、とうとう己の滑稽さが嫌になってカァテンを閉める。
窓辺から離れようと背中を向けた、その瞬間だった。
「―――!」
遠くから微かに車のエンジン音のようなものが聞こえてきた気がして、京一郎は耳を澄ませた。
間違いない。
音は次第に邸に向かって近づいてくる。
まったくこちらが諦めた途端にこれとは、さすがに意地の悪い千家らしいと言い掛かり染みたことを考えて京一郎は苦笑した。
その苦笑のままに、足は勝手に玄関へと向かう。
さきほどまで張っていた見栄のことさえすっかり忘れて、京一郎は千家を少しでも早く出迎えるべく部屋を飛び出していた。
玄関で家僕に迎えられていた千家は、妙に慌てた様子で姿を現した京一郎を見て僅かに眉根を寄せた。
「お帰りなさい、千家少将……!」
「……ああ」
千家は短く答えるなり、京一郎に足早に近づくとその顔に手を伸ばす。
革手袋に包まれた指先に顎を持ち上げられ、その吸い込まれそうな漆黒の瞳に見つめられると京一郎の鼓動は我知らず大きくなった。
「……何があった」
「え?」
「随分と慌てていたではないか。私がいない間に何かあったのではないのか」
「あ……」
そこで初めて京一郎は己の取った行動を自覚し、恥じた。
千家の帰りを待ち侘びて、思わず駆け寄るようにしてしまった姿は、まるで主人の帰宅を喜ぶ犬のようだったに違いない。
京一郎は微かに熱くなった顔を咄嗟に背けて、千家の手から逃れた。
「べ、別に何もありませんよ。慌ててもいません」
「ふぅん……?」
ただ、貴方が心配だっただけです―――。
その台詞を京一郎は飲み込む。
これが知人や、友人や、家族の間で交わされる会話であったならば、自然な流れとしてそんな遣り取りにもなっただろう。
けれど己と千家の間に築かれている関係においては、どこかそぐわないような気がしたのだ。
それがまたしても無意識に張ってしまったつまらぬ見栄なのか、それとも単なる照れ隠しなのかは分からなかったけれど、
とにかく京一郎は本心を悟られまいとして千家から離れ、距離を取った。
幸い千家もそれ以上追及してくることはなく、二人は無言のまま千家の私室へと向かう。
そして部屋に入り、二人きりになったところで漸く京一郎は再び口を開いた。
「……それで、昂后陛下はなんと?」
「術式作戦の更なる拡大をとの御下命を賜った。無論、鋭意尽力の最中に御座いますと申し上げたが」
「そうですか……」
命じるだけならば容易いものだ。
千家が脱いでは長椅子に放り出す手袋やら外套やらを片付けながら、そんな不敬を零しそうになって京一郎は唇を噛んだ。
実際、我が国の覇道は留まることを知らず、しかしここで足を止める気は千家同様、京一郎にも毛頭ない。
しかしあの不吉な蛇の望む世界と向きを同じくしているのだと思うと、それは一歩間違えれば日の本に破滅を齎すこととなるのかもしれないという予感に、心が昏くなるのも確かだった。
「それだけですか? 他には何か……」
「ああ」
千家はシャツの一番上の釦を外すと、長椅子に身体を投げ出す。
頬に掛かる長い髪を掻き上げる、その表情と顔色には矢張り僅かな疲労と体調不良が見て取れた。
「あとは軍の内部にまた不穏分子があるのでな。判明次第、速やかに処分せよとの仰せだ」
「えっ……」
またか、と京一郎は顔を顰める。
昨今の戦果で流石に表立って反対されることは減ったものの、今なお術式作戦に否定的な声は後を絶たない。
そのうちに同じ志を持つ者達が結託しはじめるということが、今までにも幾度かあった。
しかしながら大抵はすぐに動きを察知され、何らかの企みが実行される前に「様々な事由によって」その者達は軍から姿を消してしまうのだった。
そのたびに京一郎は彼のことを思い出す。
千家と同じようにこの国の行く先を憂い、しかし千家の前に立ちはだかろうとした、あの実直な軍人を。
昂后陛下の正体を察していたうえで、千家に一定の理解を示してくれていた彼とならば、もっと話し合い、もっと解り合うことも出来たはずなのにと今も残念でならない。
直接に手を下したわけではなかったとはいえ、あのときのことを思うと京一郎の胸はややもすれば落ち着きを失った。
「……不穏分子の正体については分かっているのですか?」
「まぁな。だいたいの目星はついている。あとは一息に炙り出すまでだ」
「……」
口調に微かな愉楽さえ漂わせながら、千家は言う。
その様子が尚のこと京一郎に苛立ちにも似た不快感を覚えさせた。
恐らく千家は陛下に命じられるまでもなく、不穏分子の調査と処分について着々と事を進めてきていたに違いない。
