solitude


千家はコートを羽織ると、その襟元から長い黒髪を翻した。
京一郎によって丁寧に櫛を通された髪は真っ直ぐ千家の背中に落ちて揺れ、窓から射し込む陽光に反照する。
そんな後ろ姿に半ば見惚れていた己を心の内で正し、京一郎は千家に尋ねた。
「今日は何時頃に戻られるのですか?」
千家は振り返らず、革の手袋を嵌めながら答える。
「恐らくは朝方になるだろうな。来週の海軍省との会議に向けての磨り合わせがあるのだが、そう簡単に終わるとも思えん。お前は先に休んでいればいい」
「……分かりました」
千家の返答に京一郎は少々不機嫌になる。
何故なら最後の一言が、余計なお世話に感じられたからだ。
そんな時刻になるのなら言われなくてもそうするし、そもそもが眠気を堪えてまで千家の帰宅を待っていたこともないではないか。
すると京一郎の不興を買ったことに気づいたらしい千家が、ようやくこちらを振り返った。
「どうした? 独り寝の夜を過ごすのが、そんなに寂しいか?」
「なっ……」
まただ。
千家は京一郎を置いて外出する際、この類の台詞を必ずといっていいほど口にする。
寂しいか?
心配か?
退屈か?
そのたびに京一郎が必ず否定すると分かっていながら、困らせたいのか怒らせたいのか、わざと問うのだ。
もともと帝都で独り暮らしするつもりだったのを強引に自分の屋敷に連れて来ておきながら、いったいどの口がそれを言うのかと京一郎は呆れる。
毎度繰り返される不毛な遣り取りではあったが、しかし薄ら笑いを浮かべてこちらの反応を伺っている千家の期待通りになるのもそろそろ悔しかった。
だから京一郎は反射的に否定しそうになるのを踏み止まって、あえて拗ねたような口調で答えることにした。
「……ええ。寂しいですよ」
口にしてみれば予想以上に気恥ずかしく、馬鹿を言ったと後悔する。
しかしそのとき千家がほんの一瞬だけ、僅かに目を見張ったのを京一郎は見逃さなかった。
「……ほう。今日はやけに素直なのだな」
しかしその極僅かな動揺も、すぐに冷徹な仮面の下に隠されてしまう。
それでも珍しく千家の感情を覗けたことに気を良くした京一郎は、恥ずかしさを誤魔化すのも兼ねて、千家の真似をするかのようにフンと鼻を鳴らしてみせた。
「冗談に決まっているじゃありませんか。独りでゆっくり眠れるのですから、かえって嬉しいぐらいですよ。自惚れるのも大概にしてくださいね」
「ふぅん……。それでは昨夜あれだけ善がり、幾度も極めたのは誰であったのだろうな? 私には随分と悦んでいるように見えたが」
「っ……! そ、それは……!」
確かに昨夜も共寝の褥で京一郎は散々千家に翻弄され、辱められた。
あまり覚えてはいないが恐らくは自ら求め、請いもしたのだろう。
そのことを蒸し返されて堪らず顔を赤くした京一郎に、千家は勝ち誇った笑みを見せつけてくる。
結局、どう答えても千家を悦ばせることにしかならないのだと悟って京一郎はうんざりと溜息を吐いた。
「……だいたい私が寂しがろうが寂しがらなかろうが、貴方には関係の無いことでしょう? それとも私が寂しいと言えば、仕事を放り出してでも早く帰ってくるつもりがあるのですか?」
「それは無いな。だが、仕事の進捗に多少は影響するかもしれん」
「馬鹿馬鹿しい。そんなことは絶対に言いませんから、とにかく毎回愚にも付かぬことを尋ねるのはよしてください。さあ、早く行かれたらどうです? 運転手殿が待ちくたびれていますよ」
いつまでも無益な会話を交わしている暇はないはずだ。
窓の外には既に自動車が待機していて、運転手の男がしきりに時間を気にしているのが遠目にも見える。
千家は白々しく肩を竦めると、京一郎にひらりと背中を向けた。
