双子星
今夜は星が綺麗だ。
濃紺の空でちかちかと光っている姿は、なんだか健気にすら見える。
その中に一際明るい、二つ並んだ星があった。
あの星はずっとああして並んでいるのか、それとも夜が明ける頃には離れてしまうのだろうか。
眠れない夜の暇潰しにでもなるかと、そんなことをつらつら考えてはみたが、気がつけば溜息ばかりついている。
星を見ているつもりがいつの間にやら俺の目は何処も見てはいなくて、
何もないはずの虚空には懐かしいあいつらの顔が浮かぶばかりだ。
龍閃組。
当たり前の話だが、あいつらは俺のことを覚えちゃいなかった。
別にそれが悲しかったわけじゃあない。
卑怯だとは思うが、寧ろ安心していた。
どういう訳かは知らないが、俺は同じ時間をやり直しているらしい。
だから俺があいつらを護れなかったことも、自分達がどんな目に合ったのかも、あいつらはまだ何も知らない。
俺だけがあの時のことを忘れていないのは、それが忘れちゃならないからだということなんだろう。
けれど、不安が募る。
今、俺がいるのは鬼道衆。
そしてあの時間は確実に、もう一度訪れるはずだ。
もしかしたら俺はまた同じ過ちを繰り返してしまうのではないだろうか。
俺はまた大切なものを護れずに、あの男の前に斃れてしまうのではないだろうかと―――。
今夜はそんなことばかりを考えてしまう。
こんな時、あいつならなんと言うだろう。
俺がこんなことを考えていると知ったら。
情けねぇ、馬鹿にするな、てめぇなんぞに護ってもらおうだなんて思っちゃいねぇ。
そんな風に怒鳴られるかもしれない。
そう考えたら何故か少しだけ気持ちが軽くなって、どうしてもあいつの顔が見たくなった。
今が真夜中だってことも構わずに、俺はあいつの部屋へ向かった。
聞こえてきたのは、くうくうという暢気な寝息。
起こさないよう静かに布団を捲って中に潜り込むと、澳継は小さく呻きながら寝返りを打つ。
「ん〜……」
こうして眠っているときの顔は、本当にあどけない。
起きると小鬼そのものだけど。
可愛いなあなんて思って、ついほっぺたを撫でたら、ぱちりと目が開いてしまった。
「んあ……?」
まだ半分寝ぼけているのか、いつもの元気は無い。
寝ていたんだから当たり前か。
俺は普段と違う澳継が面白くなって、ちゅ、と唇に接吻してやった。
「……うわぁぁぁぁ!!」
大声を出す口を、慌てて掌で塞ぐ。
「でかい声出すな、バカ」
ふが、ふご、とか澳継はもがいていたが、そのうち苦しくなったのか漸くおとなしくなった。
しかし手を離すと、また騒ぎ出す。
「てめぇ……なにしてんだよっ!」
「いやあ、澳継が恋しくなって」
「気持ち悪いこと言うな!」
人差し指を唇の前に立てて、騒ぐ澳継を制する。
澳継は思い切り不満そうな顔で、俺を睨みつけていた。
なんとなく、抱きたくなる。
「……な、いいだろ?」
「はぁ?」
多分、俺は忘れたかったんだ。
考えても詮無いことを、考えたくなかった。
少しでも気を紛らわせたかった。
俺は澳継に覆い被さると、両腕を押さえつけ、首筋に顔を埋めた。
「おい、こら! 離せ!」
抵抗されるのはいつものこと。
構わず体と唇を押し付ける。
今の今まで眠っていた澳継の体はとても温かくて、触れているだけでも心地好かった。
澳継は暫くばたばたと暴れていたが、不意に全身の力を抜くと、俺の耳元で大きな溜息を吐いた。
「……?」
不思議に思いながら、押さえつけていた手を放しても澳継は何もしない、何も言わない。
不貞腐れたまま天井を見上げているだけだ。
こんな澳継は、初めて見た。
「澳継……? どうした?」
「なにがだよ」
「だって」
こんなにあっさり諦めたことなんてないじゃないか。
もしや本気で怒らせたかとも思ったが、どうも様子が違うようだ。
俺が戸惑いながらじっと見つめていると、澳継は唇を尖らせた。
「しらねぇよ。だって、お前が」
それきり、くちごもる。
「俺が、なんだよ」
「だから」
「うん」
「……」
澳継は何故か気まずそうにぷいと顔を逸らせると、ようやく後を続けた。
「なんか……お前、弱ってるみたいだからよ」
「―――」
言葉が出なかった。
そして同時に、俺はどうしてこいつが好きなのか分かってしまった。
俺は自分を特別な人間だと思ったことは一度もないが、
それでも割りと誰とでもうまくやってこられたとは思っている。
そんな俺に面と向かって、これだけはっきりと「嫌いだ」と言ってきた奴は、澳継が初めてだった。
そのとき俺は、何故か少しだけ嬉しかったことを覚えている。
この馬鹿正直な餓鬼がやけに可愛く思えて、反応の面白さにからかうのを止められなかった。
気を遣わなくて済んだし、一緒にいると楽だった。
安心した。
でも、それだけじゃあなかったんだ。
こいつは、俺にとって―――。
「は、はは……」
思わず笑ってしまう俺に、澳継が怒る。
「なにが可笑しいんだよ」
「いや、俺もまだまだだなぁと思ってさ」
「なんだ、それ。馬鹿にしてんのか?」
「違う、違う」
お前に見抜かれたことじゃなくて、俺が俺自身の気持ちを分かっていなかったことがだよ。
「なんだか、その気がなくなっちまったなぁ」
俺は澳継の隣りに、仰向けで寝転がった。
「だったら、さっさと部屋に戻れよ」
「そう言うなよ。今夜はここにいさせてくれ」
「……勝手にしろ」
「ああ、勝手にするさ」
お前に出会えて良かったと、心から思う。
だってお前は俺にとって、かけがえの無い存在なんだ。
技のうえでは俺が陽でお前は陰かもしれないけれど、お前はいつも俺を明るく照らしてくれる。
だから俺は、俺の中の弱さも狡さも知ることが出来るんだ。
「ありがとう、な」
あの二つ並んだ星のことを思い出しながら俺は囁いたけれど、澳継はただフンと鼻を鳴らしただけだった。
- end -
2007.03.12
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