涼風


目的地に近づくにつれ足早になっていく。
昨日の夜に電話で話したときの妙な素っ気無さが酷く気に掛かっていた。
こちらは任務が終了した開放感と久し振りに聴く声に気持ちを昂ぶらせていたというのに、 明日会えると告げてもまるで天気の話でもしているみたいに「ああ、そう」と流されてしまったのだ。
十日ほど前、暫く連絡出来なくなると言ったときも似たような反応だった。
その時はきっと自分の気のせいだろうと思うことにしたのだが、やはりあれは気のせいではなかったらしい。
今回の任務は相手が相手だっただけに報酬も大きかったが、その分時間も労力もいつも以上に必要とされた。
出来るだけ外部の人間と接触しないよう釘を刺されたため、会うことはおろか電話も掛けられずにいた。
そんな面倒な仕事がやっと終わり、喜び勇んで電話を掛けたというのにあの対応は無いと思う。
会えないことに拗ねているだけならばそれでもいいが、こちらとて遊んでいるわけではない。
いつもの古びた店構えが見えてくる頃には、心配は腹立ちへと変わりはじめていた。

店の中は雑然としていた。
確かに普段から雑然とした印象はあったが、そうではなく本当に何か作業の途中だったようだ。
床の上には幾つかのダンボールや木箱が積まれており、棚のあちらこちらが空いている。
そして店主はその箱の山に埋もれるようにして、こちらに背を向けてしゃがみ込んでいた。
「如月さん?」
声をかけると、如月は肩越しに僅かに顔を向けた。
「ああ、紅葉」
「何をしているんですか?」
「新しい品物が入ったんでね。品出ししているところだ」
如月は作業の手を止めることなく答える。
その愛想の無さに、壬生はむっとした。
言いたいことがあるのならはっきり言えばいい。
「如月さ」
「悪いが、ちょっと手伝ってくれないか? そこに積んである一番上の小さい箱あるだろう」
「え?」
「中身を出して、真ん中の棚に並べてほしいんだ。割れ物だから丁寧に扱ってくれよ」
「あ、はい」
壬生は自己嫌悪に陥る。
一言抗議しようとしたのを遮られたうえ、手伝いを頼まれてつい承諾してしまった。
何故こうなるんだと不満に思いながらも、ちょっと迷った末に指定された箱を渋々開けたのは、 中身に多少の興味があったからだ。
小さな木箱の中には更に小さな細長い箱が幾つか収められていた。
「この箱からも出して、中身だけ並べればいいんですね?」
「当たり前だ。福袋じゃないんだから中身が分からなきゃ売れないだろう」
如月は矢張りこちらを見ずに答える。
これが人に物を頼む態度だろうか。
壬生は腹立ち紛れにひとつぐらい壊してやろうかとさえ思いながら、細長い箱の蓋を開けた。
中には柔らかな白い布に包まれた、ガラスの風鈴が入っていた。
その風鈴の美しさに、壬生は一瞬怒りを忘れた。
釣鐘の形をしたそれは海を思わせる深い瑠璃色をしており、そこには細かな切子細工が施されていた。
手に取ると表から差し込む僅かな光がガラスに散って、まるでその中に小さな花火があるようだ。
少し揺らすと、埃っぽい店内を一掃する涼やかな音が響いた。
「……気に入ったのかい」
「えっ?」
如月は立ち上がると、着物についた埃を軽く払う。
「それは骨董品じゃないんだが、ちょっと知り合いに頼まれたものでね。気に入ったかい?」
「え、ええ……」
もう一度、風鈴を眺める。
この店には何度も足を運んでいるが、壬生には価値の分からない物ばかりが並んでいる。
けれどこの風鈴は本当に綺麗だと思った。
母に持っていったら喜ぶかもしれない。
幸い、今は懐にも多少の余裕がある。
「……高いですか?」
「いや、高くない。一万円でおつりがくるな」
「……」
風鈴の値段にしては充分高いだろう。
思わず如月の金銭感覚に首を傾げたくなった。
しかしここで個人的な買い物をしたことはなかったし、 たまにはこういう買い物もいいだろうと壬生が購入を決めかけたときだった。
「だが、君には売れないよ」
如月はそう言って、壬生の手から風鈴を奪い取った。
「如月さん!?」
せっかく治まりかけた怒りに再び火がついた。
しかし如月は睨みつけてくる壬生に背中を向けると、風鈴を手にしたまま店の奥へと入っていく。
「こっちへおいで」
「……」
行き場を失った怒りに唇を噛みながらも、如月の後を追う。
何故こんなにも意地悪をされなければならないのだ。
良く話し合わなければいけない。
覚悟する壬生をよそに、如月は座敷に入ると縁側に面した障子を開け放つ。
小さな庭と青空が姿を現し、部屋の空気が一気に動いた。
「ここがいいだろう」
如月はそう言うと、梁に打ってあった釘に風鈴を掛けた。
入ってきた風に揺れて、風鈴が小さく鳴る。
「……如月さん?」
虚を衝かれたようになって、壬生は如月の横顔を覗き込んだ。
如月は揺れる風鈴を満足げに眺めながら言う。
「こうしておけば、君ももっとここに来たくなるんじゃないかと思ってね。これが気に入ったんだろう?」
……そういうことか。
あの無愛想な態度は、矢張り会えないことへの不満からきていたのだ。
加えてこの行動。
如月にしては珍しく、随分と子供染みたことをするじゃないか。
そんな彼がなんとなく可愛らしく思えて、壬生はつい頬を緩めた。
「……笑いごとじゃないんだがな」
真顔で窘められ、壬生は肩を竦める。
その様子を見て、如月はほうと溜息を吐いた。
「僕は待つばかりなんだ。これぐらいのことはしてもいいだろう」
「……すみません」
意外にも素直に謝られて、今度は如月のほうが慌てる。
「いや、紅葉が悪いわけじゃない。分かってはいるんだが」
「いえ、いいんです」
今となっては腹立たしさよりも嬉しさが勝っていた。
それほどまでに会いたいと思ってくれることが嬉しかった。
二人は並んで風鈴を見上げた。
「本当に綺麗ですね。色も音も」
「持っていけばいい」
「え?」
「お母さんに渡そうと思ったんだろう? だったら持っていけばいい。紅葉から金を取る気はないよ」
「如月さん……」
包んであげるよ、と風鈴を外そうとする如月の手を、壬生は止めた。
「いらないのかい?」
「いえ……でも今日一日は、ここで」
そう答えると、如月は漸く今日初めての笑顔を見せた。
「じゃあ、お茶を淹れよう。片付けはその後だ」
「はい」
風鈴が揺れる。
涼しげな音に心が軽くなる。
流れてくる風にはもう、微かに夏の匂いがしていた。

- end -

2004.06.02


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