薬のキキメ


昼寝から目が覚めると、屋敷の中はしんと静まり返っていた。
皆、何処かへ出払っているのだろうか。
まだぼんやりとする頭でそんなことを考えながら、澳継は何とはなしに部屋を出た。
ぶらぶらと廊下を歩き、龍斗の部屋の前まで来る。
暇潰しにでもなるかと障子を開けてみるが、矢張り龍斗の姿はそこには無かった。
「んだよ、使えねぇ奴……」
気配で居ないであろうことは既に分かっていたというのに、それでも澳継は舌打ちをする。
普段は自分こそが龍斗を邪険にしている癖に、いざ向こうが居ないと気に入らないのだ。
それが我侭だということに、澳継は気づいていない。
わざわざ屋敷の外まで探しに行くほどの気にもなれず、主の居ない部屋の中をきょろきょろと見回す。
なにか面白いものでもないだろうかと思ったが、部屋は綺麗に片付いていて、期待出来るようなものは何も見当たらなかった。
部屋の隅には物入れが置いてあったが、さすがに抽斗の中を漁るまではしたくない。
澳継はぺたりと畳の上に腰を下ろすと、退屈そうに欠伸をした。
「……なんだ、これ?」
ふと物入れの横に、小さな箱が置いてあることに気づく。
龍斗の持ち物にしてはやけに可愛らしいその箱を開けてみると、 中には乳白色をした小さな丸いものが幾つも詰まっていた。
鼻を近づけてみると、微かに甘い匂いがする。
どうやら菓子のようだ。
「いただきっ」
澳継は躊躇うこともなく、ひとつ摘まんで口に放り込む。
それは舌先に触れた途端、ふわりと溶けて無くなった。
同時に、口の中いっぱいに甘味が広がる。
今までに食べたことのない味だ。
「うめぇ!」
澳継はなんの罪悪感も持たずに、それを次々と口に放り込んだ。
矢張り美味しい。
ちょうど小腹が空いていたこともあって、十数個はあったであろうそれはあっというまに数を減らしていき、はたと気づいたときにはたった三粒しか残されていなかった。
「やべ……」
そこで始めてマズイと思った澳継は、そうっと箱の蓋を閉めた。
龍斗が居ないうちに元に戻しておけば、ばれやしないだろうと思ったのだ。
しかしそれは、既に手遅れの行動だった。
「あれ、澳継? なにやってんだ?」
後ろから声を掛けられて、澳継は飛び上がる。
慌てて箱を背に隠したまま、振り返った。
「あっ?! あ、ああ! なんでもねぇよ! お前、いなかったからさ、ほら」
「……なに、隠してるんだ?」
分かりやすくうろたえている澳継の言葉など聞きもせず、龍斗は澳継の背後に素早く手を回した。
箱は簡単に奪い取られ、龍斗は蓋を開けてしまう。
その瞬間、龍斗の表情が凍りついた。
「へ、へへっ……あんまり美味かったからよぉ。悪ぃな。許せよ」
「……」
頭を掻きながら、澳継は謝罪にもならない謝罪を口にする。
しかし龍斗は真剣な目で箱の中身を見つめたまま、動かない。
菓子を食われたぐらいでそんなに怒ったのだろうか、と思っていると、龍斗は意外にも心配そうに澳継の顔を覗き込んできた。
「……お前……これ、何個食った?」
「へ? ああ、どうだろうな……十個ぐらいか?」
「なんてこった……」
力なく座り込む龍斗を見て、澳継も少々うろたえた。
反応が余りに大袈裟すぎやしないか。
「な、なんだよ。そんなにがっかりすることねぇだろう」
澳継は努めて軽い口調で言ってみせたが、龍斗は暗い表情のままだった。
「まだ……大丈夫か?」
「え? なにが」
「どこもおかしくねぇか?」
「だから、なにがだよ」
「澳継……こりゃ、菓子じゃねぇ。嵐王が作ってくれた、薬なんだ」
「はぁ?!」
澳継は頓狂な声を上げる。
どういうことなのか訳が分からなかった。
「なにで出来てるのかは知らないんだけどな。疲れてるときなんかに飲むと、元気が出るんだと。 ただし……一日一粒だけって決められてる」
深刻な顔つきでされた龍斗の説明を聞いて、澳継は幾分拍子抜けした。
要するに、滋養にいい薬ということらしい。
嵐王が作ったというからもっと怪しい薬なのかと思っていた澳継は、内心ほっと溜息を吐いた。
