修練
大声で叫んだ。
思い切り、腹の底から叫んだ。
そうせずにはいられなかったからだ。
澳継の渾身の蹴りは溜めた氣と共に目の前の太い木の幹にぶち当たったが、
勢いの割りには表面の皮がちょっと吹き飛んだだけで、たいした威力は無かった。
集中出来ていない証拠だ。
「糞ッ!!!」
苛々して足元の枯れ草を蹴り上げる。
腹の中にも頭の中にも、言いようのないもやもやしたものが溜まっていた。
―――糞ッ! 糞ッ! 糞ッ!
口の中で毒突きながら何度も地面を蹴り上げるが、
思うような手応えが得られないせいで苛立ちは倍増する。
そのうちに枯葉に足を取られ、もんどりうって無様に尻餅をついてしまった。
腰と背中を強く打って、一瞬息が詰まる。
痛みがひくまでにしばらく掛かった。
「いってぇ……」
漸く息が出来るようになると、澳継は腰を摩りながら呟いた。
なんだか物凄く惨めな気分だ。
そのまま仰向けに寝転がって、空を見上げる。
高いところで網のように重なり合った木の枝。
その向こうには今の澳継の気持ちを代弁してくれるかのような曇り空が広がっていた。
原因は分かっている。
最も見られたくないところを、最も見られたくない相手に目撃された挙句、更に恥ずかしい目に合わされたことは忘れようにも忘れられることではない。
しかもその相手とは、顔を合わせないで済む日は無いのだ。
その度に激しい羞恥心と腹立たしさに襲われて、どうにもならなくなってしまう。
そんなときの澳継に出来ることといえば、こうして山奥の鍛錬場でその苛立ちを発散させることぐらいだった。
どうしてあの時、もっと本気で抵抗しなかったのだろう。
自分自身、その問い掛けには散々言い訳をしてきた。
不意打ちだったから。
動揺していたから。
向こうが無理矢理。
けれどどんな言い訳にも、もう一人の自分が必ず茶々を入れてくる。
―――本気で嫌じゃなかったからだろう?
あんな奴、大嫌いなのに。
触られたくもないのに。
認めたくない感情が自分の中に、確かに在ることを思い知らされる。
澳継はぶるりと身震いをした。
思い出すのは頭じゃない。
身体が思い出すのだ。
あのときの指の感触や、首筋に感じた吐息、背中に押し付けられた体温。
自分で慰めるのとはまったく違う快感。
身体が思い出す。
そしてもう一度―――もう一度欲しいとせがむのだ。
「……糞ッ!!」
思わず両手で顔を覆った。
まるで自分が自分でなくなってしまったような気がする。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
悪いのは全てあいつだ。
緋勇 龍斗。
「……こんなところで昼寝か?」
「!!!!!」
頭上から降ってきた声に、澳継は飛び起きようとした。
それが出来なかったのは龍斗が澳継を跨いで、しっかりと腹の上に乗っかっていたからだった。
「て、てめぇ、気配を消して来るなんて汚ぇぞ!! とっとと退きやがれ!!!」
「別に気配を消したつもりなんてなかったけどなぁ。お前が勝手に気づかなかっただけだぞ」
「……いいから、そこ退け!!!」
澳継は龍斗に殴りかかるべく腕を振り回す。
しかし振り上げた両腕は、あっさりと龍斗に捉えられてしまった。
「離せよ!!」
「やだね。だってお前、逃げる気だろ?」
「なにが…っ」
「この間のことまだ怒ってるのか?」
「……」
勿論、怒っていた。
自分自身に腹立たしくて仕方が無い。
そう言えば龍斗は自分を解放するのだろうか?
