その場所は俺のもの


夕餉の香りに誘われて、澳継は座敷に顔を覗かせた。
しかしすぐには入ってくることをせず、どことなく落ち着かない目つきで中を見回している。
それに気付いたのは、配膳係りの村人と談笑していた桔梗だった。
「おや、坊や。漸くお目覚めかい? まったく、よくもそれだけ寝ていられるものだねぇ」
「う、うるせぇな。人がどれだけ寝ていようが勝手だろう」
澳継はそう言って、唇を尖らせた。
けれどその口調には、いつもの勢いが無い。
聡い桔梗が、それに気付かないはずがなかった。
「……どうしたんだい?」
「何がだよ」
「どうも様子がおかしいじゃないか。気になることがあるんなら、はっきりとお言いよ」
「べっ、別に気になることなんか……」
明らかにうろたえている澳継を、桔梗は内心笑った。
澳継がこんな風になるとき、原因が何にあるかよく知っている。
そして、白状させるのに効果的な方法も。
桔梗は肩を竦め、何気無さを装いながら言った。
「なら、いいさね。……それにしても、九桐とたーさんは何処行っちまったんだろうねぇ。昼から姿を見ないようだけど」
すると澳継は、桔梗の思惑も知らずに、予想通りの反応を見せた。
「あいつら、まだやってんのかよ?!」
目を丸くして声を上げた澳継を見て、桔梗はしてやったりの笑みを浮かべる。
龍斗の名前を出せば、必ずぼろを出すはずだと思ったのだ。
「おや。あんた、あの二人が何処にいるのか知ってるのかい?」
「……」
澳継は答えない。
さてはまた龍斗とつまらない喧嘩でもしたのかと思いつつ、なんにせよこの坊やはきっかけを作ってやらないことにはどうにもならないだろうと、桔梗は気を利かせてやることにした。
「知っているなら、さっさと二人を呼んできておくれよ。 せっかくの食事が冷めちまうからね。いいかい?」
いつもならば、こんな面倒な用事を澳継が引き受けるはずもなかった。
しかし桔梗の読みは当たっていたらしい。
「……チッ、分かったよ」
面倒臭ぇなあ、と呟きながら、澳継は座敷を出て行く。
その後ろ姿が妙に早足なのを見て、桔梗は呆れながらも忍び笑いを漏らした。

澳継と九桐、そして龍斗の三人が霊場に居たのは、まだ日も高い時刻だった。
やたらと張り切る九桐の所為で散々深くまで下りるはめになって、 澳継はすっかり飽きていたし、疲れきってもいた。
そんな中、漸く地上へと戻り始めたとき、九桐がしみじみと感心したように言った。
「それにしても、あの技……双龍螺旋脚といったか。あれは、いつ見ても気持ちがいいな」
それは澳継と龍斗が二人で発動させる、方陣技の名前だった。
澳継にしてみれば、龍斗と協力しなければならないのが些か不満ではあったが、 雑魚を一気に叩き潰せるという意味では確かに気持ちが良かった。
龍斗が笑いながら言う。
「九桐だって、天戒と澳継との技があるじゃないか」
「まぁ、そうなんだが……」
九桐は少し考え込むような素振りを見せた後、いいことを思いついたとばかりに龍斗に顔を向けた。
「なあ、師匠。俺と二人で発動出来る、新しい技を作ってはみないか?」
「は?」
そう声を出したのは龍斗ではなく、澳継だった。
何を言い出すんだ、こいつはと思った澳継とは対照的に、しかし龍斗はその提案に平然と答えた。
「ああ、別に構わないぜ」
「そうか! では、早速」
「え、今からか?」
「思い立ったが吉日と言うだろう」
九桐は意気揚々と、今来たばかりの道を戻っていく。
さて、困ったのは龍斗だ。
承諾はしたものの、まさか今すぐに実行することになるとは思ってもみなかったのだ。
しかも澳継が早く屋敷に戻りたがっていることも、その表情から察している。
龍斗は九桐の後ろ姿と澳継の顔を交互に見比べながら、動けずにいた。
「……俺は帰るからな」
「ああ……ええと……」
澳継に睨まれて、龍斗は更に追い詰められる。
そのはっきりしない態度に業を煮やした澳継は、思い切り龍斗を怒鳴りつけた。
「さっさと行きゃあいいだろうが!」
そのまま龍斗に背を向け、歩き出す。
後ろには、走り去る足音。
馬鹿馬鹿しい。
付き合ってられるか。
勝手にしろ。
澳継はぶつぶつと文句を言い続けながら屋敷に戻ると、すぐさま布団に潜り込んだ。
しかし桔梗には長い昼寝だと馬鹿にされたものの、本当は少しも眠れなかったのだ。
二人がどんな技を編み出すのか、気になって仕方が無かった。
自分のことなどまるで眼中にも無い様子で、突拍子もないことを言い出す九桐に腹が立った。
そしてそれを安請け合いする龍斗にも腹が立った。
さっさと行けと言われて、本当に行ってしまう馬鹿が何処に居る。
否、あの場合は九桐を追うしかなかったのだろう。
はっきりしない態度に苛立ちはしたが、 かと言ってあっさりと行かれてしまえば尚更腹が立ったに違いない。
結局は、蚊帳の外に置かれた者の僻みなのか。
違う。
そうではない。
そうではないのだ。
九桐と二人の方陣技、というのが気に入らない。
他の誰であっても気に入らない。
龍斗と二人で技を出せるのは自分だけでいいのだと―――。
「……だーーーッ!!!」
布団の中で、澳継は頭を抱えながら叫んだ。
そんなこと思っていない。
思うはずが無い。
何度も心の中で繰り返しながら、必死で打ち消そうとするが叶わない。
布団に包まり、のた打ち回るうちに日は暮れていった。

