天邪鬼


鍛錬に行くため、広場を横切ろうとしたときだった。
礼拝堂のほうから今までにはあまり聞くことのなかったような賑やかな笑い声が聞こえてきて、澳継はふと足を止めた。
声のしたほうを見ると、美里、桜井、ほのかの三人が、龍斗と談笑している様子が目に飛び込んできた。
途端、澳継は鼻に皺を寄せて彼らを睨みつけた。
(けッ……でれでれしやがって)
ここ最近、澳継はとにかく不機嫌だった。
なにしろ居心地が悪くて仕様が無いのだ。
長らくこの村に住んでいるのは自分のほうなのに、後から来た連中の所為で、何故こんな気持ちを味わわなければならないのかと思う。
原因は龍閃組にあった。
昨日まで敵として認識していたのに、はい今日からはお仲間ですよと言われても、そんな急に気持ちを切り替えることは出来ない。
それ自体の違和感に加え、やたらこの村に人の出入りが増えたことも気に入らなかった。
……しかもやけに若い女が増えたような気がするのは気の所為だろうか?
それはともかく、なんとなく村全体の雰囲気が変わってしまったような気がして落ち着かなかったのだ。
そのうえ。
「おぉい、澳継!」
龍斗がこちらに気づいた。
美里たちも視線を向けてくる中、手招きをして呼んでいる。
しかし澳継はぷいと顔をそむけると、呼び続ける声を無視して、彼らとは反対方向へと駆け出していた。

那智滝まで一息に走ってきて、本当は鍛錬所に向かうはずだったことを思い出す。
けれど今は龍斗の姿が見えない場所だったら、何処でも良かった。
澳継は木陰に腰を下ろして、白い泡を立てて流れる滝をぼんやりと眺めた。
結局はみんな、龍斗のことが好きなのだ。
だからああして彼の周りには人が集まってくる。
龍斗なんて嫌いだと公言して憚らないのは、恐らく澳継だけだろう。
本当は澳継だって新しく仲間になった連中を本気で嫌っているわけではなかったし、龍斗については言わずもがな、自分の中で特別な存在であることはとうに認めていた。
認めてはいたけれど、かと言って、みんなのように好意を剥き出しにして龍斗に近づいていくことはどうしても出来なかった。
結果としてすっかり龍斗を他の連中に取られてしまい、行動を共にする時間はめっきり減ってしまった。
ちょっと前までは好き放題に喧嘩をしながらも、なんだかんだで一緒にいることが多かったというのに。
(つまんねぇ……)
澳継は足元の小石を掴んで、水の中へ投げる。
今の状況を作り出しているのがそもそも自分自身であることなどすっかり棚に上げて、龍斗と龍斗を取り巻く連中を恨めしく思った。

「澳継、見っけ」
背後の藪から突然声がして驚く。
振り返ると龍斗がにこにこ笑いながら立っていた。
まさか追いかけてくるとは思わなかったから、澳継は心のどこかで喜んでいる自分を感じていた。
「なんで逃げんだよぉ。せっかく団子貰ったから、分けてやろうと思ったのに」
龍斗は澳継の頭を小突きながら、隣りに座る。
「べっ、別に逃げてなんかねぇよ」
「ふぅん?」
何気なさを装いつつ、龍斗の手が澳継の肩に回る。
いつもならば怒って逃げるはずなのに、澳継は抵抗しなかった。
身体が傾くのに任せ、龍斗に軽く寄り掛かる。
龍斗はいつもと調子の違う澳継を少しばかり不審に思いながらも、滅多に無い喜ぶべき事態を有り難く受け入れることにした。
二人は暫く黙ったまま、滝の水音だけを聴いていた。

「……嫌いだ」
どれぐらい経った頃か、澳継が呟いた。
水音に消されそうな声を龍斗が聞き返す間も無く、もう一度繰り返す。
「嫌いだ」
そう言いながら、触れている肩を離そうとするわけでもない。
今までも散々言われた言葉が、何故か今日は少し違って聞こえて、龍斗は澳継が言うのに任せた。
「嫌いだ」
「……うん」
「お前なんて大ッ嫌いだ」
「うん」
「ずっとずっと大嫌いだからな」
「うん」
澳継はしつこく繰り返す。
龍斗は相槌を打ち続ける。
けれど澳継が「嫌いだ」と繰り返すたびに、その肩を抱き寄せる龍斗の手の力は強くなっていった。
最後にはほとんど抱き締められていて、澳継は腕の中で苦しそうに息を吐いていた。
「……なんか言うことねぇのかよ?」
上目遣いに龍斗を睨みつけて言う。
その視線が、何か応えろと訴えていた。
龍斗は一瞬首を傾げたけれど、すぐに全てを理解した様子で、ぱっと表情を明るくした。
「俺も澳継のこと嫌いだよ」
「……は?」
断言されて、澳継は唖然とした。
けれど龍斗は笑いながら、
「うん、大ッ嫌いだ」
さっきまでの澳継と同じように繰り返して、額にくちづけてくる。
本心を見透かされていることを悟って、澳継の顔が朱に染まった。
気に入らない。
龍斗のこういうところは、本当に気に入らない。
腹立たしさが込み上げて、もう少しでいつものように怒鳴りそうになったところへ、龍斗が更に耳元で囁いた。
「……無理すんなって」
聞いた途端、なんと怒鳴ろうとしていたのか分からなくなってしまった。
ああ、もう面倒臭い。
だいたい、捻くれているのもそう楽じゃないのだ。
龍斗は額に、髪に、くちづけを繰り返してくる。
鬱陶しい。
澳継は苛々して、思わず言った。
「するなら、ちゃんとしろっ」
その珍しい要求に龍斗は嬉しそうに笑って、今度はちゃんと唇を重ねたのだった。

- end -

2003.04.01


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