「やはり可愛げがないな、お前は。では、行ってくる」
「それはお生憎様でした。どうぞお気をつけて、行ってらっしゃい」
そうして千家は軽く手を挙げると、部屋を出て行った。
牽制なのか、揶揄なのか。
互いに腹を探るような軽口を叩き合いながらも、一方ではまるで家族のように挨拶の言葉を交わすこの関係をふと不思議に思う。
置かれている状況にはまだ戸惑うことも多かったが、良かれ悪しかれ少しずつ慣れてきているのも事実だった。
特に千家に対する印象は出会ったばかりの頃から大きく変わったと言っていいだろう。
恐怖と嫌悪、そして警戒心しか抱けなかったのが、今では彼の共犯者となることをすっかり受け入れているのだから。
暫くして京一郎が窓の外を見下ろせば、千家はちょうど車に乗り込もうとしているところだった。
しかしその寸前、千家が不意にこちらを見上げたので京一郎は慌ててカァテンの影に姿を隠す。
―――気づかれただろうか。
窓から名残惜しげに見送っていたなどと思われれば、帰宅してからまた何を言われるか分からない。
やがて車が走り去る音がして、部屋は完全なる静寂に包まれた。
さて、今日は一日何をして過ごそう。
天気も良いから庭を散歩して、少し外の空気にあたるとしようか。
この屋敷の庭はとても広く、手入れも行き届いていて日向ぼっこには最適なのだ。
午後は勉強をするか、本を読むか……いっそ午睡に耽ってしまうのもいいかもしれない。
軍に籍を置く手続きが正式に済めば、京一郎も千家と共に忙しい日々を送ることになる。
これほどまでにのんびりと過ごせるのも今のうちというわけだ。
千家は京一郎が此処に居さえすれば文句を言わないのだから、開き直って寛いでしまえばいい。
そして夜になったらゆっくりと湯に浸かって、身体が温まっているうちに眠ってしまおう。
「……よし」
京一郎はそう決めて、まずは大きく伸びをした。



日が暮れ、一人きりの夕食も終えたあと。
予定通りにゆっくりと風呂の時間を楽しんだ京一郎は、自室のベッドに腰掛けてまだ濡れている髪を手拭いで擦っていた。
「はぁ……」
今日は本当に何も無い一日だった。
食事のあとは散歩をして、読書の合間にうたた寝をして。
目が覚めた夕方からは勉強をして、ようやく夜が訪れたといった具合だ。
振り返ってみれば今朝千家と別れてからは、家僕に何かを頼んだとき以外にほぼ言葉を発していない。
なんだかいつもより一日が長かったように思えるのは気の所為だろうか。
(伊織……明日はどうするんだろう……)
朝方に戻ると千家は言っていたけれど、それからまたすぐ仕事に行くのだろうか。
そうなったら、明日もまた長い一日を過ごすことになる。
以前のように用も無いのに無駄に彼方此方へと連れ回されるのは勘弁してもらいたかったが、此処にひとり置き去りにされるのもそれはそれで退屈だった。
「はぁ……」
もう何度目かも分からない溜息。
京一郎は手拭いを放り投げ、ベッドの上に勢いよく仰向けに倒れると、天井を見つめながらわざと声を張って言った。
「つまらないなぁ」
そう言い終わるのとほぼ同時に、突然部屋の扉が開いた。
京一郎はこれ以上無いほどに驚いて、弾かれたように飛び起きる。
「随分と大きな独り言だな、京一郎」
千家だった。
彼はたった今遭遇した思わぬ出来事がよほど愉快だったのか、肩を揺らして笑っている。
いつもならば千家が帰宅すれば車の音や足音ですぐに気づくはずなのに、どうして今日に限ってこんなことになったのだろう。
京一郎は羞恥に顔を赤くしながら、慌ててベッドを下りて千家の前に立った。
「伊織! 貴方、どうして……」
