告白
考えても考えても分からなくて、桔梗に尋ねてみたのだ。
厭なのに断れない、嫌いなのに拒絶出来ない、そんなことがあるのだろうかと。
勿論頭の中に思い浮かべていた人間の名前は口にしなかったけれど、それでも桔梗は意味有りげに笑って、一言こう言ったのだった。
『嫌よ嫌よも好きのうち、ってね』
それで、余計分からなくなってしまった。
どういう意味なのか説明しろと散々喚いてみたが、
桔梗は自分で考えろの一点張りで望むような答えは得られなかった。
嫌いなものは嫌いだ。
好きとは違う。
嫌いなのに好き、なんて有り得ないはず。
物事を単純に捉える澳継には、それ以外の考え方は想像もつかなかった。
それで結局どうしたかというと、考えること自体を放棄したのだった。
元々小難しいことに頭を使うのは苦手だったし、なにより―――気持ち良かったから。
だからもうどうでもいいやと思うことにしたのだ。
今夜も龍斗は寒いからだの何だのと言い訳をしながら、澳継の布団の隣りに身を滑りこませてきた。
一度身体を重ねてからというもの、龍斗はこうしてたびたび澳継を訪れるようになった。
寒いとか暑いとかは関係ない。
そしてやっぱり澳継はそんな龍斗をどうしても強く拒めないでいた。
「なぁ……こっち向けよ」
「嫌だ」
澳継は布団の中で龍斗に背中を向けている。
どうせすぐに流されてしまうのに、最初はいつもこうだ。
勿論、それでこそ澳継だと龍斗は思っている。
龍斗は背中から澳継を抱き締めると、うなじに唇をつけた。
「……」
ぴくん、と澳継の肩が揺れる。
唇を離さないまま襟元から手を忍び込ませると、もう一度同じように肩が揺れた。
指先が冷たいことを心の片隅で詫びながらも、龍斗は遠慮なくその肌を弄る。
小さな尖りはすぐに見つかったが、指の腹で掠めるだけにとどめた。
「……っ…」
何度もそこを掠めるたびに、澳継は小さく反応を見せる。
指先の力を少しずつ強くしていく。
それに合わせるようにうなじに舌を這わせると、澳継の唇からとうとうせつない吐息が漏れた。
「…は……ぁっ……」
それでも龍斗はなかなか望む刺激を与えない。
もどかしさに少しずつ丸まっていく背中を追いかけて、龍斗は自分の身体をぴたりと添わせた。
「……っく………」
澳継は指を噛んで、それ以上の声を堪える。
龍斗が漸く指先で強く摘んでやった頃には、そこはすっかりつんと固くなっていた。
「あっ……!」
澳継の身体が今までで一番大きく跳ねた。
それを押さえ込みながら龍斗は何度もそこを摘み上げ、捏ねる。
「あ……っ、あ、ぁ」
痙攣でも起こしているかのように、澳継は龍斗の腕の中でぴくぴくと震える。
龍斗はそのうなじを吸い上げて、紅い痕をつけた。
「澳継……気持ちいい?」
「……」
問い掛けに、ぶるぶると首を横に振る。
とことん意地っ張りだ。
龍斗は苦笑した。
「ほんとに? ……どれ」
胸から手を離し、下肢へと滑らせる。
両足の間に潜り込ませた掌には、すぐに熱い膨らみが触れた。
「……嘘つき」
「……」
裾を捲り、下帯の上からそこを摩る。
澳継が再び指を噛んだ。
ますます背中を丸め、爪先で布団を掻きながら身悶える。
龍斗はその足を自分の足で絡め取り、逃げていく背中に覆い被さりながら中心を擦り続けた。
薄い布団の中に、熱気が篭もっていく。
「ねぇ、澳継……俺のこと好き……?」
龍斗が耳元で囁く。
「…は…ぁ……?」
澳継は身を捩りながらも、怪訝そうに答えた。
いきなり何を言いだすのだ、それどころではないだろう、と思いながら。
しかし龍斗は耳元に唇を近づけ、更に続ける。
「……好きじゃないんだよな。それなら、どうしてこんなことされて平気でいられるんだ?」
「……」
それについては散々考えたのだ。
考えても考えても分からなくて、漸く考えることをやめたというのに。
いくら知らぬこととは言え、話を蒸し返されて少しばかり腹が立ってきた。
「……じゃ……てめェは……どうなんだ、よっ……」
「え?」
「てめェは、なんでこんなことするんだよ……っ」
「……」
澳継にしてみれば、龍斗の行動は自分の気持ちと同じぐらい理解出来ないものだった。
こんな行為は普通、女相手にやることだ。
それを男に、しかも普段から喧嘩ばかりしている自分に何故するのか。
身体中のあちらこちらに散ろうとする意識を必死に掻き集めて、澳継は問うた。
すると龍斗はぴたりと手を止めたうえ、身体を離してしまった。
「……え…?」
息を乱したまま、澳継は初めて龍斗を振り返る。
後ろで横たわる龍斗は顔を歪めて、怒っているとも悲しんでいるともつかないような複雑な表情を浮かべていた。
