いつの日か


その日は公休日であるにも関わらず、千家は朝から机上に山積している書類仕事の処理に追われていた。
いつものこととはいえ、それを手伝う京一郎の口からはつい溜息が漏れてしまう。
外は秋晴れ、空気はさぞ清々しいだろうに、書類が乱れるからと書斎の窓を開けることも許されない。
今日は一日この調子で屋敷内に篭っていなければならないのかと思うと、気が滅入って仕方が無かった。
そもそもが思い返してみれば、前回まともな休日を得たのは何時だっただろう?
千家も自分も下手に頑健な身体を持っていることが、こんなときばかりは甚だ恨めしかった。
「京一郎」
千家のいる机から少し離れた場所にあるテーブルで別の作業をしていた京一郎が振り向くと、机の向こう側からいきなり物を投げて寄越された。
「わっ……!」
京一郎が咄嗟に両手で受け止めれば、それは小さな箱だった。
白くて、しっかりした造りで、正方形をしている。
表面には文字も模様も何も書かれてはいない。
とても軽かったけれど、受け取った瞬間に中で微かな音がしたから何かが入っているのは間違い無いようだ。
いったい何事かと、京一郎は千家と手の中の箱を交互に見やった。
「開けてみろ」
「……はぁ」
言われるままに京一郎は箱の蓋を開けてみる。
中には紺色の天鵝絨らしき布で出来た小さな袋が入っていた。
袋を取り出し、紐で絞られている口を開いて上向けた掌に逆さにしてみれば、中からころりと落ちてきたのは美しい指輪だった。
「これは……」
恐らくは白金だろう。
中央には決して小さくはない金剛石が一粒嵌められていて、宝飾品には詳しくない京一郎でもかなり高価なものであることぐらいは一目で分かるほどの品だった。
京一郎はその輝きに、ややたじろぎながら尋ねる。
「ど、どうしたのですか、これは」
「お前にやる」
「は?!」
「母の形見だ」
「なっ……!」
言っていることが滅茶苦茶だ。
何故、千家の母の形見などという大切な物を自分が貰わなければならないのか。
それをぞんざいに投げて寄越すことも、軽々しく他人に譲ろうとすることも、まったくもって理解の範疇を超えている。
掌の上の物が急に重く感じられて、京一郎はすっかり混乱した。
「何を言っているんですか?! そんな大切なもの頂けるわけがないじゃありませんか!」
「偽物ではないから安心しろ。千円はするはずだ」
「せっ……! で、ですから、そういう問題ではなくてですね」
「形見であることが気に掛かるか? 今の持ち主は私だ。その私がいいと言っている」
「いや、ですから……」
話がどうも噛み合わない。
千家は自分が何を言っているのか、何をしようとしているのか、本当に分かっているのだろうか。
指輪の値段や、現在の所有者が誰であるかなど関係無い。
しかしどんな言葉を用いたなら、そのあたりの機微が千家に伝わるのか京一郎には皆目見当がつかなかった。
千家は常に合理的であると同時に、人が人らしく生きていくうえで当然のものとして持っているべき情緒のうち、決定的に欠けている部分があるような気がする。
それは彼のみに与えられた特殊な環境で生きていく為に敢えて切り捨てざるを得なかったものであり、また生涯遠ざけなければならないものでもあるのだろう。
京一郎はどうすれば千家に理解を得られるかと考えあぐねたが、しかし当の千家は書類仕事を続けながら至って平然と言ってのけるのだった。
「お前はよくやっているからな。給金とは別の特別手当だと思えばいい。お前の力には、それだけの価値がある」
「……」
その言葉を聞いて、京一郎からすうと表情が消える。
指輪を袋に戻し、その袋を箱に仕舞って一切を元の通りにしてしまうと、京一郎はつかつかと千家の机に歩み寄った。
そしてペンを持つ千家の手元に箱を置く。
「受け取れません。お返しします」
不審げに見上げてきた千家に断固として言い切ると、即座に踵を返す。
「……何処へ行く?」
「頭を冷やしてきます」
京一郎は吐き捨てて、足早に書斎を後にした。



こうなったならばいっそ気分転換に外へ出てしまおうと考えたものの、屋敷を離れるまでの気にはなれず、京一郎はただぶらぶらと庭を歩いた。
此処に住んで暫く経つが、屋敷の周囲はあまり歩いたことがない。
千家邸の庭は屋敷同様にとても広く、庭師でもいるのだろう、植え込みなどもよく手入れされている。
敷地の正面にある大きな池は噴水になっているようだったが、今は静かな水面に陽の光を散らすばかりだった。