しかし京一郎はこの件について何も聞かされていなかった。
これだけ千家の傍にいながら、気づかなかった己が愚鈍なだけなのだろう。
けれど千家は時折京一郎に何も話さず……それどころか、敢えて内密にしておいたとしか思えぬ遣り方で重要な案件を処理してしまうことがあった。
勿論、千家の一挙手一投足全てを必ず京一郎に報告しなければならぬなどという義理は無い。
術式作戦においては千家の右腕として力を奮っている京一郎ではあったが、それ以外の能力については到底千家に及ばず、軍部でもさほど評価されていないことも知っている。
腰巾着だの愛人だのと陰で中傷されていることも。
突然現れた二十歳そこそこのひよっこが軍内でそれなりの発言権を得ているのだ、それぐらいのことは甘んじて受けよう。
しかし、千家自身に蔑ろにされるのは納得出来ない。
こちらはどうせ巻き込まれたからには毒を食らわば皿までの覚悟でいるのだから、こういう中途半端な扱いはかえって腹立たしくなる。
なにより彼らが反発しているのは、術式作戦そのものに対してだけではない。
昂后陛下より全権限を与えられ、その作戦を率いている千家に向けられる恐怖、嫌悪、嫉妬、憎悪。
千家は軍部で力を持ち過ぎてしまったが故に、呪詛だけでなく、それらの悪感情にまで晒されるはめになっているのだ。
(人の気も知らないで)
抱いた不満は顔に出ていたのだろう。
京一郎の機嫌を損ねたことに、千家はすぐ気づいたようだった。
「何が気に入らない?」
薄ら笑いを浮かべながら尋ねられれば、ますます腹が立った。
どうせ伝わってしまったならばと京一郎も感情を隠さず答える。
「何故、私に話してくださらないのかと思いまして」
「何をだ」
「不穏分子の件です。貴方のことだ、もっと以前から把握してらしたのでしょう?」
「そうだな」
「だったら……」
「お前に話さなかったのは、話す必要がなかったからだ。それ以上でも、それ以下でもない。何か不都合でも?」
「私は……!」
必要とか必要でないとか、そういう問題ではないだろう。
かっとなった京一郎が思わず身を乗り出すと、その手を千家に掴まれ、乱暴に引き寄せられてしまう。
勢い千家の胸に倒れ込んだ京一郎はそこから逃れようともがいたが、千家は京一郎をしかと抱き締めて離さなかった。
「ちょっ……伊織! 何をするんですか! 離してください!」
「いったい何を向きになっている? 可笑しな奴だ」
「向きになんて……」
確かに千家の言う通りかもしれない。
千家は肉体的にも精神的にも強い。
頭も切れるし、必要とあらば幾らでも冷酷になれる人間だ。
生活能力は皆無だけれど、軍人としての才は誰よりも優れている。
呪詛の影響ならば己が祓う。
だから、何も不都合など無い。
それでも―――。
「そんなに私が心配か?」
「―――!」
揶揄うような物言いについ千家の顔を睨みつければ、その表情は面白がっているというよりも寧ろ嬉しそうでさえあった所為で、京一郎は否定の言葉を吐けなくなってしまう。
そう、要は単純な話だ。
ただ心配だった。
そして心配する権利すら与えられないことが不満だった。
呪詛の影響から守ることは出来ても、形を成して向けられる悪意を取り除くことは京一郎にも出来ない。
己如きに心配されるほど落ちぶれてはいないと千家は笑うかもしれないが、しかし此方の与り知らぬところで千家の身に何かあっては困るのだ。
そもそも共犯者となれ、全てを委ねろ、お前は私のものだと繰り返してきたのは千家のほうではないか。
その相手の身を案じて何が悪いと、とうとう京一郎は開き直った。
「……心配してはいけませんか?」
「……ほぅ。珍しく素直なのだな。てっきり否定するものだと思ったが」
「勘違いしないでくださいね。貴方の身に何かあれば、全ての皺寄せは私に来るんです。私が心配しているのは貴方ではなく、私自身のことですよ」
「なるほど」
京一郎の応えに、千家が愉快そうに喉の奥で笑う。
言ったことは決して間違いではない。
互いが魂を分かち合う存在であるならば、千家の身を案じることと己の身を案じることは同義だ。
これもまたつまらぬ見栄なのかもしれぬという疑念に気づかぬ振りをして京一郎は無理矢理己を納得させたが、千家にはそれすら見透かされていたのだろう。
京一郎の髪を梳く指先も、京一郎を見つめる瞳も、まるで幼子の我儘を微笑ましく受け止めているかのようにさも愛おしげだ。
こんな甘ったるい雰囲気は酷く居心地が悪い。
恥ずかしくて、気まずくて、それなのに離れ難くて悔しくなる。
「……とにかく」
それでも京一郎はなんとか千家の腕から逃れると、長椅子に横たわる千家を努めて冷ややかに見下ろした。