薄闇に包まれた霊場の入口から、澳継は小走りに下へと降りていく。
(あいつら……何処まで行きやがったんだ)
行けども行けども似たような風景だけが続く。
不気味な静けさの中を進んでいくうちに、漸く人の話し声が聞こえてきた。
間違いなく、九桐と龍斗の声だ。
澳継は歩を緩め、物陰からそっと様子を窺った。
「なかなか思ったようにはいかないものだな」
「そうだなぁ。もう少し効果が出ないと、発動させる意味がないかもしれん」
「うーむ……」
すると突然、龍斗が息を潜めている澳継の方を振り返った。
「あれ、澳継」
「!!」
「なんだ、風祭。来てたのか」
気配は消していたつもりだったが、龍斗には効果が無かったようだ。
澳継は諦めて二人の側へ近づいていった。
「来てたのか、じゃねぇよ。いつまでやってんだ。てめぇらのせいで飯が食えないんだよ!」
「おお、もうそんな時間か」
「ここにいると分からなくなるからな」
「ったく……面倒なことさせやがって」
呑気な二人に苛々しながら言うと、不意に九桐が神妙な面持ちで頭を下げてきた。
「風祭、さっきは済まなかった」
「あぁ?」
唐突な九桐からの謝罪に、澳継は戸惑う。
九桐は毛の無い自分の頭を撫でながら、苦笑した。
「お前の存在を忘れていたわけではないのだが、新しい技を覚えられると思ったら、つい夢中になってしまった。いや、本当に悪かった」
「べ、別に、んなこと」
「師匠にもお前にきちんと詫びるよう言われてしまったよ」
「……」
澳継がやや気まずそうに龍斗の顔を見ると、龍斗もまた苦笑していた。
九桐の性格はよく知っているし、悪気が無いことも分かっている。
そこまで謝られることではないような気がして、澳継は九桐を許すことにした。
それに澳継にとって一番の問題は、そういうことではないのだ。
「……そんなことより、出来たのかよ。お前らの方陣技とやらは」
澳継が思いきって尋ねると、龍斗と九桐は顔を見合わせた。
「ああ、それがなぁ……」
「なかなか難しくてな」
それを聞いて、澳継は途端に険しかった表情を緩ませた。
「ケッ、そんなこったろうと思ったぜ。そう簡単にいってたまるかってんだよ」
「成る程。矢張り、そういうものなのか」
澳継のふてぶてしい物言いにも、九桐は興味深そうに耳を傾ける。
それが澳継をますます調子に乗らせた。
「当ったり前だ。思いつきで出来るようなことかよ」
「ふむ。ではお主と師匠も、あの技を会得するにはかなりの時間を要したのだな?」
「えっ」
今度は龍斗と澳継が顔を見合わせた。
そんな記憶は無い。
いつから出来るようになったのか……。
澳継が初めて双龍螺旋脚を発動させたときのことを思い出そうとしていると、先に龍斗が口を開いた。
「あれは、特に練習したってことは無かったような気がするなぁ。だよな、澳継?」
「あ、ああ。そうだったかもな」
それを聞いて、澳継は確かに思い出していた。
龍斗が村にやって来た夜、突然入り込んできた幕府の連中と闘うことになったとき。
いくら天戒が連れてきた人間だからといっても、まだ澳継は龍斗を全く信用していなかった。
