on your side


「それで、友達は出来たんですか?」
その質問に、如月は激しく咳き込んだ。
炬燵で向かい合わせに座っていた壬生が、訝しげに眉を寄せて尋ねる。
「……大丈夫ですか?」
大丈夫なわけがないだろう、と返したいのに声が出ない。
ああ、今日のは上等の玉露だったのに胃に入らず器官に入ってしまったじゃないか勿体無い。
そんな馬鹿馬鹿しいことすら考えて、如月は口元を押さえたまま、恨めしげな上目遣いで正面の男を見る。
しかしこんなことになった原因が自分にあるなど、当の本人は全く気づいていないようだった。
「……友達、って……子供じゃあるまいし」
なんとか呼吸を整えて、漸くそれだけ言い返す。
もう一度茶を啜り、痛む喉を潤した。
それに合わせるように、壬生も湯呑みを口に運ぶ。
「大人になってから出来る友人もあります」
「それは屁理屈というものだろう。そもそも遊びに行っていたわけじゃないことぐらい、分かってるだろう?」
「そうですか。それにしては、随分と楽しんでいたようなので」
図星を指されて絶句する如月に、壬生が微笑む。
ここ最近、如月が口にする話題といえば、天香學園でのことばかりだった。
初めは興味を持って聞いていた壬生も、これだけ続くと流石に少々食傷気味になってくるというものだ。
しかもその話をする時の如月は、いつになく楽しそうに見えたし、それは遺跡や秘宝といったものへの期待だけとは到底思えなかった。
自分の知らない場所で、自分の知らない人間と過ごした楽しい時間の話なんてものを 聞かされ続けたのだから、多少の当て付けぐらい言っても罰は当たらないだろう。
壬生の微笑と言葉に含まれたそんな棘は、見事如月に突き刺さった。
「いや……確かに、全く楽しくなかったとは言わないが……」
「そうでしょうね」
「ちょっと待ってくれ。相手は高校生だぞ?」
「高校生と友達になったって構わないと思いますよ」
「それはそうだが……。しかし葉佩君以外の人間には、僕の素性すら知らせていないんだ。 何処の誰かも分からないような奴と、君は友達になれるのか?」
「なら、葉佩君とは」
「葉佩君は友達じゃない。彼は大事な顧客だ」
まるで浮気を疑われているかのように、如月は必死で反論してくる。
友達ぐらい出来ていたっていいのだけれど。
そんな風に思いつつも、如月が動揺している姿にだいぶ満足した壬生は、漸く引き下がることにした。
「なるほど。よく分かりました」
如月は溜息を吐き、改めて玉露を味わう。
考えてみればこれほどうろたえる必要など無かったはずなのに、 やはり天香學園での探索が余程楽しかった所為なのか。
年下の連中に混ざって、自分まで高校生だったあの頃に戻ったような気がしていたのだ。
それを壬生に悟られていたのは、かなりばつが悪かった。

やや気まずい空気を感じながら、二人して黙り込む。
そのとき店先から物音がして二人は同時に目を向けたが、 単に北風が戸を叩いただけだったらしい。
外は風が強いようだ。
「……葉佩君」
一瞬の緊張が解けた後、壬生がぽつりと呟いた。
如月が顔を上げる。
「随分と優秀なハンターみたいですね、彼は」
「そうだな……。腕は確かだと思うよ。僕が見た限りでは、だけどね」
「そうですか」
それきり、また黙り込む。
頬杖を突く壬生の考え込むような表情に、如月は尋ねた。
「……何かあるのかい?」
「いえ。ただ」
壬生は如月から目を逸らし、心なしか歯切れの悪い口調で答える。
「僕もそちらに行ければ良かったな、と」
不意に零れた壬生の本音に、如月がくすりと笑った。
「一人の方が気楽だと言ってなかったか?」
「気楽ですよ。でも仲間と仕事をするのが嫌いなわけじゃありません」
「仲間……か」
その言葉に、昔を思い出す。
彼らに出会うまでは、いつもひとりだった。
誰かを頼ることなど、甘えだと思っていた。
信じられる友に背中を預け、大切なものを護るために闘うなど思いもつかなかったあの頃。
ひとりで何でも出来るのだと、思い上がっていたあの頃。
そして、誰かを愛しく思うことなど―――。
「あれから、もう五年……六年ですか」
壬生も同じように思い出していたのだろう。
懐かしそうに言う。
「そうだな……。随分と経った気がするよ」
「でもまだ、僕たちはこうして此処にいます」
「ああ」
あの時、彼らに出会わなければ、きっと今でもひとりだっただろう。
何が本当の強さなのか、何が本当に大切なものなのかも知らず、ただ使命にのみ生きる孤独な日々を送っていたに違いない。
けれど今は違う。
もうすっかり顔を合わせることも少なくなったけれど、友と呼べる存在があることに変わりはない。
そして何よりも失いたくないと思った人は、今もまだ目の前に居る。
出会った頃を懐かしく思えるほどに時間は流れたけれど、今もこうして互いの瞳に互いを映している。
このままずっと、側にいられればいい。
そんな風に思う。
「……今度、葉佩君から連絡があったら、優秀なバディを紹介したいと言っておくよ」
冗談とも本気ともつかない如月の申し出に、壬生が笑う。
「じゃあ村雨さんも誘って、彼に方陣技を見せてあげましょうか」
「そんなことをしたら、壊さなくていいものまで壊れそうだ」
その状況を想像して、如月も笑った。
二人の日常は未だ平凡なものとは言い難いけれど、こうして過ごす時間はどこまでも穏やかだ。
決して失いたくない、大切な時間。
だから如月は呟いた。
「……また五年後にも、こうして君と、今この時を思い出せるだろうか」
独り言のようなその問い掛けに、壬生は試すような言葉で返す。
「それは……如月さん次第かと」
「僕は変わらないさ。そういう君は、自信があるのか?」
そんな風に言われるのは心外だという顔で、如月はもう一度問う。
「ありますよ」
さらりと言ってのけた壬生に、「なら、大丈夫だな」と答えた。

今までも側にいた。
そしてこれからも、側にいる。
だから何度でも思い出し、何度でも願うだろう。
思い出と未来を、共に作っていきたいと。

- end -

2005.09.17


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