「なんだ、そんなもん作ってんのかよ。嵐王も暇な奴だな。んで、食いすぎるとどうなるんだ? 腹でも痛くなるのか?」
「ん……その……」
龍斗が言い辛そうに口篭る。
なにか嫌な予感がした。
「なんだよ? やばいのか?」
「いや。だから、その……元気が出過ぎるんだ」
「……別にいいじゃねぇか」
それぐらいなんの問題もないような気がした。
しかし龍斗は不自然に目を逸らす。
変だ。
何かある。
「まぁ……な。澳継がいいんなら、いいんだが……。元気っていっても、ほら……色々あるだろう?」
「意味がわかんねぇ」
「だから」
龍斗は不意に澳継に近づくと、その肩をぐいと抱き寄せた。
突然のことに、澳継は目を丸くする。
「なっ、なんだよ!」
「ほら……。ちょっと、体が熱くなってきたりしてねぇか?」
「はぁ?!」
「この辺……とかさ」
「!!!」
襟元からするりと龍斗の掌が滑り込み、澳継の肌を撫でた。
びくりと体が跳ねて、頬がかっと熱くなる。
「触んじゃねぇ!」
手を掴んで引っ張り出そうとするも叶わない。
硬い掌は、ますます奥へと入り込んでいく。
「じゃあ、ここは?」
「だから!」
「ああ、やっぱり鼓動が速くなってきてる」
逃れようともがく澳継の耳元で、龍斗が囁き続ける。
こんな風に触れられるのは、初めてのことではない。
しかし確かにいつもより体が敏感になっているような気がする。
流石の澳継も、それで漸く察しがついた。
「待てよ、これ……」
「そう。取り過ぎると、余計な元気が出ちまうんだよな」
「なんだって……!」
冗談じゃない。
そんなの嘘に決まっている。
しかし龍斗は相変わらず澳継の肌を弄りながら、唇を耳朶につけて言う。
「試作品だ、って嵐王は言ってたからな……。でも大丈夫。安心しろ。俺がなんとかしてやるから」
「なんとかって、なにするつもりなんだよ!」
「気にしなくていい。全部、薬の所為なんだから」
「薬……」
そんなこと言われても嫌なものは嫌だ。
これからされるであろうことを想像して、澳継はぶるりと体を震わせた。
その震えが嫌悪からのものだったのか、それとも期待からだったのかは分からない。
そのうちにも龍斗の指先に胸の尖りを弄られて、澳継は次第に息が弾み出すのを堪えきれなくなっていた。
「やめろ、って……!」
必死に手足をばたつかせるものの、いまいち力が入らない。
頭が痛い。
体中が痺れている。
これも薬の所為なのだろうか。
虚ろになり始めた頭で必死によそ事を考えようとするも、それに反して体は反応を強くしていく。
「……っ……」
龍斗の指先は、尖りを摘まんだり押し潰したりを繰り返している。
肩を抱いていたはずの手もいつの間にか移動し、下腹の辺りを何度も行き来していた。
唇を噛み、漏れそうになる声を堪えると、龍斗がまた囁く。
「だから……我慢しなくていいんだって」
甘い声に背筋がぞくりとする。
体温があがっていくのを感じる。
抵抗したいのに言葉を発することが出来なかったのは、 今何か言えば、それは喘ぎ混じりになってしまいそうだったからだ。
それでもまだ逃げ出そうとする澳継の体を、龍斗は半ば強引に畳の上に押し倒す。
そしてすかさずその上に覆い被さると、澳継の着物を肌蹴た。
「仕方ないことなんだ。気にするな」
「……は…ぁっ…」
やけに優しい声音に気が緩んだのか、澳継の唇からとうとう甘い吐息が漏れる。
咄嗟に澳継は自分の拳に噛み付いて、なんとか正気を取り戻そうとした。
しかし肌に口付けてくる龍斗の柔らかな唇さえ、まるで火を押し付けられたように熱く感じてしまう。
いつもより昂ぶるのがずっと速い。
幾ら薬の所為だとは言え、そんな自分が嫌で嫌で堪らなかった。
(クソッ、なんで俺がこんな目に……!)
こんなものを作った嵐王が悪い。
そんなものを無造作に部屋に置いておく龍斗が悪い。
自業自得であることも忘れ、澳継は二人を心底恨めしく思った。
その間にも龍斗は、澳継の肌に幾度も口づけを降らせる。
湿った舌先に触れられる度、澳継は震える息を吐き出した。