「お前が寂しがっているであろうと思ってな。急ぎでない仕事は明日に回してきた」
「まさか」
そんなのは嘘に決まっている。
京一郎は千家を上目遣いに睨みつけながら、その如何にも分かりやすい嘘をばっさりと切って捨てた。
「その程度のことで仕事の予定を変えるなど許されるはずがないでしょう? それに、私は寂しがってなどいませんから」
「そうだったか? 窓から見下ろしているお前の顔は確かに寂しそうに見えたのだが……私の気の所為だったか」
やはり気づかれていた。
京一郎は動揺を隠して、強気に出る。
「ええ、気の所為ですよ。貴方はそうやってすぐ、御自分に都合良く解釈なさるのですから」
「ふぅん。では、私が寂しかったから……というのはどうだ? お前の気に入る答えになっているか?」
「じょ、冗談はよしてください! そんな、貴方らしくもない……」
この男は本当に悪趣味だ。
京一郎が慌てたり、焦ったりする様を見るのが楽しくて堪らないらしい。
千家は外した手袋と脱いだコートを長椅子に放り出すと、クスクス笑いながら京一郎に近づいてくる。
そして至って自然に京一郎の腰に手を回して、その身体を抱き寄せるのだった。
千家の漆黒の瞳の中に己が映っているのが見えるほど距離が縮まって、京一郎の胸はざわめく。
「……それで? 本当は何があったんですか?」
「フン、つまらぬ理由だ。向こうの事情で会議が延期になった。そのため日程に余裕が出来たまでのこと。 それでも空いた時間で一杯つきあえと誘われたのを、断って帰ってきたのだぞ。……お前の為にな」
「……嘘だ」
京一郎は頑なに信じようとしなかったが、千家はただ笑うだけだった。
その吐息が、京一郎の唇に掛かる。
今にも触れそうなところにある千家の唇は、しかし決して京一郎のそれと重なろうとはしなかった。
「お前が信じぬのなら、それでもいい。それよりも……私が帰宅したというのに、何か言い忘れているのではないか?」
「えっ……」
「……」
「……お帰りなさい、伊織」
「ああ。ただいま、京一郎」
不本意ながら言った言葉なのに、千家が妙に嬉しそうに微笑むので思わず毒気を抜かれてしまう。
しかし考えてみれば千家も長い間この屋敷に独りで暮らしてきて、家僕以外の誰かに送られたり迎えられたりすることも久しく無かったのだろう。
それならば、これぐらいは言ってやってもいいかと思う。
そこで京一郎はふと気づいた。
千家が矢鱈と京一郎に寂しいか、心配かと尋ねるのも、本当はそう思われたいからなのではないかと。
この人はきっと他人に対して心を開くことも、甘えることも知らずに生きてきたのだ。
それは千家を取り巻く環境が決して許してはくれなかった。
本当は誰かに傍にいて欲しかったのに―――。
だからこそ京一郎に寂しがられて、心配されて、待っていて欲しいのかもしれない。
そんな柔な感情は普段の千家が持つ印象からは余りにもかけ離れていたけれど、あながち的外れな想像でもないような気がした。
「どうした?」
「別に……なんでもありません」
何故だか急に息苦しくなって、京一郎は千家の首に腕を回す。
そうして彼の顔を引き寄せると、自ら唇を押し付けた。
さっきから触れそうで触れない唇にじりじりしていたのだ。
千家の唇はとても柔らかくて、そして少しだけ冷たかった。
しかし京一郎の押し付けるだけのくちづけをわざと真似ているのか、千家も京一郎の唇を啄ばむだけに留める。
「……なんだ。やはり寂しかったのか?」
京一郎からのくちづけが珍しかったのだろう、笑いながら囁かれた。
どうしてもそういうことにしたいのなら、すればいい。
もう否定する気にもならなかった。
「そうですね。居ないよりはましかもしれないと思った程度ですが」