「なんだよ……どうしたんだよ……」
途中でやめられたことに苛々しながら、澳継は肘で身体を起こす。
それを見上げながら、龍斗は唇を尖らせた。
「だって……普通、そういうこと聞くか?」
「あぁ? なにがだよ。訳分かんねェ」
「おいおい」
龍斗は起き上がると、澳継の顔を間近で覗き込んだ。
「なぁ、ほんとに分かってないのか?」
「だから何が」
「……」
はぁっと大きな溜息をつかれ、そのうえすっかり熱が引いてしまったせいもあって、澳継の苛立ちはますます大きくなった。
こちらを向いて座り直すと、龍斗に食ってかかる。
「んだよ、言いたいことがあんなら、はっきり言いやがれ! 腹立つ奴だなぁ」
「分かった、分かったから大声出すなって」
うんざりとした様子で言って、龍斗はもう一度溜息をついた。
「そうだよな、はっきり言わなかった俺が悪かったんだよな……」
「だから、てめ……」
「ああ、分かった。あのな」
考えてみたらきちんと言葉に出して伝えたことがなかったのだ。
言わなくても分かるだろう、などという考え方が澳継に通用するはずもなかったのに。
勿論、照れもあった。
優しくするのは得意じゃないし、甘い言葉も柄じゃない。
からかうみたいな態度でも、その内分かってくれるだろうと思っていたのが甘かった。
龍斗は改めて布団の上で居住まいを正すと、澳継を真正面から見つめた。
「いいか、澳継。良く聞けよ」
「お、おう」
「俺な、お前のことが好きなんだよ」
「……」
澳継は反応しない。
というよりも寧ろ、どう反応していいのか分からなかったのだ。
突然何を言いだすんだ?
頭でもおかしくなったのか?
そんな馬鹿にするような目で龍斗をじっと見返している。
龍斗は龍斗でこれ以上簡単で分かりやすい言い方は無いと確信していたから、反応の無い澳継を前にしてどうしたものかと困惑する。
二人の間に奇妙な沈黙が流れた。
「えぇと……」
龍斗は頭を掻いた。
どう言えば上手く伝わるのだろう。
「……じゃ、じゃあさ、澳継。お前はこんなこと、俺以外の奴からされても平気か?」
「お前以外の?」
「そう。例えば九桐とか、天戒とか」
「……」
澳継は想像してみようとしてすぐに挫折した。
平気とかいう以前に、まず考えられない。
黙ったままの澳継に、龍斗は畳み掛ける。
「ちなみに俺はさ、お前以外の奴にはこんなことしたくないんだよ。お前だから、してるの。
どうしてかって言うと、お前のことが好きだから。そもそもこういうことって、好きな相手とするのが普通だろ?」
「……」
「それでもお前は、俺のことが嫌い?」
「……」
そのとき澳継の頭の中に、桔梗に言われた言葉が甦った。
『嫌よ嫌よも好きのうち、ってね』
瞬間、今聞いた龍斗の告白の意味やら、今までもやもやとしていた自分の気持ちやらが、
一遍に理解出来たような気がした。
―――そんなこと、あるのか。
嫌いなのに、好き。
相変わらず可笑しな言い方だとは思ったけれど、そう考えるのが一番納得がいく。
気持ち良かったのも、拒めなかったのも、嫌いだけど好きだから。
他の誰でもなく、大嫌いだと思っていた龍斗のことを。
―――好き?
途端、かあっと顔が熱くなった。
嫌いだ嫌いだといつも思っていたのは、好きだったからなのか?
本当に?
「……澳継?」
龍斗は再び澳継の顔を覗き込む。
暗がりの中でも、澳継が耳まで染めているのが分かった。
言いたいことは何とか伝わったらしい。
龍斗は安堵して、澳継の首を抱き寄せた。
澳継は今更気づいた自分の気持ちに余程衝撃を受けたのか、取り立てて抵抗することもなく身を預けてくる。
龍斗はその身体を抱き締め、髪にくちづけた。
「……ごめんな、今までちゃんと言わなくて」
「……」
龍斗の指が澳継の夜着の帯を解く。
そのまま身体を布団に横たえると、開いた胸の上に唇を落とした。
「……っ…」
色の違う場所をきつく吸い上げ、舌の先で転がす。
そのたびに澳継の立てた膝が跳ねる。
息が次第に上がっていく。
肌蹴て剥き出しになった内腿を、掌がすうっと撫でた。
「んっ……」
くすぐったさに閉じようとする足を押し広げられる。
龍斗は唇を胸の上に這わせたまま、今度は下帯を解いた。
引いた熱を呼び戻すべく、龍斗の指が澳継自身に絡みつく。
「はぁ…っ…」
澳継の腰が僅かに浮き、背中が反る。
そこはすぐに硬さを取り戻して、龍斗の手の中で悦の涙を流し始めた。
「ん……んぅ……」
声を堪えて噛み締めた唇が奪われる。
重ねた唇を僅かに開き、舌を求め合う。
澳継は無意識に、龍斗の首に手を回していた。
自身を扱く手に合わせて腰が揺れる。
喉の奥で微かな喘ぎ声を上げながら、澳継は龍斗の愛撫に溺れていった。