「私に話してくださるつもりがないのなら、それでも構いません。ですが、ご自身の身辺には充分注意なさってくださいね。貴方は恨みを買いやすい立場にあるのですから」
「ふっ。呪いに恨みにと忙しいことだな」
「……伊織。巫山戯ないでください」
「分かっている。お前に聞かせるまでもないと思っただけだ」
「……は?」
「身内の処分は気が乗らぬのではないのか」
「それは……」
京一郎は口ごもる。
もしや千家は気づいていたのか。
不穏分子の話が出るたびに、京一郎が館林を思い出していることに。
(だから私には話さなかったというのか……?)
もし本当にそうならば、千家は馬鹿だ。
何も分かっていない。
せっかく取った距離だったけれど、京一郎は溜息を吐きながら千家の足元に跪いた。
「……もう、いいです」
降参だ。
結局、この人と言葉を交わして何かを解り合うことなど土台無理な話なのだろう。
けれど、それでいい。
解り合う必要など無い。
どうせこの人と私は、何があっても決して離れられないのだから。
「伊織……」
今度は京一郎が千家の頬に手を伸ばす。
掛かる髪を払い、指先で撫でたすべらかな肌は、白磁器のように冷たかった。
「矢張り、少し顔色が悪いようですね。……私が祓いますから」
京一郎は身を乗り出し、自ら千家に唇を重ねた。
本当はまだ自らこの行為に及ぶには抵抗がある。
それでもいつもならばそのままお定まりの如く肌を重ねることになるから、始めだけと思って恥を我慢していたのだ。
しかし今日は冷たい唇に体温が移るまでそうしていたけれど、千家がそれ以上に触れてくることはなかった。
焦れた京一郎が唇を離すと、戸惑うほどに表情を変えていない千家の顔があった。
「……それだけか?」
「え?」
「それだけでは体調は良くなりそうにないな」
「……っ」
どうやら千家は京一郎自身にこの先の行為へと先導させたいらしい。
千家の不器用な優しさにちょっと絆されたばかりに、彼をすっかり調子に乗らせてしまったようだ。
京一郎はムッとしながら言い返す。
「でしたら、具合の悪いままでいてください」
「ほう? 皺寄せは全てお前に行くのではなかったのか?」
「っ……それは……」
まったくああ言えばこう言うで、とても勝てる気がしない。
京一郎は腹を決めて、もう一度身を乗り出した。
緩く開いた唇を千家の唇に押しつけ、舌先を忍ばせる。
「ん……」
京一郎が逆らわなかったことに気を良くしたのか、ようやく千家もそれに応えて唇を開く。
おずおずと舌を探り、絡めれば、交わる熱い吐息に鼓動が速くなった。
指先が縋るように千家のシャツを掴むと、腰を抱き寄せられて更に互いの距離は近くなる。
いつしか穢れを祓うなどというのは唯の口実にしか過ぎなくなって、次第に深くなる口づけに京一郎は夢中になっていった。
「は……」
やがて呼吸が苦しくなって僅かに唇を離せば、間近に漆黒の瞳があった。
艶やかなその瞳に己が映っているのを京一郎はぼんやりと見る。
「……それから?」
千家の声はまるで呪いのように京一郎に響く。
真っ直ぐに瞳を覗き込まれながら囁かれたその声は、低く、けれど何処か甘やかに聞こえて、耳から脳に達し、頭の奥を痺れさせる。
思考が麻痺し、心を囚われる。
「……」
京一郎は千家のシャツの釦に手を掛けた。
自らの着物の襟も開き、互いの胸を肌蹴させる。
それからゆっくりと、肌と肌を合わせるように、京一郎は千家の上に折り重なった。
「あ……」
思わず声が漏れる。
まだどこにもまともに触れられてさえいないのに、それだけで体中が熱くなる。
触れてほしくて、抱き締められたくて堪らなくなる。
「伊織……」
呟きは強請るように聞こえたかもしれない。
京一郎の脇腹の辺りに添えられていた千家の手は、そのままゆっくりと腰を滑り降り、やがて双丘を酷く乱暴に鷲掴んだ。
「あっ……!」
京一郎の身体がびくりと跳ね上がる。
翻弄されていることは分かるのに、己が上手く制御出来ない。
「……そんなに私が欲しいのか?」
嘲笑を含んだ声音でそう問われても、京一郎は千家の胸に額を押しつけたまま答えることも動くことも出来ずにいた。
ただ頭の中で千家の言葉がぐるぐると回る。
そうなのだろうか。
私はこの人が欲しいのだろうか。
違う。
私がこの人のものなのではなかったか。
それなのに、私が欲してもいいのか。
欲すれば、与えられるのか。
「欲しいならば欲しいと言えばいい。……京一郎」
「……」
分からない。
求めることが怖い。
絡め取られ、有無を言わさず奪われたはずなのに、何故私が求めている?