「ふっ。減らず口め」
千家には軽く流されてしまったけれど、それはまんざら嘘でもなかった。
今日一日、京一郎は酷く退屈だった。
千家と共に居たとしても互いに無言で本を読んでいることも多く、特に何をするわけでもない。
それでも―――傍にいるのといないのとでは全く違うのだと知ってしまった。
それがどういう理由から来るものなのかは分からない。
分からないけれど、今はとにかく千家に触れたかった。
啄ばむだけだったくちづけも次第に触れ合う時間が長くなり、やがて緩く唇が開いていく。
綺麗に並んだ歯列の隙間から差し出された舌に己の舌を絡めれば、それだけで腹の奥の辺りがきゅうとせつなく疼いた。
千家の舌はゆっくりと京一郎の口内を蠢き、その場所の熱を奪って熱くなっていく。
京一郎もいつしか夢中になってそれに応えていた。
「んっ……いお、り……」
薄く目を開ければ、近すぎて焦点がぼやけてしまいそうなほどの間近に千家の顔がある。
伏せた睫毛と頬にかかる黒髪、そして何処か穏やかにも見える表情は、ただ只管に美しくて愛おしくさえ思えた。
そんな男と自分がくちづけを交わしている状況が余りに非現実的過ぎて、ともすれば京一郎の意識は朧気になっていく。
けれど今、唇を重ね、舌を絡め合っているのは間違いなくあの千家伊織なのだ。
冷徹で、高慢で、残酷な男。
それなのに、いつからこれほどまでに囚われてしまったのだろう。
もう、この男無しではいられないほどに。
「京一郎……」
千家の唇が離れ、京一郎の首筋に顔が埋められる。
「……石鹸の匂いがするな」
「んっ……」
耳元で囁かれ、耳朶を甘噛みされれば、無意識に漏れた声は自分でも恥ずかしくなるほどに艶めいた響きを含んでいた。
千家の舌に耳の後ろから首筋を辿られ、ぞくぞくとした感覚が背筋を這い上がってきて肌を粟立たせる。
少しずつ力の入らなくなっていく身体を支えようとすれば、千家の胸に縋る格好になってしまっていた。
千家はそんな京一郎の腰を抱えながらも、もう片方の手を着物の襟元から忍び込ませる。
鎖骨の形をなぞり、胸の尖りを指の腹で撫でてやると、それだけで京一郎の身体はびくびくと震えた。
「あっ、あ、や……」
千家に弄られるまで、そこで快楽を得るなど考えたこともなかったのに。
今では少し触れられるだけですぐに固くなってしまって、声を堪えるのも大変なのだ。
けれど千家の手は容赦無く京一郎の弱いところばかりを突いてくる。
円を描くように撫でていたと思えば、鋭く爪を立てて捻られ、そのたびに京一郎は悲鳴のような声を上げた。
嫌だと言えば言うほどに、千家はしつこくそこを責め立ててくる。
疼きは痛みになり、そしてやがて甘い痺れとなって全身に広がっていく。
跳ねる腰を押さえつけられれば既に形を変え始めている中心が千家の足に触れて、その変化は容易く伝わってしまった。
「ふ……もうこんなにしているのか?」
軽く鼻で笑われたことに羞恥と怒りが湧いて、京一郎は顔を赤くしながら千家を睨みつけた。
「そんな顔をしても無駄だというのに」
「なにが……」
すると千家の膝が京一郎の足の間に割って入り、その太腿が京一郎の屹立を強く押す。
「あぁっ……!」
「なんだ、これは? もし私が帰らなかったら、今夜は一人で慰めでもするつもりだったか?」
「そんな、こと……しませんっ……」
「ふぅん……? では、私の顔を見て欲情したと?」
「違っ……!」
話しながらも千家はぐいぐいと足を押し付けてくる。
不安定な身体はふらつきながら後退し、やがて部屋の端にまで追い詰められると、壁に背中が当たったところでようやく止まった。
その代わり、もう逃げられる場所は無い。
