断罪
腐りかけた木の扉を開けると、饐えた匂いがムッと鼻についた。
「……紅葉」
君は部屋の片隅で、まるで木偶人形のように壁に凭れて座っていた。
僕の声に、ゆっくりと顔を上げる。
見えたのは、生気の無い瞳。
だらしなく開かれたままの口元。
乱れて頬に掛かっている髪。
白く滑らかだった肌には、紫色の痣と擦り傷が点々と散っている。
粥の入った皿を紅葉の前に置こうとして、その足元に出来ている水溜りに気づいた。
嫌な匂いがする。
「……漏らしたのかい?」
皿を離れた床の上に置いてから、僕は紅葉の頬を思い切り張った。
「ううっ!」
紅葉は呻く。
「ダメだろう。いつも言っている。ちゃんと向こうでするんだ」
「……」
痛みに顔を歪めたのも束の間、すぐにぽかんとした表情になって僕を見上げる。
足枷など無いのだから、意志さえあれば粗相をするはずがないのに、紅葉はそうしない。
僕は部屋の中にあった毛布で、乱暴に床を拭いた。
「紅葉……お腹が空いただろう?」
紅葉は返事をせず、ただ虚ろな目で僕を見上げている。
何か言いたそうに唇が震えているが、そこから言葉は出てこなかった。
「空いてないのか?」
顎を持ち上げ、その目を覗き込んで問いかける。
ずっとそうしていると、次第に紅葉の瞳が潤んできた。
「紅葉……」
こうしていると、君は少しも変わっていない。
切れ長の目も、薄い唇も、すっと通った鼻筋も、
僕が愛して愛して愛して愛し抜いていた君と、少しも変わってはいないのに。
けれど変わっていないのはその造作だけで、君の心はすっかり変わってしまったんだね。
三ヶ月前、紅葉の母が死んだ。
紅葉が自分の命に代えても護りたいと思っていた母親だった。
彼女を護るために紅葉は辛い任務に耐えることを選び、一途に遂行してきた。
それなのに、そんな彼の決意は無駄に終わってしまった。
残されたのは、償いきれない己の罪と底無しの虚無感。
今までの全てが否定され、これからの生きる方法を見失った。
それは当然の結末だったのかもしれない。
君は自分の犯した罪の重圧に耐え切れず―――壊れた。
君はただひたすらに、僕に自分を裁いてくれと強請った。
そうしなければ僕はもう生きていけない。
この恐ろしい自分を抱えたままで、生きていくことは出来ない。
あなたが僕の罪を裁いてくれれば、僕は少しだけ自分を赦せるかもしれない。
罪を償ったような気になれるかもしれない。
君はただそう言って、僕に縋りついた。
何も望まなかった君にここまで懇願されて、僕に断ることが出来ただろうか。
僕は君を家の地下にあった隠し部屋に閉じ込めた。
君が自分を赦せるまで。
君がもう一度僕と生きる気になってくれるまで。
僕は君の望み通り、君を裁いてあげるからと。
僕は紅葉に噛み付くような勢いでくちづけた。
乱暴に舌を捻じ込んで、紅葉の舌を絡め取る。
「んっ、んっ……」
君は待っていた餌を貰えた犬のように、喜んで僕に吸いついてくる。
正しく互いを貪り合いながら、僕は紅葉を冷たい床の上に押し倒した。
痩せて力を無くしてしまった君の身体は、抵抗もなく仰向けに倒れる。
浮き出てしまった鎖骨をなぞり、その肩を抱く。
今の君には、誰を殺すことも出来ないだろうね。
そしてそれこそ、君が望んだことなのだろう。
冷たい肌にはすぐにじっとりと汗が滲み出し、君が欲情していることを伝えている。
僕は君の唇から唇を離し、首から胸へと舌を這わせてゆく。
「ふっ、う……」
既に固くなっている乳首を舐めてやると、君は喉を見せて喘いだ。
「んっ! あっ、んっ」
これが、言葉さえ喋らなくなった君が唯一声を上げるときだ。
名前こそ呼んではくれないが、君の声が聞きたくて、僕は君を抱く。
君は余程そこが気持ち良いのか、僕の空いた方の手首を掴んで、もう片方の胸に誘った。
「……こっちもかい?」
片方は唇で、片方は指先で弄ってやると、紅葉は頭を左右に振って悶える。
「あっ、あっ、あ、うう……あ、はぁっ……」
壊れる前の君は、ここまで乱れることはなかった。
もっと早く、こんな風に僕を求めてくれたら良かったのに。
そうしたら君は、こんな姿にならずに済んだかもしれないのに。
君がこんなにも僕を求めてくれていると、どうしてもっと早く気づかなかったのだろう。
「ああっ、うう、ん……」
君は喘ぎながら、自分のものに手を伸ばした。
僕はそれに気づいて、手を振り払う。
「自分で触ったらダメだ」
「ううっ……」
まるで子供のようにイヤイヤをする。
扱いてほしくて仕様がないようだ。
見ればすっかり勃ち上がったそれは、今にも弾けそうなほどに充血して震えていた。
先端から零れた透明な蜜が、僅かな灯りに反射して光っている。
「……解ったよ。ここもしてほしいんだね?」
紅葉は唇を噛んで、その端から唾液を垂らしながら呻く。
僕は思わず目を逸らした。
ねぇ、紅葉。
君を抱いているのは僕だよ。
翡翠だ。
壊れた心のずっと奥でもいいから、それだけは解っていてほしい。
僕は紅葉の屹立したものをそっと掴んで、唇を寄せた。
「は、ああっ!!!」
先端に唇が触れただけで、君は身体をぶるっと震わせる。
「……そんなにしてほしかったのかい?」