「はぁ……」
京一郎は抜けるような青空を仰ぎ見る。
せっかく念願叶って部屋の外へ出られたというのに、こんなことでは気分が晴れるはずも無い。
かといって中に戻るのも嫌だった京一郎は屋敷をぐるりと回り、裏庭に足を向けてみることにした。
そこへ行くのは初めてだ。
屋敷の背後には鬱蒼とした森が控えている。
その森と建物との間に挟まれた裏庭はてっきり薄暗いのではないかと勝手に想像していたのだが、思いのほか陽当たりは良く、その所為か彼方此方に雑草が生い茂っていた。
どうやら庭師もこの辺りまでは目が行き届いていないらしい。
「ふぅん……」
そういえば京一郎が此処に住むようになってから、千家は神職十四家の者達を自邸から追い出してしまったばかりか、家僕の数も減らしているようだった。
この有様はそれ故なのかもしれないが、それにしても隅々まで隙無く整えられているように見える千家邸において、このように放置された場所があるのは少し意外だった。
好奇心を煽られて建物沿いに更に奥へと進んでみると、伸び放題になった低木の陰に隠れるようにして小さな石段があるのが見えた。
何故こんなところにと疑問に思ったのも束の間、その理由はすぐに分かった。
石段を上がったところには家僕達が使用する勝手口と見られる扉があったのだ。
しかしもう長い間そこも使われてはいないらしく、扉の取っ手は酷く錆び付いている。
近づいてもその向こうに人の気配は無く、裏庭はただしんと静まり返っていた。
京一郎は陽に暖められた、その石段に腰を下ろす。
着物が汚れたかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
考えるのは当然、千家のことである。
働きを評価してもらえることは素直に嬉しく思うし、千家に悪意が微塵も無かったことは重々承知している。
けれど、彼の余りの無神経さには腹が立ってどうしようもなかった。
母親の形見などという大切な物を容易く人に譲ろうとすることが、どれだけ異常なことなのか恐らく千家は分かっていない。
それに京一郎は金銭目当てで此処にいるわけではなかった。
あんな形での労いなど望んだこともないし、報酬が欲しくて千家の傍にいることを選んだわけでもない。
それなのに、あれではまるで己の力を金で買われているようではないか。
「……」
そこで、ふと京一郎は気づく。
もしかしたら、「そう思え」という意味だったのかもしれない。
千家は大日本帝國を欧米列強の手から護る為、それに必要な全き力を手に入れる為、京一郎を我が物とした。
そして京一郎はそんな千家に協力すると同時に、万が一の時には彼を殺す役目をも負っている。
そこに生温い情の挟まる余地は無い。
どれだけくちづけを交わしても、どれだけ肌を重ねても、決して口にしてはならない言葉があった。
だからこそ甘さを捨て、互いの関係が割り切ったものであることを改めて自覚させようと―――。
「……っ」
京一郎は唇を噛んで、抱えた膝の上に顔を伏せた。
喉の辺りが苦しくて、息が詰まりそうだった。
空は何処までも高く、陽射しはこんなにも暖かいのに、どうしてこれほどまでに寂しいのだろう。
悲しいのだろう。
京一郎はきつく目を閉じて、その苦しさが通り過ぎるのをただじっと待っていた。

「―――京一郎」

やがて聞き慣れた声に弾かれて、京一郎は勢いよく顔を上げる。
こちらに向かって歩いてくる千家の姿に、京一郎は驚いて目を見張った。
「伊織……」
まさか追ってきてくれたのだろうか。
しかし見つかった京一郎が驚くのはともかく、何故か見つけ出した千家のほうまでもが意外そうな顔をしているのが解せない。
そして千家は京一郎のすぐ傍まで来ると、あろうことか今度は肩を揺らして笑い出した。
「もしやとは思ったが、まさか本当に此処にいるとは……」
そう独りごちて、口元に拳を当てながらくっくと笑い続ける。
なんだか馬鹿にされたような気がして、京一郎は顔を赤くして憤慨した。
「なっ……なんなんですか、貴方は! 何が可笑しいんです!」
「いや、な」
まだ笑いながらも千家は京一郎の隣りに腰を下ろす。
そのとき腕と腕が触れ合ったのが癪に障って、京一郎はわざと千家と距離を開けるために横にずれた。
本当は千家が来てくれたことが嬉しいのに、腹を立てて飛び出してきた手前、それを態度に表すわけにもいかず京一郎は千家から顔を背ける。