千家の手が京一郎の着物の帯にかかり、解かれる。
洋装の寝間着よりも楽だからと京一郎は着物を着続けていたが、こちらは脱がすのも楽なのが玉に瑕だった。
下着だけを残して帯と着物が足元に落ちれば、京一郎の白い肌がすっかり露わになる。
千家は改めて京一郎を抱き寄せると、剥き出しになった滑らかな双丘を両手で掴んだ。
「あ、やっ……」
京一郎の身体が硬直する。
まだ触れられていない奥が、何かを期待するかのように緊張しているのが分かった。
やがて千家の指先が下着の中に差し込まれると、益々緊張は強くなる。
「……触って欲しいか?」
「……っ」
掠れた囁きに頷いてしまいそうになるのを必死で堪え、京一郎は唇を噛む。
けれどひくつく肉をどうにも出来ずにいることなど、既に千家にはお見通しだった。
千家の指先は双丘の狭間を滑り、往復する。
「ここはもう私の指を誘っているようだが」
「そんなわけ……」
「……ほら」
「あっ、あっ……!」
蠢く指がほんの僅か後孔に触れた。
それだけでそこはきゅっと閉まり、千家の指を締め付けようとする。
「や、め……」
やめてほしいと言いながら、身体は期待に打ち震えている。
千家は自らも腰を突き出すと、下着の中でどんどん固くなっていく京一郎の屹立に己の昂ぶりを押し付けた。
「正直に言ってみろ。どうしてほしい?」
「うっ……」
「京一郎」
京一郎はきつく目を閉じたまま、ふるふると首を振る。
言いたくない。
生来持っている負けん気が京一郎に必死の抵抗をさせる。
素直になってしまえば楽になれると分かっていても、どうしても出来ない。
京一郎がきつく唇を噛むと、千家はそれを解こうとするように舌先で京一郎の唇を舐めた。
「京一郎……」
「……!!」
つぷ、と千家の指が京一郎の後孔に埋められる。
ゆっくりと内壁を撫でるようにしながら、それは少しずつ少しずつ奥へと進んでいった。
「あ……や……駄目…………」
「ん……?」
中を探る指をもっと奥へと飲み込もうとして、熱い肉が収縮しながら絡みつく。
その感触に堪え切れず腰が動けば、下着越しの屹立が千家のそれと擦り合わされてまた別の快楽を生みだした。
片手で尻房を揉まれ、埋められた指を動かされ、前を押され……。
一度に押し寄せてくる快楽のあまりの強さに、京一郎は息も絶え絶えになって懇願する。
「伊織……やめて……もう、嫌だ……」
「やめる……? 何をやめてほしい?」
「だから、もうっ……」
焦らすのをやめてほしい。
早く千家自身が欲しい。
けれどそれを口にすることは出来ず、京一郎は泣きそうになる。
「……京一郎」
千家の呼ぶ声に不意にせつなさを感じて、京一郎は息を弾ませながら目を開けた。
深い海の底を思わせる瞳に真っ直ぐ見つめられて、京一郎は軽い目眩を覚える。
「いお、り……」
「京一郎」
「伊織……!」
言葉に出来ない何かが胸の奥に込み上げてきて、吸い寄せられるように京一郎は自ら千家に口づける。
千家の背中に手を回し、その身体を強く掻き抱いた。
ひとつになりたい。
千家が欲しい。
その欲望は隠しきれなくなって溢れてくる。
「伊織……伊織……」
くちづけの合間にも漏れてくる声に、千家が苦笑した。
「……強情な奴め」
その声だけで充分だと思ったのか、それとも単に諦めたのか、千家は京一郎の下着を脱がせると自らも前を寛げる。
それから京一郎に後ろを向いて壁に手をつくよう命じたが、京一郎はそれを拒んだ。
「後ろ向くの……嫌、だ……」
「何故だ? そのほうが楽だろう」
「……いい、から……このままで……」
千家の顔が見えなくなるのが嫌で、京一郎は涙目で言う。
千家は何故か少しばつの悪そうな表情になって舌打ちしたが、結局はそのままやや乱暴に京一郎の足を抱え上げた。