やがて龍斗の手が澳継の袴に掛かった。
すっかり勃ち上がったものが、少しでも早い解放を求めながら姿を現す。
「……うつ伏せになるか?」
尋ねながらも、龍斗は返事を待ちはしない。
ぐいと腰を抱えられたかと思うと、あっという間に四つん這いの姿勢にさせられてしまった。
屈辱的なその格好に、抗議しようとしたのも束の間。
後ろから回された手に中心を掴まれ、いきなり激しく扱かれると、澳継は畳に額を押し付けて身悶えた。
「あッ! う……ぅ………あぁっ……」
「澳継……」
龍斗の唇が、汗ばんだ澳継の背中を這う。
今にも弾けそうになるのを堪えていると、今度は後孔に指が入り始めた。
「ふ……ん…ぁっ……は……」
快感と異物感が同時に襲って、澳継は堪らず腰を揺らす。
そして中でくい、と指を曲げられた瞬間、雷に打たれたような刺激が走って、澳継の体は大きく跳ねた。
「うあッ……!」
「ここが、いいの?」
澳継はぶんぶんと首を振る。
いいわけがない。
刺激が強すぎる。
もう一度同じ事をされたら、確実に達してしまうだろう。
後ろで龍斗が溜息を吐くのが聞こえた。
「澳継……今、お前は普通の状態じゃねぇんだ。ちゃんと教えてくれないと、いつまでも元に戻れねぇぞ?」
そんなことを言われても、どう教えろというのだ。
澳継は尚更首を振るばかりだ。
「ここ……悦かったんだろ?」
指を曲げて同じ場所を押される。
その瞬間、また澳継の体が大きく波打った。
「ぁっ! あ、あぁッ―――……!」
膨れ上がり、早くも限界を迎えたそれが、澳継の中から一気に放出される。
龍斗の掌から溢れた白い雫は、畳にぱたぱたと落ちて広がった。
「……大丈夫か?」
大丈夫も糞もあるか。
そう怒鳴り返したかったが、出来なかった。
放出の余韻に震えたまま声も出せずにいる澳継の後ろで、龍斗がごそごそと何かを始める。
そして突然、それはあてがわれた。
「なっ、なんで……!」
澳継は慌てた。
もう事は済んだのだから、そこまでする必要はないはずだ。
しかし既に龍斗は己の屹立を澳継の中に埋めようとしている。
「こんなお前見てたら、俺までただ事じゃなくなっちまった」
「てめ…あっ……!」
ずぶと貫かれ、一瞬息が詰まる。
龍斗は躊躇うことなく、腰を沈めていった。
「あ……っ…あっ……」
力の抜け切った今は、暴れる気にもなれない。
それに実のところ、少々物足りなさが残っていたのだ。
熱と質量を伴ったそれが中を満たしていく感触に、澳継は視界が霞むほどの悦楽を覚える。
「ク…ッ……は……あぁ……ッ……」
薬の所為なんだ。
仕方が無いことなんだ。
龍斗の言葉が頭の中でぐるぐると回る。
本当にそうなのだろうか。
何かおかしくはないか。
考えようとしても、気持ちよさに思考が停止してしまう。
やがて根元まで埋めた龍斗が、そのままの状態で澳継に尋ねた。
「……やっぱり、やめたほうがいいか?」
「……は…ぁ…?」
「薬の所為でなんて、不本意なんだろう? お前もさっきので満足しただろうし……」
「……」
ここまで来て、何を馬鹿なことを言っているのだろうか。
確かに普段は交わるとき、嫌だ嫌だとばかり澳継は言っている。
けれど今までに龍斗がそんなことを尋ねてきたことは無かったじゃないか。
絶対に、わざとだ。
そう思ったが、しかし今の澳継はそれどころではなかった。
龍斗を受け入れてしまった身体は、既に次の行為を待ち侘びている。
(薬の所為なんだ。仕方のないことなんだ―――)
そう自分に言い聞かせると、澳継は普段なら絶対に口にしないであろう科白を吐いた。
「……やめた、ら……ぶっ殺す……」
了解、と答えた龍斗の声が何処か嬉しげで、癪に障った。
そして龍斗が腰を揺らし始めると、澳継の中心が再び頭をもたげる。
「…あっ……ん………ん、っ…」
「おき、つぐ……」
もう嫌だ。
汗が額を流れる。
揺すられるままに漏れる声は確かに快感に濡れていて、澳継はそんな自分が腹立たしかった。
自ら求めることなど、ある訳がないと思っていた。
こんな自分を知りたくはなかった。
それでも交わる悦びには抗いきれず、澳継は龍斗に貫かれながら、その行為に溺れていった。
龍斗が吐精し、澳継が二度目の絶頂を味わうまで、そう時間は掛からなかった。