(何故、来たんだろう……)
わざわざ追ってくるなんて千家らしくないし、すぐに見つかってしまったのも不思議だった。
二人は暫く黙ったまま、そこに並んで座っていた。
暖かい陽射しと静けさの中、そうしているとまるでひなたぼっこをしているようで次第に眠くなってくる。
京一郎がこっそり欠伸を噛み殺したとき、千家が静かな声で呟いた。
「……昔、一度だけ儀式が嫌で逃げ出したことがあった」
似つかわしくない告白に思わず千家を見ると、その横顔には微かな自嘲の笑みが浮かんでいた。
「……貴方が逃げるなんて、珍しいですね」
「前夜に初めて目の前で発狂した人間を見て、自分もああなるかもしれないと思ったら急に儀式が恐ろしくなってな。気がついたら、部屋を飛び出していた」
「何処へ逃げたんですか?」
「此処だ」
「はい?」
「幼い子供が逃げられる場所など、たかが知れている。この石段に座って、それで隠れたつもりになっていた」
千家はまた笑う。
「お前が出て行った後に、あの指輪を見ていたらそのときのことを思い出した。それで来てみたのだが……本当にいるとは思わなかったがな」
だから京一郎を見つけたとき、千家は意外そうな顔をしていたのか。
千家がただ一度己の務めから逃げ出して隠れた場所に、京一郎が同じように座り込んでいた。
それならば京一郎が今日此処に足を向けたのも、偶然ではなかったということか。
やはり千家と自分は既に切り離せない存在になっているのだと感じて、京一郎は複雑な気持ちになった。
「……あの、申し訳ありません」
「何故、謝る?」
「だって、貴方に嫌なことを思い出させてしまったのではと……」
幸福の記憶と、苦痛の記憶。
最近の千家はそのどちらも時折、京一郎に話して聞かせてくれることがある。
しかしそれは千家にとって本来、他者に触れられたくないものなのではないのだろうか。
千家にとって不本意なことなのではないのだろうか。
そんな気懸かりから謝罪した京一郎を、千家は笑った。
「馬鹿」
酷く甘い声でそう言って、京一郎の頭を抱き寄せる。
その黒髪を優しく撫で、頬で触れながら千家は囁いた。
「お前と私は一つだ。お前に入り込まれて困る場所など何処にも無い。何を要らぬ心配をしている?」
「……」
それなら、何故あんなことをしたのか。
書斎での出来事を思い返して、千家の言葉に矛盾を感じた京一郎は口を尖らせた。
「そんな風に言ってくださるなら……もう、ああいったことはしないでください」
「ん……?」
京一郎は千家の手から離れ、顔を上げる。
そしてきっぱりと言った。
「私はあんな形での報酬が欲しくて、此処にいるわけではありません。それに、お母様の形見ならばもっと大切にしてください。 そういうものは、安易に他人に渡したりするべきではありません」
京一郎は至って単純なことを言ったつもりだったが、しかしそれでも千家は腑に落ちないようだった。
「安易だったつもりはない」
「ですが」
「あの指輪は両親の縁組が成された際、母が父から貰った物だそうだ。 母としてはいつか私に妻となる女性が現れたなら、その者に譲りたかったようだが……生憎、私にそのつもりが無かったものでな。 それならば、立場的に最も近いお前に渡すのが妥当だと考えた。いけなかったか?」
「は……」
千家の淡々とした説明に、京一郎は唖然として言葉を失った。
思いも寄らぬ千家の真意を知って、その意味が分かるにつれ顔が熱くなっていく。
「あ、あな、貴方は、何を言って……。何を、根拠に、私が、近い、立場、だと」
動揺に舌がうまく回らなくなって、言葉が途切れ途切れになってしまう。
けれど千家はあくまで平時の表情を崩さない。
「人生を共にする者という意味では同じであろう? ひとつ屋根の下に住み、同じ飯を食い、同衾していることを忘れたか?」
「そ、それは……そう、かも、しれませんが……」
至極、当然のことのように言う。
京一郎としては気持ちの問題はどうなるのだと問い詰めたいところではあったが、千家の立場を考えれば言っていることはもっともなのかもしれないと納得するしかなかった。
今でこそ自由恋愛や惚れた腫れたでの結婚が持て囃されてはいるものの、恐らく千家の家の者にとって婚姻とは身分や利害関係から結ぶものでしかないはずだ。
それならば京一郎の力を必要とした千家が、京一郎を終生の伴侶として妻のように考えるのも無理はないのかもしれない。
「……」