そんなのは可笑しい。
「京一郎」
京一郎は歯を喰いしばって首を振る。
そして、なけなしの理性を掻き集めて呟いた。
「……言いたく、ありません」
すっかり中心を昂ぶらせながらも、まだ完全には服従しようとしない京一郎に千家もまた不敵に笑う。
「……生意気な」
何処か嬉しげにそう言って、千家は京一郎の白い首筋に歯を突き立てた。
「あ、ぐ、あぁっ……!!」
突然の衝撃に顔を歪め、京一郎が悲鳴を上げる。
傷口は痛みよりも焼けるような熱を発し、全身の血はどくどくと音を立てて激しく巡り始めた。
濡れた舌先が無情に傷を抉り、唇が血を啜る。
湿った肌に千家の吐く息が掛かる。
身体が震える。
痛みなのか、快楽なのか、もう分からない。
ただ京一郎の下肢は痛むほどに張り詰め、先端から零れた雫が下着を濡らしていた。
「あ……あぁ…」
無意識に腰を揺らし、昂ぶりを千家に押しつける。
その様子に千家がくすりと笑った。
「欲しければ自ずからすればいい。今日はお前の気が済むまで、幾らでもくれてやる」
「う……」
いつも得手勝手に好き放題する千家が、今夜は京一郎に全て委ねるという。
しかし褥での主導権を与えられたところで、それはそれでかえって遣りづらいというものだ。
血を交えるという理由があるからこそ身体を開いているのであって、欲望のままに自ら求めているわけではない―――はず。
それなのに、これではまるでただ欲しがっているだけのようではないか。
ただ千家に満たされることだけを望んでいるようではないか。
「……どうした? ここで終わっても私は構わないが……」
そう言いながら、千家は京一郎の下肢に手を伸ばす。
そうしてすっかり熱く猛った中心を、袴の上からするりと撫でた。
「あっ……や、め…っ……」
「己で慰めて満足出来るのならそれも良かろう。そうでないのなら……」
「っ……」
しかし最早、このまま引き下がれるような状態ではなかった。
京一郎は羞恥に唇を噛みながら震える指で袴を解き、それから千家の下衣にも手を伸ばす。
「ふ……」
笑っているらしい千家の顔を見ることも出来ず、俯いたまま革帯を外した。
その間、千家は本当に京一郎になされるがままになっていた。
そしてまだ硬くなりきっていない千家のものを取り出すと、京一郎はそこに唇を寄せる。
「う、く……」
口淫は身体を貫かれるよりももっと慣れなかった。
息苦しさと、匂いと、圧倒的な質量に涙が滲んでくる。
それでも京一郎はそれが早く己の中を満たしてくれるようになるまで、舌と唇で丁寧に愛撫した。
一方の千家も京一郎が慣れぬ行為に励んでいると分かっているのであろう、京一郎の髪をそっと撫でる。
その感触がやけに心地良くて、更には千家のものが熱を帯びていくにつれて、苦しそうだった京一郎の表情もまた恍惚としたものに変わっていく。
唾液が溢れ、千家の下肢と京一郎の手をぐっしょりと濡らしていく。
「は……」
やがて千家も充分に昂ぶった頃、京一郎はようやく顔を上げた。
伺うように千家の顔を見上げれば、矢張り全て任せると言わんばかりに目線で先を促される。
仕方なく京一郎は自ら着物の裾を捲り、千家の上に跨った。
そうして千家のものを自らの後孔にあてがう。
「んっ……」
息を吐きながら、ゆっくりとそれを飲み込んでいく。
繋がる場所は引き攣り、抉じ開けられる異物感に喘ぐも、京一郎の身体は確かに悦びを感じていた。
少しずつ。
少しずつ腰を落とし、やがて根元までを完全に収める。
「あ……あぁ……」
京一郎はほっと安堵すると同時に、期待に疼く身体をぶるりと震わせて息を吐いた。
