銀花の人


一面の雪景色だった。
寝床に着いたときにはまだちらほらと降っていただけだったのに、 起きてみれば随分と積もっていた。
あの後、勢いを増したのだろうか。
澳継は白く染め上げられた村の光景を見て、忌々しげに舌打ちした。
澳継にしてみれば、雪など厄介なものでしかない。
寒いし、鍛錬の邪魔だし、溶ければ地面はぬかるんで汚くなる。
いいことなど何一つ無いと思っていた。

歓声が聞こえてくる広場へと足を向ける。
村の子供達は大層嬉しそうに遊んでいた。
愉快な形をした大小のゆきだるまがあちらこちらに作られ、雪球を投げ合ったり、駆け回ったりしている。
見れば子供達に混じって、龍斗や御神槌、天戒の姿までもがあった。
澳継は半ば呆れ返りつつも、彼らの様子を暫く遠巻きに眺めていた。
子供達の輝くような笑顔がある。
それを見ている連中も、皆笑っていた。
あの富士山頂での戦いの後からだろうか、 どんな時でも常に村を覆っていた、翳りのようなものが薄らいだと感じる。
復讐という昏い情念の元に成り立っていたはずのこの場所に、希望に満ちた光が広がっている。
澳継は一連の戦いの中で、敵を打ち負かし、捻じ伏せることだけが強さではないのだと知った。
強さとは、大切なものを護る為の力なのだという言葉も聞いた。
しかし果たして自分にとって、大切なものとはなんだったのだろうかと考える。
この村を、仲間達を、自分の居場所を護ること?
それは確かにそうなのだろう。
けれど今は、それだけではないような―――。

気づくと、龍斗がいつの間にか目の前まで駆け寄ってきていた。
「よお、澳継! どうした?」
「なッ、なにがだよ」
何故かうろたえる澳継を見て、龍斗は白い息を吐きながら笑う。
「なんか難しい顔して、こっち睨んでたからさ。混ざりたいんなら、素直に言えばいいのに〜」
「別に……」
ふと澳継は、目の前にいるこの男なら、自分の曖昧な胸のうちから、はっきりとした答えを導き出してくれるような気がした。
どうしてそんな風に思ったのかは自分でもよく分からなかったが、ここは思い切って尋ねてみることにした。
「なあ……お前にとって大切なもんって、なんなんだ?」
澳継らしくない深刻な問い掛けに、龍斗は少々面食らったようだった。
「え? なに、どうしたんだよ、いきなり」
「いいから、教えろよ」
「教えろって言われてもなあ……」
大切なもんねえ、と呟きながら、龍斗は腕を組んで考え込む。
そして暫くすると、苦笑しながら答えた。
「すまん。よく、わからねぇや」
「……はあ?」
驚いたのは澳継だった。
何故か龍斗なら、さぞかし納得のいくことを言うものだと思っていただけに、これでは拍子抜けだ。
しかし龍斗は笑いながら言う。
「一言では言い表しづらいんだよ。言い表す必要も、俺は無いと思ってるけどな」
「だけど」
澳継は不満だ。
龍斗は笑顔のまま、不意に足元の雪を掬い上げる。
「強いて言えば、この雪みたいなものかな」
「……?」
「形があるようで、無いようなもんだってこと。たくさんあるような気もするし、たったひとつのような気もする。 ずっと綺麗なままじゃないし、時にはそれが重荷に感じられることだってある。でも……」
そう言って龍斗は、掌の雪を空に向けて放った。
陽を受けた雪が、きらきらと光りながら舞い散る。
「少なくとも今は、皆を笑顔にしてくれてるんだ」
龍斗と一緒に、もう一度広場に目を向けた。
そこには確かに、皆の笑顔が溢れていた。
龍斗が澳継の顔を覗き込む。
「今のお前が一番失くしたくないと思うもの。それがお前にとって、大切なものでいいと思うぜ」
「……」
ぽかんとして龍斗の顔を見返していた澳継は、そこで突然我に返った。
その様子を、龍斗が訝る。
「……澳継? なんで、赤くなってんだよ」
「なッ、なんでもねえよ!!」
澳継は動揺していた。
自分が思う大切なものの中には、何かが足りないと感じていた理由が分かってしまったから。
龍斗の顔を間近で見た瞬間、それに気づいてしまった。
失くしたくないと、思ってしまったから。

- end -

2006.12.14


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