澳継が答えられずにいると、両腕を湿った地面に押し付けながら龍斗がゆっくりと上半身を倒してくる。
「なぁ、怒ってるのか?」
次第に近づいてくる顔に、澳継は顔を背けた。
鼻先に枯れ草が触れてくすぐったい。
心臓が早鐘を打ち始める。
「本当は怒ってないよな?」
「怒ってる、に……決まってるだろっ……」
必死に声を振り絞った。
息が苦しい。
逃げられそうなのに逃げられない。
このままでは、また同じことを繰り返してしまう。
「……嘘だ」
龍斗の唇が頬に当たったのが分かった。
柔らかくて少し冷たい。
しかしその唇はそのままじっと動かない。
澳継は次第に焦れてきた。
このまま顔を正面に向ければどうなるか、想像は簡単につく。
「澳継」
唇の動きをそのまま頬に感じる。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
嫌いなのに。
大嫌いなのに。
澳継はそむけていた顔を、少しずつ正面に戻した。
唇が、重なる。
「んんっ……!」
途端に、龍斗は澳継の唇を激しく吸った。
待ち構えていたかのように性急に舌を差し入れて、澳継のそれを絡め取る。
慣れない接吻と圧し掛かる重さに、澳継はふぅふぅと苦しそうに息を漏らした。
もう逃げ出さないと判断したのか、龍斗は澳継の両腕を離して、その襟元をぐいと開く。
澳継は咄嗟に龍斗の二の腕を掴んだが、それは抵抗というよりも寧ろ縋るような手だった。
「ん…ぅ……」
龍斗の掌が髪から頬、頬から首筋を這う。
剥き出しにされた肩が冷えた空気に晒されている。
寒いはずなのに、身体の奥が熱いせいかあまり感じない。
奪われたままの唇からは、飲みきれない唾液が溢れて零れる。
なにがなんだか分からない。
頭の中がぼうっとしてくる。
「ぅんッ……!」
冷たい指先に胸の突起を摘まれた瞬間、喉の奥からおかしな声が出てしまった。
同時にびくんと跳ねた足先が地面を蹴って、がさがさと乾いた音が立つ。
龍斗の指はそのまま円を描くように突起の上を滑って、むず痒いようなぞくぞくするような変な感じが腰の辺りをのぼってくる。
嫌だ。
澳継は身を捩り、龍斗の背中をほとほとと叩いた。
「……少しはおとなしくしろよ」
ようやく唇を解放した龍斗が、苦笑交じりに言う。
強く反論する気力もなく、澳継はそれでも小さく唸りながら龍斗の頭やら腕やらを叩いた。
子供が駄々を捏ねるようなささやかな抵抗を受けながら龍斗の顔が降りていく。
やがて開かれた胸元に辿り着くと、小さな乳首を吸い上げられた。
「…ハ…ッ……」
龍斗はぴちゃぴちゃと濡れた音を立てて澳継の肌を味わう。
澳継は喉を見せて、短く息を吐き出した。
さっきから張り詰めた下肢がじんじんと痛んでいる。
胸に与えられた刺激に、痛みは更に増していった。
「や、やめ……ろッ……」
このままでは、この前以上に恥ずかしい思いをしてしまう。
しかもここは外だ。
恐怖にも似た感情が龍斗を拒否させた。
澳継は今度こそ本気で龍斗の頭や肩を殴る。
それでも龍斗はやめようとしない。
生暖かい舌が肌の上を滑っていく。
「俺がやめたら、また自分でする気か?」
意地悪いことを言いながら、龍斗は硬く張り詰めている澳継の中心をするりと撫でた。
そのまま両足の奥から屹立の先端に沿って何度も掌を滑らせる。
「あ……ぁ…やめっ……」
澳継は龍斗の肩の辺りを掴んで、顔を振る。
そのたびに枯れ草が耳元で音を立てた。
「無理すんなって」
龍斗の指が袴の帯を解こうとしている。
殴って、突き飛ばして逃げるなら今だ。
けれど再びもう一人の自分が意地悪く囁きかける。
―――本当は嫌じゃないんだろう?