そのことに気づいた途端、一瞬でも舞い上がった自分が馬鹿に思えた。
すうっと心の中が冷えて、京一郎は肩を落とす。
いったい何を期待したのだろう。
京一郎は己の爪先を見つめながら呟いた。
「それでも……やはり、頂けません」
「……何故だ?」
千家が首を傾げる。
この人は本当に分かっていないのだろうか。
それとも私を試しているのだろうか。
もしかしたら、そうなのかもしれない。
だとしたら、千家はやはり残酷な人だ。
本当の理由を言ってしまえれば楽だけど、言ってはいけないことだと分かっているから京一郎は唇を噛む。
けれど。
「……今は、受け取れません。でも、いつか……いつか、素直に頂ける日が来ればいいなとは思います」
「いつかとは、いつだ?」
「それは……」
いつか、私達が天命を果たしたなら。
黄泉比良坂を共に下る日が来たなら。
今は言ってはならない言葉を、口にしてもいい日が来たなら。
「……秘密です」
せめてもの意趣返しとばかりに微笑みながら囁いて、京一郎は自ら千家にくちづけた。
言葉で伝えることが出来ないのならば、触れ合う熱で伝えるしかない。
乾いていた唇に湿り気と熱を移しながら吐息を交わす。
羞恥さえも捨てて差し出した舌は、主導権と共にすぐに千家に絡め取られてしまった。
「ん……いお、り……」
微かな抵抗を含ませたつもりの囁きも、官能の色を帯びていてはなんの効果もない。
吐息も、囁きも、熱も、全てを飲み込まれていく。
必死、だった。
己の覚悟を伝える為、そこにある意味を伝える為。
深すぎるくちづけは長く続く眩暈のようで、京一郎はその熱に溺れていく。
やがて着物の襟元から千家の手が滑り込んできて、その少し冷たい感触に京一郎はびくりと身体を震わせた。
「やっ……伊織……」
思わず離れようとした身体は、千家の腕にしっかりと抱きかかえられてしまう。
指先は的確に胸の敏感な尖りを見つけ出し、そこを弄んだ。
「……だ、め……伊織っ……!」
早くも甘い痺れを感じ初めている身体を必死で制止しようとしたのは、ここが青空の下だったからだ。
けれど千家はお構い無しとばかりに愛撫を続ける。
「伊織……! 此処を、どこだ、と……!」
「此処も我が家のうちだ。それに、先に誘ってきたのはお前のほうだぞ」
「そんな……つもり、じゃ……あっ……!」
千家の指が尖りを捻るようにきつく摘んで、体温が一気に上昇した気がした。
身体中を熱い血が駆け巡りはじめて、じくじくとした疼きが広がっていく。
京一郎はただ嬌声を上げないようにと、唇を噛んだ。
けれどそれもすぐにくちづけで解かれてしまい、結局は淫らな声を上げる羽目になるのだった。
「伊織……ほんと、に……やめ……」
これ以上されれば後戻り出来なくなる。
既に下肢は痛むほどにずきずきと脈打って、流されそうになっているのだから。
千家にはそんなこともお見通しなのだろう、やがて袴のうえから京一郎の中心を探り当てる。
「あっ……!」
「やめろやめろと言うが、こんな状態で部屋まで戻れるのか?」
「っ……」
自信は無い。
けれど戻らなければいけないとも思う。
それなのに、今は千家と少しも離れたくないのだ。
京一郎は自らの言葉とは裏腹に千家にしがみついてしまう。
「だ、って……こんな、ところでっ……」
「ふ……頑固な奴だ」
「ああっ……!」
急に強く握りこまれて、思わず大きな声を出してしまう。
首筋に顔を埋められ、耳元でくすくすと笑われれば、羞恥と快楽に身体はますます熱くなるばかりだった。
結局、千家は素早く京一郎の袴の紐と着物の帯を解いてしまう。
乱れきった着物から外気に晒された肌は粟立ち、京一郎は身体を震わせた。
こんな場所で、青空とお天道様の下で、こんな淫らな姿を晒すことになろうとは。
恥ずかしくて恥ずかしくて堪らないのに、けれどこの状況に何処か興奮している自分がいる。
促され、千家と向かい合う格好でその上に跨った京一郎は心臓が破裂しそうな思いだった。
「……陽の下だと、お前の肌は余計に白く見えるな」
「う……」
そんな言葉にさえ欲情を煽られて、京一郎はきつく目を閉じる。
ちょうど胸の辺りに千家の顔があって、千家が喋るたび吐息が肌に掛かった。
やがて千家の舌が京一郎の胸を這う。
「あ、あぁッ……!」
千家の頭を抱え込むようにして、京一郎は大きく仰け反った。
駄目だ。
理性が奪われてしまう。
千家はわざと音を立てて京一郎の胸の尖りを愛撫しながら、その後ろへと指を伸ばした。