「くそッ、嵐王の奴……!」
澳継はまるで目の前に嵐王がいるかのように、激しい口調で怒鳴った。
腹立ち紛れに拳を打ち付けた畳には行為の跡が残っていて、澳継は顔を顰めながら目を逸らす。
本当に酷い目にあった。
しかし龍斗はにこにこと笑っている。
澳継はまた怒鳴った。
「てめぇ、なに笑ってんだよッ?!」
「いやいや、こんなに効くとは思わなかったからさ」
「ふざけんなってんだ。ろくでもないもんばっかり作りやがって!」
「嵐王は悪くねぇよ。これ、ただの菓子だしな」
「……は?」
龍斗はさっきの箱を手に取ると、中身をひとつ、ぽいと口に放り込んだ。
「美味かったろ? クリスに貰ったんだ。舶来の菓子ってのは、ほんとうめぇよな」
「……お前、なに言ってんだ?」
澳継はまだ事態が飲み込めずにいる。
龍斗は残りの二つを一度に口に放り込んだ。
「お前、こんなに食っちまうんだもん。ちゃんと分けてやろうと思ってたのにさあ。だから、お仕置き。 まさか本気にするとは思わなかったんだけどな」
絶句している澳継の頭を撫でながら、龍斗は止めを刺す。
「ご馳走様」
「……」
澳継はまさに呆然としていた。
あの鼓動の速さも、体の熱も、薬の所為なんかではなかったのだ。
ということは単純に、あれは為された行為からきたもので―――。

いつもならばここで澳継の蹴りが飛んでくるはずで、 龍斗はちゃっかり逃げ出す体勢に入っていたのだが、予想に反して澳継はぐったりと項垂れてしまった。
今度こそ本当に心配になって、龍斗は澳継の顔をまたしても覗き込む。
「……どうした?」
澳継は力無く呟いた。
「……なんにも……言う気になれねぇ……」
過剰な薬効に、すっかり打ちのめされた澳継だった。

- end -

2006.09.13


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