そして千家を見下ろしながら呟く。
「入り……ましたよ……」
「そうだな。……それで?」
「……」
ここまで来てもまだ千家は態度を変えようとしない。
仕方なく京一郎は千家の胸に手をつくと、己の身体を小さく揺すり始めた。
「あっ……あ……」
己自身の身体の重みで、いつもよりも奥深くまで千家のものが貫いているのを感じる。
無意識に好いように動いているのか、次第に京一郎の動きは激しくなっていった。
「は、あ……伊織……っ……」
「ふ……いい眺めだな、京一郎。今、お前がどんな顔をしているのかお前に見せてやりたいものだ」
「い、やだ……」
きっと情けないほどにだらしない、淫乱な顔をしているに違いない。
そんな己など見たいはずもない。
想像を振り切るように、京一郎はますます激しく腰を揺らそうとした。
しかしこの長椅子の上は場所も狭く、体勢は酷く不安定だ。
京一郎は懸命に高みに辿り着こうとしたが、矢張りこれ以上は千家の協力が無ければ到底無理そうだった。
早く千家にも動いてほしい。
思い切り突いてほしい。
「あ…伊織……う、くっ……」
「……及第点というところか」
「伊織……?」
呟きと共に千家の手が京一郎の腰を掴む。
そして京一郎の身体を激しく揺さぶりながら、千家自身も腰を突き上げた。
「あっ……! は、あぁっ……!!」
京一郎が嬌声を上げる。
突然求めていた刺激が与えられたことで、頭の中が真っ白になった。
恥も躊躇いもなく、髪を振り乱し、乱れてしまう。
「あっ、伊織……い、いっ……!」
「京一郎……」
息が弾み、下肢が湿った音を立てる。
肌がぶつかりあう音に合わせて、長椅子が軋む。
千家ももう薄笑いを浮かべてはいなかった。
緩く開かれた唇からは乱れた吐息が漏れ、京一郎の血に染まった赤い舌が覗く。
「あぁっ……は、ぁっ……伊織……ん、ああっ……!」
「京一郎……」
「だ、め……もう………もう……」
そそり立つ京一郎の雄からは引っ切り無しに雫が溢れ、脈打つ幹を伝う。
足元から忍び寄ってくる射精の予兆に、京一郎の手は縋るものを探して宙を彷徨った。
その手を千家がしかと掴む。
指と指が絡み、固く握り合う。
指先が白くなるほどに、強く。
「伊織……伊織……ッ…―――!」
「っ……」
その瞬間、京一郎の腰がびくりと大きく跳ねた。
屹立から弾かれたように精が噴き出し、千家の腹から胸の上に白く散る。
硬直した下肢は千家自身をきつく締め付け、その奥で千家もまた京一郎に欲望を注ぎ込んだ。
「あ、は……あぁ………」
余韻に酔うような溜息を零しながら、京一郎は千家の上に倒れ込んだ。
そして震える手を握り合ったままくちづけを交わす。
何もかもが溶けて、弾けた。
羞恥も、不満も、見栄も、全てがどうでもよくなる瞬間。
この瞬間だけが互いにとって唯一の真実のように感じられた。
京一郎が身体を起こすと、千家の胸の辺りにぽつりと赤い雫が落ちた。
どうやら首筋の傷から流れたらしい。
その血を見つめながら、京一郎が呟く。
「欲しいと望めば……手に入るのですか?」
その問いに千家は暫く無言だった。
それから、ぞっとするような美しい笑みを見せて答える。
「さぁ、な」
残酷で卑怯な男。
いつかこの男を私の血で溺れさせてやれたらいいのに。
京一郎はそんなことを考えながら、もう一度自ら千家にくちづけた。
- 了 -
2015.11.13
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