下着の隙間から差し込まれた千家の指先が双丘の狭間へと潜り込むと、京一郎は尚更きつく千家にしがみつく。
随分慣らされたとはいえ、最初の違和感はやはり拭えない。
それでも千家はゆっくりと指を往復させ、その内側を柔らかく擦り上げた。
京一郎の中は次第に悦びを覚えて、その指を逃すまいと無意識に締め付ける。
「あ……あ……」
指だけで腰が揺れ始めている京一郎に、千家が笑った。
「こんなところで、随分と恥ずかしいことだ。なあ? 京一郎」
わざと羞恥を煽るように言って、更に奥を探る。
「ああっ……! や、やだ……伊織……!」
下着の中の屹立は既に蜜を零して震えている。
もう、どれだけ抵抗しても無意味だ。
京一郎が千家を欲していることは一目瞭然なのだから。
京一郎は腰を揺らして、その布越しの屹立を千家の身体に押し付けた。
「京一郎……」
千家が指を抜いて漸く自分の前を寛げる。
現れた千家のものも既に熱く猛っていて、京一郎を求めていた。
それを滲んだ視界の中で見下ろした途端、京一郎の頭の中がかあっと熱くなる。
「伊織……」
もう、構わない。
どうせ人の道を外れてしまった二人なのだ。
それよりも今、此処で、すぐに繋がりたかった。
ひとつになりたかった。
千家の手を借りて下着を脱ぎ捨てると、京一郎は千家の熱の上にゆっくりと腰を落としていく。
「あっ……あぁ……」
息を吐きながら、少しずつ、少しずつ千家を飲み込んでいく。
身体の奥まで満たされていくこの瞬間が、京一郎には堪らなく幸せだった。
中が千家の形になって、ひとつの熱になっていく。
この感覚を知ってしまった今となっては、もう離れるのは不可能に思えた。
「伊織……」
根元まで飲み込み、自ら腰を揺らせば、千家のものが京一郎の奥を突き上げる。
掻き回され、擦られて、京一郎の身体は歓喜に咽び泣いた。
「京一郎……」
千家の表情もまた快楽に歪んでいる。
己の上で乱れに乱れる京一郎を見上げながら、千家は満足げに笑っていた。
律動に合わせて千家は京一郎の屹立を扱き上げる。
「あっ、だめ……! そんなに、したら……すぐ……」
京一郎はしっかりと千家にしがみつきながら、更に腰を揺すった。
何か激しい奔流が身体の奥から溢れてくるのを感じる。
千家の手を濡らしながら、京一郎はその解放を求めた。
「あっ……伊織、イく……駄目……もう……!」
千家の手が早くなって、京一郎の身体が緊張に強張る。
魂も、肉体も、すっかりひとつになっているのを感じる。
もっと欲しい。
もっとひとつになりたい。
そうすれば、きっと。
「伊織……!!」
「……っ」
京一郎はぎゅうときつく千家を後孔で締め付けながら、激しく欲望を迸らせた。
びくびくと痙攣する京一郎の身体を抱き締める千家もまた京一郎の奥で果てる。
うっすらと汗ばんだ二人の身体を、秋風がゆっくりと冷ましていった。



「……その後はどうなったんですか?」
「その後、とは?」
衣服を整えてから漸く部屋に戻ろうと立ち上がったとき、京一郎は千家に尋ねた。
「逃げ出したあとのことですよ」
「ああ」
千家は少し遠くを見るような目をしてから答える。
「はっきりとは覚えていないが、恐らく自ら戻ったのだろうな」
「そうなんですか……。叱られましたか?」
「いや。叱られた記憶は無いな。どうせ戻ってくると思われていたのか、何事も無かったかのように迎えられたはずだ」
「……」
京一郎は千家が追ってきてくれたけれど、千家は誰からも探してもらえなかったということか。
だからこそ、千家は京一郎を探してくれたのかもしれない。
なんだか切なくなって、京一郎は千家の手を握った。
「……京一郎?」
「貴方が逃げたら、私は必ず追いかけていきますから。それこそ死に物狂いでね」
「……頼もしいことだ」
笑いながら千家は答えて、京一郎の手を握り返す。
そうだ。
絶対に離れたりしない。
もしも千家が置いていこうとしても、そうはさせない。
絶対に許さない。
「ところで、伊織。仕事は?」
「勿論、途中だ」
「……ですよね」
きっと、いつか。
いつか望む日が来るまで。
いつか二人、ただ互いの為だけに存在出来る日が来たなら―――。
それまでは迷うことなく歩いて行こう。
決して分かつことの出来ない魂を抱えて。

- end -

2013.11.07


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