艶本


澳継は部屋から顔だけを出して、何度も廊下を左右に見渡した。
人が来そうな気配はない。
桔梗は内藤新宿に買い物に行ったばかりだ。
ついさっき一緒に行こうと誘われたのを断ったのだから間違いない。
その後、九桐と天戒が裏山の霊場に向かうのを見送った。
二人ならきっと長く掛かるだろう。
残す気がかりは龍斗の居場所だけだったが、とりあえず来ないことを祈るしかない。
そうっと戸を閉めて、もう一度部屋の隅に座り込んだ。

畳の上に広げられているのは、数冊の艶本だった。
勿論、自分のものではない。
鍛錬から戻る途中で、們天丸から強引に手渡されたのだ。
村の入り口で出会った們天丸は妙に嬉しそうな顔をして近寄ってくると、 持っていた薄い風呂敷包みを無理やり押し付けてきた。
いつも子供扱いされて怒っているあんたには役に立つはずだ、ただ必ずひとりの時に見るように、と言われた。
何のことだか分からず、しかし断る隙も与えられぬまま、気づいたときには既に們天丸の姿は無かった。

部屋に戻って包みを解いた瞬間、びっくりして放り投げてしまった。
それから慌ててもう一度風呂敷を被せ、部屋の外の様子を伺った。
人が来なさそうなことを確認してから改めて畳に正座すると、恐る恐る本を手に取る。
土産物屋の店先や露天の本屋で何度か見たことはあるが、 じっくりと中身を見るのは初めてのことだ。
ぱらりと表紙を捲ると、手足が妙に不自然に曲がった男と女が絡み合っている絵が目に飛び込んできた。
「……」
どう見てもこんな風に交わるのは無理に思えたが、どうやらこういうものは大袈裟に描かれているらしい。
もう一枚捲る。
女がこちらに見せつけるように大きく股を広げ、男が後ろからその女を突いている。
次の絵は口を吸い合い、着物を半分だけ脱いでいる。
もう一枚。
もう一枚。
見ているうちにだんだんと頬が熱くなってきた。
心臓がどくどくと鳴っている。
もちろん実際の経験はない。
ひとり遊びも体に良くないと聞くから、出来るだけしないようにしている。
けれど流石にこんなものを目の前にしては、体が疼かないはずがなかった。