「ふ、うう」
君は半分泣いているような声を上げる。
毎日のように繰り返される愛撫。
それでも君は毎回、こんな風に歓喜に身を震わせるのだ。
わざと焦らすように、舌先で逞しいそれの形をなぞる。
眠ることも食べることもどうでも良くなってしまった君が、たった一つ欲するもの。
君は腰を突き出し、もっとと強請る。
僕は唇を開き、それを少しずつ深く飲み込んでゆく。
唇と舌を何度も滑らせ、それを味わう。
「あああ、んっ、あっ、はぁっ」
紅葉の爪が、固い床を引っ掻いている。
ああやって、また爪を割ってしまうのだ。
紅葉の指先は、いつも血だらけだった。
「はっ、あっ、んっ、あっ」
紅葉は規則的に腰を突き出して、僕の喉を突く。
このままイきたいのだろう。
けれど僕は唇を離した。
「あ……」
紅葉が頼りなげな声を出す。
僕は彼の頬を撫ぜて、微笑んだ。
「大丈夫だよ、紅葉。今から、君が一番欲しかったものをあげるから」
そう。
君を裁くと言いながら、結局僕は君を愛おしんでしまう。
君がいつまでも閉ざされた世界から抜け出してこられないのは恐らく―――僕の所為だ。
だって仕方が無いじゃないか。
あんなに愛していたんだ。
そして今も、こんなに愛しているんだ。
君がもう僕を見ていないとしても、僕は君だけを愛しているんだ。
裁くのではなく、愛することで君を救えないだろうかと、僕はいつまでも惨めな希望を捨て切れない。
君の虚ろな瞳を見れば、その答えなどとうに解りきっているというのに。
僕はズボンのファスナーを下ろし、自分のものを取り出した。
こんな悲しい君の姿を見ながら、僕は矢張り勃起していたのだ。
浅ましい自分。
汚らわしい自分。
君もこんな気持ちでいたんだろうかね。
紅葉の両足を持ち上げて、後ろの蕾を露にする。
それは僕を待ち構えて、ひくひくと震えていた。
「紅葉……」
僕が先端を宛がうと、紅葉の身体がびくりと跳ねた。
僕は緩々とその中に、己を刺し入れてゆく。
受け入れることにすっかり慣れたその場所は、僕をどんどん飲み込んでいった。
「ああっ……紅葉……」
あまりの気持ち良さに、僕もつい声を漏らしてしまう。
何度入っても気持ちがいい。
温かくて、僕に絡みついて放さない君の肉。
この場所だけはまだ、ちゃんと僕を愛してくれている。
「くれ、は……っ」
堪らずに、勢い良く最奥まで一息に貫く。
「んああああっ!!!」
くぐもったような声で、君が叫んだ。
それからはもう、乱暴にただ何度も君を突き上げた。
床に擦れた君の背中は、きっとまた傷ついてしまっているだろう。
痩せて骨張った君の身体は、すぐに擦り切れてしまうから。
それでも君は痛みなど感じている様子もなく、僕の背中を必死に掻き抱く。
ずっ、ずっ、という肌の擦れる音と、繋がった場所から漏れる湿った音。
君の泣きながら喘ぐ声。
荒く、熱い呼吸。
もう何も考えられない。
このまま君を完全に壊してしまいたい衝動に駆られる。
何処にも行かなくていい。
そんなに辛いのなら、ずっとこのままでもいい。
君がどんな風になろうとも、僕は君だけをずっと愛してるから。
僕はずっと君の側にいるから。
だから安心して、そこにいればいい。
僕は君を愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
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愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
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愛してる。
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愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してるんだ。
僕だけの。
僕だけの、紅葉。
君の後ろから、僕の吐き出した白い液体が流れ出ている。
そして君の身体の上にも、君自身の吐き出したものが広がっている。
可哀想に。
こんなに汚れて。
ぐったりとして動かず、目も閉じたままの紅葉の身体や顔を拭いてやった。
それから乱れた髪も整えてやる。
毛布はさっき汚してしまったから、また新しいのを持ってこないといけないね。
寒いかもしれないけど、少しだけ我慢していてくれ。
目が覚めたら食事をしよう。
どうしても食べなければ、僕が口移しで食べさせてあげるから。
そうしたら少しは食べてくれるだろう?
ああ、綺麗になったよ。
やっぱり君は綺麗だ。
傷が化膿したらいけないから、薬も持ってこようね。
じゃあ、少し待っていてくれ。
今、上に行って取って来るよ……。
扉が開いて、再び閉まる。
暗闇の中、冷たい床に横たわった紅葉の唇が微かに動いた。
キ サ ラ ギ サ ン
その声は、誰に届くこともなかった。
- end -
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