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既に覚悟は決まっていた。
幾度も互いの立場と目的とを確認しあったうえで、出した結論だ。
「それでは、取引成立ということで宜しいですね」
動くのならば、早いほうが良い。
アルベルトはルックの了承を待った。
しかし彼はテーブルを挟んだ向こう側から、未だ憂鬱な眼差しを向けてくる。
「……書類を交わす必要がありますか?」
アルベルトとて、出会った当初に抱いていた猜疑心や警戒心が、完全に払拭されたわけではない。
口約束だけでは信用出来ないというのも無理はないだろう。
そう思っての提案だったが、ルックは首を横に振った。
「いや。必要ないよ、アルベルト。そんなものに意味は無い」
「では、まだ何か」
「……」
ルックは黙り込み、何かを考えているようだった。
これ以上、手を組むことに躊躇する何かがあるのだろうか。
確かにリスクは大きい。
しかし真の紋章の破壊というとてつもなく危険な目的を果たしたいのなら、 ハルモニア軍の後ろ盾を得られる機会を逃す手は無いはずだ。
返答を待つアルベルトを前に、ルックがおもむろに口を開いた。
「以前話した通り、僕の身体は造り物だが、一応男性としての生殖機能を持っている」
突然話が飛躍したことに、アルベルトは戸惑う。
「同性と寝たことは?」
「……いえ、ありませんが」
不快そうに眉を顰め、それでもアルベルトは答えた。
いったい、彼は何の話がしたいのか。
真意を掴めずにいると、ルックが僅かに微笑んだ。
「だが、女を抱いたことならあるだろう?」
そう言ってルックは立ち上がり、上着を脱いで椅子の背に掛ける。
シャツ越しにも分かる華奢な身体つきは、まだ少年と呼ぶに相応しく、 実際に彼が生きてきた年月を少しも感じさせなかった。
「何を……」
「抱き心地は保障出来ないが、耐えられないほどではないはずだ」
ルックは躊躇うこともなく、白いシャツのボタンをひとつずつ外していく。
それを見たアルベルトは漸く、彼の言動が意図するところを察した。
「……私には、そういった趣味はありませんが」
「そうだろうね。僕もだよ」
会話が擦れ違っている。
ボタンが全て外れ、白い肌が覗く。
「何もしないよりは、いいと思ってね。これは契約の儀式だよ。最も原始的な方法だろう?」
「……」
ルックは椅子に腰掛けているアルベルトの傍に立った。
そしてテーブルに手をつくと、無表情で見上げているアルベルトの唇に、ゆっくりと自分の唇を落とす。
アルベルトは無反応だった。
拒むことも、応じることもなく、ただその柔らかな弾力と熱とを受け止めている。
実際、彼の中には何の感情も湧かなかった。
ルックはアルベルトの唇をつっと舐め、それから顔を離した。
「面白味のない奴だな」
ルックはクスリと笑いながら、今度はアルベルトのシャツに手を掛ける。
「気分が悪いかい?」
「……いえ」
それは本当だった。
不思議なほどに、嫌悪感は無い。
突き放そうとも思わなかった。
だからシャツの前が肌蹴られ、やがてベルトを外されても、アルベルトは敢えてされるがままになっていた。
「まずは、その気になってもらわないとね」
ルックはアルベルトの両足の間に跪くと、下着の中にあるそれを手に取った。
ゆるゆると上下に手を動かしながら、先端にくちづけ、舌で輪郭をなぞる。
まだ固さを持たないその場所が、生暖かい感触に全て包まれてしまっても、 アルベルトは無言でその行為を見下ろし続けていた。

ルックは舌と唇を使って、アルベルトを的確に煽っていった。
与えられる刺激は、異性にされるのと大差無い。
しかし同性故に分かるものがあるのか、アルベルトは自分が早々に昂っていくのを感じていた。
思わず眼下で揺れる髪に触れると、ルックがそこを強く吸い上げる。
「……っ…!」
体の奥底からせり上がる情動に、アルベルトが息を呑んだ。
乱れ始める呼吸を悟られまいと唇を噛むも、鼓動はますます速まっていく。
それはとうにルックの口内で形を変え、固く、熱くなっていた。
「……どうだい?」
ルックが顔を上げて、尋ねる。
アルベルトは僅かに眉を寄せてはいるものの、あくまで冷徹な表情を崩してはいなかったが、その瞳は確かに欲情の色を湛えていた。