そんなはずがない。
望んでいるなんて、そんなわけがない。
躊躇っているうちにも、手際良くそれは膝の辺りまで下ろされてしまう。
「だ、誰か来たらどうすんだよッ!」
本当はそういう問題ではないような気がしたが、咄嗟にそちらに考えがいってしまった。
「大丈夫。誰も来ない」
「んで、そんなこと」
「大丈夫だって」
「……」
龍斗は何故か自信満々に言い切る。
あまりに断言するので反論する隙がない。
いつもそうだ。
龍斗が言い切ると、何故か誰もが納得してしまう。
あの天戒でさえもだ。
だからこうなってもいいのだ、仕方ないのだと澳継は自分を許してしまいそうになる。
なんの根拠も無いし、理屈も通ってないが、そう思うしかなかった。
思いたかった。
やがて全てを剥がされ、龍斗の指が澳継自身に絡んだ。
「あっ……!」
ずっと待っていた感触だ。
身体が欲しがっていたものだ。
歓喜に震えるそれを龍斗がゆるゆると扱き始める。
「ああぁ………」
鈴口にはすぐに透明な露が滲み、龍斗の指先を濡らしてゆく。
澳継は地面の草を掴み、溢れ出そうになる声を堪えた。
その間にもう片方の指が後孔にそっと触れる。
澳継はびくりとして、身を硬くした。
「ぅ……いやだ……」
「大丈夫」
また「大丈夫」だ。
いったい誰がどう大丈夫だというのか。
龍斗の武道家とは思えないような、すらりとした指が澳継の中へと滑り込む。
ゆっくりと進んでいく指に内壁を探るように擦られて、澳継は異物感に顔を歪ませた。
それに気づいた龍斗は、前への刺激をより強くする。
「ぅ、んっ……!」
駄目だ。
ずっと我慢していた分、押さえ込んでいた衝動は少しでも早い解放へと急かす。
とめどなく溢れる蜜には、既に白い色が混じり始めていた。
澳継は荒い息を吐きながら、未だ龍斗に乗られたまま自由の利かない両足をもじもじと動かした。
限界がすぐそこまで来ている。
それなのに、龍斗の手はあっさりと離れてしまった。
「え……っ…?」
期待を裏切られて、澳継は顔を顰めながら龍斗を見る。
「お前ばっかりじゃ、な」
分かってるだろ?と言わんばかりに龍斗は薄く笑った。
しかし自分のことでいっぱいいっぱいな澳継にはよく分からない。
龍斗が自分の帯紐を解くのを訝しく眺める。
その中心が猛っているのは傍目に見てもすぐに分かった。
まさか―――。
「ちょ、てめ……」
慌てて身を起こそうとしたときには、もう遅かった。
龍斗は澳継の両足首を掴むと、肩の上に担ぎ上げた。
「てめッ……! やめろ!!!」
さすがの澳継もこの格好には耐えられない。
足をばたつかせ、上半身を起こそうとする。
我ながら、かなりみっともない姿だ。
「やめろ!! やめろってば!!!」
「やめない。お前も漢なら覚悟を決めろ」
「んだ、そりゃ!!!」
「この前に続いてお前ばっかり気持ちいいのは狡いだろうが」
「知るか! てめぇが勝手にやってんじゃねぇか!!」
「あのなぁ……あんまり騒ぐと泰山の友達が来ちまうぞ?」
「!」
龍斗の脅しに思わず口を噤んでしまった。
その瞬間、屹立したものが澳継の後孔にあてがわれる。
さっき少しばかり慣らされたからといって、そう簡単に上手くいくはずがないのに。
龍斗がぐっと腰を落とすと、鋭い痛みが走った。
「うぁ……ッ…やめ、ろ……」
些細な痛みには人より耐性が出来ているつもりだ。
でもこの痛みはまったく質が違う。
身体をまっぷたつに引き裂かれるようだ。
「澳継……力、抜いて……」
懇願するような声に、澳継は龍斗の顔を見上げた。
紅潮した頬、潤んだ目。
龍斗の興奮を目の当たりにして、腰の辺りがずんと重くなる。