やがて龍斗の指は澳継自身から離れ、後ろの窪みに添えられた。
入り口を擦りながら少しずつ指先を埋めていく。
「う……っく……」
澳継は龍斗の両肩を掴みながら、苦しげに眉を寄せている。
けれど硬くそそり立った屹立の先から止め処なく雫が零れているのを見ると、苦痛を堪えているわけではなさそうだ。
龍斗は澳継の頬や唇にくちづけを落としながら、熱い中をかき回してやった。
「ぅ、あぁっ……!」
今にも達してしまいそうに、澳継の腹の上でそれはびくびくと蠢く。
鈴口からは透明な蜜が既に溢れ、肌を濡らしていた。
その量といい、後ろの締め付け具合といい、いつもより反応が良いように龍斗は感じた。
「た、つ……早く……ッ…」
澳継もそれに気づいていたのか、龍斗の肩を強く掴み、強請る言葉を口にする。
初めてのことに龍斗は少し驚きながらも、嬉しそうに笑った。
「うん、分かった」
指を抜くと、裾を肌蹴けて下帯を解く。
それから膝を押して澳継の身体を折り曲げると、期待に震えている場所に自身を宛がった。
「んっ……」
龍斗がゆっくりと腰を沈める。
中を満たしていく熱に、全身に汗が浮かびだす。
しかし余程待ちきれなかったのだろうか、澳継は龍斗の腰に足を絡めると、その身体をぐいと引き寄せた。
「あっ……!」
二人、同時に声があがる。
一息に奥まで辿り着いた龍斗自身を、澳継の中はぎゅうぎゅうと締め上げた。
「馬鹿ッ……んなことしたら……」
我慢出来なくなるじゃないか。
いつも余裕を見せていた龍斗が、今夜ばかりは調子を狂わされていた。
ぴったりと吸い付き、纏わり付かれて、目の前がくらくらするほどに気持ちが良い。
澳継は相変わらず足を絡めたまま龍斗を離そうとしない。
「……知らねェからな」
龍斗は呟いてニヤリと笑うと、澳継を激しく突き上げ始めた。
「んあッ、ぁっ……!!」
突然の突き上げに、声を堪える間がなかった。
慌てて唇を噛むが、それでも堪えきれない。
息を吐くたびに短く声が漏れる。
「あ、ぁ、はッ、」
澳継は解放を求めて張り詰めている自分のものに手を伸ばしかけ、思いとどまる。
触れなくてもいけそうな気がした。
龍斗の肩を指先が食い込むほどに掴む。
「ん、んぁ、あ、も……ッ……」
せつなさに顔を振る澳継を見下ろしながら、龍斗も限界がすぐ近くまで来ていることを感じていた。
加減もせずに腰を強く打ちつけ、澳継を翻弄する。
澳継も強請るように腰を上げ、喉を見せる。
「澳継……俺、もうっ………!」
いく、と言い終わる前に、龍斗は耐え切れず澳継の最奥に精を吐き出していた。
「あ…ッ……」
その最後の突き上げに応えるように、澳継自身からも白濁した精が散る。
触れられていないそこはびくびくと何度も跳ねながら、澳継の腹の上を白いもので濡らしていった。
「……初めてだよな」
「あ? なにが」
「俺としてるときにお前が『嫌だ』って言わなかったの」
「……んなこと、いちいち覚えてねェよ」
布団の中で、澳継はさっきと同じく龍斗に背中を向けていた。
桔梗の言った言葉の意味が分かったからといって、そんな急に変われるものでもない。
そもそも落ち着いてもう一度考えてみると、やっぱりなんだか可笑しい気がする。
『嫌よ嫌よも好きのうち、ってね』
今度こそ本気でどうでもいいように思えてきた。
嫌いと好きが同じことなら、嫌いでも好きでもどっちでもいいじゃないか。
どちらかに決めなければいけないという道理はないはずだ。
「……なぁ、澳継ぅ。こっち向けよ」
「なんだよ、うるせェなぁ」
「あ、そういう言い方するんだ。さっきまで可愛かったのに」
「……!!」
からかう言葉に、澳継はがばと寝返りを打つ。
そうして龍斗の鼻先に人差し指を突きつけて声も高らかに宣言した。
「いいか!? 俺はお前のことなんて大ッ嫌いなんだからな! 可笑しな勘違いして自惚れてんじゃねェぞ!!」
「えぇっ?! そんな」
「そんなもクソもあるか! ったく、さっさと寝やがれ!!」
怒鳴り終わると、澳継は鼻息も荒いままにぎゅっと目を閉じる。
暫くして龍斗がくちづけてきたが、寝たふりを決め込んだ。
背中を向けずに寝ると、こういうことをしてくるから困るのだ。
心の中でぶつぶつと文句を言いながら、澳継は眠りに落ちていく。
それにしてももっと早く気づけば良かったと思う。
好きでも嫌いでもどちらでも変わらないのだということに。
だってどうせこれからも、ずっとこうして一緒にいるのだろうから。
- end -
2003.03.08
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