ルックが立ち上がると、アルベルトはその細い腰を引き寄せた。
鼻先に触れる白い肌の上にくちづけながら、ルックの下肢を剥き出しにする。
やがてシャツを羽織っただけの格好になったルックは、まるで子供をあやすかのようにアルベルトの赤い髪を撫でた。
「出来そうかい?」
「……」
応えは無かったが、両脚の間でそそり立つものが何よりの答えだった。
今やアルベルトは、ルックと繋がることに興味を抱いていた。
造り物だという彼の身体の内部が、どうなっているのか。
契約の儀式だと言って肌を合わせようとする発想は、いかにも人らしいものに思える。
彼は本当に人ではないのか。
繋がることでそれが少しでも確かめられるのならば、こんな余興も面白いかもしれない。
アルベルトはルックの双丘を撫で、その狭間にある場所に指先を忍ばせた。
「んっ……」
静かに侵入を始めると、中を探る動きに、ルックの体が微かに震える。
肌を這う舌が蠢き、指の動きに重なった。
「あっ、は……いいよ、このままで……」
早く済ませてしまいたいのか、ルックはアルベルトの身体を突き放す。
そして椅子に腰掛けたままの、アルベルトの上に跨った。
屹立が少しずつルックの中を穿ち、熱に呑まれる感覚にアルベルトは囚われる。
「……は……っ……」
ルックは体を揺らし、アルベルトを更に奥へと導いていく。
その感触も、きつさも、アルベルトには初めてのものだった。
全てを呑み込んでしまうと、ルックは汗ばんだ顔に笑みを浮かべて囁いた。
「……悪くはないだろう?」
「……ええ」
初めてアルベルトが答えた。
そしてアルベルトはルックの腰を抱え、彼の内壁を擦るように身体を動かした。
「んっ、あっ、あ……」
ルックはアルベルトにしがみつき、与えられる快感を貪る。
アルベルトもまた、ルックの中を抉る。
肌と肌が重なり、熱が伝わる。
ルックはしっかりとアルベルトを咥えながら、喉を見せて喘いだ。
「はぁっ、あっ、いい、よ……アルベルト……」
これは情交ではない。
契約の儀式なのだ。
必要なのは信頼ではなく、共犯者となることだ。
アルベルトは目の前で甘い声を上げる男を見つめながら、それを再確認していた。

椅子がぎしぎしと音を立てる。
ルックは自分のものをアルベルトの肌に押し付けた。
アルベルトも腰を突き出し、同時に彼自身をも刺激する。
濡れた先端が滑り、息が弾んだ。
「……っ」
放出の予感に、アルベルトが小さく呻いたのを、ルックは聞き逃さなかった。
「出して、いいよ……アルベルト……」
「……」
許可を得たアルベルトはルックの身体を強く引き寄せると、今までに無い激しさで彼を貫いた。
「あっ! あっ、ん、あぁ……っ!」
ルックの背中が弓なりに反る。
「あッ、いいッ、い、く……出る……っ、あ、あぁっ……!」
きつく締め付けた後、ルックの放った精がアルベルトの胸元に飛び散った。
びくん、びくん、と幾度も跳ねるその中に、アルベルトもまた同じものを注ぎ込む。
「……っ……ふ……」
ルックの体を抱き締めながら、アルベルトは吐精の快感に身体を震わせた。

「……今度こそ、取引は成立だよ」
余韻を味わう間も無く、ルックはアルベルトの上から降りて、冷たい床に立った。
彼の白い足の間を、アルベルトの吐き出したものが流れていく。
「今日のことは気にするな。二度は無い」
汗に濡れた前髪を掻きあげながら、ルックが言った。

しかし、アルベルトは確信していた。
恐らく自分は、また彼を抱くことになるだろう。
肉体も、精神も、彼は人そのものだ。
彼が身の内に抱える真の紋章の記憶と、彼自身の魂。
それがこの歴史においてどんな意味を持つのか、アルベルトには興味があった。

だから、自分はまた彼を抱くだろう。
彼が言う「最も原始的な方法」によって、それらを知る為に。

- end -

2007.06.21


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