龍斗が自分に欲情しているという事実が、澳継を興奮させていた。
「……ッ…」
ぐっと唇を噛んで、痛みに耐える。
無理な姿勢に腹の辺りが苦しくなる。
澳継は龍斗の袖を千切れるほどに強く掴み、ただそれが最後まで入ってくるのを待った。
酷く長い時間が経ったような気がする。
ようやく根元まで身を沈めた龍斗が、はぁと息を吐いた。
「澳継………」
龍斗がうっとりと名を呟きながら、上半身を傾けて唇を重ねてくる。
それから少し照れたような口調で、澳継の耳元に囁いた。
「……ありがとな」
「……」
龍斗は狡い。
かなり卑怯だ。
そんな風に言われたら、後で咎めづらくなってしまうのを知っているくせに。
それを合図に龍斗はゆるゆると腰を前後に動かし始めた。
そして澳継のすっかり萎えてしまったものをその動きに合わせて扱く。
「う…ッ……ぁ…あ……」
突かれるたびに声が漏れてしまう。
澳継はそれを堪えるために自分の指を強く噛んだ。
「澳継……」
龍斗は深く浅く澳継を突き上げる。
そのたびに引き攣るような痛みが走り、それと同時に身体中を満たす奇妙な充足感も感じる。
なんなのだろう、これは。
早く終わってほしい。
終わってほしくない。
初めて味わう一体感に澳継は戸惑っていた。
突然、頭上でばさばさと鳥が舞った。
どきりとして目を見開く。
龍斗の顔が目に入る。
初めて見る表情だ。
多分、こんな顔をしている龍斗を見るのは自分だけだろうと思う。
目が合うと、龍斗が微かに笑った。
「あぁ……ッ!!」
勢い良く貫かれ、嬌声を上げる。
痛みとは別に与えられる快感に、澳継のものが次第に屹立を取り戻す。
「あ、ぅ……あぁ……あッ」
いつのまにか龍斗の動きは激しさを増していた。
それに合わせて、かさこそと枯れ草の鳴る音が辺りに響く。
繋がった部分が熱い。
なすがままに揺さぶられ、次第に高まっていく。
「い……いや、だ………」
こんな風に達したくない。
きっとまた忘れられなくなる。
また欲しくなってしまう。
澳継はぶるぶると身体を震わせた。
「龍斗……いやだ……やめろ……ッ…!」
「……澳継」
拒絶の言葉と反比例して、龍斗が突き上げを激しくしていく。
龍斗の掌の中の澳継が解放を求めてびくびくと脈打つ。
「やだ……やめろ……ッ……やッ…―――!!!」
「―――…ッ!」
一際高く声があがり、澳継が背中を逸らして弾けた。
腹から胸の辺りに、乳白色をした精が飛び散る。
その瞬間の締め付けに耐えかねて、龍斗も自身を解放した。
龍斗は澳継の上に覆いかぶさったまま、しばらく動かずにいた。
澳継もそれを跳ね除ける気力が戻らず、ただ黙ってそのままに任せていた。
「……気持ち良かっただろ?」
ふいに囁かれた無神経な科白に、澳継は思い切り龍斗の横腹を殴りつけた。
「痛ぇッ!」
「ふざけん―――ッ!」
転がる龍斗に草を掴んで投げつけようとして、下肢に走った鋭い痛みに動きが止まる。
龍斗が恐る恐る覗き込んで尋ねた。
「……だ、大丈夫か?」
「大丈夫なわけねェだろ……」
大声を出すのも痛みに響いて、澳継は抑えた声で言って龍斗を睨みつける。
「冗談じゃねぇ。どうしてくれんだよっ」
「……すまん」
さすがの龍斗も申し訳ないと思ったのか、神妙な顔をして頭をさげた。
そしてすぐに顔をあげて。
「あ、でも慣れれば痛くなくなると思うぜ」
「……」
後で絶対に半殺しにする。
澳継は痛みを堪えながら、心の中で誓った。
- end -
2003.02.01
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