「……知らんぞ」
「あっ……う、あぁっ――――……!!」
千家の暴力的なまでの熱が、一息に京一郎に打ち込まれる。
狭い場所を引き裂くようにして貫かれれば、襲うのはいまや痛みではなく甘美な疼きばかり。
埋められ、満たされていく快楽に目の前が明滅した。
「伊織……!」
無理な姿勢では千家にしがみつくしかない。
京一郎は千家の首にしっかりと腕を回し、今にも崩れ落ちそうになる身体を支えた。
千家も京一郎の腰を抱えながら、その身体を激しく突き上げる。
「くっ……熱い、な……」
「……あっ、伊織……伊織……!」
腕に絡む千家の長い髪にさえ快感を覚える。
千家の突き上げは少しも緩むことなく、京一郎の中をぎっしりと熱で満たしていた。
少し揺さぶられるだけでも、京一郎自身の重みでそれはいつもより深い場所を抉ってくる。
京一郎もいつしか自ら千家の律動に合わせて腰を揺らしていた。
きっと獣のように浅ましい姿をしているだろう。
分かっているけれど、それを止める理性は既に無い。
千家に教え込まれた快楽はそれほどまでに強烈で魅惑的だった。
「京一郎……」
千家の顔もまたせつなげに歪む。
その表情を見るだけで身体の奥が疼いて、京一郎は千家自身をきつく締め付けた。
どんなときも涼しい顔を崩さない千家の、この表情が京一郎は見たかったのだ。
「伊織……」
どちらともなくくちづけを繰り返しながら、互いの果てを求めて身体を縺れ合わせる。
きっと、ただ快楽の為だけに繋がっているわけではない。
魂ごとひとつに溶けていくような感覚に溺れそうになる。
自分の中で千家のものがどくどくと脈打つのを感じれば、次第に腰の辺りが痺れたようになって限界が近いことを悟った。
一緒に達したい。
しがみつく腕に力がこもる。
「伊織……もう………」
「京一郎……」
「あっ、あっ……駄目……いく……ん、うぅっ……―――!!」
「っ……!!」
千家が一際奥を突き上げた瞬間、京一郎の屹立から精が迸った。
下腹が波打ち、小孔を焼くような熱が幾度も溢れ出て流れ落ちる。
びくんびくんと大きく跳ねる身体を抱き締めながら、千家もまた京一郎の中に欲望を放った。
繋がった場所は赤く蕩けきり、それらを全て受け止めている。
二人は乱れる呼吸のままにくちづけを繰り返し、暫く快楽の余韻に浸っていた。

結局、あの後は千家と一緒にもう一度風呂に入る羽目になってしまった。
そしていつものように共にベッドに入り、千家の腕に抱かれる。
すぐに寄せてきた眠気を堪えながら、京一郎は朝と同じく尋ねた。
「伊織……明日の予定は?」
千家は京一郎の髪を撫でながら答える。
「明日はお前も三宅坂に連れていく。手伝ってもらいたいことがあるからな」
「私にですか?」
「ああ。どうせもう二、三日もすれば、お前も帝国陸軍の軍人となるのだ。少しぐらい前倒しになっても問題はなかろう」
「……分かりました」
それを聞いて何処か安堵している自分が嫌で、京一郎はわざと言う。
「それにしても今夜はせっかく一人でゆっくり眠れると思っていたのに……貴方の所為で台無しですよ」
「そうか」
「……本当ですからね?」
「ああ」
微笑を含んだ千家の声音に、京一郎は拗ねて口をへの字に曲げる。
なんだか今日は最後の最後ですっかり草臥れてしまった。
髪を撫でる千家の指がやけに心地好くて、次第に瞼が落ちていく。
意識が遠のく。
そして額にくちづける千家の唇を感じながら、京一郎は眠りへと落ちていった。

- end -

2013.10.06


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