翡翠
「寒い……」
壬生は肩を竦め、マフラーに顔を半分埋めるようにしながら呟いた。
吐いた息が白くなって、目の前に広がる。
今日は朝から薄雲が広がっているせいで、午後になっても気温は一向に上がらない。
不意に冷たい指が指先に絡みついてきて、如月はそれをするりと振り解いた。
確かに手を繋いだら暖かいだろうけれど、こんな人通りのあるところではさすがにやるべきでない。
「……駄目だ」
横目でじろりと睨みながら言ってやると、壬生は拗ねたように眉尻を下げる。
自分よりずっと体の大きな壬生が、まるで子供のように見えて如月は笑った。
「あ……」
しばらく歩いていると、壬生が突然足を止める。
目の前には「骨董市」と書かれた立て看板があった。
壬生は期待のこもった眼差しで如月を見るが、如月はしかめ面で首を横に振る。
「これなら知っていたが、たいした店は出ていない。わざわざ足を運ぶだけ無駄だ」
「でも、思わぬ掘り出し物があるかも」
「可能性が無いとは言わない。だが、限りなく低いだろうな」
「低くても可能性があるなら、行ってみましょうよ」
「……そんなに行きたいのかい?」
「はい。行きたいです」
「……」
壬生は自己主張は激しくないが、一度言い出したら聞かないところがある。
今日は食料品や雑貨の買い出しに来ただけで他に用事もないし、このまま帰るだけならば少し寄り道しても構わないか。
如月が溜息混じりに看板が指す方向へと歩き始めると、壬生はマフラーの中で笑みを作りながらその後を追った。
表通りから少し奥に入ったところにある、公民館のような建物のホールでその市は開かれていた。
長机の上にところ狭しと並べられた壷や食器、工芸品の数々は、その価値はさておき見るだけでも充分楽しめそうだ。
それぞれの机の向こう側には年齢も容貌も様々な、店主とみられる男達がぽつぽつと座っている。
しかし客はそこそこ入っているようだったが、恐らくほとんどは冷やかしなのだろう。
お世辞にも盛り上がっているとは言い難い雰囲気だった。
「……ほらな。ろくなものじゃない」
如月は壬生にだけ聞こえるよう、小さな声で囁いた。
けれど壬生はそう思ってはいないようだった。
「そんなことないですよ。……あ、あっち」
壬生は何かを見つけたらしく、足早にそちらに向かう。
如月はもう一度溜息をついて、後についていった。
「綺麗ですよ」
壬生が見ていたのは宝石や鉱物の原石や、天然石で作られた装飾品の店だった。
加工する前の石が仰々しく台座に乗せられていたり、パワーストーンの効能!などという胡散臭い文句の書かれたPOPが貼られている。
とうてい骨董品とはいえない代物だったが、こういった催しには必ずこの類の店がひとつふたつは混じるのだ。
如月は思わずぞっとして、後ろから壬生のコートの袖をつんと引っ張った。
「……?」
「……」
いぶかしげに振り返った壬生に、如月は小さく顔を振る。
どうやらここに並んでいる品物は真贋が怪しいようだ。
もしくは値段と不釣り合いなものか。
「……大丈夫ですよ」
キスでもしてしまうのではないかというぐらいに顔を近づけて、壬生が如月に囁き返す。
そして、再びその天然石に視線を落とした。
黒曜石と書かれた、黒く艶やかな石で作られたペンダントヘッドを壬生が手に取る。
それを如月に見せると、品物をじっと見つめた後でやはり首を振った。
壬生はにっこりと微笑んで、それを元の位置に戻す。
そんなことを幾度か繰り返す間も、店主の親父は無視を決め込んでいた。
壬生はゆっくりと歩を進め、机を移動していく。
そして最後に、薄緑色の石がはめ込まれた指輪を手に取った。
「……」
またしても壬生がそれを如月に見せる。
如月はしばらくそれを眺めた後、今度は値札を見て顔をしかめた。
如月が何か言いたそうなのを察して、壬生が耳を寄せる。
「……そこまでの価値はない」
如月が囁いた。
要するに本物ではあるが、値段が高すぎるということらしい。
けれど壬生はさも嬉しそうな笑顔になると、その指輪を店主の親父に差し出した。
「これ、ください」
「……み、壬生!」
「いいんですよ」
「……っ」
結局、壬生はその指輪を買ってしまったのだった。
市を出てから、如月はずっと不機嫌だった。
「どうして怒ってるんですか?」
壬生が尋ねると、如月がますます眉間のしわを深くする。
「当たり前だろう。せっかく僕が教えているのに、何故わざわざ騙されるような真似をするんだ」
「でも、とても気に入ったので」
「……」
確かに質の悪いものでは決してなかった。
だが、そこまでして欲しがるようなものにも思えない。
そもそも壬生だってある程度の真贋を見抜く目はあるはずだし、くわえてああいったアクセサリーに興味があるとも思えなかった。
もしかして何か特別な理由があったのだろうか。
如月は尋ねる。
「……何故、あんなものが欲しかったんだ」
「だって」
壬生は足を止め、持っていた袋の中からそれを取り出すと如月に差し出した。
「……なんだ?」
「僕の指にはめてもらえませんか?」
「はぁ?!」
「駄目ですか?」
如月は周囲を見回す。
今なら特に人通りもないから、不審に思われることもないだろう。
「……べ、別に構わないが……」
何故だかここで断ったら負けのような気がして、如月はそれを受け取った。
まったくもって訳が分からない。
猛烈に照れ臭くはあったが、如月は壬生の冷たい左手を取った。
そして薬指にそれをはめる。
「……これでいいのか」
「ありがとうございます」
少し緩いその指輪を、壬生は本当に嬉しそうに眺める。
再び二人並んで歩きだしながら、壬生が言った。
「何も言ってないのに、ちゃんとこの指にはめてくれたんですね」
「そっ、それは……!」
そういえば、そうだ。
その指の意味は知っていたものの、完全に無意識だった。
無意識だったからこそ尚更恥ずかしくて、思わず顔が熱くなる。
「深い意味はない! それは、たまたま……」
「そうなんですか? それでも嬉しいです」
「っ……」
「それにこの石……翡翠ですよね?」
「!」
そう、その石は翡翠だった。
如月と同じ名前を持つ石。
「だから、欲しかったんです」
「……」
そう言って、壬生は石にそっとくちづける。
その横顔がとても綺麗で、やはり恥ずかしくて、如月は足を早めた。
「あっ、待ってください、如月さん」
「……そんなもの……もっといいものを、ちゃんと僕から……」
「え? なんですか?」
「……なんでもない! さっさと帰るぞ!」
「……はい」
ぶつぶつ言う如月に乱暴に手を掴まれて、壬生はますます嬉しそうに笑う。
白い息を弾ませながら、手を繋いだ二人は人混みへと消えていった。
- end -
2012.12.04
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