しかし龍斗の技は澳継の技と酷く似ていたうえに、その動きも、呼吸も、まるで長い間共に闘ってきた相棒のものであるかのように感じられたのだ。
そして龍斗の合図で、それは発動した。
目を疑った。
何が起きたのか、一番驚いていたのは澳継自身だった。
後で龍斗が同じ流派の陽の技を引き継いでいると知って、納得もしたのだが―――。
「……とすると、矢張りこれは俺の精進が足りぬということになるか。 風祭よりは余程、鍛錬しているつもりなんだがなあ」
「なんだと?!」
聞き捨てならない九桐の言い種に、我に返る。
そのやり取りを聞いた龍斗が声を上げて笑ったので、澳継はなんだかうんざりした。
もうどうでもいいから、さっさと屋敷に戻って飯を食いたい。
そんな考えから、澳継は適当なことを言って話を終わらせようとしたのだが、それがかえって悪かった。
「まあ、息が合う相手となら、自然に出来るようになるもんなんじゃねぇのか? 俺はそう思ってたけどな」
「ほう……」
「ほら、さっさと行こうぜ。……って、なんだよ?」
気付くと九桐はにやにやと妙な笑みを浮かべ、龍斗は驚いたような呆けたような顔でこちらを見ている。
何か不味いことを言ってしまったらしい気配を感じて、澳継はたじろいだ。
「な、なんなんだよ。二人して、その面は」
「うむ。なるほど、そういうことか」
九桐は何かを納得したように、何度も頷いた。
訳が分からない澳継は焦る。
「なんだよ?! 俺に分かるように、ちゃんと言え!」
「言ってもいいのか?」
「当たり前だ!」
「要するに風祭と師匠はそれだけ息が合うのだと……お前はそう言いたかったのだろう?」
「なッ……?!!」
澳継は絶句する。
そんなつもりは無かった。
龍斗とは同じ流派の陰と陽なのだ。
だからすぐに方陣技が出来たのは当たり前のことで、それ以上の意味は無い。
意味は無い―――はずなのだが、しかし心の何処かでは、そんな風に思っていたのかもしれない。
動揺したまま龍斗に目を向けると、九桐が更に余計なことを言う。
「俺にはそうとしか聞こえなかったがな。師匠はそうは思わなかったか?」
龍斗は照れ臭そうな顔で、顎を擦りながら答えた。
「……惚気てるのかと思ったぜ」
「だッ、だから何で……! そうじゃなくて、俺とこいつは流派が……!」
澳継は必死で弁解しようとするが、二人は全く聞く耳を持たない。
「矢張りな。しかし俺も諦めたわけではないぞ? 精進して、また挑戦することにしよう」
声を上げて笑う九桐の肩を叩きながら、龍斗はわざと困ったように言う。
「すまねぇな、九桐。気を悪くしないでくれよ。こいつ、俺のことが大好きだからさ。そう思いたいんだよ」
「成る程、そういうことか。師匠も苦労するな」
「まあ、好きでしている苦労だからな。可愛い澳継の為なら……」
「てめぇら、何の話をしているーーーッ!?」

澳継が黄龍菩薩陣や黄泉冥府陣を見て、また複雑な気持ちになったのは、それからずっと後のことだった。

- end -

2005.12.19


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