カワイイ人
「こんにちは」
「やぁ、壬……」
店先で聴き慣れた声に振り返った如月は、そこで一瞬止まった。
「……どうしたんだい、それ?」
壬生の腕の中には、一匹の薄汚れた子犬が抱かれていた。
「あの、今、そこで拾って……怪我をしていたものですから」
「ふぅん……」
近づいてよく見ると、そこここに噛まれたような痕がある。
子犬は情けなさそうな顔をして小さく震えていた。
「解った。上がりたまえ」
傷の手当てをして貰った子犬は、如月の用意したタオルの上で身体を丸めている。
如月は手を洗って戻ってくると、心配そうにその姿を見つめている壬生に声をかけた。
「もう大丈夫さ。大方、そこいらの野良犬にでもやられたんだろうが、医者に連れていくほどではない」
「そうですか。ありがとうございます」
少しほっとした顔で壬生は言い、それから子犬の頭に触れた。
壬生は少し前から、よく一人でこの店に来るようになった。
それまでにも来たことはあったが、大抵は龍麻達と一緒だった。
特に何かを買い求めるわけでもなく、ただふらりとやってきて、帰る。
お互いに言葉数が多い方じゃないから、それほど会話もない。
けれど如月は壬生が来ることが苦痛ではなかった。
それどころか寧ろ、最近では楽しみに思っていたぐらいだ。
今日も、こうして自分を頼ってくれたことが嬉しかった。
如月は子犬を挟んで、壬生の向かい側に腰を下ろした。
「それにしても、本当に犬が好きなんだな」
「え?」
「ほら、藤咲さんとこの……エルだっけ? あれに手当てをしたんだろう?」
「あぁ……」
壬生は思い出して、少しだけ笑った。
「別に犬だけが特別好き、ってわけじゃないですけど」
「そうか」
「だって……普通、じゃないですか? こういうの」
いくら拳武館だからと言って、罪も無いものの命を奪ったりはしない。
普段、殺伐とした環境に身を置いているからこそ、小さな命を大切にしたいと思うのだろう。
それを普通だ、と言う壬生が、如月はなんとなく嬉しかった。
「そうだな。普通、だな」
「ですよね」
壬生は満足げに笑う。
仲間と大勢でいるときには、見たことのなかった顔だ。
壬生がこんなに優しく笑うことの出来る男だとは知らなかった。
穏やかな顔つきで子犬を撫でる壬生を見ているうちに、如月は自分がとても暖かい気持ちになっていることに気づいた。
「……まるで親子だね」
「は?」
壬生が驚いて顔を上げる。
「そうしていると、母親が子供を寝かし付けているようだよ」
「……」
戸惑う壬生を笑いながら、如月は立ち上がった。
「確か牛乳がまだ少し残っていたはずだ。持ってくるよ」
「……じゃあ……」
「ん?」
台所に向かおうとしたところを振り返ると、壬生は相変わらず子犬を撫で続けている。
それから、妙に小さな声で言った。
「じゃあ……如月さんが父親……ですかね」
「……」
壬生が顔を向けないのは、きっと赤くなっているのを見られたくないからだろう。
如月は思わず目を細めた。
「ああ、そうだな。君さえ良ければ、だが」
その言葉に壬生は更に顔を俯けて、それから更に漸く聞き取れるぐらいの小さな声で、はい、と言った。
「ミルクを持ってくるからちょっと待っててくれ」
如月は今度こそ台所へと向かう。
(まるでプロポーズでもされた気分だ)
壬生が一人で来るようになってから、意外な面ばかり見せられている。
それは同時に壬生にとっても意外なことだったに違いない。
そして自分はそんな彼に幻滅するどころか、どんどん好きになっている。
出来ることならばこれからも見ていたいと思う。
一番意外なのは、そんな僕かもしれないな。
牛乳を小皿に注ぎながら、如月は暫くそこでクスクスと笑い続けていた。
- end -
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