膝の上で本を開いたまま足を崩すと、袴の脇からそろそろと手を忍び込ませる。
辿り着いた中心は既に形を変え始め、下帯を膨らませていた。
その上からあまり強くなく指を往復させる。
「……ふ………」
刺激に、微かな吐息が漏れる。
視線は本の上に落ちていたけれど、意識は既に体のほうに集中していた。
だんだんと硬くなっていくそれを布の上から指でこりこりと摘みながら擦り上げる。
「は…ッ………」
次第に腰が揺らめいて、膝の上から畳へと本が滑り落ちた。
実際に体で感じる刺激のほうがよほど魅力的で、春画はもうどうでも良くなっている。
立ち上がったものを直接握り締めたくなって、下帯の中に指を差し入れたときだった。
「邪魔するぜ」
「!!!」
背ろで戸が開いた。
びくりと体が跳ねて、一瞬にして体温が上がる。
龍斗だ。
(見られた―――?!)
慌てて袴から手を出し、目の前に広がった本をかき集める。
「……どうしたんだ?」
「なっ、なんでも……っ!!」
言いながら本の上に風呂敷を被せ、手で覆う。
体は熱いのに、脇の下からぶわっと冷たい汗が噴出す。
見られたら拙い。
からかわれるに決まっている。
しかし龍斗は無遠慮に近づいてきて、傍にしゃがみ込んだ。
「なに隠してるんだよ?」
「だっ、だからなんでもねェって!!!」
「なんだよ、怪しいなぁ」
「勝手に入ってくんじゃねェよ!! いいから、出てけよ!!!」
「いいじゃねェか、今更。なんだ、これ?」
風呂敷を押さえつける手を、龍斗は無理やりどけさせようとする。
ばたばたと子供同士のような争いの末に、結局、一冊抜き取られてしまった。
「おおっ! お前、こんなの持ってたのかぁ。やらしいなぁ」
「ちっ、違っ、これは……っ!!」
「ふぅん。なるほどねぇ」
「いいから、返せっ!!!」
言い訳しても無駄とばかりに、龍斗はにやにやと笑っている。
それから本を持った手を遠のけたまま、顔だけをずいと近づけてきた。
「で、お前。女、抱いたことあんの?」
「はッ?!」
不躾すぎる質問に、言葉を失う。
その反応だけで、充分答えになってしまったらしい。
龍斗は本を放り出すと、澳継の二の腕を乱暴に引っぱった。
「なにす……っ!!!!」
勢いでくるりと体が反転して、澳継は龍斗の腕の中に背中からすっぽりと納まってしまう。
咄嗟に逃れようとしたが、両腕を押さえつけるように抱きかかえられ、 回された手がするりと両足の間に滑り込んだ。
萎えた中心を掌に捉えられ、体が竦む。
「やっ、やめろ!!」
「しっ」
体を捩って逃げ出そうとするが、しっかりと抱きかかえられているうえに、 急所を握られているからそうそう暴れられない。
両足をばたばたとさせてみるが、その間にも龍斗の手は押し付けるように中心を揉みしだいてくる。
「……ひとりでしようとしてたんだろ?」
「んなことっ……」
「嘘つけ。もう硬くなってきたぞ」
「……っ……」
耳元で言われた言葉に、また顔が熱くなる。
一度持った昂りはすぐに甦ってきて、呼吸を乱しはじめた。
このままでは拙い。
「マジで、やめろって……!」
抵抗してみたつもりでも、上ずった声では説得力も無かった。
悔しさが込み上げてくるが、一度火のついた体はなかなか言うことをきかない。
「大丈夫だよ。気持ちよくしてやるだけだから」
龍斗は妙に優しい口調で言って、手を動かし続ける。
袴の上から形を確かめるように布ごと上下に緩く扱かれて、 きゅうっと下腹を締め付けるような感覚が上ってきた。
「も、……やめ………」
下帯の中がぬるぬると湿り始めているのが分かる。
こんな鈍い刺激ではかえって生殺しだ。
自分で思い切り握り締めて、激しく扱きたい。
そして出してしまいたい。
「……ふざけ、んな…っ……!」
じれったさと腹立たしさから搾り出すように呟くと、龍斗の手が一瞬止まる。
「澳継……」
再び耳元で囁かれた龍斗の声に、腰のあたりから背中にかけてぞくぞくするものが走った。
こいつ、こんなにいい声してたっけ?
そんなことを思った隙に、空いていた方の手が着物の合わせ目から胸元へと差し込まれた。
「ひゃ……!」
突然触れられて、思わず妙な声があがる。
龍斗はすぐに尖りを見つけて、そこを指の腹で軽く撫ぜた。
なにかむずむずして、体の力が抜けてくる。
「気持ちいいだろ?」
「いいわけ……!!」
無い、と続けようとしたところで、今度は止まっていた手が、さっき自分がしていたように袴の脇から忍び込む。
「あ、あっ……!」
龍斗の手はそのまま迷い無く下帯の中に入りこみ、すっかり立ち上がっているものを直接握りこんだ。
(なんで、こんなこと……!)
激しい羞恥心と怒りのような感情が湧く。
他人に触れられるのなど初めてなうえに、よりによって相手は一番弱みを見せたくない龍斗だ。
本当なら今すぐ突き飛ばして怒鳴りつけて殴り倒したい。
それなのに体はすっかり甘い痺れに捕りつかれて、もっと強い刺激を求めている。
「ん…ぁ………」
片方で胸の尖りを転がされ、片方で屹立したものを扱かれて、どうしようもない快感が全身を駆け巡る。
悔しくて悔しくて唇を噛むが、乱れる呼吸は抑えきれない。
「……イきたい時に、イっていいからな?」
また囁かれ、そのうえ今度は耳たぶを甘噛みされて身体が震えた。
こんなのは嘘だ。
こんなのは可笑しい。
これではまるで女のようではないか。
龍斗は手を休めないまま、頬や首筋に何度も唇を落とす。
そのたびに身体は正直に反応して、ぴくぴくと跳ねる。
いつのまにか薄暗くなった部屋の中に、ハァハァという荒い呼吸と、 下肢から聞こえるくちゅくちゅと湿った音が満ちていく。
「澳継……」
「………ッ……」
声だけは出したくなくて、ひたすら歯を食いしばる。
しかしいつの間にか身体は、龍斗の手の動きに合わせて揺れていた。
零した蜜ですっかり濡れた龍斗の手が、先端から根元へと何度も何度も往復する。
無意識に擦りつけた腰に、硬いものが当たった。
龍斗もまた興奮しているのだと分かった途端、何故だか体の熱が一気に上がる。
もう耐えられない。
「……っ…も、う……」
振り絞るように言って、龍斗の着物の袖を掴んだ。
意味が分かったのか、龍斗は手の動きを速める。
欲望が出口を求めて、めちゃくちゃに身体の中を掻き回す。
「あ、あッ、いやだ……ッ…!!」
我を忘れて声を上げ、せつなく首を振る。
髪が揺れ、膝ががくがくと震える。
「あ、たっ……たつ、と…ッ!」
呼びながら仰け反り、掴んでいた袖を強く引いた。
肩越しに唇を吸われるのと同時に、全てが弾ける。
頭の中が真っ白になり、何度も膝が跳ねる。
澳継は龍斗の唇を貪ったまま、長く深い快感に浸っていた。

澳継はすっかり龍斗に身体を預けて、暫く呆然と手足を投げ出していた。
やがて龍斗は懐から紙を取り出して、澳継の下肢と自分の手を拭い、 それから着物の前を合わせ直してやった。
「……大丈夫か?」
「……」
尋ねられても答えることが出来ない。
何故、こんなことになってしまったのだろう。
よりによって男に弄ばれ、まるで女のようによがってしまった。
しかも相手は龍斗。
最悪だ。
最悪の事態だ。
澳継はすっくと立ち上がり、身なりを整える。
着物をきちんと合わせ、袴を穿きなおす。
それから座ったままの龍斗を、振り返って見下ろした。
「……澳継?」
「……この…」
「え?」
「……この、変態野郎がァァァ!!!!」
「うわぁぁぁ!!!」
その後、二人の死闘が繰り広げられたことは言うまでも無かった。

- end -

2003.01.08


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